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競馬のスポーツとしての魅力や、感動的な人と馬とのドラマを熱く語ります。

第23回マイルCS

2006-11-19 17:38:42 | 競馬観戦記
俺って成長してないなあ。
もういい年のはずなのに、まだそんなことを感じる。
若いころ理想に描いていた大人の自分に未だになりきれていない。

それに比べて彼は成長した。
この秋の堂々たる競馬振りは風格すら漂う。
以前はどこか頼りなかったのに。
彼のことは若いころから見てきたので今の姿に戸惑いすら感じる。

パドックで寝転がってしまうような幼い気性。
雄大な馬格から繰り出すスピードを上手く活かせないレース振り。
素質はあるけどいつまでも子供じみている。
彼のことをずっとそんな風に思っていた。

天皇賞馬としてG1に堂々と1番人気で望む。
そんな彼の晴れ舞台なのにどうもピンとこない。
それは彼がそんなに成長したように見えないからだろう。

いつものようにパドックは3人体制。
2人引きで歩く彼の内側でもう1人眼を光らせている。
そんなに見張られているのにどこ吹く風で彼はのんびり歩を進める。
マイペースな感じは昔と何も変わらない。

本馬場入場では引き手を振り払うように横っ飛びをして走り出す。
走るのを待ちきれない子供のような仕草だ。
やはり、私が以前から思い描いてきた彼と何も変わらない。

本当に彼は成長したのだろうか。
それを確かめられるのはやはりレースなのだろう。
その時が訪れファンファーレが鳴り響いた。

ゲートが開き持ち前のスピードでスーッと前に出る。
そのまま、すぐ内の逃げる馬を行かせてピタリと2番手につける。
このあたりのセンスの良さは昔から変わらない。

そのまま淡々とその位置をキープして勝負どころを迎える。
抑えたままの抜群の手ごたえで逃げ馬に並びかけに行く。
4コーナーでは馬場の良いところを選ぶように大きく外を回った。

直線入り口で早々と先頭に立った。
内外から後続が迫るが気にもかけずに馬群から抜け出す。
馬場の真ん中を堂々と我が道を行く様に。

このまま楽勝かと思ったところで外から一気に迫る影。
春のマイル女王が切れ味を溜めに溜めてここで爆発させたのだった。
この勢いなら交わされる。
私はそう思った。

だが、彼はそこから伸びた。
半馬身まで迫られてもそれ以上は差を詰めさせない。
その力強い走りは風格が漂っていた。

ああ、彼は強くなったんだ。
本当に彼は成長した。
もう、あの頼りなかった彼は居ないんだな。
私はようやく彼が大人になったことを認めた。

彼はそのまま後続に抜かせることなくゴール板を駆け抜けた。


彼はどうしてここまで成長できたのだろうか。
病を克服し困難を乗り越えたから。
それとも相性の良い人と巡り合えたから。
でも、そんなことは大なり小なり誰にでもあるような気がする。

だったら、日々の生活を大切にしていれば彼のようになれるのかな。
一見変わって無くても、大事なところで踏み留まれるような大人に。

そう問いかけた彼は優勝レイを掛けるのを少し暴れて梃子摺らせていた。
やっぱりコイツ変わって無いや。
私も成長できるような気がしてきた。

晩秋の競馬観戦

2006-11-18 18:46:56 | 競馬観戦記
晩秋の東京競馬場には冷たい空気が流れている。
でも、この時期の2歳戦にはそんな雰囲気は全く無い。

来年を見据えた期待の星が満を持して登場する秋競馬。
今日はその第一関門をクリアした者達が集う重賞レース。
パドックに現れた若駒たちはまだまだ初々しい。
私は人気を集めている馬に視線を向けた。

首を盛んに上下に振り、自分が王様だと言わんばかりに威張っている。
引き手に顔を向けて鼻先で胸を小突いたりとやりたい放題。
そういえば、父もかなりヤンチャな馬だった。
最高峰のレースを制した後に天に向かって雄叫びを上げていたっけ。

馬体の方は500キロを超える馬体は筋肉の塊のような迫力がある。
そして、周回を重ねると次第に落ち着いてきた。
まだまだ荒削りながら、滲み出る将来性に胸がワクワクさせられる。

本馬場入場でもガンガン首を振り、その若さについ頬が緩んでしまう。
さらに重厚で力強い返し馬には感嘆のため息が漏れる。
とにかくこの馬は見ていて飽きない。
こういう個性的な馬が現れると競馬は楽しくなる。

ゲートが開き好スタートを切ったこの馬はスッと先行集団につけた。
レースまでの大騒ぎが嘘のように上手な競馬である。
そのまま好位をキープしいつでも先頭に立てる位置で3コーナーを回る。
しかし、そんな上品な競馬も4コーナーまでだった。

体はコーナーを回りきっているのに顔はコーナーのときのまま。
つまり、前を向かずにスタンドの方を見ているのである。
この直線からが勝負なのに完全に遊んでいる。

それでも、抜群の手ごたえで先頭に立つ勢い。
だが、そんなふざけた走りで抜け出せるほど重賞は甘く無い。
外から一気に脚を伸ばしてきた馬に交わされた。
その瞬間、スイッチが切り替わるようにこの馬の走りが変わった。

低い姿勢から繰り出す四輪駆動のようなパワフルな走り。
雄大な馬格を最大限に活かした大きなストライド。
瞬時に抜き返し半馬身の差をつける。

そのまま競り合いになるが差は縮まらない。
いや、負けん気の強さで差を詰めさせない。
そのリードを保ったまま先頭でゴール板を駆け抜けた。


この時期の競馬観戦は秋から移り行く季節を感じる。
そして、この時期の2歳戦は来年への希望を見つけられる。

今日は冬の空気を感じて、春の光を見つけた。

第31回エリザベス女王杯

2006-11-13 00:20:35 | 競馬観戦記
東京では木枯らし1号が吹いたという。
秋も深まり冬の足音が聞こえてくる。

今日は全国的に気温が低いらしく京都競馬場も冷え込んでいた。
日向でも陽の暖かさよりも風の冷たさが勝っている。
やがて、寒さに震え待ち焦がれていた彼女たちがパドックに現れた。

