TBA

(仮)

みごとなまでの

2019-11-05 | 本と雑誌

 

3日連続で病院にいたときからはや1週間。

なにしてたか記憶がない。

読みかけてた本もそのまんまだった。

 

1週間前は走り回ってなんだかんだ汗かいてたけど、きょうはすっかり寒い。

ゆうべは寒くて寝られなかったし。

冬ふとんも出さないときょうはやばいかも。

 

ねずみちゃんはふつうに家の中を移動してるみたい。

いいかげんなんとかしないといけないかな。

 

 

「100人の森博嗣」

読みかけてた本。また読みはじめるとすぐに読めた。

最近、ほとんど小説は読めないけれどエッセイなら読める。

この方の本も、S&Mシリーズとか全部そろえたけど読めてない。

ほかのも図書館で借りたけど読めずに返したり。

 

第五章だけ残してたのだけど、

そこがいちばんおもしろくてなんか得した気分。

なかでも高校生のインタビューがおもしろかった。

ジェネシスがお好きなのか。

 

あと、おもしろいのは「子供には新聞を読ませない」

当の新聞にこれを書くっていうのはイジワルではあるとは思うけど、

内容的にはそれほど過激とも思えないのに没にしてしまった中日新聞。

事前検閲上等で表現の自由を認めない姿勢。

こういうことをしてしまうと、なにも批判できなくなってしまうとは思わなかったんだろうか。

時代が違うとはいえ、これぞって感じのダブルスタンダード。

そういう体質なんだろうな、としか。

あらためて「あいちトリエンナーレ」ってなんだったっけ、と思ってしまう。

 

それ以外でも教育に関する部分も納得できる意見。

大人が楽しんでる姿を見せることが一番の教育。

そしてこどもが勉強してるときは大人も勉強する、と。

 

じゃあ、やっぱり先生がいじめをするっていうのは最悪としか言いようがない。

 

 

「100分de名著」見た。再放送よね、これ。

でも、おもしろい。

なんでも「差別」って言ってしまうのはどうかと思うけれど。

 

はじめのサークル活動のようなものから教団へ移行するにあたっての変容。

大乗も小乗も仏に至る乗り物という点では同じ。

みんな同じに救われる、というのでは教団として成立しないというのもわからないでもないし、

修行したものとそうでないものを区別したくなる気持ちもわかる。

教団なんて必要ないと言えばそうなのだけど。

でも、あくまでも精神的なものなのだから、

そういう区別までも差別と言ってしまうのはやっぱり…

 

「方便」とは覚りに至るまでの最短距離。

方便を失言とした騒動があったような。

結局、国民の生活の安定が目的であるのなら「方便」は失言とは言えないのでは。

と思ったけど、元首相の発言を調べると失言というよりもそもそも意味がわからん。

この方、使い方も意味もわかってなかったのかも。

 

そして『対立を融和に変えるような思想が法華経』と。

ただ、世界中で対立しているのは仏教徒ではない場合が多いような。

 

コメント
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