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お寺探しの旅~自分が求めるお寺とは?~

我々一般人にとって本当に「いいお寺」とは?
色んな情報を集めて、色んな角度から、色んな視点で追求してみたい。

「ありがとう」

2010-09-24 10:49:50 | 雑談
父の見舞いに行ってきた。

病室の扉を開けた瞬間、あまりの変わりように息を呑むと同時に、すぐに胸に熱い物が込み上げてきて、それが一気に口から飛び出しそうな感覚に襲われる。


「お父さん!?」

たった、4日しかたっていないのに衰弱して、意識はほとんど無かった。


左目は閉じたまま、右目は少し開いているが白目をむいていることがほとんどで、かすかに黒い瞳が動く程度。

『マジ???』

大きな声で、2度ほどよびかけると少しだけ反応してくれ、案内人が来たことがわかったようである。

ずっと、御礼の手紙を書こうと思っていたが、なかなかペンを取る気分になれず、結局ここまできてしまった。昨日は、案内人の41回目の誕生日だったため、これを機に絶対伝えておかねば・・・。そんなことで

「お父さん、わかる?悦子だよ。今日はね、41才の誕生日を迎えられたよ。産んで育ててくれて有難うね。私は、お父さんとお母さんの子でよかったよ。感謝してる。本当に、ありがとうね。お父さん、大好きだからね。お家へ帰ろうね。頑張って良くなろうね。」


そいういうと、「そうか。」と言わんばかりに何となく嬉しそうな顔をしてくれた。
そのことで案内人の自己満足度はかなりUPしたように思う。

「いよいよ」という段階かもしれない。

今は、自分の携帯の音をバイブではなく鳴るように設定して、もしもの連絡に備えながら時間を過ごしている。

ほんとうに、父は逝ってしまうのだろうか?ここまできても、何だか信じがたい・・・。


一喜一憂

2010-09-22 23:16:07 | 雑談
「一喜一憂」する日々である。

父の病状が良いといわれれば、安堵し、悪いといわれれば悲しみというより後悔やら罪悪感やらが湧き出てくる。

夜、姉から泣き声で電話があった。

昨日、主治医との話の中で、父に関する延命措置はすべて断ったというのだ。

「それでよかったよね?」

といわれた。

延命措置をしたところで、それは本人の望むことであろうか?と思うと私達の父は決して望まないだろうと思っている。

「うん、よくわかんないけど。うん、いいような気がする。」

肺炎は芳しくなく、痰がでてきたのこと。
これは、まったく良くないらしい。

覚悟覚悟といわれてきたが、覚悟の仕方もわからなくなった。

覚悟なんかできるわけないじゃん。

腹立たしさともどかしさだけが心を支配する。

明日は、彼岸の中日。案内人の誕生日。
ゆっくり自宅でのんびり過ごそうと思っていたが、やはり父の入院する病院へいって、産んで育ててくれた事の感謝を述べにいこう行こうと思う。

人との関わり

2010-09-15 09:38:32 | 雑談
父は、結局そのまま緊急入院をした。

点滴と血液検査をしたらしいが、本来であれば、検査後1時間で結果がでるらしい。

ところが、返ってきた言葉は「至る所に炎症を起こしていて、身体全体を調べなくてはならない。」とのこと。

そして、今も尚結果はでていない。

医師である姉と話をすると、いつも『最悪の事態』の話だから、おじけづく。

昨日の話は、こうだった。

「全体を調べたとなると、他へ癌が転移した可能性が高いかもね。お父さんの脳の悪性腫瘍は転移する可能性が高いといわれてるからなぁ。」

『で、どうなの?いつ、死んじゃうわけ?』

「まあ、点滴できてひとまず落ち着いたから、あとは体力次第かな。」

『お正月は、迎えられる?』

「・・・。多分、お父さんの誕生日頃(10月25日)は、ひとつの山かもね。もちろん、その前に、急変することも十分考えられる。」

『大部屋希望したんだけど、個室に入っているらしいよ。』

「個室はね、重病患者で監視する必要性がある場合は、特別配慮で差額なしで入れることになっているんだよ。ということで、お父さんは、重病ってことだよ。」


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昨日は、仕事していても気が気じゃなく、母に電話をしては、涙がこぼれてくる始末で、押さえきれない感情に自分自身もてあましたようだったが、しょうじき余り覚えていない。

自分は、つまんない人間だな。とつくづく思った。
悲しい時は、本当に心を開いた人とだけしかしゃべりたくない。
けど、そんな人もいなかったんだな。

自分にとっては、重大時でも、他人にとったらどうでも良いことなのかもね
よくうちの相談員がいうのは、
「人なんて、信じられませんよ。」
そんなこともあるのかもしれないね。


