ここに来る前にあんなに晴れていた空は、ものすごいスピードで膨らんだ黒雲に一気におおわれてしまった。天気予報では唐突な天気変更に注意せよということをさんざん言っていたけど、ここまで唐突とは予想できなかった。
それはもう本当にあっという間、台風と見まがうような雨、風、そして窓越しでも耳をびりびりと刺激する雷鳴。
「もう外に出ない方がいいね、亜美ちゃん、泊まっていくかい?」
前から約束していたとはいえ、いつ崩れるか分からない天気と言われていた中、それでも放課後まこちゃんの家に来た私も私。来るときは晴れていたけれど、家にお邪魔したタイミングを見計らったかのように雨が降ってきた。
帰れないことはないという前に、お母さんも留守なんだろ、こんな中一人で帰せると思ってる?とまこちゃんに笑顔で先に言われてしまって、かたちだけの言い訳を言う気も失せた。
「…ええ。じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
「よかった。やむにしてもそのころはもう暗くなってるだろうし…まあ、ゆっくりしていきなよ。あたしもその方が嬉しいし」
「ありがとう、まこちゃん。お世話になるわ」
「…しかし、ひどい雷だな。かなり近いね」
嵐が作る密室の中、二人きり。こんな荒天で訪ねてくる人もいないだろう。この中に入れるのは、おそらく、雷鳴だけ。
窓越しに雷を眺めるまこちゃんに、私は何となく声をかける。
「まこちゃん」
「ん?」
「雷の距離を測る方法、知ってる?」
「雷の距離?そんなの、わかるのかい?」
「ええ」
「機械とかがいるんじゃないのかい?」
「いいえ、数学の問題よ」
何となく昔本で読んだ知識を引っ張り出す。そう、雷がこんなに近いから。
思い出した理由は、ほんとうにそれだけだった。
「数学?それってものすごく難しいんじゃ」
「ううん、すごく単純だから小学生でも簡単にできるの」
「本当?」
「まず雷が光った瞬間、数を数えるの。音が聞こえるまでの時間」
「音?」
「光の速さはほとんどゼロと考えていいから、あとは光と音の距離を測るの。音の速さは秒速約330メートルだから、光ってから音が聞こえるまでの時間を計って330メートルかければ、自分の場所からだいたい雷がどこで鳴っているかの距離が割り出せるの」
「じゃあ…たとえば3秒で聞こえたら、自分から1キロくらいの距離で雷が鳴ってる思えばいいのかな?」
「ええ。正解」
「ふーん…」
初めて知った時、単純だけど、確かに理にかなってる方法だと妙に納得したことを思い出す。言われてみれば確かにそうだと思うけど、雷の距離を測るなんて、それこそ大げさな装置や計算が必要だと思っていた時期は私にもあったから。
雷というのはそれだけ、早く、強く、強大で、どこか遠いものだから、その圧倒的なイメージがきっとそう思わせたのだと思う。
「でも、亜美ちゃん、分かってないね」
そこで、ふと私に降るまこちゃんの声は冷たくて静かで、外の雷鳴にかき消されそうなものだった。だけどそれより早く詰められた距離は、私からをあっさり彼女以外の視界を奪った。
「雷の音が聞こえたら、まず安全な場所に逃げないと」
そこで無作法に触れてくるからだ。落ちてくる髪。目を焼く眩しさと、時間を計る暇もなく耳に轟く微かな雷鳴。
「距離を測る前に…あっという間に」
むき出しの肌。圧倒的な力になすすべもない弱さ。どこに落ちるか分からない、落ちる場所をうかがうような近い雷鳴。そういえば雷はおへそを取るなんて話もあったな、なんて思い出す。
雷の距離を測るのは、測ることそのものが目的ではなく、計算という形で思考回路をつなげることで、たとえ雷鳴が聞こえても恐怖を起こさず冷静な行動をとれるようにと聞いた。それも理に叶っていて納得できた。どこに落ちるか分からない雷に備えるのは、まず冷静であること。
そして今全身を身勝手に触れる体を好きにしているのも。そして、私が逃げないのも。
「だって、雷…怖くないんだもの」
この状況に対応する冷静な思考回路。欲しいのはそれだけ。逃げようなんて思わない―避けようのない災害である雷。だがそれもまた、水から生まれる。
単純に必要だから、作り出すのだ。
「そんな強がり、いつまでもつだろうね」
静かな言葉と、容赦のないちからに喉から漏れた声もまた、雷鳴にかき消される。脳が痺れる感覚は、とろけるような熱と恍惚をもたらした。
どこか遠くに雷の落ちた音が聞こえて、私はそれにすら嫉妬する心を無視して、ただ目を焼かれないように瞼を閉じた。
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某所でこっそり出したものの改訂版。そしてまこ亜美久々…
雷の距離の測り方は、小学校の時に読んだ数学かなんかの本に載ってたものです。まだ覚えてる…そして測ってる暇があったら逃げるべきだと心底思ったのはよい思い出。
楽しみにしてくださってるなんてもったいないお言葉です!美奈亜美、かわいいのに何故はやらない!?と…お気に召したのなら本当に…そのお言葉で頑張れます!
はるみちはあまりありませんが(笑)またお時間のある時に覗きに来てくださったら嬉しいです!コメありがとうございました!
これからも頑張ってください。
前ははるみちファンだったんですが、こちらのサイトを拝見するようになってからはヴィナマキュ&美奈亜美派になりました(笑)