ドリームレース。
年末の大一番はそんな名前が相応しい。
クラシックを戦い抜いた3歳馬。
秋の王道路線を戦い抜いた古馬。
そんな馬達からファン投票で出走馬を選ぶグランプリレース。
ここを勝った馬が名実共に日本一。
そんな期待感から常に胸躍るレースだった。
だが、近年ではその様な風潮も薄まってきている。
秋の国際招待競争を頂点とするような番組編成。
それに伴い既に決着のついたメンバーでの再戦。
どことなく昔のドキドキ感が失われつつある。
昔から競馬を観ている者としてはやはりJCより有馬なのである。
しかし、今年は1頭の救世主により昔のようなドリームレースとなった。
21年振りの無敗の三冠馬。
そんな歴史的偉業を達成した馬がJCではなく有馬を選んだのだ。
否応無しに盛り上がるのは至極当然である。
とにかく観る人を魅了し人を呼べる馬である。
ただでさえ混雑する年末の大一番は恐らく大変なことになる。
そう予想した私はいつもより早く昼前に競馬場へ向う事にした。
西船橋駅で武蔵野線ホームへ上がってまず人の多さに驚いた。
「おいおい、まだ昼前だぞ」
そんな事を言いたくなるような人の量である。
やはり早めに出ておいて良かったと一人納得した。
そんな多くの人込みに続くように競馬場への地下連絡通路を歩く。
壁には歴代のグランプリホースの写真が並んでいる。
その反対側にはいつからか今年のクラシック三冠のゴール前の写真が。
やり過ぎの感は否めないが、やはり目が行ってしまう。
全ての現場に立ち会ったあの感動が蘇ってくる。
今日もこの馬を観られる幸福感で胸が高鳴る。
やはり今日はドリームレースだ。
まずスタンドに上がり周りを見渡す。
見渡す限りに人、人、人・・・
既に普通のG1よりも多いくらいの状態。
人に押されながら5Rを観戦する。
その後、早めに馬券を購入しスタンドに戻る。
すると先ほどよりもスペースが出来ている。
まだお昼だというのに敷物撤去のアナウンスが流れていた。
この時点で私はスタンドに陣取りメインレースまで待つことにした。
幸い空には雲ひとつ無い晴天。
ほとんど風も無く日差しが降り注ぎとても暖かい。
待っている間に周りの人の会話が聞こえてくる。
「今日の主役に乗る騎手はあまり乗らないんだなあ」
そんな声が気になり調べてみると確かに後はメインレースだけだった。
大一番に懸ける意気込みが感じられ、ますます楽しみが膨らんでゆく。
楽しみを待つ時間と言うのはとても短く感じる。
いつの間にか太陽はスタンドの影に隠れ師走の寒さが戻ってきた。
そして、いよいよパドックがターフビジョンに映し出される。
寒さの為か馬体増の馬が目立つ中、本日の主役は馬体減。
デビュー以来の最低体重である。
出走メンバーの中でも最軽量。
一番重い馬とは100キロ以上も差がある。
こんな小さな体のどこにあんな力を秘めているのか。
この馬を観るたびにそんな事を思ってしまう。
馬体は減っているものの決して悪くは見えない。
日向に出ると光り輝く馬体はいつもどおりに感じる。
春の頃のようにチャカつく様子も無く心配は無さそうだ。
その内に他場のレースを映す為、一旦パドックが観られなくなった。
再びパドックが映し出されたときは既に騎乗命令が掛かっていた。
この馬の騎乗する瞬間が大写しとなりスタンドで拍手が巻き起こった。
満員のスタンドのボルテージは高まる一方である。
最後の一周で一頭一頭、順番に映されてゆく。
一番最後にこの馬が映されて地下道に消えていった。
いつの間にか順番を入れ替え一番後ろを歩いていた。
いよいよ、本馬場入場。
待ちわびた観衆が怒号のような歓声を上げる。
一番最後に出てきたこの馬はやや小走り加減で時折グイと首を下げる。
だが、春の頃のような入れ込んだ感じではない。
寧ろ「よし、やるか」とでも言いたげな雰囲気に見える。
ゴール板過ぎの辺りから芝コースに入り1コーナー側へ返し馬に入る。