今年は3歳牝馬が豊作で多くの有力馬を送り込んでいる。
その筆頭となる無敗の2冠馬は相変わらず激しいところを出している。
盛んに首を振り、チャカチャカと小走りになり引き手を梃子摺らせている。
だが、入れ込んでいる感はなく闘争心をむき出しにしているように見える。

その姫に前走、惜しいところで差し切られた彼女も気合が入っている。
首をたまに上下に動かし、軽くチャカつくのはいつもどおりの仕草だ。

三冠で全て1番人気で勝てなかったお嬢様はとても落ち着いている。
何が何でもという気迫を感じさせない上品で気品のある姿である。

3歳の中で一番の気まぐれ屋さんはまた妙なところを歩いている。
しきりに内へ内へと行きたがりずっと内側の芝の部分を進んでいる。

そんな、3歳馬を迎え撃つ立場の古馬たちは総じて落ち着き払っている。
大将格の前年の覇者はのんびりと歩いている。
これから競馬を走るとは思えないほどにゆったりした感じで。

末脚自慢の小柄な栗毛は時折チャカつくが入れ込んだ風ではない。
まるでタンゴのリズムでステップを踏んでいるように見える。

息の長い末脚が自慢、2歳戦のG1ホースも落ち着いている。
おっとりとしつつも着実な歩様は古馬の風格が漂っている。


スタンドに戻ると先出しの馬が飛んできた。
昨年の女王が我が侭なところも見せずにキャンターに入ったところだった。
不意を付かれた観衆はやや遅れて声援を送る。

シックなドレスに身を包んだ女性を背にした誘導馬が行進を始める。
他の馬たちも次々と入場し、3歳女王も迫力満点の返し馬を行う。
ここでひときわ大きくスタンドが沸いた。


やがて、ターフビジョンに過去の激戦が映し出される。
3歳ワンツー、女王連覇。
そして、昨年の末脚一閃でスタンドのボルテージが一気に高まる。
フライングで何度も手拍子が始まり、早く早くと待ちきれない様子。
それに急かされたのかスターターが旗を振る前にファンファーレが鳴った。

我が侭で有名な昨年の女王はゲートも先入れ。
普通に収まる姿は大人になった証だろうが何からしさを感じない。
最後に大外の3歳女王が誘導されゲートが開いた。


やはり飛び出したのは芦毛の3歳馬。
その後に予想通りに米国で強くなった3歳馬が続く。
意外にも桜花賞馬と勝ちきれないお嬢様も前につけた。
1コーナーを回ったところで縦長の馬群となる。

3歳女王は中団より後方の位置につけた。
すぐ前には末脚自慢の小柄な古馬に同期の我が侭娘。
そして、すぐ後ろには爆発的な末脚を誇る前年の女王。
前門の虎、後門の狼といったところか。

先頭は前を大きく引き離した。
向こう流しに入り、ビジョンに1000mの通過タイムが表示される。
57秒台。
底力の要求される厳しい流れになった。

3コーナーを回り下りに差し掛かったところでレースが動く。
後方集団が一気に前との差を詰めに行く。

3歳女王は例のごとく早くも鞍上の手が動き始める。
古馬の女王もやや仕掛け気味でそれについて行く。
4コーナーを回ったときにはもう先頭と後方馬群の差は無くなった。
横一線で直線を迎えた。

馬群は横に広がる。
その一番外に古馬の女王は持ち出した。
昨年の再現を狙ってそこから一気の末脚を炸裂させる構えだ。

3歳女王は後ろから馬群の真ん中に突っ込んで行った。
馬込みをこじ開けるように切れ込みグイグイと前に出る。
そこから内外の前にいる馬を次々と交わして行く。

桜花賞馬、お嬢様、同期のライバルたちを次々に蹴散らして行く。
何が何でも前の馬を抜くという気迫に満ちた大きなストライドで。
内から抜け出した小柄な栗毛の古馬をも抜き去り先頭に立つ。
昨年の女王も大外から脚を伸ばすが彼女に迫れそうな勢いは無い。

この馬は本当に強い。
力と力の勝負で全馬を捻じ伏せた。
そんな驚愕と共にゴールを駆け抜けた。

無敗の新女王誕生だ。
本当にこの馬は底が知れない。
ゴール後も彼女の強さにスタンド全体が興奮に包まれていた。
その雰囲気が変わったのはレースリプレイが流れたときだった。

審議のアナウンスは流れていたがどのシーンだか分からなかった。
もう一度良く見ると1着馬の走りに際どいところがあるのが分かった。
スタンドが一気にざわめき始めた。

何度も何度もリプレイが流された。
その度に直線入り口で馬群に切り込んだシーンが眼に入る。
降着になってもおかしく無いのは明らか。
長い長い審議だった。


結果を告げるアナウンスが始まるとスタンドが一瞬静まり返る。
直後、悲鳴のような大きなどよめきが巻き起こった。
無敗での新女王戴冠は幻に終わった。


どんな物事にもルールがある。
それは守らなけれならない相応の理由があるから。
そして、破ったときには罰が与えられる。
例え故意では無くても。
そうでなければ秩序が保てない。

しかし、誰でも失敗は犯すもの。
常に皆が完璧なんてありえないし、それではつまらない。
失敗や成功が織り成して思いもよらないドラマが生まれる。
だから未来に希望が託せる。

