プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

トリックスター Ⅲ

2011-11-29 23:56:22 | 長編



 クイーンからの命令は、ある星の調査だった。

 星と言うには語弊があるかもしれない。月の技術の粋で捕らえた、地球の間に出来た大きな影の存在。恐らくは砕けた星の巨大な欠片が漂っているのだという。
 だが、ただの欠片と呼ぶにはあまりにも巨大なのと、地球の引力に寄せられた際に地球に壊滅的な被害を与えるものであるか―地球人に有害な物質や放射能の存在の有無、大気の摩擦で地表に届く頃にどれだけの形が残るのか、などの調査。また、妖魔の存在の確認、未知の成分や月として有益な成分があればサンプルを持ち帰ること。
 確実なのはそれが地球に引き寄せられること。だが命令はそれから地球を守ること、地球への落下を未然に防ぐことではない。星そのものに壊滅的な被害をもたらすものでなければむしろ地球側への事前勧告は行なわず、落ちてからの地球の動向を見届けることにある。
 月より遥かに遅れた地球の技術の向上と言う名目での、ある意味冷酷で高慢とも取れる月の態度は、結果として地球の歴史に永く永く貢献してきた。
 どこまでも、調査。その怜悧さを、ヴィーナスとマーキュリーは疑問もなく肯定した。