フワっとした感じの入り方に今日は掛かる心配は無さそうに感じた。
続いて輪乗りの様子が映し出される。
落ち着かせるために鐙から足を外して乗る馬が多く見られる。
だが、この馬の鞍上は終始鐙に足を掛けていた。
まるで緊張感を切らさないかのように。
途中で一度立ち止まり遠くを眺める。
そんな仕草からも落ち着きが感じられる。
発走が近づき、いよいよスタンドの混雑もピークに達する。
満員電車のようにギュウギュウ詰めで時折、後ろから押される。
毎年の事だがこのときだけは一瞬生命の危機を感じる。
こんな事になるのも年末のこの日だけである。
発走直線に過去の三冠馬のレースが写し出される。
三冠を達成した年にこのレースに出走した馬は二頭。
その二頭とも圧倒的な強さを見せつけた。
さて、今年は一体・・・
スターターが映し出され待ちに待った様な歓声が上がる。
満員電車の中、皆無理やり手を出しファンファーレに併せて手を叩く。
そして、最後には轟く様な歓声を上げスタンドのボルテージは最高潮に達した。
今日は後入れの偶数枠。
他の馬のゲート入りも大人しく待って、自分のゲート入りもスムーズ。
「良し、今日は大丈夫だ」
そんな私の思いと共にゲートが開いた。
普通に出たように見えた。
だが、直ぐに馬群が前に固まる。
行き脚が付かないのか、あえて抑えたのか。
無理やり抑えたとか行けなかったという印象ではない。
スーッと下がり気がつけば最後方からの競馬となった。
戦前は前へ引っ張る馬が居るのでペースは速くなる。
そんな予想が多く聞かれていた。
しかし、目の前の直線を走る馬群はどう見ても速くは見えない。
「こんなペースで最後方で大丈夫なのか」
一瞬はそう思った。
だが、馬群の外目を走るこの馬の姿を見たら、そんな気持ちは吹き飛んだ。
完璧に折り合い、まるで秋初戦の走りを見ている様だったのだ。
そして、徐々にポジションを上げてゆく姿に今日も行けると確信した。
向正面では中団のやや後方。
馬群に包まれること無く、外目を追走。
ペースは相変わらず速くは見えないがいけるだろう。
いつものように捲くって行けるだろう。
勝負どころの3コーナー。
「良し!来たっ!」
いつものようにスーッと外目を上がってゆく。
手ごたえ抜群で持ったまま。
「良し!良し!」
勝利を確信した私は興奮して叫んでいた。
4コーナーでは先行集団に取り付き、外を回り前も空いている。
いつもの必勝パターン。
ここから飛んでくれる。
私は圧勝まで期待した。
ところがどうしたことか、いつまで立っても抜け出してこない。
坂でもがいているかのようにポジションが上がらない。
やがて、内から一頭鋭く抜け出してきた馬がいた。
「まずい」
脚色からして直感的にその馬が勝つと感じてしまった。
しかし、坂でもがいていたこの馬がその抜け出した馬を追いかけ始めた。
「いけるのか、届くのか」
抜け出した馬との差が徐々に縮まる。
だが、もうゴールは目前。
「届いてくれ」
あと1馬身まで迫る。
「届いてくれ」
前の馬のトモの辺りに鼻面が掛かる。
「馬体が併さるか」
そう思った瞬間、ゴール板を通過していた。
「あーーー」
ゴールの瞬間そんなため息がスタンドから漏れた。
スタンドの声が揃ったのはその瞬間だけだった。
後はただザワついていた。
そのザワつきはいつまでも続いていた。
いつまでもいつまでも続いていた。
無敗の四冠制覇は成らなかった。
しかし、この馬には多くの夢を見させてもらった。
この馬が現れなかったら今年の競馬はどうなっていたか。
想像するだけで恐ろしくなる。
既に大きな夢は叶えてもらった。
言わば今日からは夢の続きである。
夢の続きは一体どんなストーリーになるのだろうか。
第一章は初めての敗北が記された。
その先はどんな展開になるのだろうか。
想像してみよう。
そして、彼の物語を見続けて行こう。
一頭のサラブレッドの英雄譚を。