次はどんなことが起こるんだろうか。
それはそのときになってみないと分からない。
だからこそ楽しい。

第146回メルボルンカップ

2006-11-08 00:03:41 | 競馬観戦記
今日も競馬の祭典が行われる。
米国の次は豪州で世界一のハンデ戦、メルボルンカップが行われる。

国全体がストップする日とも言われるメルボルンカップデー。
競馬場の所在地であるヴィクトリア州は祝日となり本当に止まってしまう。
競馬の枠を超えた豪州を代表する大イベントなのである。

街のショーウィンドウには華やかなドレスと共に馬のモチーフも飾られる。
前日のパレードでは大通りを歴代の優勝馬たちがパレードを行う。
ドレスコードが定められた競馬場ではパーティーのような雰囲気。
華やかさも世界最大級のイベントなのである。

このレースに今年は2頭の日本馬が挑戦する。
菊花賞勝ちの実績を誇るステイヤーと4連勝で重賞を制した上がり馬。
両馬は一緒に現地の前哨戦を使い、勝ち馬と差のない競馬を披露した。
どちらの馬にもチャンスがある。
私は期待に胸を膨らませながらパドックの映像を見ていた。

まず映し出されたのは一昨年の菊花賞馬。
やや首を下げ落ち着いて歩いている。
500キロを超える雄大な馬格は頼もしさを感じる。

日本の上がり馬が画面に映った時にはちょうど騎手が乗ったところだった。
首を軽く上下に振り、一瞬小走りになりながら大きく尻尾を跳ね上げる。
いい感じで気合が乗ってきたようだ。

超満員のスタンドを横切り馬場へ向かう出走馬23頭。
菊花賞馬が返し馬に入る後姿が目に入った。
ふわっとした感じでとても良く見える。

輪乗りを行う日本の上がり馬が映った。
相変わらず時折首を振って適度な気合を表に出している。
格上挑戦で重賞を制したときのように何かやってくれそうな雰囲気だ。

海外ではレース前のファンファーレは無い。
徐にゲート入りが始まる。
日本の2頭もスンナリ収まりゲートが開いた。

真ん中から抜群のスタートを切ったのは菊花賞馬。
そのままの勢いで前に上がって行き、なんと先頭に飛び出した。
一方、上がり馬の方は対照的に出が悪く中団馬群の真っ只中にいる。

スタート地点は4コーナーの奥に長く引かれたシュート。
全馬先行争いをしながらスタンド前に差し掛かる。
暫く出たなりで先頭を行っていた菊花賞馬を外から地元馬が交わした。
縦長になった馬群を引きつれ菊花賞馬は2番手で1コーナーを回った。

2コーナーも回り向正面流しに入ったところで一頭づつカメラが捉える。
見た目にもスローペースが伺える全馬の足取。
日本の上がり馬はいつの間にか外に持ち出し中団を進んでいる。

レースが動いたのは3コーナー。
先行していた愛国のトップステイヤーが徐々に上がり先頭に並びかける。
それを追うように3番手の菊花賞馬も前に進出。
両馬共に逃げ馬を交わし去り、並んで4コーナーを回り直線を迎えた。

抜群の手ごたえの菊花賞馬は追い出すと一気に抜け出す。
残り400m地点で先頭に踊り出た。
そこから力強い脚取りでジワジワと後続を引き離しにかかる。

その先頭目掛けて外から襲い掛かってきた馬がいた。
満を持して末脚を伸ばしてきた日本の上がり馬だ。
残り200mでは2頭が抜け出した。

逃げる菊花賞馬。
追う上がり馬。
残り100mでは馬体を併せての叩き合いになった。

3/4馬身、半馬身、と後ろから差を詰める。
前はそれを懸命に堪え、それ以上の差を詰めさせない。
残り50mでは2頭が完全に後続を引き離した。
日本馬のワン・ツーはもう決定的だ。

同じ年に同じ牧場で生まれ、共に同じ厩舎に所属している馬たち。
その2頭がこの世界最高峰の舞台で叩き合いを演じている。
どちらが勝っても日本馬の勝利という歴史的快挙が達成される。
さあ、どっちだ。

お互いの馬体をぶつけ合い、激しく競り合う。
日本と豪州のトップジョッキーが渾身の力を込めて追う。
火の出るような熱い争い。

その差がクビ、頭と縮まって行く。
そして、ハナ差まで縮まった。
その瞬間、2頭はゴール板を駆け抜けた。

勝ったのは菊花賞馬と日本騎手だった。


ワンツーを決めた二人の騎手は走りながら馬上で手を握り合った。
お互いの健闘を称え合うように。
直後に海外ならではの馬上でのインタビューが行われる。
元地方騎手は「ベリー・ベリー・ベリー・ハッピー」と叫んだ。

引き上げてきた日本馬を大声援が迎える。
観衆にガッツポーズで応えていた鞍上の男は最後にゴーグルをはずした。
その眼には涙が光っていた。

こうして、1861年より続く歴史の146年目に日本馬の名前が刻まれた。

ブリーダーズカップ

2006-11-07 01:31:12 | 競馬観戦記
先週行われた地方競馬の祭典。
その範となった米国の、いや世界の競馬の祭典も先週行われた。
1日に8つのG1を行い8頭の王者を決める超豪華な祭典。
今年も8つのドラマが生まれた。


最初のG1レースは2歳牝馬のジュヴェナイルフィリーズ。
ダートの8.5ハロン(約1700m)で行われる。
このレースで逃げ切りを決めた馬にはある想いが込められてた。

この馬の生産者でもあるオーナーは妹を亡くした。
その彼女への想いと共に彼女の名前をこの馬に与えた。
「Dreaming of Anna」と。
レース後のインタビューで馬主は言葉にならないと声を震わせた。


続いて2歳牡馬セン馬のジュヴェナイル。
ジュヴェナイルフィリーズと同じくダートの8.5ハロン。
このレースのラストは圧巻だった。

勝ち馬は道中は後方馬群のの内ラチ沿いを進んでいた。
4コーナーで内に1頭分だけ開いた隙間から抜け出すと後は独走。
後続をドンドン引き離し、鞍上は何度も後ろを振り返る。
ゴール板を駆け抜けたときには10馬身の差をつけていた。

