雲ひとつ無い青空。
力強い日差しが降り注ぎ体を温めてくれる。
だが陽が遮られるパドックは身の引き締まるような空気が漂っている。
座った地面のあまりの冷たさに思わず腰を浮かす。
周りを見渡せば赤や黄色に色付いた木々が目につく。
季節は確実に次に移り変わろうとしている。
晩秋の府中の杜に強豪達が集まった。
春秋の盾を制し現役最強と目されている馬は落ち着いている。
時折グイとハミを引っ張るような仕草で秘めたる気合を感じさせる。
500キロを超える雄大な馬格は威風堂々とした雰囲気を漂わせている。
その後ろを歩く女の子はとてもおっとりしている。
伸びやかな体にスラリと長い脚も相まってとても三歳牝馬とは思えない。
さすが男たちを蹴散らして頂点を極めた馬だと思わず見惚れてしまう。
それらとは対象的に外国の馬たちは入れ込んでいた。
海外ではこんなに長く歩かされる習慣は無いので戸惑っているのか。
あるいはアウェイの雰囲気に飲まれているのか。
何れにしても彼らたちでは見るからに役不足ということだろう。
世界と互角に戦える日本のトップホースたちが頂点を争うこの舞台では。
しばらくすると騎手たちが内側にいる関係者の元に集まる。
そのまま直ぐに騎乗するのではなく軽く談笑や打ち合わせをしている。
他のレースでは見られない、まるで海外のような華やかな光景である。
そんな中、他の騎手よりもかなり前から出ていた男がいた。
この夏に巨額トレードが成立したあの馬の騎手である。
前オーナーと真剣な表情で会話を交わしていた。
スタンドへ出ると眩しい光が迎えてくれた。
上着が要らないほどの陽気の中、出走馬たちがターフへ駆け出した。
有力馬たちは皆スムーズにキャンターに入っていく。
しかし、圧倒的な最有力候補だけは鞍上に逆らうような仕草を見せた。
気合なのか気負いなのか……かすかな違和感を感じた。
それは待機所からゲート近くまで進んでくるときも同じだった。
スターターが台に上がると大歓声が上がる。
スタンドに反響してワンワンと鳴る音も聞こえる。
ファンファーレが手拍子掻き消され、やがてゲートが開いた。
遅い。
一目でそう分かるようなスタートで誰も積極的に前へ行かない。
これはある程度前へつけなければ苦しい展開になるだろう。
そう思ったが最も人気を集めている馬は先行しようとはしない。
そのまま馬なりで中団をゆったりと進んでいった。
対照的に有力馬の古豪に乗る外国人騎手は出鞭を入れた。
何が何でも前につけて一発を狙う構えだ。
女傑は最大の武器である切れ味を生かすべく最後方に下げた。
前に行かなかったのか行けなかったのか。
スタートから押していって引っかかるリスクを避けたのか。
レース前のあの仕草からそういうことは考えられる。
じっくりと構えても充分に勝ちきれると踏んだのか。
どちらにしても受けて立つような余裕を持った戦い方だ。
それは一歩間違えば驕りとなる。
そんなことを考えながら向こう流しを見ていたからだろうか。
それとも最初から距離が長いと有力馬から外していたからか。
見慣れない勝負服に変わったあの馬が前につけているのを見逃していた。
3~4コーナーで徐々に進出を始める。
馬群の外々を回り王者の貫禄を見せるような横綱相撲である。
他の有力馬達は皆内をついて馬群に紛れて見失う。
自然と馬場の真ん中から堂々と抜け出しにかかった彼に注目した。
それほど切れ味がある馬ではない。
それでもグイグイと力強く着実に脚を伸ばして行く。
このまま楽に勝つのか。
そう思ったときに外から物凄い脚で女の子が迫ってきた。
道中は最後方だったのに。
4コーナーでは内に突っ込んだはずなのに。
なぜこんなところから。
後から見直すと横っ飛びするように馬群を縫って来ていた。
最高の武器を生かす為の一か八かの乗り方。
その賭けに勝ち一気に前を交わし去る勢いで王者に迫る。
しかし、彼女の脚はそこで上がってしまった。
同じ脚色になり差せそうで差せない。
彼女は古馬最高峰の壁を乗り越えることはできなかった。
彼女の戦いは終わった。
その抜けそうで抜けない強者を内から交わした馬が居た。
