いや、それ「夫婦相和シ」ですから。
教育勅語、幼稚園で暗唱 「愛国心はぐくむ」と園長 (共同通信) - goo ニュース
想定するわけないですわなぁ。でもこの幼稚園は私立ですし、「幼稚園教育要領」に『教育勅語を教えてはいけない』と書かれていない以上、文科省としても「ダメ」とは言えないんでないでせうかね。なぜ「教育勅語を教えるのは適当ではない」のか、きちんと納得のいく具体的な説明がなされるべきでせう。「教育要領で想定されていないことはしてはいけない」のであれば、きっとすべての宗教系の私立学校はアウトですよ?
それにしても、こんなことを嬉々として(?)報道する共同通信って・・・。“1日、分かった”のはなんでかな? 文部科学省幼児教育課のコメントはどうして出されたのかな? それは誰に向かってのコメント?
ま、そんなことは些細な問題ですよ。園側は「教育勅語の精神が必要と確信している」って言ってるわけです。つまり内容が大事であると。では「教育勅語」とはどんな内容であるのか、ググって見つけた押井徳馬さんのサイト『はなごよみ』より転載させていただきます。
まぁ確かに戦前のいわゆる“天皇制”的思想が濃い部分はあります。そのへんはリンク先にうまく纏められていますのでご覧になっていただくとよいと思いますが、肝心なのは中段の『爾臣民父母ニ~顯彰スルニ足ラン』の部分でせう。リンク先よりここだけ口語訳を抜粋。
いい言葉ぢゃございませんか。そうだ、この部分を中心に今の世に通ずる新しい勅語(ってこの呼び名も変えなくちゃだな)を作るってのはいかがでしょ。「臣民」は「国民」、「皇国」は「日本国」とかにすればいいし、「いつも憲法を重んじ」なんて書かれてますから護憲な方も反対はしないでしょ?
教育勅語、幼稚園で暗唱 「愛国心はぐくむ」と園長 (共同通信) - goo ニュース
2006年 7月 1日 (土) 16:18
大阪市の私立塚本幼稚園(淀川区、約230人)と私立南港さくら幼稚園(住之江区、約180人)が、年長組の園児約120人に、教育勅語を暗唱させていることが1日、分かった。
園側は「幼児期から愛国心、公共心、道徳心をはぐくむためにも教育勅語の精神が必要と確信している」と説明しているが、文部科学省幼児教育課は「教育勅語を教えるのは適当ではない。教育要領でも園児に勅語を暗唱させることは想定していない」としている。
想定するわけないですわなぁ。でもこの幼稚園は私立ですし、「幼稚園教育要領」に『教育勅語を教えてはいけない』と書かれていない以上、文科省としても「ダメ」とは言えないんでないでせうかね。なぜ「教育勅語を教えるのは適当ではない」のか、きちんと納得のいく具体的な説明がなされるべきでせう。「教育要領で想定されていないことはしてはいけない」のであれば、きっとすべての宗教系の私立学校はアウトですよ?
それにしても、こんなことを嬉々として(?)報道する共同通信って・・・。“1日、分かった”のはなんでかな? 文部科学省幼児教育課のコメントはどうして出されたのかな? それは誰に向かってのコメント?
ま、そんなことは些細な問題ですよ。園側は「教育勅語の精神が必要と確信している」って言ってるわけです。つまり内容が大事であると。では「教育勅語」とはどんな内容であるのか、ググって見つけた押井徳馬さんのサイト『はなごよみ』より転載させていただきます。
教育勅語
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此
レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ
兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ
修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開
キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無
窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス
又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々
服膺シテ咸其ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
明治二十三年十月三十日
御名御璽
まぁ確かに戦前のいわゆる“天皇制”的思想が濃い部分はあります。そのへんはリンク先にうまく纏められていますのでご覧になっていただくとよいと思いますが、肝心なのは中段の『爾臣民父母ニ~顯彰スルニ足ラン』の部分でせう。リンク先よりここだけ口語訳を抜粋。
あなた方臣民よ、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い、もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕え、このようにして天下に比類なき皇国の繁栄に尽くしていくべきです。これらは、ただあなた方が我が忠実で良き臣民であるというだけのことではなく、あなた方の祖先の遺(のこ)した良き伝統を反映していくものでもあります。
いい言葉ぢゃございませんか。そうだ、この部分を中心に今の世に通ずる新しい勅語(ってこの呼び名も変えなくちゃだな)を作るってのはいかがでしょ。「臣民」は「国民」、「皇国」は「日本国」とかにすればいいし、「いつも憲法を重んじ」なんて書かれてますから護憲な方も反対はしないでしょ?