「・・・ほんっとに何もないわね。辛気くさー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ごつごつとした岩肌が剥き出しになっただけの星の欠片に降り立ったヴィーナスは、きょろきょろと周囲を見回してみてその時点で飽きた。
 欠片と言っても地平線が見える分、相当な面積及び体積を誇っている。見渡す限り何もないが、重力があり大気を纏っているらしく、頭上は星空が宝石箱をひっくり返したように瞬いていた。この場で見るものと言えばそれくらいだろう。
 だがマーキュリーは生真面目に、およそ何もなさそうな岩の塊を覗き込むと、ポケコン片手に目を細めて丁寧にサンプルを取ろうとしていた。
「(ここに更に辛気臭いのが一人・・・)」
 どうせ調査と言っても、ヴィーナスにすることはない。向こうだって手伝いなんて当てにしてはいないだろう。何をしたらいいのかも正直よく分からないし、出しゃばったところでしかめっ面をされるのがオチである。
「あたしその辺うろうろしてるから終わったら声かけてー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 マーキュリーは作業を中断することなく無愛想に頷いた。どこまでも辛気臭い女だとヴィーナスは眉を潜める。本音を言えばこのままマーキュリーを放置して帰りたいくらいだったが、クイーンからの勅命だとそういうわけにもいかない。
 そうして、一応マーキュリーが視界に入る範囲をヴィーナスはうろうろと歩いていた。岩肌がむき出しなのに蹴飛ばす石ころすら見当たらない武骨な大地をヒールで踏みしめながら、ヴィーナスはぼんやりと時を待つ。果たしてそれは数時間後なのか、数日先なのか、それともあと瞬き一つの間なのか―
「・・・ヴィーナス!」
 次の瞬間、マーキュリーの声が耳にびりびりと響いた。悲鳴に似たその声は、聞きなれた自分の名前ながら、まるで初めて聞いた単語のように届いた。振り返るとマーキュリーが血相を変えてこちらに向かって走ってくる―これも初めて見る彼女の表情で。
 そしてヴィーナスは自分の足元から、後ろから前にかけて得体の知れない音を聞いた。次いで体が崩れていく感覚がした。
「あ゛っ・・・あああああああ!!!」
「ヴィーナス!ヴィーナス!!」
 マーキュリーが滑り込むようにヴィーナスの傍に辿り着いたときは既に遅かった。ヴィーナスは左の腿を押さえて倒れこんでおり、真っ赤に染まったグローブの隙間から血が吹き出していた。
 脂汗がどばどばと吹き出て歯を食いしばっても声が漏れる。マーキュリーは血の飛び散った岩の上を屈みこむように、ヴィーナスの傷を見る。
「何かが―貫通した!?」
 マーキュリーはヴィーナスのリボンを奪うように外した。それが何を意味するか悟ったヴィーナスは、抵抗はしないまでも汗の滲む視界でマーキュリーを睨む。よりによってマーキュリーに自分のトレードマークに触れられるのは、こんな状況であれ嫌だった。そして何より、彼女はこんなことをしている場合ではない。
「あたしのっ・・・リボンに触らないでよっ・・・」
「少しだけ痛いわよ」
 だがヴィーナスの言葉などまるで意に介さないようにマーキュリーはヴィーナスの太腿部、傷より上の部分にそれを強く巻き付け止血する。華奢な腕のわりに意外と力があるのか、一瞬息が止まるような強い圧迫にヴィーナスは呻くしかなかった。
「うっ・・・ぐ・・・」
 だが止血点をきちんと押さえているのか、5秒にも満たない行為にヴィーナスの痛みは少しだけ治まった。
「さっきあなたのほうを振り返ったら…そしたらあなたが…!」
「マーキュリー・・・!はっ・・・離れなさい!固まってたら・・・狙われる!」
「でも、あなたが・・・」
「どこに敵がいるか分からないのよ・・・!?はっ・・・早く!」
「・・・・・・・・・・・っ」
 マーキュリーはヴィーナスの言葉に一瞬だけ眉を潜めると、黙って顔を伏せ、そのまま背を向ける。そのまま背中が離れることを予想していたヴィーナスだが、自分の意思に反し体が浮いた。
「・・・えっ!?」
 マーキュリーに背負われているという現実は理解できたものの、それに感情がついていくのに数コンマを要した。感情がついてきたときにはもう自分が倒れていた場所から遠ざかっていた。
「ちょ、マーキュリー・・・!」
「静かにして」
「なっ・・・」
 思わずヴィーナスは背中越しのマーキュリーを睨むが、マーキュリーはヴィーナスを背負ったまま無作為に走り続ける。一箇所に留まらないようにしているのだろう。だがヴィーナスを抱えたままではスピードも減速するし、『戦士としての行動』としては間違っている。ここは自分から距離を置くのが正しいはずなのに。
「ちょ、マーキュリー、下ろしなさいっ・・・!」
「・・・それだけ喋れるなら毒性のあるものにやられたわけではなさそうね・・・単純な物理攻撃と見るべき・・・」
「む、無視すんなっ!!」
「ヴィーナス、私のピアス押して!ゴーグルで解析する!」
「聞きなさいよぉぉ!!」
 どこまでもマイペースを誇るマーキュリーにヴィーナスは驚愕しつつ、それでもこちらを相手にしていては体力が持たないと判断し、マーキュリーの耳を探るように触れる。その間ヴィーナスは、足の痛みに耐えながら気配を周囲に巡らせる。知性の戦士らしからぬ行動のマーキュリーのことを考えるのは諦めた。
 だったらこの状況で自分の出来ることをするまで。
「(さっき―全く気配を感じなかった・・・!)」
 ヴィーナスは戦士として、自分の足を貫いたものについて―敵について思案する。
 飛んできたものは何か分からなかったし、気配を感じなかった。だが無生物の飛来、例えるなら隕石の類いだが、そんなものが偶然足を貫いたと言うにはあまりにも現実的でない。それに足を貫いた破片のようなものは見つからない。
 ならば触手のようなものが目にも留まらぬ速さで自分の足を貫いて抜けたと考えるのが妥当だろう。
「(気配を消せるような妖魔か何かが潜んでいるということ・・・!?)」
 気配を消せると言うことは、仮に妖魔だとしても相当に高等だろうから知性があるはずだ。そしてそれだけの知性とスピードを誇るなら何故貫いたのが足なのか。こちらを排除する意思があるのならば頭や胴体を狙うべきだ。脅して遠ざけようと言うのなら尚更逃げる為の足を狙うべきでない。単にコントロールに関しては正確性に欠けるのか、それともなぶり殺しにでもしようと言う魂胆なのか―今の段階では分からない。
 いずれにせよ、このままでは捉えられる。マーキュリーの足も一人を背負っている分は不利だ。
 そしてそのマーキュリーは一体何を考えているのか。走っているだけで考える余裕などないのかもしれない。ゴーグルを起動はしたものの両手が塞がっている現状ではポケコンを叩くこともできないはずだ。ヴィーナスは自分が把握した現状を伝えようとマーキュリーの顔を肩越しに覗きこむ。
「危ない!」
 そして風を切る音、マーキュリーの咆哮とヴィーナスの体が後ろ向きに傾くのは同時だった。
 金属が弾ける音、何かが砕ける音、そしてざぐ、と嫌な音がした。ヴィーナスはマーキュリーの顔は見えなかったが、反り上がった首と糸を引くような流血、ヴィーナスの顔にまで吹き飛んできた血しぶき、そして砕け飛ぶゴーグルとティアラを一瞬遅れて認識する。
「あぐっ・・・」
「マーキュリー!!」
 肩越しに顔を覗きこむ。無論それは戦いの場において非常に危険な行為ではあったが、それでも完全に無防備であるような真似はしなかった、はずだった。
「っ・・・!」
 そして二人は揃って倒れこむ。
 力ない人形のように倒れたマーキュリーの右半分は既に彼女自身の鮮血に覆われ表情さえ分からなかった。顔の上部に敵の攻撃をまともに受けたようで、激しく血を噴出し、どくどくと頬を、顎を伝い滴り落ちている。
 顔を染めるそれはまるで美しい花が開いたようで。
 それは青以外の色を否定するような彼女の血に間違いない。ヴィーナスは、マーキュリーの血は赤い、という当然なことをどこか感心するような心持ちで見つめた。
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