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地球が回ればフィルムも回る(gooブログ)

『食卓の肖像』『悠久よりの愛 -脱ダム新時代』などを制作した記録映像作家、金子サトシのブログ。

光市母子殺害事件、判決が確定

2012-02-20 23:51:00 | 時事問題
*判決が確定したようなので、これまでこの事件について僕が書いた記事をまとめて、あげておきます。

2007/6/28
「光市母子殺害事件」あまりに世間の弁護団バッシングが行き過ぎていると思うので弁護団を擁護します!
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1181.html

2007/7/1
「光市母子殺害事件」について思うこと(雑感)
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1182.html

2007/8/8
『週刊ポスト』に光市母子殺害事件の記事が・・
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1212.html

2007/9/21
光市母子殺害事件の裁判が進んでいるようだけど・・
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1248.html

2007/9/21
光市母子殺害事件 本村洋さんの陳述の要旨
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1249.html

2008/4/22
光市母子殺害事件 やはり予測していた通り死刑判決が出ましたが・・
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1364.html

なぜTPPを推進するのか 経団連米倉会長 ボロ儲けのカラクリ(日刊ゲンダイ)

2011-11-25 22:59:00 | 時事問題
*日刊ゲンダイの下記の記事は、ゲンダイらしい憶測的な記事ではあるが、僕がTPPと遺伝子組み換え食品について考えていたことと一致するところがあるので、無視できないものを感じる。

(ニュース)
なぜTPPを推進するのか 経団連米倉会長 ボロ儲けのカラクリ
http://gendai.net/articles/view/syakai/133825

反対論が強いのに、強硬にTPPを推進している経団連の米倉弘昌会長(74)。なぜ、シャカリキになっているのか。
大新聞テレビはまったく報じないが、ネット上では「米倉が会長をしている住友化学がボロ儲けできるからだ」と批判が噴出している。
TPPに参加すると、アメリカから「遺伝子組み換え食品」が大量に入ってくる恐れが強い。日本は遺伝子組み換え食品に“表示”を義務づけ、一定のブレーキがかかっているが、アメリカは表示義務の“撤廃”を求めているからだ。その時、国内最大の農薬メーカー、住友化学が大儲けするというのだ。一体どんなカラクリなのか。
「住友化学は昨年10月、アメリカのモンサント社というバイオ会社と提携しています。モンサント社は、強力な除草剤『ラウンドアップ』と、ラウンドアップに負けない遺伝子組み換えの種子をセットで売っている。遺伝子組み換え種子ビジネスの大手です。ベトナム戦争で使われた枯れ葉剤を作っていました。要するに、遺伝子組み換え食品が広まると、モンサント社が儲かり、ビジネスパートナーの住友化学もウハウハというわけです」(霞が関事情通)
しかし、自分の会社の利益のためにTPPを推進しているとしたら許されない。遺伝子組み換え食品にどんな危険があるか分かっていないからなおさらだ。
「TPPに参加したら、日本の食の安全は崩壊しかねません。たとえば日本は大豆の90%を輸入に頼っている。産地はアメリカが70%で、アメリカの大豆の90%が遺伝子組み換えです。いまは表示を見れば遺伝子組み換えかどうか判断がつくが、表示義務が撤廃されたら、消費者は判断がつかなくなる。多くの消費者は、強力な除草剤をまいても枯れない大豆、人為的に作った大豆が本当に無害なのか不安なはずです」(農協関係者)
住友化学は「米倉会長は経団連会長としてTPPを推進しているに過ぎません」(広報部)と釈明するが、米倉会長を国会に呼んで真相を問いただすべきだ。
(日刊ゲンダイ)


*うーむ、こうなって来ると、陰謀論めいてくるが、下記のような、遺伝子組み換え作物ビジネスの裏にはビル・ゲイツらによる壮大な野望があるという話も、あながち、嘘でもないのかもしれないなあ、というのか、これがもし本当だったら大変な話ではあるなあと思い至る。

◆ビル・ゲイツが進める現代版「ノアの方舟建設計画」とは(浜田和幸)
 2009年06月06日10時00分 / 提供:MONEYzine

http://moneyzine.jp/article/detail/154637

TPPと日本の農家、遺伝子組み換え食品について思うこと

2011-11-22 14:22:00 | 時事問題
TPP、具体的に、どのようなメリット、デメリットがあるのか?
結局、それが国民もみんな、よく分かっていないから、いまいち反対運動が盛り上がらない。