このレースの過去最高着差は5馬身半。
その馬は2歳にして米国年度代表馬に輝いた怪物だった。
この日圧勝した馬は果たしてどれほどの馬になるのだろうか。
米国の2歳馬のスケールの大きさに、ただただ驚愕した。


次のレースは3歳以上の牝馬によるフィリー&メアターフ。
芝の11ハロン(約2200m)で行われる。
このレースの主役は一昨年の勝ち馬、欧州ナンバー1の彼女だった。

道中は決して楽なレースでは無かった。
内枠が災いし馬群に閉じ込められ馬ごみで揉まれ続けた。

それでも4コーナーで僅かな隙間を見つけなんとか外に持ち出す。
そこから追い出すと一瞬で前の馬を交わし去り一気に抜け出した。
更に後続をあっという間に突き放し格の違いを存分に見せ付けた。

彼女を巧みにエスコートしたのは欧州、いや世界一のジョッキー。
レース後、観衆の期待に応え馬上から高くジャンプした。
私は世界一の騎手と世界一の牝馬の共演にいつまでも酔いしれていた。


4つ目のG1はダート6ハロン(約1200m)のスプリント。
ここでは米国競馬の厳しさを思い知らされた。

このレースでは3歳馬が主役と目されていた。
G1二つを含む重賞三連勝でここに駒を進めてきた。
勝ちっぷりも10馬身、5馬身、2馬身と派手で時計も優秀。
短距離界のスパースター候補とまで言われていた。
しかし、その本命馬はスタートで僅かに後手を踏んでしまった。

米国のダート戦はとにかく前半から全力で飛ばす。
速いペースで行って更にゴールまで粘りこむ。
それが本場のダート競馬なのである。

前半で遅れた本命馬はダッシュ良く飛び出した他の馬に包まれる。
あっという間に後ろから3番手まで置かれてしまう。
そこから追い込もうにも前の馬は止まらない。
結局、見せ場も作れずに惨敗に終わった。

どんなに速くても、どんなに強くても小さなミスが命取りとなる。
故にこのレースは過去に何度も波乱が起きている。
短距離の一発発勝負の恐ろしさを改めて思い知らされた戦いだった。


次のカテゴリーは芝1マイル(約1600m)のブリーダーズカップマイル。
競馬がブラッドスポーツと呼ばれる所以が分かった気がした。

このレースは芝ということもありヨーロッパからも挑戦してくる。
過去にはこのレースを連覇した欧州の名牝もいる。
下馬評では米国と欧州のこの路線のトップが激突する混戦と見られていた。

しかし、勝ったのは上位陣に入れられていない人気薄の馬だった。
私はこの馬のことは知らなかったが、この馬の名前は聞いたことがあった。
いや、正確には名前を受け継いでいるこの馬の父の母のことを。

その馬こそこのレース連覇を含むG1を10勝した欧州の名牝。
ブリーダーズカップは持ち回りで開催場所が変わる。
奇しくも彼女のラストランは連覇達成となった、この地で行われたこのレースだった。
競馬とは血のドラマでもあるのだった。


6つ目の大レースはダート9ハロン(約1800m)のディスタフ。
競馬の恐ろしさに胸が締め付けられた。

戦前では3歳馬と古馬、それぞれの代表同士の一騎打ちと見られていた。
3歳代表はスタートが良くなく、後方から3番手で1コーナーを回った。
そのままのポジションで2コーナーに差し掛かったとき彼女は転倒した。
骨が皮膚を突き破るほどの重傷で予後不良と診断が下った。

一方、中団を進んでいた古馬代表も3コーナーで手ごたえが怪しくなる。
そのまま、ずるずると後退し競走を中止した。
だが、不幸中の幸いでこの馬は軽度の故障だった。

レース後、勝利を収めたジョッキーは複雑な表情を浮かべていた。
無理も無い、彼は今年のケンタッキーダービーの勝利騎手。
そのダービー馬はトリプルクラウンの第二戦で重度の骨折に見舞われた。
命を危ぶまれるほどの重傷だったが、今は奇跡的に回復しつつある。

これも競馬。
サラブレッドはいつも命を懸けて走っている。


7つ目は準メインとなる芝12ハロン(約2400m)のターフ。
ここでは世界の腕を見せつけられた。

このレースには日本の競馬ファンでもお馴染みのあの馬が遠征していた。
昨年の凱旋門賞馬にして、今年のキングジョージ勝ち馬。
ここまで偉大なる父の足跡を辿る様に大レースを制してきた。
そして、4歳秋にして下降線を辿るところまでも同じように。
結局、ここで見せ場無く敗れた彼は血の呪縛に勝てなかったのだ。

本命馬が惨敗する波乱のレースで勝負を分けたのは騎手の腕だった。
逃げを得意とする馬をペースが速いと見るや後方に控えさせる。
そして、4コーナーで満を持して追い出すと抜群の伸びを見せた。
彼が乗ると5馬身違うと言われるのが本当だと思えるほどだった。

欧州のジョッキーとして初のBCデイで1日2勝という称号を得た。
そんな世界一の騎手は嬉しそうに再び宙を舞った。


いよいよメインレース、ダート10ハロン(約2000m)のクラシック。
最後に競馬の醍醐味を味わった。

ダート10ハロン戦こそ米国競馬の王道路線。
ここでの有力馬たちは米国を代表する怪物ばかりだった。

本命は3歳の代表馬。
デビュー戦の敗戦以外は連勝につぐ連勝。
トリプルクラウンの2冠目を勝ち、その後もG1をぶっちぎりで連勝。
前走ではG1なのに相手が恐れをなして4頭立てになってしまうほど。
ここまで6連勝で駒を進めてきた。

