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競馬のスポーツとしての魅力や、感動的な人と馬とのドラマを熱く語ります。

あの日の君

2005-10-04 22:30:47 | 心に残る名馬たち
なぜ、そんなに先を急ぐのだろう。
最後に先頭に立っていれば良いだけなのに。

なぜ、そんなに速く走るのだろう。
他よりもほんの少し先にゴールすれば良いだけなのに。

なぜ、そんな君に惹かれてしまうのだろうか。
きっと君のように自由に思うままに走りたいからなんだろう。

でも、抑えるものが無くなったら君のように速く走れるのだろうか。
君も若い頃は思うように走れても、最後には力尽きていたよね。

大人になったから、思うように走っても最後まで走りきれるようになったのかい?
もし、そうなら僕も大人にならなきゃいけないね。

でも、何のために走り続けているんだろう。
ゴールなんてどこにも見えてこないのに。

生きてゆくため?
自分の存在価値を確かめるため?

君は何のために命を懸けてまで走り続けたんだい?
それで君は幸せだったのかい?

君のように速く走ればそれは見えてくるのだろうか?
君のように強くなればそれは見えてくるのだろうか?

今週末は最後に君が勝ったレースだね。
僕が君のように勝てる日は来るのかなあ。

でも、僕には次のレースもあるよね。
走り続けていれば、いつかは勝てるよね。

今でも語り継がれているあの日の君のように…

生粋のスプリンター

2005-09-29 22:48:54 | 心に残る名馬たち
今週末はスプリンター達の祭典。
スプリンターという響きを聞くと私は今でもあの馬を思い出す。

その馬は天性のスピードを持っていた。
しかし、若い頃はスピードまかせのレース振りで、逃げて押し切るかバテてぱったり止まるかという極端なものだった。
その姿からは速い馬という印象は受けても強さは感じられなかった。
実際、3歳時に出走した暮れのスプリント王決定戦では、玉砕的な逃げで自らハイラップを刻み自滅している。

しかし、脚部不安による長期休養からターフに戻ってきた時、この馬は生まれ変わっていた。
スピードを上手く制御し、逃げなくても自分のレースができるようになったのだ。
どんなペースでもスピードの違いで楽に先行することができる。
勝負どころでは自らレースを作るように進出し、直線で一気にスピードを爆発させるそのレース振り。
昔の脆さは消えうせ、速さと共に圧倒的な強さを感じさせるものだった。
その年の暮れはこの馬が当たり前のようにスプリント王に輝いた。

当時はまだまだスプリント路線が確立されていなかった時代。
そういう背景もあり、翌年はマイル路線にも果敢に挑戦していった。
しかし、そこに立ちはだかったのは一頭の牝馬だった。
この年の春秋のマイルG1を連覇し、マイルの女王として君臨する馬との戦いは今でも語り草となっている。

秋の短距離路線は正にこの二頭のためにあるようなものだった。
二度目の対決となった1400m戦では、この距離では負けられないという意地を感じさせるものだった。
日本で初めて1分20秒を切るスーパーレコードを記録し、存分にそのスピードを見せつけた。

そして、三度目にして最後の戦いとなったマイル戦。
いつもどおり、スピードの違いで好位を追走し直線で抜け出す完璧なレースを見せた。
しかし、前走よりもゴールは1ハロン遠い。
直線で脚色が鈍ったのを、マイルの女王は見逃さなかった。
この距離では負けられないと言わんばかりに、一気に並ぶ間もなく交わし去ったのだった。
女王の末脚には屈したが、適距離とは言えないこのレースでも2着を死守した姿は、改めてこの馬の強さを認識させるものだった。

迎えた暮れのスプリンター達の祭典。
このレースを最後にターフを去ることが決まっていたこの馬は、最も得意とするこの距離で最も強い姿を見せつけた。

快速馬が揃い、前半は殺人的なハイペース。
そんな中を苦も無く絶好位で追走する。
自分のスピードからすれば、こんなペースはたいしたことは無い。
そんな声が聞こえてきそうなくらい楽々と。

