南禅寺の西側に細川別邸がある。今は家主が変わって野村別邸になっている。
ここの枝垂桜は究極の美しさでこの世のものと思えない。夏になると桜の葉が旺盛に繁って昼間も暗い。緑蔭でひっそりと咲く花菖蒲がまた美しい。
ここのしだれ桜と花菖蒲を見ているとその昔、細川公が憧れた青柳という女性に思えてくる。
ラフカデイオハーンの怪談に青柳という話がある。ここに細川公が登場する。
1470頃能登の守、畠山氏の家臣に友忠という若侍がいた。20の頃京都の大名細川政元のもとへ内密の使者として使わされた。 越前ルートで旅していたが猛烈な吹雪に襲われた。宿もなく困惑していると思いがけなくも柳の生えている丘の頂に一軒の藁屋根を見つけた。 戸を開けてくれた老婆に一夜の宿を乞うた。炉で暖まらせてもらっていたら目の前に酒や手料理を並べてくれた。娘が出てきてお酌を始めた。
青柳と呼ばれるその娘を一目見た瞬間、息を呑んだ。かつてこれほどまでに美しく気品ある女性を見たこともなかった。これほどの人がなぜこんな淋しい所に住んでいるのだろう。
和歌で問い掛けるとすかさず返歌してきた。 自分の前にいるこの青柳よりも美しく聡明な娘にこの世で会えるわけもなく、まして手に入れることなど望めない事ははっきりしていた。
心の中の声が 「お前の目の前に神様が置いてくれたこの幸運をとれ」 としきりに叫ぶのが聴こえた。いきなり老夫婦に向かって娘御を妻に頂きたいと叫んでしまった。この願いはすんなり聞き入れられた。
老夫婦は「お武家さまと私どもとでは身分の開きが大きすぎますゆえ、せめてはしためにしてやって下さいませ」
こうして友忠は青柳を伴って京に上ったのである。しかし京都に着いた日から友忠は悩まないといけなかった。当時武士は主君の許可なく内縁関係を結ぶことは禁じられていた。まして美女好みの細川公に青柳の存在を悟られたら?友忠は青柳を周囲から隠すことに苦心した。けれどもある日。仕事を終えて帰ってみると、青柳がいない。細川公の家来が青柳を連れ去ったのである。
細川公に内縁関係を知られたら手打ちになる恐れがある。しかし青柳なしの生活など考えられようか。お手打ち覚悟で友忠は青柳に漢詩の手紙を送ったのである。翌日、細川公に呼び出された。 細川公は友忠が作った漢詩を口ずさんでいる。その目は涙ぐんでいた。そして
「そのほう達がひどく慕いあってるゆえ、余がそのほう達の婚姻を許すことにした。式はこれから執り行う。引き出物の用意もできている」
襖が開かれると花嫁衣装の青柳が待っていた。こうして青柳は友忠に返されたのである。
それから5年、2人は幸せにすごした。 ある日、突然青柳が苦しみだした。喘ぎあえぎ、言うには。
「前世の浅からぬ因縁でこうして貴方さまとめぐり合いましたがこの世での縁はもう切れかかっております。実は私は人間ではございません。柳の精でございます。 今誰かが私の原木を切り倒しております。私は死なねばなりません。どうかどうか南無妙法蓮華経を唱えて下さいませ」
倒れたと思うと畳の上にむなしい着物とかんざしが残るばかりだった。
友忠は出家して、青柳の霊を慰めるため行脚層になって諸国を巡礼した。 越前のいとしい人の家のあった峠に来てみると。そこには家もなくて、ただ3本の柳の切り株があるのみであった。2本は老木で1本は若かった。
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