農業の問題については、僕は以前に以下のように書いた。

「農産物の輸入自由化を進めてしまったため、日本の農村は壊滅状態になってしまった。農業に関しては、海外と自由競争することはそもそも無理な話なのである。何故かというと、国土の広さの違いがあり、つまり、たとえばアメリカの大農業家が所有している農地と日本の農家の農地は面積の規模が根本的に違うのだ。アメリカの大農業家と自由競争したら日本の細々と経営しているような農家はかなうわけがなく、皆、潰れていくしかないわけである。そこがたとえば自動車のような産業とは違うのだ。自動車は日本のメーカーの技術力によって、世界でも信頼を得て、産業として世界の企業と競争して勝つことが出来る。しかし、農業の場合は所有している農地の規模が根本的に違うので、自動車のような形にはいかないのである。だから、農業に関しては、愛国的な保護政策をしなければ、とてもじゃないが、太刀打ちできるわけがないのである。
 だが、自民党は農産物の輸入自由化を解禁してしまったので、とにかく小規模な農家はもうどうしようもないので切り捨てていくしかない、大規模な農家のみを奨励して、大規模な農家をより大きくしていき、海外の農家にも対抗できるような力を持つようにしていこう・・という方向にいったのだろう。こうして多くの農家が切り捨てられていき、自民党のかつての強固な選挙基盤であった農村部の支持層が崩れていってしまったわけである。 」

これにダメ押しするものが、今、野田政権が進めようとするTPPであると言える。だから、TPPでは日本の農家は潰れてしまうから、反対であるわけだけれども、そう言うと、しかし、どっちみち、日本の小規模な農家は復興することは難しいのではないか、TPPをたとえやらなかったとしても小規模な農家ではやっていけなくなるのではないか、ならば日本の農業が復興する道はアメリカやカナダに負けないぐらいの大規模農家になっていくしかないではないか、つまりTPPでも潰れないぐらいの力を持つ農家に日本の農家もなっていかなければいけないというのか、なっていけばいい、いくしかないではないかという反論があるのではないか。これはこれで一面では成立する理屈であるようには思う。

しかし、何かがこの論には抜けている。いろいろなことが複雑に絡んでいるので、簡単には物事は白黒がつけられるものではないと思うのだけど、具体的にいろいろな角度から考えてみる必要があるように思う。
たとえば、主にモンサント社が進める遺伝子組み換え技術の問題は大きな観点のひとつだろう。現在、アメリカが進めようとしていることの背景には、遺伝子組み換え食品を広めたいという思惑が確実にある。現実には遺伝子組み換え食品はかなり日本の食卓にすでに入っているし、確実に、僕らはすでに食べているはずであるが(念のために書いておくと、「遺伝子組み換え食品ではありません」という表示があったとしても、そうではない可能性が高いというだけのことで、100パーセント、そうではないという意味ではない。そもそも100パーセント、そうではないということをたしかめる検査の技術は確立されていない。)、TPPでさらに遺伝子組み換え食品の輸入品が多く入ってくるようになることは間違いない。また、国内でも海外の農家に対抗できるような農家になることをめざすということは、すなわち、日本国内でも遺伝子組み換え農産物を生産するようにもなっていくのではないか。つまり、これは、農家が潰れる、潰れないという問題をこえて、食べ物の問題であるのだから、消費者、誰もにも関わってくる問題なのだ。大手メディアは、こうしたTPPの問題に絡めて、遺伝子組み換え食品の問題を見ていくことはほとんどしていないが、本当はこうしたことこそが具体的に消費者に直結したことなのであり、こうしたことを議論していく必要があるのではないか。
先に書いたように、日本では遺伝子組み換え食品について表示があったとしても不完全なものであるが、不完全ながらも表示があるわけだが、現在、アメリカやカナダでは表示の義務は法的には一切、なく、ほとんど表示がないことのほうが一般的である。なので、TPPで、アメリカやカナダが表示をなくすことを日本に求めるのはある意味では当然のことだと言える。自国の中で、全く表示の義務がなく、表示をしていないのに、日本に輸出する食品にだけ表示をすることを企業に求めるというのがそもそもアメリカやカナダの政府には出来ないだろう。これは、アメリカが日本を我がものにしようとしていて、だから表示を無くそうとしているということとはちょっと違うことである。アメリカの政府は自国の国民に表示をする必要はない(なぜなら遺伝子組み換え食品は安全なものなのだから)と説明しているのであるから、自国の国民に対してしていることと同じことを日本の国民に対しても求めているのに過ぎないとは言える。