4コーナーを回り直線で満を持して先頭に立つともはやこの馬の一人舞台。
ゴールまでの急坂なども関係なく、ドンドン後続を突き放してゆく。
他の馬とはスピードの次元が違う。
強さが違いすぎる。
この距離でこの馬に勝てる馬は居ないだろう。
私はこの馬に脱帽した。

最後までそのスピードは衰えず、後続を4馬身ちぎり捨てて連覇を果たした。
勝ち時計は1分7秒1の日本レコード。
なんという速さと強さ。
このレースは正にこの馬のためだけのものだった。

あれから10年以上経つが未だにこの馬以上のスプリンターは観たことが無い。

覚えてますか

2005-09-12 23:33:59 | 心に残る名馬たち
1年半ほど前。
一頭のサラブレッドが日本中の話題になったことを覚えているだろうか。

始まりはある地方の地元紙。
不振に喘ぐ地方競馬のある一頭の馬が取り上げられた。
一回くらい勝とうな。
そんな見出しで88連敗した未勝利馬を優しく見守る温かい記事だった。

その記事を目にした、その馬が所属する地方競馬職員は悩んだ末、全国のマスコミへ広報を行った。
競馬の世界は皆、勝つために努力している。
負けて有名になるのはタブーである。
だが、赤字続きでいつ廃止されてもおかしく無い現状では皆、文字通り身を削って存続のために力を尽くしていた。
そんな中での決断で辞表を覚悟していたという。

それからは、スポーツ紙、ワイドショーなどに取り上げられ、空前のブームとなった。
負けても負けても走り続ける。
こんな時代だからこそ、そんな姿に自分を重ねる人が多かったのだろう。

だが、競馬関係者からは決してこの馬のことは歓迎されていなかった。
サラブレッドは勝つために走っている。
大レースを勝っている馬よりも、1勝もしていない馬が注目されるのはおかしい。
正にそのとおりである。

だが、私はこの馬のことは嫌いではなかった。
いや、正確にはこの馬を世話している人たちに心を打たれた。

厳しい財政により賞金を大幅にカットされ馬を預ける馬主も居ない。
そんな状況では、今居る馬を使い続けるしか無い。
そういう事情を抜きにしても、自ら草を育てて馬に与える調教師。
過熱する報道の中でも、寡黙に愛情を持って馬を手入れする厩務員。
彼らの真摯な姿には頭が下がる。

競馬をあまり知らない人にもこういう人の姿を観て欲しい。
競馬とはギャンブルだけではない、こういう側面もあるのだと。
一時的なブームで直ぐに忘れさられるのだろうが、少しでも競馬の魅力を知ってもらえたら。
地方競馬の負の連鎖を断ち切ることができれば。
当時はそんなことを思っていたものだ。

しかし、そんな人々の思いに泥を塗るような出来事が起きた。
ブームの最中に無償で馬主となったある人物に、その馬が無理やり強奪されたのである。
レースに使い詰めの馬に休養させたい。
そんな名目だった。

馬を酷使する調教師から、優しい馬主が救ってあげた。
そうとも取られかねない出来事だが真相は違っている。

ブームとなったこの馬の利権を巡り、馬主と競馬主催者側は対立していた。
そして、このまま使い続けて誰も注目していないときに勝たれては商品価値が下がる。
そんな打算が働いたのだろう。

大々的に引退レースを宣伝し、そこで勝たせる。
そのレースには中央のスーパースタージョッキーを乗せる。
そうやってもう一度ブームを作りグッズなどで儲ける。
そんな、利己的な考えのために、今まで大事に走らせ続けた厩舎から連れ去られたのだ。

だが、一度緩めてしまった高齢馬の体はレースに耐えられる姿に戻すのは至難の業である。
結局、その騒動から1年経った今も復帰への目処は全く立って居ない。

一競馬ファンとして私が願うのは、もうこれ以上この馬に泥を塗って欲しくない。
もう、静かに引退させてあげて欲しい。
それが、あの真摯な人たちへのせめてもの報いになるはずだから。