古馬は東海岸と西海岸のトップホースが顔を揃えた。
西の代表は今年7戦7勝で内G1を4勝している化け物。
この王道路線の主要レースを総なめという史上初の快挙を成し遂げた。

東の代表は元ウルグアイの無敗の三冠馬。
移籍直後のドバイでのレースは敗れるがその後、北米では負けなし。
G1レースを3連勝でここに挑む。

このビッグ3はここが初対決。
いったいどの馬が強いのだろうか。
その結論はこの最高峰のレースで分かる。
そんな胸躍る一戦のゲートが開いた。

果敢に先行したのは西の古馬代表。
その直後に3歳馬がつける。
東の古馬代表はその2頭を見るように中団を進む。

レースが動いたのは3コーナー。
3歳代表馬が前を行く西の古馬を交わして一気に前に出た。
いつものようにここからスピードで圧倒する構えだ。
4コーナーでは早くも先頭に踊り出た。

だが、直線に入ってもそれほど伸びない。
いつものように後続を突き放せない。
それでもジワジワと脚を伸ばし先頭に立ち続ける。
そこに襲い掛かってきたのが東の古馬代表だった。

外から力強く脚を伸ばし一気に先行勢を捕らえた。
そのまま、先頭も並ぶ間もなく交わし去り更に脚を伸ばす。
最後は手綱を抑えてゴール板を駆け抜けた。
それは、米国最強馬が決定した瞬間だった。

これぞ力と力のぶつかり合い。
これぞ競馬。
こういうレースを見るとやはり競馬は止められない。


こうして8つのビッグレースが終わった。
8つのドラマが刻まれた。

やはり競馬は面白い。
だって競馬の面白さは世界共通だから。
そして、世界はやっぱり広い。

第6回JBCクラシック

2006-11-03 20:57:38 | 競馬観戦記
パドックの馬たちが大分傾いた太陽に照らされている。
今日も祭りに参加するため川崎にやって来た。
やはり夜と昼とでは雰囲気が異なる。

祝日の午後はゆっくりと時間が流れている気がする。
そんなときに競馬をしかもG1を楽しめるというのはお得な気分になる。
それぞれ違う魅力を2日に分けて味わういうのも悪く無い。


人気を集めているのはG1で2着続きの惜敗王だった。
スラリとした馬体は一見ダートを得意とするようには見えない。
でも、よく見るとボクサーのような引き締まった筋肉が体を覆っている。
年齢的にもピークを迎え、最良の馬体が出来上がっているように見える。

それに比べると3歳の若い馬たちはまだまだ未完成に思える。
だが、現時点で見劣っても彼らには将来がある。
これからそういうものを作り上げれば良いのである。

一方、そんな若手の倍以上走り続けているベテランもいる。
特に最年長の彼は歴としたG1ホース。
しかし、のんびりと歩く彼の注目度はそれほど高くない。
最近の成績から全盛期の力が無くなっているのは明らか。
時の流れが止められないように仕方の無いことだろう。


本馬場入場を終えた頃には夕日が建物に影に隠れていた。
それは2日にわたる祭りの終わりが近づいた合図。
名残惜しむような想いをファンファーレと拍手にかき消される。
ゲートが開き祭典はフィナーレを迎えた。

向正面の2コーナー付近からのスタート。
格馬一斉に飛び出し早くも独特のきついコーナーに差し掛かる。

普通ターフビジョンは内馬場にあるが川崎は向正面に設置されている。
それだけコースの縦が小さく必然的にコーナーは急になる。
そんなコーナーを6個回るこのコースは攻略が難しい。

人気の惜敗王は抜群のスタートから行きたい馬を行かせて好位をキープ。
最内枠を利して内ラチ沿いを淡々と進んでいる。
ベテランG1ホースはちょうど中団で最初のコーナーを迎えた。

先行争いが終わり自然と1週目のスタンド前ではペースが落ちる。
それを敏感に感じ取ったのはベテランの彼だった。
外からジワジワと上がって行き、先行した人気馬を早くも交わし去る。
1コーナーでは単独2番手にまで進出した。

きついコーナーで上がって行くことは難しい。
後続馬の多くは向正面に入ったところで前との差を詰めにかかる。
内ラチ沿いにいた人気の彼はその上がってきた馬たち一瞬包まれる。
スパートのタイミングが僅かに遅れる。

前を行くベテランの彼は後続の動きに慌てない。
一旦引きつけて脚を使わせておいて並ばれる前に上がって行く。
鞍上の駆け引きに応えられる老獪さはこの馬ならではだろう。

3~4コーナーで逃げた馬を捕らえて早くも先頭に踊り出る。
持ったままの抜群の手ごたえで。
直線に入った瞬間、一気に後続を突き放した。

そこから更に伸びる力はもう残ってはいない。
しかし、それは後続も同じこと。
馬群から抜け出してきた人気の彼も同じ脚色になっている。

こうなれば後は我慢比べ。
だったらベテランの彼でも若いものにはまだまだ負けない。
その差は全く縮まらない。

そのまま若い人気馬を抑えてゴールを駆け抜けた。


いつまでも若いままではいられない。
年齢を重ねる毎に何かが衰えていく。
そうして失ったものを完全に元に戻すことはできない。

だが、変わりに得られるものもある。
それは経験という名の宝物である。
それを駆使すれば失ったものを補うことができる。
ときに補ってなお余りがあるほどに。


ウイニングランで戻ってきた彼を拍手で迎える。

まだまだ若いものには負けられんな。
ベテランの彼にそう言われた気がした。

JBCマイル

2006-11-02 23:58:47 | 競馬観戦記
仕事を終え駅まで歩く。
ごく日常のひとこま。

しかし、向かう先は家ではない。
今日は地方競馬の祭りの初日。
非日常を味わいにナイター競馬にやってきた。

ここ川崎には昼間しかきたことが無い。
あのどこか、のんびりとした雰囲気しか知らない。
夜の川崎は祭りということも相俟って別の場所の様だった。

パドックはカクテルライトに照らされている。
手を伸ばせば届きそうなくらい馬との距離が近い。
そんな小さな場所に掻き分けないと馬が見えないほど人が集まっている。
私は背伸びをしながら光を浴びて歩く馬たちを眺めた。