こんばんは。
当方のブログでお返事差し上げました。
できれば、お返事頂ければと思っております。
よろしく、お願い致します。
◎ジダンへの侮辱判明=読唇術で分析と英紙〔W杯〕(時事通信社 - 07月11日 19:40)
【ロンドン11日時事】サッカーのワールドカップ(W杯)決勝で、フランスのMFジダンがイタリアのDFマテラッツィに頭突きを見舞って退場処分になった一件で、11日付の英紙タイムズはマテラッツィがジダンを「売春婦テロリストの息子」と侮辱していたことが原因だと報じた。読唇術の専門家に分析を依頼し、分かったという。
ジダンがアルジェリア移民の2世であることから、マテラッツィがイスラム過激派によるテロが頻発している同国を挙げて暴言を吐いた可能性がある。
ジダンはアルジェリア移民に誇りを持っていることで有名。フランスが1998年のW杯で優勝した際、「自分たちの国旗に誇りを感じているすべてのアルジェリア人に(この勝利を)ささげたい」と述べていた。 (了)
タイムズの書くことですから話半分としても、「テロリスト」という単語はあちこちの報道で聞きますね。マテラッツィは否定してますが『それは真実ではない。私は彼をテロリストと呼んでいない。私は無知なので、その言葉の意味すら理解していない』ってコメントはかえって煽ってないか?(^◇^;)
藹さんのブログへのコメントは、もう一晩熟成させてからアップさせていただきます。書き上げた直後は「いいモノが書けたな~」とか思っていても、時間を置いてから見るといろいろ恥ずかしい箇所(爆)とか出てくるモンですから。
藹です。
昨日のワールドカップ決勝をTV観戦してから、これまでヘロヘロになりながら起きております。(@ ̄ρ ̄@) zzzz
FIFAがMVPをジダンにした事実を見て、FIFAのやらしさを感じぜずにいられません。
ジダンをここまで追い込むのか?って。
W杯、イタリアの優勝で終わりましたね。ジダンの最後はちょっと寂しかったですが。よっぽど腹に据えかねるようなこと言われたんでせうね。
この件について、当方のエントリのKWATさまのコメントに対する私のお返事をさせて頂きました。
W杯決勝は、これからPKです。
まず、いわゆる国会決議には法的拘束力はありません。次に、幼稚園教育要綱だけでなく教育基本法並びに学校教育法のどこにも「教育勅語を教えてはいけない」とは書かれていません。この2点をもってして、「教育勅語を教えるのは適当ではない」とする文部科学省幼児教育課のコメントには具体性がないと判断したわけです。
もちろん、これはいささか屁理屈っぽいです(爆)。その国会決議をもってして「適当でない」とする意見も当然言えますから。ただ、このコメントを述べた文部科学省幼児教育課の人がそこまでの背景を分かってて言ってるのかどうか、この報道からは読み取れません。そこで上記2点をとりあえずの根拠としてこのエントリーを書いてみました。
それより、ワタシが引っかかったのはむしろ、この共同通信の記事の書き方なんですよ。この国会決議や法的背景の説明なしにこのような書き方をすれば、受け手のほうは「お上がそう言ってるのだからこの幼稚園のやっていることは違法なのではないか」と勘違いしかねない、と感じたからです。そういう背景をきちんと調べる人なんてまずいないでせうから。つまり、端的に言えばミスリードを狙ったものであるような印象を受けたのです。
考えすぎかもしれませんが、こういう小さなコトの積み重ねが読者の思考をある一定の方向に向けるんだろな、と思うので、こうやって採り上げてみたわけです。そこのところをご理解いただけたら幸いです。
では、またなにかありましたらよろしくお願いします。m(_ _)m
初めまして。藹です。
ご挨拶が遅れました。無礼をお許しください。
お返事ありがとうございます。
> なぜ「教育勅語を教えるのは適当ではない」のか、
> きちんと納得のいく具体的な説明がなされるべきでせう。
エントリでこのように表現されていたため、「こういう経緯があったのですよ」、という情報を提供させて頂いた次第です。
つまり、紹介させて頂きました決議が国会においてなされた事を管理人さまは「ご存知ないかもしれない」と思ったためです。
このような決議があったのですから、「適当でない」という評価や指摘は、さほど疑問を呈するものではないと思います。
また、管理人様のエントリで、文科省からこの経緯の説明を求められているようには思えませんでしたので…。
ただ、先日の私のコメントに他意はありませんし、文科省の代弁のつもりでもありません。
当該事実をご存知であったなら、私の単なるイランお節介であったということです。
ご迷惑をおかけ致しました。m(__)m スミマセン
初めまして。その決議のことは存じていますが、それが何か? とあえて言わせていただきます。ワタシのこのエントリーは「国は教育勅語を幼稚園児に教えなくてはいかん!」などという主張はしておりません。「私立の幼稚園が教育勅語を教えているが、その精神は今に通じる立派なモノだからいいんでね?」と言ってるだけです。だから最後に『この部分を中心に今の世に通ずる新しい勅語(ってこの呼び名も変えなくちゃだな)を作るってのはいかがでしょ』って書いたのですよ。