一瞬の輝き

2005-08-27 00:21:41 | 心に残る名馬たち
先日、CSの競馬専門チャンネルの番組で昔の映像が流れていた。
そこには故人となってしまった競馬の神様と呼ばれた人がある馬のことを語っていた。
芦毛の怪物と呼ばれた稀代のアイドルホースが奇跡の復活を遂げたレース。
直線で先頭に立ち、まさか、もしかしたら。
そんな瞬間、競馬場にいた誰もが願いを込めて声援を送った。
だが、競馬の神様はその馬では無く、後ろから追い込んできた3歳馬の名前を大声で叫んだ。
そのくらい、この馬には思い入れがあり、好きだったのだろう。

私はその馬をリアルタイムではほとんど見ていない。
もどかしかったクラシックや、やっと勝てたG1。
そんな走りは後に記録された映像でしか観ることができなかった。
だが、この馬の仔で良く似た運命を辿った馬のことは良く覚えている。

その馬も父と同じでクラシックの主役だった。
そして、父と同じくもどかしかった。
息の長い末脚で直線は確実に追い込んでくる。
だが、いつもあともう少し直線が長ければという感じで勝ちきれない。
そんな走りに次は次こそはと期待してしまう。
応援せずにはいられない。
そんな馬だった。

やがて、日本一の長距離レースに出走してからこの馬は名実共に主役の階段を登り始めた。
今までのもどかしさが嘘のような大差勝ち。
返す刀で冬場のG2戦も勝利し、春の盾への前哨戦へ向う。
そこで同世代のグランプリホースをも破り破竹の3連勝を飾る。

晩成の大器がようやく才能を開花させた。
やはりこの馬は主役なんだ。
もどかしい頃からこの馬を見つめていた私はその姿が誇らしかった。

そして、古馬最高峰のレースでも堂々としたレース振りで勝利を収めた。
この馬が名実共に主役となった瞬間だった。
この一瞬だけは、この馬が現役最強馬と言っても過言では無い。
そんな力強い勝利だった。

しかし、この瞬間以降この馬は二度と主役になれなかった。
一つ下の世代には本当の主役と呼べる馬が何頭も居り、それらには太刀打ちできなかった。
やがて、脇役に追いやられひっそりと現役を引退していった。

だが、私の心にはこの馬が主役であった瞬間がハッキリと刻み込まれている。
たとえそれが一瞬の輝きだったとしても。
いや、その輝きが儚いほどに短かったからこそ、その切なさが心の奥に染み込んだのだろう。

やりきれない思いを抱いたとき、ふとこの馬のことを思い出してしまう。

期待の種牡馬

2005-07-11 23:38:28 | 心に残る名馬たち
市場取引馬。
私が競馬を観始めた頃は、なんとも地味な響きだった。
その頃、良い馬と言えばほぼ庭先取引。
セリに出されるのは、上場義務のある種牡馬の仔を除けば、庭先で売れ残った馬と相場が決まっていた。

それが最近では、眼も眩むような良血馬がセリに上場されている。
血統だけでなく2年連続でダービー馬を輩出するなど、実績もかなりのもの。
もはや、走る馬を探すならこのセリは絶対にはずせない。
その季節が今年もやってきた。

このセリはつい最近まで、絶対的な種牡馬の産駒の青田買い合戦だった。
だが、その絶対君主亡き後、少しは健全な市場になってきたようだ。
初日の最高価格馬は新種牡馬の産駒。
今年の桜花賞馬の半弟という良血馬だが、それでも数年前ならば新種牡馬の仔に2億1千万の値はつかなかっただろう。

昨年も同様の傾向だったが次期リーディングサイヤーがまだ見えない状況では、現役時の能力が高かった新種牡馬がかなりの期待を集めるようだ。
2年連続年度代表馬という実績もさることながら、観る者に強烈な印象を与えたあの瞬発力。
確かに、あの能力が産駒に伝わったらと思うと期待する気持ちもよくわかる。
だが、私が現役時代の能力で期待する新種牡馬はあの馬である。

私がこの馬を初めて観たとき、正直たいした馬だとは思わなかった。
全く人気薄の外国馬。
世界一と称されるジョッキーの腕と、本命馬の出遅れによりたまたま勝った。
その程度の評価だった。