昨年のディフェンディングチャンピオンは落ち着いている。
というより首を下げて、のんびり歩く姿はどこか申し訳なさそうに見える。
こういう馬があんなに力強い末脚を使うのだから競馬はやはり難しい。

対照的に重賞3連勝中の女傑は見るからに強そうだ。
牝馬ながら500キロを越す雄大な馬格は筋肉質で惚れ惚れする。
堂々とした歩き方といい、男馬より男らしく感じる。

地元、南関東の勇はしばらく見ない間にずいぶん垢抜けていた。
枠に合わせた黄色い手綱に、たてがみの編みこみも黄色。
バンテージも黄色でおまけに引き手のネクタイも黄色。
お祭りのを華やかに彩っている。


スタンドへ向かうとここも人で溢れかえっている。
早くも熱気溢れる空気にトランペットが響き渡る。
本馬場入場が始まった。

中央馬はコースに出るなりサッと返し馬に入ってしまう。
でも、地方馬は外ラチ沿いをゆっくりと歩いている。
馬との距離が近いので馬の息遣いや騎手の表情がよく分かる。
このあたりは地方競馬ならではの醍醐味である。


やがて、熱気を冷ますように空から小さなと雨粒が降りてくる。
しかし、スターターが台に上がると再びスタンドが熱気に包まれた。
祭りばやしとなるファンファーレが鳴り響きゲートが開いた。


飛び出したのは南関東の勇。
昨年はゲートで座り込んでしまったが、今年はどうやら違うらしい。
果敢にハナを切り馬群を従えて1コーナーを回る。

女傑はちょうど中団を進みいつでも外に出せるポジション。
昨年の覇者は後方で息を潜めている。

レースは向正面で早くも動き出す。
ディフェンディングチャンピオンが外に持ち出し徐々に進出し始める。
それを待ってたかのように女傑も外から上がって行く。

女傑はそのまま3コーナーから一気に先行集団を捕らえにかかる。
あっという間に捲り切り4コーナーでは早くも先頭に踊り出た。
そして、直線の入り口で後続を突き放す。

力の違いを見せつけられた馬たちは、抵抗できるはずもなかった。
先頭との差は全く詰まらない。
しかし、1頭だけ脚を伸ばしてきた馬が居た。
パドックで申し訳なさそうに歩いていたあの馬だった。

馬群から抜け出してきたかと思った瞬間には先頭との差は詰まっていた。
そして、並ぶ間も無く前を交わしその差を広げる。
そのままゴール板を一気に駆け抜けた。


正に王者の走り。
堂々の連覇達成。
祭りの盛り上がりは最高潮に達した。

ウイニングランで戻ってくるチャンピオンを皆、拍手で迎える。
今日の祭りを盛り上げてくれた感謝の気持ちを込めて。
ここに居る誰もが平日の夜の非日常を満喫していた。

だが、祭りはまだ終わらない。
明日は昼間に祭りがある。
もちろん私は観に行くつもりだ。
やっぱり、祭りは楽しまなくちゃ。

第134回天皇賞(秋)

2006-10-29 23:21:34 | 競馬観戦記
主役不在の大混戦。
今年の秋の盾をそう称する向きが多い。

しかし、今日集まったメンバーはただの脇役なんかではない。
主役を張るような正統派ではないが、魅力的な個性を持った馬ばかり。
そんな馬たちの共演を私は楽しみにしていた。
まずはパドックで個性派たちの魅力を堪能することにした。

ようやく念願のこの舞台に出走が叶った地方馬は殺気立っている。
引き手が体重を掛けて手綱を引かなければ抑えきれないほど。
それを見かねた調教師も引き手を取り、途中から二人引きになった。

最近は落ち着いてきた気高き姫が今日はなんだかチャカついている。
盛んに首を上下に振り、何かがお気に召さないのだろうか。
そんなところを見せてもこの馬はどこか高貴な感じがする。

ホライゾネットをつけてのんびり歩く彼は相変わらずの三人引き。
若い頃にパドックで寝転がるという前代未聞の前科がある。
いつものこの光景を見るとそれを思い出して頬が緩んでしまう。

順番を入れ替えて一番最後をのんびりと栗毛が歩いている。
彼の姿はいつ見ても美しく、何度観ても飽きない。

やがて、止まれの合図が掛かり騎手がそれぞれの馬に騎乗する。
今年の本馬場入場が気になる彼女は真っ先に地下馬道へ消えていった。


本馬場には誘導馬の前に先出しの馬たちが現れた。
気まぐれ女王様は意外にも勢い良く芝コースへ飛び出していった。
昨年はあれほど梃子摺らせたのにやはり彼女は分からない。

だが、今年も本馬場入場でハプニングが起こる。
先出しの一頭がラチを破壊し騎手を振り落とし放馬してしまう。
馬や騎手に対して不謹慎なのは分かっているが、つい笑ってしまった。
やはり、今年のメンバーは個性派揃いなのである。


スターターが台に上がり歓声と拍手が巻き起こる。
ファンファーレが鳴り響き、手拍子がその音を掻き消す。
続々と出走馬たちがゲートへ収まる。
しかし、ゲート入りした内枠の馬が暴れ外枠発走になる。
この個性派たちはこの土壇場でも意外性を発揮する。
どんなレースになるんだろうか。
歴史と伝統の盾へと続くゲートが開いた。


