宇宙戦艦ヤマトの二次創作短編小説です。
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。
勤務の合間に防衛軍本部の参謀執務室を訪れたのは、サーシャの生育の件でひとつ確認しておきたい事柄が生じたからだった。内容が内容だけに、直接古代と話がしたかった。
もちろん、いまは二人ともこうして地球にいるのだから、勤務時間が終わればいくらでも会話の機会はある。だが、それを待つことができずにここへやってきたのは、俺自身、イカルス行きが近づいてきたことで感傷的になっていたのかもしれない。できれば、少しでも機会を捉えて古代の顔を見ていたい―――正直に言うと、そんな気分だった。
計り知れないほどの苦しみと負い目を抱えて、古代は地球へと帰ってきた。そして―――非難、批判、皮肉の言葉や眼差しを実際にその身に浴びながら、自分が引き寄せた(と、あいつは思っているのだが)禍つ事への備えを、可能な限り行おうとしている。
あいつの真摯な態度と持って生まれた資質とが印象を和らげてはいたが、就任からまだ間もないというのに防衛軍の戦力再編・配備に関する数々の提言を行い、実行に移すその姿は「苛烈」と言ってもよかった。数ヶ月もしないうちに、あいつは誰の目にも明らかな形で「藤堂長官の懐刀」として認識されることだろう。
だが―――
―――皮肉なことに、自ら望む望まないに関わらず、人目を惹き人に愛される古代の資質は、あいつに認められず、その意を向けられなかった者からの激しい妬みや恨みを買いかねない。古代が真摯であればあるほど、相手の負の感情も強くなる。いっそ、俺のように誰からも近寄りがたく思われている方が、質の悪い敵を作らないでいられるんじゃないか―――そう思ってしまうくらいだ。
理不尽な話だ。現状は、あいつ自身の望みなどひとっ欠片も反映しちゃいないのに。あいつはただ、イスカンダルを襲った災禍が地球に及ばないように、自分の力の全てを注いでいるだけなのだ。だが、感情というヤツはどこまでも度し難く、かつ、人はいともたやすく感情の奴婢と成り果てる。
昏い思いに囚われながら訪れた執務室に、しかし、古代はいなかった。今日最後の会議の前に外の空気を吸ってくると言い置き、階下へ降りていったのだという。その場所に心当てがあった俺は、取り次ぎの者に礼を言うと、来た道を引き返し裏庭へと向かった。
きれいに刈り込まれた植え込みの間を足早に歩いた先には、一応芝を敷いてはいるものの、たいした手入れもなく雑草がちらほら伸びているスペースがある。防衛軍本部全体の敷地を区切る高いフェンスはさらに向こうにあるが、隣接する施設との間を隔てる、やや低い柵がここに設けられている。
人の胸くらいまでの、その柵に凭れる形で―――俺の求める男の後ろ姿が、そこにあった。
手前にある植え込みを避けて近づけば、その柵に沿うようにして斜め後ろから古代の顔を捉えることになる。なんとなく声をかけそびれた俺に、あいつはまだ気づいていない。
右手に白いカップを持ったその唇が、微かに動いている―――そう思ったのと同時に、古代の低い歌声が俺の耳に届いた。
切なく胸を締め付ける短調の旋律。だが、けっしてか細くもか弱くもない節回し。そして、僅かに聞き取った部分だけでも十二分に俺の心を揺さぶった、その歌の詞は―――
―――何と形容したらいいのだろう―――
人として生まれ、誰のものでもない自分自身の運命を生きる者が、生涯のどこかで必ず辿り着く孤独。底知れぬその寂寥に耐えながら、その身を先へと歩ましむ為の、ささやかないたわりの言葉。
それを、この男が口ずさんでいる。
―――胸を突かれて、俺は動けなくなった。左手で頬杖を付いた古代の横顔を見つめたまま……
気配に気づいたのか、ふと、古代がこちらを見た。途端にバツの悪そうな顔をして歌いやむ。
「……おい、人が悪いぞ。ずっと聴いてたのか?」
「ああ、いや…そんなに、長い時間じゃない。すまん、声を…かけそびれて……」
俺は、自分でも訳がわからない動悸を抑えかねていた。おそらく、聴かれた古代よりも動揺しているのではないか。
「今の、歌は…?初めて聴くな。」
「ああ、ずいぶん古い歌らしい。親父がよく歌っていたんだよ。」