年末の大一番はそんな名前が相応しい。
クラシックを戦い抜いた3歳馬。
秋の王道路線を戦い抜いた古馬。
そんな馬達からファン投票で出走馬を選ぶグランプリレース。
ここを勝った馬が名実共に日本一。
そんな期待感から常に胸躍るレースだった。
だが、近年ではその様な風潮も薄まってきている。
秋の国際招待競争を頂点とするような番組編成。
それに伴い既に決着のついたメンバーでの再戦。
どことなく昔のドキドキ感が失われつつある。
昔から競馬を観ている者としてはやはりJCより有馬なのである。
しかし、今年は1頭の救世主により昔のようなドリームレースとなった。
21年振りの無敗の三冠馬。
そんな歴史的偉業を達成した馬がJCではなく有馬を選んだのだ。
否応無しに盛り上がるのは至極当然である。
とにかく観る人を魅了し人を呼べる馬である。
ただでさえ混雑する年末の大一番は恐らく大変なことになる。
そう予想した私はいつもより早く昼前に競馬場へ向う事にした。
西船橋駅で武蔵野線ホームへ上がってまず人の多さに驚いた。
「おいおい、まだ昼前だぞ」
そんな事を言いたくなるような人の量である。
やはり早めに出ておいて良かったと一人納得した。
そんな多くの人込みに続くように競馬場への地下連絡通路を歩く。
壁には歴代のグランプリホースの写真が並んでいる。
その反対側にはいつからか今年のクラシック三冠のゴール前の写真が。
やり過ぎの感は否めないが、やはり目が行ってしまう。
全ての現場に立ち会ったあの感動が蘇ってくる。
今日もこの馬を観られる幸福感で胸が高鳴る。
やはり今日はドリームレースだ。
まずスタンドに上がり周りを見渡す。
見渡す限りに人、人、人・・・
既に普通のG1よりも多いくらいの状態。
人に押されながら5Rを観戦する。
その後、早めに馬券を購入しスタンドに戻る。
すると先ほどよりもスペースが出来ている。
まだお昼だというのに敷物撤去のアナウンスが流れていた。
この時点で私はスタンドに陣取りメインレースまで待つことにした。
幸い空には雲ひとつ無い晴天。
ほとんど風も無く日差しが降り注ぎとても暖かい。
待っている間に周りの人の会話が聞こえてくる。
「今日の主役に乗る騎手はあまり乗らないんだなあ」
そんな声が気になり調べてみると確かに後はメインレースだけだった。
大一番に懸ける意気込みが感じられ、ますます楽しみが膨らんでゆく。
楽しみを待つ時間と言うのはとても短く感じる。
いつの間にか太陽はスタンドの影に隠れ師走の寒さが戻ってきた。
そして、いよいよパドックがターフビジョンに映し出される。
寒さの為か馬体増の馬が目立つ中、本日の主役は馬体減。
デビュー以来の最低体重である。
出走メンバーの中でも最軽量。
一番重い馬とは100キロ以上も差がある。
こんな小さな体のどこにあんな力を秘めているのか。
この馬を観るたびにそんな事を思ってしまう。
馬体は減っているものの決して悪くは見えない。
日向に出ると光り輝く馬体はいつもどおりに感じる。
春の頃のようにチャカつく様子も無く心配は無さそうだ。
その内に他場のレースを映す為、一旦パドックが観られなくなった。
再びパドックが映し出されたときは既に騎乗命令が掛かっていた。
この馬の騎乗する瞬間が大写しとなりスタンドで拍手が巻き起こった。
満員のスタンドのボルテージは高まる一方である。
最後の一周で一頭一頭、順番に映されてゆく。
一番最後にこの馬が映されて地下道に消えていった。
いつの間にか順番を入れ替え一番後ろを歩いていた。
いよいよ、本馬場入場。
待ちわびた観衆が怒号のような歓声を上げる。
一番最後に出てきたこの馬はやや小走り加減で時折グイと首を下げる。
だが、春の頃のような入れ込んだ感じではない。
寧ろ「よし、やるか」とでも言いたげな雰囲気に見える。
ゴール板過ぎの辺りから芝コースに入り1コーナー側へ返し馬に入る。