逃げ馬不在でどの馬がハナを切るのか。
その問いに答えたのは意外な馬だった。
昨年の春、後に英雄と呼ばれる相手に積極策で勝負を挑んだあの馬。
澱みの無いペースで後続を引っ張り、今日も果敢に勝負を仕掛けてきた。
2コーナーを回った時点で早くも縦長の馬群となる。

2番手につけたのはパドックで三人引きだった前哨戦勝ち馬。
切れ味勝負に持ち込ませず、早め先頭で押し切る構え。

その直後には春の初代マイル女王。
一昨年、去年と同じように先行して一気に抜け出すつもりだろうか。

更にその直後には差し馬に変身した快速の栗毛馬。
今日はここ数戦の中では一番前につけている。

その後ろには念願叶った北の勇者。
折り合いはついているように見える。

ちょうど中団の位置に気まぐれ女王がつけている。
それを見るように3歳の若武者が直後を追走。
両馬共に武器となる切れ味を溜めている。

後続を引き離した逃げも勝負どころで徐々に差が縮まってきた。
先行馬たちは前を射程距離に捕らえている。
4コーナーを回った。

馬場の真ん中から抜群の手ごたえで2番手の馬が抜け出してきた。
満を持して追い出し、前哨戦の再現を狙う。

そうはさせじと春のマイル女王も差を詰めようとする。
だが、思うように伸びきれずに逆に突き放された。

抜け出した馬に内から迫ってきたはサマーチャンピオン。
しぶとく脚を伸ばすが半馬身から差が詰まらない。

3歳の若武者、北の勇者、気まぐれ女王も後ろから迫ってくる。
だが、前の争いには届きそうに無い。

300m近くも続いた前の叩き合いは終始変わらなかった。
何度後ろから脚を伸ばしても、同じように伸びてみせる。
競り合っている馬を、そして後続の馬たちを捻じ伏せる様に。

そのまま最後まで後続を抑えきりゴール板を駆け抜けた。


主役不在の大混戦に終止符が打たれた。
どの馬も個性的で見ごたえのある戦いだった。
しかし、そもそも今日は主役が居なかったのだろうか。

競馬とは誰がどの馬に想いを託しても自由である。
一人一人の胸の中にそれぞれの主役がいる。
誰かの脇役は他の誰かの主人公なのかもしれない。

でも、走っている馬たちはそんなことは関係無いんだろうなあ。
彼、彼女たちの物語の主人公は自分なんだから。

私も負けてはいられない。
私の物語でも、やっぱり主役に見せ場を作りたい。

自らの物語の主役は自分自身。
だから、これからの自分次第。
いつも物語は自分次第。

第67回菊花賞

2006-10-22 21:22:51 | 競馬観戦記
幼き頃、自分は何者かになれると思っていた。
だが、成長するにつれそれは無理だと思い知る。
名を残す者は特別であり、自分はそうでないことを。

競馬も同じなのかもしれない。
ちょうど一年前に達成された大記録。
それを成し遂げた馬はの走りはこう思わせる。
天より与えられしものが違うと。

今年、同じ記録に挑戦する馬がいる。
確かにこの馬は強い。
でも、常識で考えられない程では無い。
決して神に選ばれた存在だとは思えない。

自分と同じ特別ではないものが歴史に名を残すのか。
どうしてもそれを見届けたくて京都の地を踏んだ。


パドックに出てきた彼は際立っていた。

半分寝てるのではないかと思わせるほどゆっくり歩いている。
あまりにも歩くのが遅いので内々を進んでも他の馬に遅れそうになる。
時折、内側をショートカットしてなんとか追いつくように歩かせている。

当の本人はそんな引き手の苦労もお構い無しにマイペースだ。
体を斜めにして歩いてみたり。
外の観衆を眺めるように大きく首を動かしたり。

育ちの良いエリートのライバル達とは違う。
彼は雑草なんだ。
やはり、自分と同じような存在なんだ。
彼がより私の近くにきたような気がした。


本馬場入場で彼の姿が映し出されると一際大きな歓声が上がった。
華がなく地味だと言われているがこの人気振りはどうだろう。
なんだか少し胸が温かくなる。

一方、彼はようやく気合が乗ってきている。
返し馬では盛んに行きたがる素振りを見せる。
その荒々しい負けん気の強さもどこか彼を身近な存在と思わせる。
そういう気持ちが無ければ恵まれたものとは戦って行けないのだから。

やがて、スタンドが熱気に包まれる。
ファンファーレが手拍子と歓声にかき消される。
歴史的偉業に挑むゲートが開いた。


飛び出したのは最高峰の舞台で一騎打ちを演じたライバルだった。
のしをつけてハナを主張し、そのまま後続を引き離して行く。
1週目のスタンド前を通過する時で既に10馬身ほどの差が広がる。
追いつけるものなら追いついてみろ。
そう言わんばかりの真っ向勝負を挑んできた。

その挑戦を受ける彼は前から3~4番手辺りの絶好位につけた。
今日も自らレースを作り相手を捻じ伏せる王道競馬のポジション。
今では古臭く思えるような戦法なのだが彼にはそれが良く似合う。
他力本願ではなく自ら勝ちに行くという強い意志を感じる。

その後ろには前走、彼を一刀両断したライバルが進んでいる。
凄まじいまでの一瞬の切れ味。
その武器を最大限に発揮すべく虎視眈々と機会を伺っている。
彼が動いた後にその武器で負かしに行くつもりなのだろう。


先頭は飛ばしに飛ばした。
向正面でも坂を越えても一向にその差が縮まらない。
このまま指を銜えていたらレースが終わってしまう。
そんなことを彼が許すはずは無かった。
勝負どころから2番手に上がり前との差を詰め始める。
自ら勝利を手繰り寄せるように。