ここに来たそもそもの用件でさえすぐには切り出せず、つまらないことを尋ねてしまった俺に、古代はちょっと苦笑いしながら説明してくれた。
「何となく、一人になった時に出てくるんだ、この歌。誰もいない時にしか歌ってなかったんだけどな……あーあ、聴かれちまったか。笑うなよ。」
照れ隠しのようにそう言って顔を背け、頭を掻いた男のことを、俺は、笑うどころか―――
胸が、騒ぐ。締め付けられる。
古代―――古代。
何かが、お前を突き動かしている。俺にもお前にもどうすることもできない、まるで熱い大気が塊となっているような掴み所のない流れに呑みこまれて、それでも自分の進むべき途を選び取ろうと、お前は―――
だが、どうか、急ぐな。急がないでくれ。
そうやって、ささやかな歌に心を慰める時間を捨てないでくれ。
俺がお前の奥底にある傷に辿り着くまで。癒せないまでも、せめて、そっと覆えるようになるまで。
お前が、俺にしてくれたように―――古代、どうか―――
日差しが―――午後の波長を強めている。
小さな秘密が晒されたあどけない時間が破れ、日常の時間が流れ出すまでの、永遠の刹那。
宙に浮かんだ泡のようにきれいに閉じた円環の中で、俺はただそれだけを念じていた。
【あとがき】
これもタイトルは「パーツフェチへ15題」から。
前2作からずいぶん時が流れ、「新たなる旅立ち」と「ヤマトよ永遠に」の間のエピソードとなります。
作中で守さんが歌っているのは、塚田茂作詞・宮川泰作曲の「銀色の道」です。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/ginirono_michi.htm
宮川先生が亡くなられ、いくつかの追悼番組が放送された中でこの曲を聴き、その時の感動から生まれた話がこれなんです。
古代武夫さんならきっとこの歌を知っているに違いない!(何せ未来の昭和人・笑)
長かった「一人っ子」時代、たとえば家族での山歩きに疲れておんぶされた時などに、守さんはお父さんの背中でこの歌を聴いていたのではないかと想像しています。
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。
勤務の合間に防衛軍本部の参謀執務室を訪れたのは、サーシャの生育の件でひとつ確認しておきたい事柄が生じたからだった。内容が内容だけに、直接古代と話がしたかった。
もちろん、いまは二人ともこうして地球にいるのだから、勤務時間が終わればいくらでも会話の機会はある。だが、それを待つことができずにここへやってきたのは、俺自身、イカルス行きが近づいてきたことで感傷的になっていたのかもしれない。できれば、少しでも機会を捉えて古代の顔を見ていたい―――正直に言うと、そんな気分だった。
計り知れないほどの苦しみと負い目を抱えて、古代は地球へと帰ってきた。そして―――非難、批判、皮肉の言葉や眼差しを実際にその身に浴びながら、自分が引き寄せた(と、あいつは思っているのだが)禍つ事への備えを、可能な限り行おうとしている。
あいつの真摯な態度と持って生まれた資質とが印象を和らげてはいたが、就任からまだ間もないというのに防衛軍の戦力再編・配備に関する数々の提言を行い、実行に移すその姿は「苛烈」と言ってもよかった。数ヶ月もしないうちに、あいつは誰の目にも明らかな形で「藤堂長官の懐刀」として認識されることだろう。
だが―――
―――皮肉なことに、自ら望む望まないに関わらず、人目を惹き人に愛される古代の資質は、あいつに認められず、その意を向けられなかった者からの激しい妬みや恨みを買いかねない。古代が真摯であればあるほど、相手の負の感情も強くなる。いっそ、俺のように誰からも近寄りがたく思われている方が、質の悪い敵を作らないでいられるんじゃないか―――そう思ってしまうくらいだ。
理不尽な話だ。現状は、あいつ自身の望みなどひとっ欠片も反映しちゃいないのに。あいつはただ、イスカンダルを襲った災禍が地球に及ばないように、自分の力の全てを注いでいるだけなのだ。だが、感情というヤツはどこまでも度し難く、かつ、人はいともたやすく感情の奴婢と成り果てる。