父の入院

2010-09-14 11:44:22 | 雑談
昨晩、姉から連絡を受け、いつもと違うテンションの高さに緊張感が走る。

「お父さんが、肺炎を起こしたかもしれないんだよ。金曜日から熱が39度近く出続けていて、座薬を入れても下がらないんだとすると、通常、肺炎を疑うんだよね。」

『肺炎をこじらすと、どうなるの?死んじゃうの?どれ位で死んじゃうの?』

「早ければ1週間。ただ、お父さんの場合、まだ体力があるから急いで点滴すれば、そんな1週間ということにならないと思うよ。主治医の先生の判断に任せるしかないんだけど、私なら入院を一旦させて、落ち着いたら、最後に一旦家に戻してお別れをさせてから、もう一度入院という段取りをとると思う。」

『・・・・』


「お父さんが、うなされるように悦子悦子と呼んでいるらしいから電話をかけてやって。」

『わかった。』

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『お父さん?悦子だよ。わかる?』

ろれつが回らない口で一生懸命話す父。耳を受話器に押し当てて聞く。

『だいじょうぶだよ。食べるもの食べてるし、なぁ~んにも、心配いらないんだよ。ほんとだよ。お父さん、木曜日に行くから、それまで元気にしててよね。わかったの?わかってるの?』


父は、繰り返し繰り返し「早く会いに来ておくれよ。」と私にいい、繰り返し繰り返し「ちゃんと食べてるのか。身体は大丈夫か?」と聞いてきた。

動揺は、押さえきれず自分の足がすくむ感じがした。

一晩あけても、胸のつかえは取れず、なんだか小さめの漬け物石がのど仏下あたりに詰まっている感じがする。

ようやくここに来て葬儀を現実的に捉えられるような心境になってきた。
相談者は、いつもこんな気持ちで電話をしてきているのだろうな。




「また(生きて)会おうね」

2010-08-14 11:39:09 | 雑談
少しでも時間がとれると、父の介護の手伝いに実家へ帰ります。

残された時間の中で、できるだけ会いたい。と言う理由と介護疲れの母に少しでも休息を与えたいからです。

目が見えなくなってきた父に、お医者さんに診てもらうことを勧めると、
「もう、いいんだ。早く楽になりたいんだよ。」
と答えます。

あんなに嫌がっていたオムツをせねばならず、足一つ自分で動かすことができないこと、口から苦い唾液がでて食欲がないことは、生きていても辛いのだそうです。


そういわれると、「頑張って頑張って」と言うことは、何だか自分自身の傲慢な考えにすぎないのでは?と罪悪感にかられます。

別れ際に手をギュッと握って
「また会おうね」
というと、
「そうか?」(生きていなくちゃならないな)
と『うん、そうだな』なのか『頑張らなきゃだめか?』ともとれる、なんともあやふやな返事をするのでした。

明日は、1週間ぶりに会いにいきます。

見送る側の気持ち

2010-06-25 21:28:49 | 雑談
あれほど、「死ぬ死ぬ」と言っていた父は結局宣告をうけてから2年も長生きできた。

このまま・・・

と何度となく思ってきたが、とうとう本人も覚悟を決めたらしく、案内人に葬儀代金を預けたり、死後のことを語る場面も増えてきた。

父と同じ頃、癌を発病した人は、ほとんどこの世を去っていった。それを思えば随分頑張ったもんだ。「生きていたい」と思う執着は大事なんだと改めて思う。


病気で死ぬ時は人間はやせていくものなんですね。

父は、ガリガリになり歩行は全く出来ず、寝たきりの蝋人形のようです。

かわいそうにお腹がすいてグーグーお腹がなっているのに、食べると胃が痛くてたまらないから食べたくないのだそうだ。

ろれつがまわらなくなり、生きていたとしても会話がいつまで成立するのだろうか。

今日はあらためて、父の葬儀を出す側の立場として考えた。
日頃、あんなに勉強会で話しをしている自分だが、「これもあったほうがいいかな。」「あっちよりこっちのがいいかな」と追加料金の出っ放しである。

葬儀とは送る側の気持ちが色濃くでるのかもしれないな。

父の孤独を受け止め切れない自分がもどかしい。



すっかり

2010-06-15 23:52:11 | 雑談
ご無沙汰していまいました。

何だか日々がめまぐるしくて、自分の練馬の席に着地することもめったになくなりました。席に着いたら着いたで、うちの相談員が待ち構えていて、あっという間に時間が過ぎていきます。