外人騎手が積極的な競馬をさせていた古豪である。
道中は前につけコーナーでは内の馬群に突っ込んだ。
下手すれば出てこれないが勝つにはこれしかない。
そんな気迫が壁を切り裂き本命馬に襲い掛かった。
リスクのある騎乗は一転して脚の温存につながりそれを爆発させた。
グイと半馬身ほど抜け出しこの馬が勝ったかに思えた。
この三頭の競り合いだけならばそれは間違いではなかった。
そんな争いに眼を奪われていた私は内に居る馬が分からなかった。
逃げた馬がまだ粘っていてそのうちバテるだろうとそんな感じで。
しかし、ゴール直前であの末脚自慢の中距離王だと分かった。
道中からずっと彼を見失っていた私は混乱した。
と同時にあまりに予想外な戦い方に戦慄が奔った。
そう、一番攻めの騎乗をしたのはこの人馬だったのだ。
道中は積極的に前につけた外人騎手の直後に付けた。
今まで後方から差す競馬ばかりしていた馬なのに。
大本命馬が勝負所で上がって行ってもまだ動かず脚を溜めて。
結果、外から次々と被せられて馬群に包まれてしまう。
4コーナーでは最内を付き先に抜け出す。
東京の長い直線と坂で最後に止まってしまう危険性もある。
最もリスクが高く最もロスの少ない戦い方。
この人馬は受けて立つのではなく攻めて勝ちに行ったのだ。
距離が長かったのか掛かり気味に前へ付けたからか。
ゴール直前で見るからに脚が上がった。
後続がグングン迫ってくる。
だが、この日の勝利の女神は一番攻めた彼らに微笑んだ。
後ろから交わされる直前にゴールラインを鼻面が通過していた。
勝者しか通ることを許されないターフを彼らが戻ってくる。
今までの悔しさをかみ締めるようにゆっくりとゆっくりと。
春競馬が終わった頃、現役最強馬と目されていたのはこの馬だった。
秋の初戦で敗れてからはそう呼ばれることは無くなった。
あれは不利を受けてのものだったのに。
今日は大レースを勝ってない馬よりも人気が無かった。
でも、やはりこの馬は強かったのだ。
鞍上の男が指を一本天に向けて突き上げた。
今日は彼が、彼らがナンバーワンだ。
力強い日差しが降り注ぎ体を温めてくれる。
だが陽が遮られるパドックは身の引き締まるような空気が漂っている。
座った地面のあまりの冷たさに思わず腰を浮かす。
周りを見渡せば赤や黄色に色付いた木々が目につく。
季節は確実に次に移り変わろうとしている。
晩秋の府中の杜に強豪達が集まった。
春秋の盾を制し現役最強と目されている馬は落ち着いている。
時折グイとハミを引っ張るような仕草で秘めたる気合を感じさせる。
500キロを超える雄大な馬格は威風堂々とした雰囲気を漂わせている。
その後ろを歩く女の子はとてもおっとりしている。
伸びやかな体にスラリと長い脚も相まってとても三歳牝馬とは思えない。
さすが男たちを蹴散らして頂点を極めた馬だと思わず見惚れてしまう。
それらとは対象的に外国の馬たちは入れ込んでいた。
海外ではこんなに長く歩かされる習慣は無いので戸惑っているのか。
あるいはアウェイの雰囲気に飲まれているのか。
何れにしても彼らたちでは見るからに役不足ということだろう。
世界と互角に戦える日本のトップホースたちが頂点を争うこの舞台では。
しばらくすると騎手たちが内側にいる関係者の元に集まる。
そのまま直ぐに騎乗するのではなく軽く談笑や打ち合わせをしている。
他のレースでは見られない、まるで海外のような華やかな光景である。
そんな中、他の騎手よりもかなり前から出ていた男がいた。
この夏に巨額トレードが成立したあの馬の騎手である。
前オーナーと真剣な表情で会話を交わしていた。
スタンドへ出ると眩しい光が迎えてくれた。
上着が要らないほどの陽気の中、出走馬たちがターフへ駆け出した。
有力馬たちは皆スムーズにキャンターに入っていく。
しかし、圧倒的な最有力候補だけは鞍上に逆らうような仕草を見せた。
気合なのか気負いなのか……かすかな違和感を感じた。
それは待機所からゲート近くまで進んでくるときも同じだった。
スターターが台に上がると大歓声が上がる。
スタンドに反響してワンワンと鳴る音も聞こえる。