単語だけを見て過剰に反応するのはみっともないですよ。もっと落ち着いて内容をよくお読みになることをお薦めします。(^^)/
教育勅語等の失効確認に関する決議(1948〔昭和23〕年6月19日参議院決議)
全体主義に走らない有効な手だてがあれば、てか今の日本国民なら大丈夫だろうと思うので、イギリスみたいな立憲君主制ってのをやってみるのも悪くはないかな、とか思わないでもない響子の五郎。現実問題としてまず無理ですが。
>教育勅語って、発布にあたってそういう背景があったのですね。
だからもともと戦争で利用するだの何だのは、又く考慮に無かったわけです。
むしろ後の軍部とメディア(「軍艦旗」筆頭にw)が利用して煽っていたような気がします。
しかし、戦争状態になると大なり小なり似たような状況になるのは、「不朽の自由作戦」時の米国において見られましたね。
日本の場合は「全体主義的な要素」が強いため、極端に出たのではないかと思います。
>TOMさん(誤)⇒>ゆずこせうさん(正)です。
関係各位様には改めてお詫び申し上げます。
結局、F-4EJ改さんの仰る
>「『ハブ』があるか無いか」
というのは私も決定的な要素だと思います。
国家元首とは言え、日本は伝統的に常に「権威」と「統治・権力」が明確に分かれてきた国なわけで、その「皇室の権威」というのは欧米における宗教的権威に近いものだったのかなと思うんです。
だから教育勅語には規範や戒律としての強い効力があった。
敗戦の際に、GHQがやったことは「特殊で超強力な権威」の弱体化で、現在もじわじわと効いている状態だと私は認識してまして、「統治実務機関である政府」は伝統的にその替わりになり得ないんですよね(今後どう変わってしまうかは分かりませんが)。
現在は自己中心的な人が多い、というよりも、
「精神的無政府状態」
への移行期(しかも完成期に近い)だという危機感が拭えません。
そんな中で過去の権威を引っ張ってきてでも、何かしらの歯止めにしたい・・・そういうことなのかなぁと勝手に考えてみているんですけどね。
彼らは「一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし 」の部分『だけ』を持ち出して、「天皇絶対服従と軍国主義を強制するもの」として教育勅語を定義しています。
もうご存知かとは思いますが、コレが彼らの伝統芸能です。
先だってもTBS系の某ローカル放送のBBSでそういうカキコを見かけましたので、「教育勅語の趣旨全文」を補足してカウンターかけておきました。
暫く様子見てましたが、反応ナシでしたOTL
どうみても、法治と遵法、家族や同朋との分け隔てない公平な信頼と慈しみ、自助努力、隣人含む公への奉仕と感謝、国難に際しての心構え、といったまっとうな近代国家ならまず最初に大事にすることしか書いてありません。
大変有難うございました(w
この頃は天皇が国家元首であり、国民から崇められていたからこそ効果があったんですよ。(あと今ほど自己中が少なかった・・・?)
維新後の日本と戦後の日本、同じような状況だったのですが、ただ「『ハブ』があるか無いか」で結果が違っているような気がします。
(そういう自分もできてないですけど^^;)
戦後の日本は「ココロの拠り所」を失った国です。
一部の人たちを除いて、何となくでも日々の生活に影響する“戒律”や“規範”というものが明確に存在しない国なんです。
基礎教育においては、ある程度こういった規範が必要だと私は思うのですけど、国が教育基本法の改正であの体たらくですから、過去のもので一番最近あったものを引っ張ってきたら教育勅語だった・・・みたいなことだったりは・・・しないかな(笑)
教育勅語とは違って、子供の頭でも容易に理解できる内容でしたから、今でも断片的に思い出すことが出来ますが、やはり意味が判らず言葉だけ詰め込まれても、その後の人生にたいした影響は無いような気がします^^;
それでなくても幼稚園時代のことなんて、ほとんどの人はごく断片的にしか憶えていないものですし(僕はほぼ完璧に忘れてます^^;)
教育勅語じゃその後の発展がないような。
で、ヘンなスローガンは暗誦させんほうがいい、ていうのにも通じるような。
ほれ、「百戦百勝鋼鉄の霊将であらせられる(ry」ってやってる国が近所にもあるし…。
私的には「木口小平は死んでも喇叭を離しませんでした」くらいのほうがいいと思うわ。
個人的には多分口語訳を暗唱させていると思いますけど。(でないと親にも理解出来そうにないし)
意味は分からんだろうけど、「明治大帝の御威津に心酔している」なんて園長だったらそのくらい平気そう。
これ、やるとしたら小学校高学年くらいがいいのかなぁ?
いまどきの大人にだって理解が難しい漢語的表現にあふれてますから、幼稚園児に理解できるはずがない。理解できなくても記憶していればいずれ何かの役に立つ、くらいに思っているのかもしれませんが、幼稚園時代に憶えなくてはいけないことって、もっと別にあるような気もします。
右にしろ左にしろ、こうした極端な人のところに自分の子供を通わせたいとは、少なくとも僕は思いませんね。