だから、翌年英国に転厩してからの快進撃は信じられないものだった。
欧州中距離路線でゴドルフィン、バリードイルを相手に互角以上の戦いを演じる。
イスパーン賞、エクリプスS、インターナショナルS。
次々に欧州のG1を勝ちまくり、極めつけにはマイルG1のクイーンエリザベス二世Sまで勝ってしまった。
その年、欧州G1を4勝した実績で、堂々カルティエ賞最優秀古馬に選出された。

私が久々にその馬のレースをライブで観たのは年末の香港。
日本馬も出走していたのだが、私のお目当てはこの馬の走りを観ることだった。
英国に行ってから二回りは大きくなったというその馬体。
正に筋肉の塊といった感じで、前年日本で走ったときとは全く別の馬だった。
レースは力の違いを見せつけるということの見本のようだった。
好位追走から直線で満を持して軽く追い出すと、筋肉の弾丸のような大迫力の末脚を繰り出した。
あっという間に先頭に踊り出てそのまま楽勝。
実力の片鱗を見せただけで勝ってしまったという感じで、欧州の真のトップホースとはここまで強いのかと驚愕させられた。

恐らく、この馬が引退してからオファーをしたのでは日本で共用などできなかったのではないだろうか。
マイルから中距離、2400mまで幅広い距離をこなし、欧州の重い馬場から、日本、香港の軽い馬場もこなす。
そして、なによりあれだけの競争能力。
あの走りを観た後だったら、欧米の生産界は放っておかないだろう。

最近は抜群の競争能力を見せた馬の産駒が走るようになってきた。
もしかすると2年後はこの馬の仔が大旋風を巻き起こすかも知れない。

思わず笑顔になる馬

2005-06-24 00:40:32 | 心に残る名馬たち
悲劇の名馬と呼ばれる馬がいる。
その多くはレース中の事故により、もう二度と姿を観られなくなった馬たちである。
その中でも悲劇の天才ランナーとして語り継がれている馬がいる。

だが、私がこの馬を思い出すとき、涙よりも笑みがこぼれてしまう。
私にとってこの馬は思わず笑顔になってしまう馬なのである。
それは、この馬を初めて観たときからそうだった。

その年はまれにみる混沌としたクラシック路線だった。
例年では大物の始動戦となる弥生賞。
ここでのレース内容如何では、その年の主役が決まるレース。
だが、この年のクラシック路線を象徴するかのような主役不在のメンバー。
私も正直、このレースでこの面子じゃなあ。
とレース前から半分興味を殺がれていた。

しかし、一頭だけ興味をそそられる馬がいた。
新場戦をぶっちぎりで圧勝してきたばかりの馬。
その未知の存在に、もしや遅れてきた大物なのではという淡い期待を抱いていたからだ。
だが、ゲートが開く直前、その期待は笑いに変わってしまった。

その馬がゲートを潜り抜けて、一頭だけで勝手にスタートを切ってしまったのだ。
仕切り直しての再スタートでも大出遅れ。
なのに、ムキになって前を追いかけて4コーナーでは先行集団に追いついてしまうムチャクチャなレース振り。
期待はずれというより、面白い奴だなあと妙に印象に残った。

その後もこの馬の走りは印象的だった。
とにかく速い馬で、気づいたら後続を引き離して先頭を走っている。
まるで苦も無く気持ちよさそうに。
だが、直線の半ばくらいで急にバックして馬群に沈んでしまう。
その爽快なレースぶりは観ていて気持ちが良かった。

4歳になっても、レース振りは相変わらずだった。
一つ変わったことは、後続の馬につかまらなくなったことである。
そうなった頃のこの馬のレースは本当に痛快なものだった。

スタートは決して早くないのに、そこからの加速が他馬と全く違う。
それでいて全く無理しているそぶりは無く、気持ちよさそうにハナを切る。
向正面流しでは常に後続を大きく引き離し、テレビは思いっきり引きの映像となる。
ここで私はいつも笑ってしまう。
あー、まただよっ。いつもすげーなあ。
なんて具合に。

極めつけは金鯱賞。
いつものように向正面で大逃げの体制に入ると、最後までその差のままだったのだ。
こりゃすげーや。
ゴールの時には大爆笑してしまった。
現地観戦したファンも手を叩いて喜んでいたという。
とにかく、この馬の走りは観ていて楽しかった。