ファンファーレが手拍子掻き消され、やがてゲートが開いた。
遅い。
一目でそう分かるようなスタートで誰も積極的に前へ行かない。
これはある程度前へつけなければ苦しい展開になるだろう。
そう思ったが最も人気を集めている馬は先行しようとはしない。
そのまま馬なりで中団をゆったりと進んでいった。
対照的に有力馬の古豪に乗る外国人騎手は出鞭を入れた。
何が何でも前につけて一発を狙う構えだ。
女傑は最大の武器である切れ味を生かすべく最後方に下げた。
前に行かなかったのか行けなかったのか。
スタートから押していって引っかかるリスクを避けたのか。
レース前のあの仕草からそういうことは考えられる。
じっくりと構えても充分に勝ちきれると踏んだのか。
どちらにしても受けて立つような余裕を持った戦い方だ。
それは一歩間違えば驕りとなる。
そんなことを考えながら向こう流しを見ていたからだろうか。
それとも最初から距離が長いと有力馬から外していたからか。
見慣れない勝負服に変わったあの馬が前につけているのを見逃していた。
3~4コーナーで徐々に進出を始める。
馬群の外々を回り王者の貫禄を見せるような横綱相撲である。
他の有力馬達は皆内をついて馬群に紛れて見失う。
自然と馬場の真ん中から堂々と抜け出しにかかった彼に注目した。
それほど切れ味がある馬ではない。
それでもグイグイと力強く着実に脚を伸ばして行く。
このまま楽に勝つのか。
そう思ったときに外から物凄い脚で女の子が迫ってきた。
道中は最後方だったのに。
4コーナーでは内に突っ込んだはずなのに。
なぜこんなところから。
後から見直すと横っ飛びするように馬群を縫って来ていた。
最高の武器を生かす為の一か八かの乗り方。
その賭けに勝ち一気に前を交わし去る勢いで王者に迫る。
しかし、彼女の脚はそこで上がってしまった。
同じ脚色になり差せそうで差せない。
彼女は古馬最高峰の壁を乗り越えることはできなかった。
彼女の戦いは終わった。
その抜けそうで抜けない強者を内から交わした馬が居た。
外人騎手が積極的な競馬をさせていた古豪である。
道中は前につけコーナーでは内の馬群に突っ込んだ。
下手すれば出てこれないが勝つにはこれしかない。
そんな気迫が壁を切り裂き本命馬に襲い掛かった。
リスクのある騎乗は一転して脚の温存につながりそれを爆発させた。
グイと半馬身ほど抜け出しこの馬が勝ったかに思えた。
この三頭の競り合いだけならばそれは間違いではなかった。
そんな争いに眼を奪われていた私は内に居る馬が分からなかった。
逃げた馬がまだ粘っていてそのうちバテるだろうとそんな感じで。
しかし、ゴール直前であの末脚自慢の中距離王だと分かった。
道中からずっと彼を見失っていた私は混乱した。
と同時にあまりに予想外な戦い方に戦慄が奔った。
そう、一番攻めの騎乗をしたのはこの人馬だったのだ。
道中は積極的に前につけた外人騎手の直後に付けた。
今まで後方から差す競馬ばかりしていた馬なのに。
大本命馬が勝負所で上がって行ってもまだ動かず脚を溜めて。
結果、外から次々と被せられて馬群に包まれてしまう。
4コーナーでは最内を付き先に抜け出す。
東京の長い直線と坂で最後に止まってしまう危険性もある。
最もリスクが高く最もロスの少ない戦い方。
この人馬は受けて立つのではなく攻めて勝ちに行ったのだ。
距離が長かったのか掛かり気味に前へ付けたからか。
ゴール直前で見るからに脚が上がった。
後続がグングン迫ってくる。
だが、この日の勝利の女神は一番攻めた彼らに微笑んだ。
後ろから交わされる直前にゴールラインを鼻面が通過していた。
勝者しか通ることを許されないターフを彼らが戻ってくる。
今までの悔しさをかみ締めるようにゆっくりとゆっくりと。
春競馬が終わった頃、現役最強馬と目されていたのはこの馬だった。
秋の初戦で敗れてからはそう呼ばれることは無くなった。
あれは不利を受けてのものだったのに。
今日は大レースを勝ってない馬よりも人気が無かった。
でも、やはりこの馬は強かったのだ。
鞍上の男が指を一本天に向けて突き上げた。
今日は彼が、彼らがナンバーワンだ。