では、遺伝子組み換え食品はそもそも本当に安全なのか?
それこそが問題であるわけだが、これが科学者、研究者の間でも議論が分かれるものなのであるが、遺伝子組み換え食品が果たして人間にとって安全なものなのかどうか、実は科学者、研究者も含めて誰にも分かっていないというのが本当のところなのではないかと思う。放射能の問題と通じるかもしれないが、専門の科学者、研究者だったら事実が分かっているのだろうとか、たとえばやたらと安全と言う学者は本当は危険だと知っていて隠ぺいして言っているのだ、危険性を言う学者のほうが誠実で信じられるとか、そういう風に考える向きもあるかもしれないが、そういうことではなく、どんな科学者、研究者でも、あるいは医者でも、結局、よく分からないのではないかという気が僕はしてしまう。なぜなら、誰もが遺伝子組み換え食品を食するようになったら果たして人類にどのような影響があるのか、それは人類が経験したことがない未知のことであり、誰も人体で研究などしていないからである。だから、絶対、安全であると断言することにも根拠はないが、しかし、こんなに危険と危険性を言うことも、その指摘がどこまで正しいかは現状では分からないのだと言える。
特に、人体にどのような影響を与えるのか、漠然と遺伝子組み換え食品と言うと危険なのではと不安になってしまうが、生理学的には遺伝子組み換え食品を食したとしてもそれを消化するメカニズムを人体は持っているのではないかと説明されると、それを否定する医学的根拠があるのだろうかとは思う。
だが、仮に、人体に直接的な影響を与えなかったとしても、遺伝子組み換えの広がりによって生態系が壊され、なんらかの変化が起こることは充分に科学的に危惧されることなのではないだろうか。そもそも遺伝子組み換え技術によって、特定の植物や動物が大量に発生すれば、それだけでも生態系に変化をもたらすものであることは確実で、それでも全く生態系になんの影響を与えないという理屈は無理がある。そして、生態系に変化が起これば、それはやがて人類にも影響が及ぶのではないか。つまり、仮に、人体に直接的な影響を与えないというのが本当だったとしても、長い目では人類に大きな影響を与えることは間違いないのではないか。
僕は以前に、日本でも2008年頃から各地で発生しているミツバチの大量死について、遺伝子組み換え技術の影響ではないかと書いたが、これはちょっと間違いだったようで、ミツバチの大量死はネオニコチノイド系の農薬の影響である可能性が極めて高いようであるが(政府は認めないけど、日本各地の養蜂家が、近くでネオニコチノイド系の農薬の散布が行なわれてからミツバチが大量死したと証言されているのだから、因果関係があると考えるほうが妥当なのではないか。中には、ある養蜂家の人はネオニコチノイド系の農薬を散布されるとミツバチが大量死してしまうと必死で反対していたが、止められずに散布が行なわれてしまい、予期していた通りにミツバチが大量死してしまった・・というのだから、ネオニコチノイド系の農薬のためだと疑わないでいることのほうが無理である。)、遺伝子組み換え技術が生態系に影響を与えることがないと断言できる人は誰もいないのではないか。

そもそもそんな分からないものなら、もしかしたら危険かもしれないものなら、最初からやらなければいいではないかと思う人もいるだろうし、それはもっともなのであるが、しかし、結局のところ、それでもしてしまうのが人間というものなのかもしれない。それは、そうした科学技術によって大儲けをしようとか、自分の利益のことばかりを考えてそういうことを推進しようとする悪い人が世の中には存在するものだということもあるが、そういうこと以前に、とにかく、そうした科学技術を手にしたらそれを使ってみたくなるのが人間というものなのだという、人間とは何かという本質的な問題があるのではないだろうか。つまり、遺伝子組み換えとか、クローンとか、神ならぬ人間がそんなことをしてしまってもいいのだろうかと直感的に畏怖の念を抱くようなことなのだが、畏怖の念を抱きながらも、いや、畏怖するからこそより一層、それをしたくなる・・というのがどうも人間というものの本質としてあるように思うのである。これをやったらヤバいかもしれない、でもヤバいからこそ、やってみたい・・そういう好奇心がどうしようもなく人間にはあるということである。結局、人間が、人類が打ち勝てないでいるのは、こうした好奇心というものなのかもしれない。核だろうと、遺伝子組み換えだろうと、クローンだろうと、そういう技術を手にしてしまったら、どうしてもそれをためしてみたくなる、もしかしたら、その結果、人類が破滅するかもしれないが、それほどヤバいものだからこそあえてやってみたいという欲求・・ある意味ではこれこそが人間性というものではあるのだ。そして、我々が克服できないでいることはまさにこうした人間性というものなのかもしれない。