この馬の唯一のG1勝ちは宝塚記念。
春の天皇賞馬や、前年の年度代表馬の女傑などは関係ない。
いつもどおり気持ちの良い一人旅。
いつものようにそれを笑顔で見守る私。
しかし、勝負どころからはいつもと違い、差が詰まってくる。
4コーナーで後続に追いつかれそうになった。
いつもはここでもセイフティーリードを保っているのに。
やはり距離が長かったのか。

だが、この馬は1年前とは違っていた。
直線でバックをすることなく、脅威の粘りを見せて後続は追いつけそうで追いつかない。
私も何かを我慢するように力が入り息が詰まる。
ゴールまで粘りきったとき、私はようやく息をすることが出来た。
このとき、この馬の底知れぬ強さに改めて敬服した。
そして、こういう変わった主役が誕生したことに笑顔がこぼれた。

やはり今でもこうして思い出すと、悲しいことよりも楽しかったことを思い出す。
この馬の走りは本当に面白かった。

思わず笑顔になるほどに。

主役になりきれない馬

2005-06-23 00:13:02 | 心に残る名馬たち
期待。
競馬を観ていると常にこの想いを持ち続ける。
良いレースが観られるのでないかという期待。
次こそは勝てるかもしれないという儚い期待。

そういう想いを抱かせてくれる馬は、つい応援したくなってしまう。
私はこの馬にかなりの期待を寄せていた。

この馬はデビューから、良血、名門厩舎、名騎手と全てが揃っていた。
そして、当たり前のように2歳チャンピオン決定戦に駒を進める。
一番人気に当然のように応えるその走りに、底知れぬ才能を感じた。
この馬はどこまで強くなるのだろう。
このときから、私はこの馬の将来に期待していた。

当時は、2歳チャンピオンがそのままクラシックの主役になることが主流だった。
この馬も当然、主役として皐月賞トライアルに姿を現す。
そして、ここでも当たり前のように勝利を収める。
今年のクラシックの主役はこの馬だ。
この年は同じ父を持つライバルたちが犇いていた。
だが、私に迷いは無かった。
2歳の頃から期待し、それに応えてくれたこの馬を追いかけることに決めた。

しかし、皐月賞の直前に骨折が判明する。
春のクラシックには出走できない。
この春は私にとって主役不在のどこか物足りなさを感じるものとなった。

秋になり、この馬が再びターフに戻ってきた。
だが、その舞台は天皇賞の前哨戦となる毎日王冠。
馬の適正を考え、ベストな距離のレースを選んだのだろう。
確かに、この馬には長距離は似合わない。
しかし、この時期に古馬と対等に戦えるのだろうか。
ましてや、ここは骨折休養明け。
期待と不安が入り混じっていた。

レース後もその想いは消えなかった。
古馬の一線級が出走していなかったここで、3着に負けてしまった。
故障明けでの初の古馬との対戦で、勝ち馬と然程差の無い3着に好走した。
どちらとも取れる内容だったのだ。

そして本番の秋の天皇賞。
迎え撃つ古馬は強力なメンバーが揃っていた。
復活した三冠馬を並ぶ間もなく差し切った、春の天皇賞馬。
前年の菊花賞、有馬記念を制し、今年も宝塚記念を勝っている、前年の年度代表馬。
さらに、重賞4連勝を含む6連勝でこの舞台までたどり着いた上がり馬。
この3頭の前では、まだ3歳のこの馬では太刀打ちできないだろう。
私はレース前から半ば諦めていた。

だが、この直後信じられない光景を眼にすることになる。
直線でこの馬が力強く抜け出してくるではないか。
ゴールの瞬間は喜びよりも驚きのほうが強かった。
このメンバーで勝っちゃったよ。
私の期待を遥かに超えた走りに、ただ驚愕した。

芦毛の怪物と呼ばれた伝説と化しているあの馬にも成し遂げられなかった3歳馬による天皇賞制覇。
その歴史的快挙をこの馬が果たしたのだ。
やはり主役はこの馬だったんだと。
そう確信した。