昏い思いに囚われながら訪れた執務室に、しかし、古代はいなかった。今日最後の会議の前に外の空気を吸ってくると言い置き、階下へ降りていったのだという。その場所に心当てがあった俺は、取り次ぎの者に礼を言うと、来た道を引き返し裏庭へと向かった。
きれいに刈り込まれた植え込みの間を足早に歩いた先には、一応芝を敷いてはいるものの、たいした手入れもなく雑草がちらほら伸びているスペースがある。防衛軍本部全体の敷地を区切る高いフェンスはさらに向こうにあるが、隣接する施設との間を隔てる、やや低い柵がここに設けられている。
人の胸くらいまでの、その柵に凭れる形で―――俺の求める男の後ろ姿が、そこにあった。
手前にある植え込みを避けて近づけば、その柵に沿うようにして斜め後ろから古代の顔を捉えることになる。なんとなく声をかけそびれた俺に、あいつはまだ気づいていない。
右手に白いカップを持ったその唇が、微かに動いている―――そう思ったのと同時に、古代の低い歌声が俺の耳に届いた。
切なく胸を締め付ける短調の旋律。だが、けっしてか細くもか弱くもない節回し。そして、僅かに聞き取った部分だけでも十二分に俺の心を揺さぶった、その歌の詞は―――
―――何と形容したらいいのだろう―――
人として生まれ、誰のものでもない自分自身の運命を生きる者が、生涯のどこかで必ず辿り着く孤独。底知れぬその寂寥に耐えながら、その身を先へと歩ましむ為の、ささやかないたわりの言葉。
それを、この男が口ずさんでいる。
―――胸を突かれて、俺は動けなくなった。左手で頬杖を付いた古代の横顔を見つめたまま……
気配に気づいたのか、ふと、古代がこちらを見た。途端にバツの悪そうな顔をして歌いやむ。
「……おい、人が悪いぞ。ずっと聴いてたのか?」
「ああ、いや…そんなに、長い時間じゃない。すまん、声を…かけそびれて……」
俺は、自分でも訳がわからない動悸を抑えかねていた。おそらく、聴かれた古代よりも動揺しているのではないか。
「今の、歌は…?初めて聴くな。」
「ああ、ずいぶん古い歌らしい。親父がよく歌っていたんだよ。」
ここに来たそもそもの用件でさえすぐには切り出せず、つまらないことを尋ねてしまった俺に、古代はちょっと苦笑いしながら説明してくれた。
「何となく、一人になった時に出てくるんだ、この歌。誰もいない時にしか歌ってなかったんだけどな……あーあ、聴かれちまったか。笑うなよ。」
照れ隠しのようにそう言って顔を背け、頭を掻いた男のことを、俺は、笑うどころか―――
胸が、騒ぐ。締め付けられる。
古代―――古代。
何かが、お前を突き動かしている。俺にもお前にもどうすることもできない、まるで熱い大気が塊となっているような掴み所のない流れに呑みこまれて、それでも自分の進むべき途を選び取ろうと、お前は―――
だが、どうか、急ぐな。急がないでくれ。
そうやって、ささやかな歌に心を慰める時間を捨てないでくれ。
俺がお前の奥底にある傷に辿り着くまで。癒せないまでも、せめて、そっと覆えるようになるまで。
お前が、俺にしてくれたように―――古代、どうか―――
日差しが―――午後の波長を強めている。
小さな秘密が晒されたあどけない時間が破れ、日常の時間が流れ出すまでの、永遠の刹那。
宙に浮かんだ泡のようにきれいに閉じた円環の中で、俺はただそれだけを念じていた。
【あとがき】
これもタイトルは「パーツフェチへ15題」から。
前2作からずいぶん時が流れ、「新たなる旅立ち」と「ヤマトよ永遠に」の間のエピソードとなります。
作中で守さんが歌っているのは、塚田茂作詞・宮川泰作曲の「銀色の道」です。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/ginirono_michi.htm
宮川先生が亡くなられ、いくつかの追悼番組が放送された中でこの曲を聴き、その時の感動から生まれた話がこれなんです。
古代武夫さんならきっとこの歌を知っているに違いない!(何せ未来の昭和人・笑)
長かった「一人っ子」時代、たとえば家族での山歩きに疲れておんぶされた時などに、守さんはお父さんの背中でこの歌を聴いていたのではないかと想像しています。