話がまたちょっと脱線してきたかもしれないが、TPPによって日本の農業はどうなるのかという話に戻すと、だから、日本の農家もTPPでも潰れないぐらいの力を持つ農家になっていけばいいではないかということを言う人がいるのだけど、たしかにそのことで生き延びる日本の農家が具体的にあるかもしれないが、本質的に問題を解決することではないように思うのである。
日本の農家がTPPでも潰れないぐらいの力を持つ農家になるということが、たとえば、先に書いたように、日本国内でも遺伝子組み換え農産物を生産するようになるということであるならば、問題の本質的な解決にはならないというのか、むしろ、問題をより広げていると言えるのではないだろうか。
あるいは、アメリカやカナダの農家が日本の農家を潰して占有しようとしている、それに対抗するため、日本の農家は東南アジアや中国に進出していこうと言う人もいるが、アメリカやカナダの農家が日本の農家にしていることを、今度は日本の農家が東南アジアや中国の農家に行なおうというのでは問題の本質的な解決とは言えないのではないか。
では、現実に事態がどんどん進行している中、これ以外にどのような道があるというのだろうか。
分からないが、たとえばひとつの可能性としては以下のようなこともあるのではないか。
それは、たとえばアメリカの農家も、全部が全部、大規模農家で、遺伝子組み換え生産物に転化しているわけではないということである。アメリカの農家の2割ぐらいは、特定の消費者と提携する形を進めたり、有機農業や、より安全な農業を進めようといろいろと模索している。遺伝子組み換え技術の農業がまさに現実にどんどん進んでいるからこそ、それに対して異を唱え、違う道を模索しているのである。日本の農家は、たとえば、こうしたアメリカの2割ぐらいの、大きな流れに抵抗し、別の道を探ろうとしている農家の人達と連帯していくことは出来ないのだろうか。アメリカやカナダの大規模農家に負けないぐらいの強い日本の農家をめざすというのではなくて、アメリカの2割の小規模でも独自の道を模索している農家の人達と連帯をしていくこと。たとえば、そういう方向性はないのだろうかと思うのだ。

ナオミ・クライン『ウォール街を占拠せよ』

2011-10-13 15:21:00 | 時事問題
ナオミ・クライン『ウォール街を占拠せよ』

http://beneverba.exblog.jp/15811070/

*ううむ。どうなるのか、予測がつかない。もしかしたら、世界に、すごい転換期が来つつあるのかもしれない。
 たとえば、もしアメリカが社会主義国になったりしたら・・。ある意味、最強の社会主義国になるかも。ちょっと恐い?

 でも、ナオミ・クライン氏が言う、富裕層は、人々のパニックにつけこみ、さらに金儲けをしようとする・・という話は、なるほどと思いました。

 ところが、資本主義の原理的な問題点からすると、富裕層が思うようにも行かないと思われるところが興味深い。
 資本主義の原理的な問題点というのは、要するに、資本家は自らの儲けの手取りをあげるためになるべく人件費をカットしようとして、たとえば労働者を派遣にしたりする。しかし、そうすればする程、多くの人々は低賃金で生活が苦しくなるからモノが売れなくなる。なので、結局、不景気でモノが売れなくなり、資本家の人たちが思っていたように利益があがらなくなる。結局、人件費を切り詰めようとすることが、資本家にとって自分で自分の首をしめていることになるのだ・・というものです。この原理を、資本主義は逃れることが出来ないから、富裕層の資本家たちが思うようにもいかないわけ。

ニッポン人脈記 石牟礼道子さん(朝日新聞)