続くジャパンカップ。
日本代表馬はこの馬だった。
強力古馬陣は揃ってここを回避。
かなりの失望を覚えたのと同時に、この馬への期待は限りなく膨らんでいった。
海外招待馬の筆頭角は凱旋門賞を圧勝したフランスの3歳馬。
奇しくも同じ3歳同士の争いの様相を呈していた。
ここで勝つ様ならば、もう日本に敵は居ないな。
レース前はそこまで思っていた。

だが、そんな期待は粉々に砕かれてしまう。
全く見せ場も無い生涯最悪の大敗を喫してしまったからだ。
あまりの惨敗ぶりから、この馬のことがわからなくなってしまった。
そのまま、この馬は逃げるかのように暫くの間ターフから姿を消した。

この馬が居ない間、古馬戦線は3強が凌ぎを削っていた。
秋の天皇賞でその馬たちをまとめて負かした、あのレースはマグレだったのだろうか。
その答えは、復帰してからの走りでわかるだろう。
初夏に差し掛かった頃、この馬が帰ってきた。

半信半疑で見つめたそのレースでは、あの強い頃の余裕の走りが戻っていた。
直線で楽に逃げ馬を捕らえ、騎手が落馬しても走り続ける空馬をも差し切った。
主役がようやく帰ってきた。
心に溜まっていたモヤモヤが晴れたような気分だった。

そして、迎えた宝塚記念。
やはり私はこの馬に期待していた。
だが、この馬はどこまでも主役になりきれなかった。
直線での競り合いから抜け出し、先頭に立ったのも束の間、後ろからの強襲に僅かに屈してしまう。
皮肉なことに勝ったのは、秋に破った古馬3強で唯一出走してきた馬だった。

結局、秋に引退するまでこの馬にはずっと期待し続けた。
しかし、その秋には牝馬に主役の座を奪われ、私の期待には応えてくれなかった。

期待しながらも、主役になりきれない馬。
だから、次は次こそはと応援し続けてしまうのかも知れない。
そういえば、去年のクラシックでも、似たような馬を応援し続けた。
その馬が宝塚記念に出走してくる。
近走は惨敗が続いているが、私は密かな期待を寄せている。

もし2強を破る馬がいるとしたらと問われたら。
私は迷わず、その馬を上げるだろう。

そんな夢物語を私は期待している。

このレースの季節に思い出す

2005-06-22 00:12:28 | 心に残る名馬たち
悪役。
競馬界では主役や脇役はいるが、悪役というのはあまり聞かない。
だが、この馬はそう呼ばれてもおかしくない馬だった。

この馬を初めて意識したのは、競馬の祭典。
無敗の二冠馬が誕生したときだった。
かなり離された2着だったので、正直フロックだと思っていた。

だが、ひと夏超えたこの馬の走りは本物だった。
休み明けのセントライト記念で勝ち馬と僅かの差の2着と好走して見せたのだ。
そして、ひと叩きして向えた菊花賞トライアル。
ここには、無敗の三冠を目指してクラシックロードの主役が満を持して出走してきた。
レースではその快速の逃げの前に、影をも踏むことが出来なかった。
しかし、春は4馬身も離されたその姿が、1馬身半まで迫っていた。
その黒い影が不気味だった。

菊花賞では誰もが無敗の三冠馬誕生を期待していた。
直線に入り栗毛の馬体が先頭に立ったとき、このままゴールを先頭で駆け抜けることをみんな願っていた。
だが、後ろから影のように音も無く忍び寄り、撫で切るような鋭い末脚を繰り出し先頭に踊り出た馬がいた。
ゴールの瞬間、淀の大観衆が静まり返った。
ふざけるなよ。
テレビ画面に向って私は怒りをぶちまけた。

その翌年。
古馬戦線の主役には芦毛の最強ステイヤーが君臨していた。
その主役が春の盾三連覇なるか。
競馬ファンの興味はそこに集まっていた。
その春の天皇賞には不気味な黒い影の姿もあった。