だが、前のスピードは全く衰えない。
なかなか差が縮まっていかない。
先頭との差はまだ5馬身以上はあるだろうか。
4コーナーを回った。

直線入り口でこの位置なら何とかなる。
ここからなら彼は前を捕えきれる。
捕えきってほしい。
この瞬間、私はそう思った。

しかし、彼はここから伸びていかない。
前との差が縮まらない。
そして、後ろからライバルと伏兵馬にも交わされた。

彼は完全に勝負圏外に置かれてしまった。
それでも無様に下がって行ったりはしなかった。
持ち前の負けん気で最後まで勝とうとしていた。

前方では自分を抜き去った馬たちがついに逃げ馬を捕えた。
そして、二頭の叩き合いの末、ライバルが伏兵に敗れた。
彼はその争いに最後まで加わることなく4着でゴール板を駆け抜けた。


彼は大記録に挑戦し敗れた。
歴史に名を刻むことができなかった。
それでも、私は落胆していない。

彼は負けた。
それは今日だけではない。
何度も何度も負けた。

その度に彼は強くなった。
やがて、特別な馬と同じ偉業に挑戦するほどになった。
もう、彼は十分歴史に名を残している。

何度も負けている彼。
彼と私は何が違うのだろうか。
何も変わらないんじゃないだろうか。

名を残すのは特別な者。
それが間違いだとは今でも思わない。
でも、それだけが正解だとも今は思えない。

今日も負けた彼を観続ければ分かるだろうか。
負けてより強くなる彼の走りを。
負けん気の強い彼の走りを。

第11回秋華賞

2006-10-15 21:32:03 | 競馬観戦記
天高く馬肥ゆる秋。
京都競馬場は絶好の競馬日和。
秋の日差しを受けながら私は乙女達を待っている。

今年の3歳牝馬たちは皆、無事に夏を越すことができた。
春のクラシック上位陣が皆、ここに顔をそろえた。
これは面白いレースになる。
その雰囲気を味わいたくて気がつけば私は京都の地にいた。

円形のパドックに続々と出走馬が入ってくる。
観察しているとそれぞれ個性的で面白い。

桜の女王は一見、のんびりと歩いている。
だが、前を見据えた視線は鋭く闘志を内に秘めている雰囲気。

樫の女王はチャカチャカと落ち着かない。
盛んに首を上下に振り、気の強さを覗かせている。

人気のトライアル勝ち馬は外々を優雅に歩いている。
美しい外見からも思慮深い上品なお嬢様といった印象を受ける。

気まぐれな樫の2着馬は盛んに内へ内へと行こうとしている。
引き手にじゃれ付くように首を内に向けてちゃんと歩こうとしない。

米国G1の2着馬は気合が入っている。
レースが待ちきれないようにチャカつき、一つ大きく鼻を鳴らした。

本馬場入場では白いドレスに身を包んだ女性が誘導馬に騎乗している。
そんな華やかな雰囲気の中、大人になった少女達が返し馬に散って行く。
それを見つめていた私の肩にトンボがとまった。

春の激闘を終え、それぞれの夏を過ごし、実りの季節を迎えた。
この秋、華やかに輝くのは果たしてどの馬か。
熱い女たちの争いとなるゲートが開いた。

横一線のスタートから春の実績馬たちは思い思いのポジションに構えた。

逃げを武器としていた海外帰りの馬は控えて先行集団の外目。
米国で新境地を見せた彼女はもはや無理にハナに行く必要は無い。

気まぐれ姫は中団馬群の真っ只中。
彼女の場合はどこがベストポジションなのか未だに理解ができない。

同じように中団につけているのが樫の女王。
どんな競馬でも受けて立つというような堂々とした正攻法の位置。

後ろに控えたのが桜の女王。
爆発力を活かすべく内々で虎視眈々と脚を溜めている。

それを見るように更に後ろに人気のお嬢様。
目標にされた桜の舞台とは逆の位置につけて雪辱を晴らすつもりか。

レースは緩みの無いペースで1000m通過が58秒台。
スピードに加えスタミナと底力が要求されるものになった。
春の実績馬たちは各々の場所で直線を迎えた。

後ろの二頭は勝負どころでも積極的に上がって行かなかった。
それとも厳しい展開に上がって行けなかったのか。
桜の女王は4コーナーでも馬群に包まれこの時点で脱落の気配。
それを見るような位置のトライアル勝ち馬は外に出せたが伸びが無い。
何が何でもと前を捉えようとしないのがお嬢様と呼ばれる所以だろうか。

一方、上手く先行できた海外帰りの彼女が力強く馬群を抜け出した。
スピードとそれを持続させるスタミナという武器を存分に活かした競馬。
夏の米国での争いで一皮向けたこの馬が秋の実りを得るのか。
気まぐれ姫も内から鋭く脚を伸ばすが前には届きそうも無い。
その瞬間、外からもの凄い迫力で1頭上がって来た。

中団につけて勝負どころで前を射程圏に置き、直線で前を捉える。
そんな正攻法は力のある馬のみに許された王者の競馬。
そう、この無敗の女王はこの底知れぬ強さこそ際立った個性。
厳しい流れをものともせず脚を伸ばし抜け出した馬を交わし去る。
そのまま力強く先頭でゴール板を駆け抜けた。


それぞれの馬達がそれぞれの個性を発揮し火花を散した秋の陣。
思った通りの素晴らしいレースとなった。

秋はまだ始まったばかり。
競馬の季節はまだまだこれから。

秋の深まりと共にどんなドラマが観られるのだろうか。
今日のような光景を目の当たりにすると未来が明るく感じてくる。

今年の秋は自分から積極的に感動を求めに行こう。
待っているだけでは最高の瞬間を感じることができない。
未来が明るくなってはこない。

季節は常に同じように移ろう。
だが、全く同じ季節など二度と訪れない。

だから、一瞬一瞬を胸に刻み込もう。
あの季節は良かったと思えるように。

今年は良い秋になりそうだ。
忘れられない秋になりそうだ。