フワっとした感じの入り方に今日は掛かる心配は無さそうに感じた。
続いて輪乗りの様子が映し出される。
落ち着かせるために鐙から足を外して乗る馬が多く見られる。
だが、この馬の鞍上は終始鐙に足を掛けていた。
まるで緊張感を切らさないかのように。
途中で一度立ち止まり遠くを眺める。
そんな仕草からも落ち着きが感じられる。
発走が近づき、いよいよスタンドの混雑もピークに達する。
満員電車のようにギュウギュウ詰めで時折、後ろから押される。
毎年の事だがこのときだけは一瞬生命の危機を感じる。
こんな事になるのも年末のこの日だけである。
発走直線に過去の三冠馬のレースが写し出される。
三冠を達成した年にこのレースに出走した馬は二頭。
その二頭とも圧倒的な強さを見せつけた。
さて、今年は一体・・・
スターターが映し出され待ちに待った様な歓声が上がる。
満員電車の中、皆無理やり手を出しファンファーレに併せて手を叩く。
そして、最後には轟く様な歓声を上げスタンドのボルテージは最高潮に達した。
今日は後入れの偶数枠。
他の馬のゲート入りも大人しく待って、自分のゲート入りもスムーズ。
「良し、今日は大丈夫だ」
そんな私の思いと共にゲートが開いた。
普通に出たように見えた。
だが、直ぐに馬群が前に固まる。
行き脚が付かないのか、あえて抑えたのか。
無理やり抑えたとか行けなかったという印象ではない。
スーッと下がり気がつけば最後方からの競馬となった。
戦前は前へ引っ張る馬が居るのでペースは速くなる。
そんな予想が多く聞かれていた。
しかし、目の前の直線を走る馬群はどう見ても速くは見えない。
「こんなペースで最後方で大丈夫なのか」
一瞬はそう思った。
だが、馬群の外目を走るこの馬の姿を見たら、そんな気持ちは吹き飛んだ。
完璧に折り合い、まるで秋初戦の走りを見ている様だったのだ。
そして、徐々にポジションを上げてゆく姿に今日も行けると確信した。
向正面では中団のやや後方。
馬群に包まれること無く、外目を追走。
ペースは相変わらず速くは見えないがいけるだろう。
いつものように捲くって行けるだろう。
勝負どころの3コーナー。
「良し!来たっ!」
いつものようにスーッと外目を上がってゆく。
手ごたえ抜群で持ったまま。
「良し!良し!」
勝利を確信した私は興奮して叫んでいた。
4コーナーでは先行集団に取り付き、外を回り前も空いている。
いつもの必勝パターン。
ここから飛んでくれる。
私は圧勝まで期待した。
ところがどうしたことか、いつまで立っても抜け出してこない。
坂でもがいているかのようにポジションが上がらない。
やがて、内から一頭鋭く抜け出してきた馬がいた。
「まずい」
脚色からして直感的にその馬が勝つと感じてしまった。
しかし、坂でもがいていたこの馬がその抜け出した馬を追いかけ始めた。
「いけるのか、届くのか」
抜け出した馬との差が徐々に縮まる。
だが、もうゴールは目前。
「届いてくれ」
あと1馬身まで迫る。
「届いてくれ」
前の馬のトモの辺りに鼻面が掛かる。
「馬体が併さるか」
そう思った瞬間、ゴール板を通過していた。
「あーーー」
ゴールの瞬間そんなため息がスタンドから漏れた。
スタンドの声が揃ったのはその瞬間だけだった。
後はただザワついていた。
そのザワつきはいつまでも続いていた。
いつまでもいつまでも続いていた。
無敗の四冠制覇は成らなかった。
しかし、この馬には多くの夢を見させてもらった。
この馬が現れなかったら今年の競馬はどうなっていたか。
想像するだけで恐ろしくなる。
既に大きな夢は叶えてもらった。
言わば今日からは夢の続きである。
夢の続きは一体どんなストーリーになるのだろうか。
第一章は初めての敗北が記された。
その先はどんな展開になるのだろうか。
想像してみよう。
そして、彼の物語を見続けて行こう。
一頭のサラブレッドの英雄譚を。