先行して自らレースを作り、4コーナーでは先頭に並びかける。
正攻法の競馬でまさに王者の走り。
春の盾三連覇だと思った瞬間、またも後に黒い影が迫っていた。

最終追い切りで、ゴールを過ぎても追い続けるという、ハードな調教を行ったこの馬。
馬体をギリギリまで絞込み、その影響か目は殺気に満ちている様だった。
肉体的にも精神的にも追い込んだこの馬の末脚の切れ味は凄まじかった。
最強のステイヤーといえども、その末脚の前では抗うことすら出来なかった。
ゴールの瞬間、歓声が悲鳴に変わった。

またか、何なんだこいつは。
私はまた主役の歴史的勝利の邪魔をしたこの馬が大嫌いになった。

あの歴史的名馬たちを破ったからには、無様な競馬はするなよ。
そんな思いで、それからのこの馬の走りを見つめていた。
だが、この馬は力を出し尽くしてもう抜け殻になってしまったかのような腑抜けなレースを繰り返した。
記録を台無しにした馬たちの顔に泥を塗るようなこの馬がますます嫌いになった。
やがて、骨折してしまい長期休養に入る。
私は次第にこの馬の存在を忘れていった。

それから1年以上の月日が流れた春。
また、淀で春の盾を争う季節になった。
この年は前年に誕生した三冠馬が主役となるはずだった。
しかし、直前に故障してしまいここにその姿は無かった。
主役不在のレース。
そんな大混戦に2年前の勝者の姿もあった。
だが、そのレース以来一度も勝ち鞍を上げていない。
関東の刺客と恐れられていた程の馬が、今は見る影もなかった。

この馬は主役を影のように徹底的にマークし、鋭い末脚で差し切る。
それが勝ちパターン。
だが、このレースには主役がいない。
ましてや、今のこの馬にはそんな力があるとも思えない。
もはや、この馬の勝ち目は皆無に等しかった。

だが、この馬はあきらめていなかった。
積極的に先行するその姿は、自ら競馬を作って勝ちに行っているようだった。
そして、なんと3コーナー先頭からスパートを掛け後続を引き離しにかかる。
鋭い末脚が身上だったこの馬が、マーク屋だったこの馬が。
もうそのときの力は無い、もう同じ走りをしても勝てない。
そんなことを悟ったこの馬が、形振り構わず一か八かの賭けに出たように見えた。

もう体が思うように動かないなら精神力の勝負、我慢比べだ。
勝つにはそれしか無い。
そんな姿に私は思わず声援を送っていた。
頑張れ。頑張れと。
直線に入っても、ひたすら粘り続ける。
もう鋭い末脚など繰り出すことは出来ない。
だが、それでも前へ前へとゴールを目指す。
後続の馬が迫ってくる。
もう少しだけ頑張ってくれ。
祈るような気持ちになった。
ゴールの瞬間は二頭が鼻面を並べた。

長い写真判定の末、二年ぶりの勝利が確定した。
私の中でこの馬が悪役から主役に変わった瞬間だった。

多くの競馬ファンも私と同じ想いだったのか。
宝塚記念のファン投票では、この馬が堂々一位に輝いた。
また、この年は震災の影響で舞台が仁川から淀に変更されていた。

得意の京都。ファンからの支持。
通常ならば早めに夏休みに入るところだが、そんな理由から宝塚記念への出走を決めた。

この馬のそのレースでの姿はあまり覚えていない。
ただ、もう二度とその走りを観ることが出来なくなった。
それだけが現実として残った。

今でもこのレースの季節には、この馬のことを思い出してしまう。

ルーベンスの思い出

2005-06-18 23:24:47 | 心に残る名馬たち
私が競馬に興味を持つきっかけとなった漫画。
そのことを書いていたら、ある馬のことが思い浮かんだ。

その馬は、3歳時に昨年の年度代表馬が勝ったレースで2着になっている。
500万特別での話だが、その後も勝てないながらも堅実な成績を残している。
厩舎でも将来を期待されたのではないだろうか。
そんな馬の放牧中の出来事。