ブログに上げたい事が山ほど溜まってしまいました。
まるで、夏休みの課題を一気に仕上げなくては・・・と妙に焦りも感じます。

えっと、まず列挙すると・・・

①札幌で真言宗智山派のお寺様の落慶法要にご一緒させてもらったこと。
②案内人が駆け出しの頃からお世話になっている恩のあるお坊さんのこと。

③武蔵野市消費生活センターの1回目と2回目の勉強会
④千葉市消費生活センターでの勉強会
⑤三鷹市消費生活センターの同じく1回目と2回目の勉強会
⑥練馬区消費生活センターでの勉強会

⑦龍谷大学の真宗カウンセリングに取り組む心ある青年僧数名との対談について。
⑧東京臨済会(西東京の臨済宗のお坊さんが集まる会)で講演依頼をいただいたときの出来事について。

⑨ご相談者のトラブル事例
⑩頑張っている葬儀社の話
などなど、いっぱいある。

まずは、明日から連続で紹介していくことを約束します!!

皆様、広い心でお待ちいただけましたら幸いです。

ある夜に思ったこと

2010-04-12 22:42:04 | 雑談
諸行無常について教えてください。とお尋ねしたところ、数人の先生からお知恵をいただきました。皆様、どうも有難うございました。

それと本の紹介もいただきましたので、読んだ後、皆様へご案内して参りたいと思います。

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桜の花は、美しいけど、あっという間に、しかもはかなく散ってしまうのですね。

昨晩、またしても1週間ぶりに父に会ってきました。
月・水・金と老人介護施設でお世話になっているのですが、父に「現地で何してるの?」とたずねたら、「何もしてないよ。ただ、そこにいるだけ。」といってました。

そして、

「やりたくても、身体が自由にならないんだよ。心と身体がついてこないんだ。だから、時間がくる(帰る&最期の時)のを待っているんだよ。」

老いていくということ。やがて、死を迎えるということ。
「生老病死」ってよくわかんないけど深くてなんだか怖い感じがする・・・

案内人は、いったい何のために生きているのかな?
生まれてきた理由を、存在の意味とは?
たぶん、特にないんだろうけど、自分自身で必死に理由をつくろうとしているのかもしれないな。

とてつもなく寂しい晩もあるものですね。



諸行無常?

2010-04-04 09:50:41 | 雑談
昨日、NHKの番組で、「無縁死」ということを取り上げて放送していた。

ちょっと前は「孤独死」。

コミュニティ社会が崩壊した中で、今後爆発的に増えていくだろうと予想されているらしい。

=単純に、葬儀のあり方は「火葬のみ」いわゆる直葬や荼毘葬、火葬式といわれるものが中心となっていくのだろう。

あと、5年後10年後を考えたときに、この業界では危機感を覚える方も多かろう。

そんなこととは、無縁に今日も地球はまわっているんだなぁ。

※「諸行無常」の意味を一般の方に教えて下さるお坊様、いらっしゃいましたらコメントを入れて下さい。公開させていただきたく思います。

父からの手紙

2010-03-28 23:38:00 | 雑談
1週間ぶりに父に会ってきた。何でも自分宛(案内人)に手紙を書いたと電話でいい、
「一体いつくるのか?」
と何度も尋ねられたので
「会社の車が空いていたら、借りて帰るよ。」
と答えた。

毎日怒鳴っていた父であったが、体力が落ちてきて怒る元気もなくなってきたらしい。

頭の中のむくみをとる薬は、相当胃が荒れるらしく
「あんなの飲むくらいなら、自然に任せて逝ったほうがいいよ。」

飲まなきゃ飲まないで、食欲が一向に湧かないらしい。1日のうちに食せるのは、白いご飯1膳に梅干1粒のみ。

こんなに具合が悪くても娘の心配はつきないらしく、不器用にしか生きられない娘にたまりかねて、どうやら手紙を書いてくれたらしいのだ。

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悦子へ

毎日ごくろうさん。有難う。

お父さんは、あまり変わっていないよ。あえて言えば、手が(右手)妙になってきて字が書けなくなるかもしれぬ不安だ。

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遠慮するのではなく、ああしてくれ、こうしてくれといいなさい。飯田の親には言ったよ(当時の父)それでないと、親子は意思の疎通をなくすからな。

出来るだけ時間を作って羽生に来て下さい。

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途中は、個人的事情が切々と書いてあり、ただただ、不出来な娘を勇気づける内容であった。

親とは、こうゆうものなのか。自分が病気でも子供が心配。

実家を後にするとき、部屋の奥から「お母さん、悦子に気をつけて帰れよ。って、いっておくれよ。」と言う声がかすかに聞こえた。