2011-06-19 23:48:00 | 時事問題
(朝日新聞 2011.6.17)
水俣は問いかける:1 魂の遺言に向き合う/ニッポン人脈記

 3月11日のことだ。
 水俣病患者の苦悩を描いてきた作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)(84)の熊本市の仕事場に訪問客があった。
 彼女の世話をしている看護師たちが野の花をつんで作った花かごを持ってきたのだ。
 「お誕生日おめでとうございます」
 自分が生まれた日をすっかり忘れていた石牟礼は「今日は世の中何があるかしら」とテレビをつけると、東日本大震災の映像が映し出された。
 壮絶な光景に息をのんだ石牟礼はそれから連日、震災のニュースに目がくぎづけになった。家屋が倒壊した被災者が、自分たちよりも津波にのみこまれた人々やその家族の無念さを思いやり、涙を流す姿を見た。
 「希望がもてない日本だなあと思っていました。でも、東北の人々のことばを聞いていたら、こういう人たちがいらっしゃるのであれば、日本人にも希望がもてるのかもしれないと」
 水俣病問題にかかわって約半世紀。この間、石牟礼はずっと危機感を募らせてきた。
 互いを思いやるきずなが失われ、無機質の巨大なビルが立ち並ぶ都会の姿は、近代文明のなれの果てに見えた。
 そこには生きもののざわめきがなく、何より大地が呼吸をしていない。
 石牟礼は大震災のことを考え続けた。
 「息ができなくなっていた大地が深呼吸をして、はあっと吐き出したのでは。死なせてはいけない無辜(むこ)の民を殺して。文明の大転換期に入ったという気がします」

    *

 石牟礼が育ったのは熊本県水俣市。静かで、のどかで、ひそやかな不知火(しらぬい)海のなぎさで遊んだ。近くにはチッソの工場がそびえ立っていた。
 1950年代の半ば、石牟礼はこんな話を耳にした。
 「妙な病気がはやりよっとばい。猫は鼻で逆立ちして、鼻が真っ赤になって」
 胸騒ぎがした。
 当時、海では魚が海面に浮き、魚を食べたカラスが空から落ち、漁師の中には手足が震え、よだれをたらし、うなり声をあげ、死ぬ者もいた。
 水俣で起きていることを書かねばと思った石牟礼は、患者の家を歩いた。苦しんでいるのは10人や20人ではないと直感した。
 患者を描く際は地元のことばで表現した。
 「そうしなければ患者さんの心情は伝わりませんから」
 病院に収容された患者が海の美しさを懐かしむ場面を、石牟礼はこう描いた。
 「わけても魚どんがうつくしか。いそぎんちゃくは菊の花の満開のごたる」

    *

 65年、雑誌に原稿を発表していた石牟礼の自宅を渡辺京二(わたなべきょうじ)(80)が訪れた。
 渡辺は「熊本風土記」という雑誌の創刊を準備していた。石牟礼の原稿を一読した渡辺は驚き、知り合いの作家上野英信(うえのひでのぶ)(故人)が出版社にかけあった。原稿は69年に「苦海(くがい)浄土」という題で出版され、反響を呼んだ。
 だが、水俣市はチッソの企業城下町。企業の影響力が大きく、患者は孤立していた。
 「水俣病はふつうの事故ではなく、緩慢なる毒殺です」
 何とかしなければと思った石牟礼は「もっと多くの人に知らせたい」と訴えた。
 「石牟礼さんの頼みなら」と、渡辺はガリ版刷りの新聞「告発」を出した。以後、石牟礼と共に動き、原稿の清書や資料の整理を今も続ける。
 渡辺自身、石牟礼の作品から示唆を受け、近代を問う作品や論評を書いてきた。
 「何でも一緒にやってきたんだから。こうなったらとことん手伝うしかない」
 石牟礼は水俣病患者と震災の犠牲者の姿を重ねる。
 「亡くなった人たちの魂が伝えようとしている遺言に向き合わなければ、日本は滅びると思います。でも、受けとめて立ち上がった時、今までとは異なる文明が出来上がるのではないでしょうか」
 医療、認定、賠償。水俣病を通して突きつけられた問題に向き合ってきた人々をたずねながら、被害者となった国民、企業、国の関係を見つめ直す旅に出た。

 (稲野慎)