右目を強打し、その目を摘出。
片目を失明、隻眼となった。
復帰まで、一年近くの時間を要する。
だが、この馬は現役に留まった。

この馬の母の名は「ダイナフランダース」
その母は「レディフランダース」
それを踏まえて、この馬の名前の由来を聞くと心にグッと来るものがある。

「ルーベンスの思い出」の意。
名作「フランダースの犬」の主人公ネロが憧れていた画家ルーベンスの絵より。
人々に感動を与えるような名馬となって欲しい。

片目しか見えないというハンデを抱えながら。
復帰した後も、堅実な走りで掲示板をはずさない。
1000万条件も勝つことができた。

名前の由来、馬体のハンデ、競争成績。
この馬を好きになってしまうのは、至極当然のことだと思う。

涙の復活劇

2005-06-03 00:21:40 | 心に残る名馬たち
骨折。
屈腱炎と並び、競争馬が最も恐れるものである。
だが、屈腱炎と違い完治さえしてしまえば、再発するものではないし競争能力にも影響しない場合が多い。
しかし、怪我が治っても別の馬のように走らなくなってしまう場合もある。
グランプリ3連覇を誇り怪物と言われた馬でも、骨折明けの何戦かは本来の走りができなかった。

ある馬は、3年以上もスランプに悩まされ続けた。

その馬は、3連勝で2歳チャンピオン決定戦に勝ち、翌年のクラシック候補だった。
しかし、その後は競争生命が危ぶまれる程の重度の骨折に見舞われる。
だが、不幸中の幸いで、右後脚にボルトを2本埋め込み、かろうじて現役に留まることができた。

その傷も癒え、レースへの復帰を目指していた矢先、今度は反対の脚を剥離骨折してしまう。
結局、1年以上の休養を余儀なくされた。

なんとか復帰にこぎつけたが、そこにはかつての2歳チャンプの姿は無かった。
レースで負け続け、気がつけば12連敗。
失意の中、再び休養することとなる。

半年の休み明けのレースでは、鞍上が乗り変わっていた。
休養が良かったのか、久しぶりのコンビ復活となった鞍上との相性が良かったのか、この馬は本来の走りを取り戻した。
不良馬場の中を果敢に先行し、見事に約3年ぶりの復活となる勝利を上げたのだった。

しかし、馬場や展開に恵まれたのだろうという向きもあり、完全復活までは半信半疑だった。
だが、次のレースでの走りは、そんな意見を吹き飛ばすものだった。

距離が少し短いのではないかと思われたスプリント戦で、楽に先行するスピードを見せつけ、直線では他馬を突き放し、ゴールでは3馬身以上後続を離していた。
完全復活。いや、むしろ怪我の前より強くなった印象を与えるほどの素晴らしい走りだった。

次はいよいよ、G1の舞台。
ようやく、そこに戻ってこれた。
それだけでも凄いことなのに、主役の中の1頭として数えられていた。
だが、本物のスプリンターのスピードの前では、ようやく2着を確保するのがやっとだった。
劇的なG1勝利とは行かず、やはり競馬はそんなに甘いものではなかった。

次は府中の1マイルに舞台を移し、再びG1に挑戦。
復帰してからはスプリンターとしての印象が強いのか、マイルの強豪が集まったここでは、もはや注目を集めることはなかった。
だが、この馬は2歳戦とはいえマイルのG1ホース。
そして、久々の復活劇はこの府中の1マイルだったことを、みんな忘れていた。

レースでは、調子の良さをアピールするかのように果敢に先行した。
そういえば、復活してからは常にあふれるスピードで先行していた。
ここは東京競馬場。
あまり早く先頭に立つと、後ろからの来る馬の、格好の目標となってしまう。
だが、そんなことは構いもせず、ただ自分の走りを貫くように直線入り口で早くも先頭に立った。
スプリント戦であれだけの適正を見せた馬だから、こんな競馬ではきっとすぐにバテる。
誰もがそう思ったに違いない。
しかし、坂を上りきってもまだこの馬が先頭に立っている。
ゴール板前で、馬体を併せられても必死に堪え切り、3年7ヶ月ぶりに再びG1のタイトルを手にした。

ゴールの瞬間のG1初制覇となったジョッキーのガムシャラなガッツポーズと、ウイニングランでの涙が印象的で、劇的な勝利に華を添えた。
レース後、オーナーは騎手が馬の名誉を挽回してくれたと、最大限の賛辞を送った。


今年は、何かこの年と雰囲気が似ている気がする。

いや、同じような感動的なレースを私が観てみたいだけなのだろう。