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地球が回ればフィルムも回る(gooブログ)

『食卓の肖像』『悠久よりの愛 -脱ダム新時代』などを制作した記録映像作家、金子サトシのブログ。

オノ・ナツメ

2018-01-28 00:47:00 | マンガ
オノ・ナツメのマンガ『Have a Great Sunday』第1巻を読んだ。日常ほのぼの系で、オノ・ナツメにしては力が抜けすぎ!?と思いつつ、やっぱりオノ・ナツメでなければ味わえない独特のワールドを醸し出している。もしかしたら、力、抜けすぎではなく、絶品の域に達しているのかも?
絶品の域というのは、ごくごく日常的な、ほとんどどうでもいいようなことばかりを並べているのに、独特のワールドを達成してしまうというような…。


入江喜和『たそがれたかこ』

2017-07-18 22:02:00 | マンガ
入江喜和のマンガ『たそがれたかこ』。これまでマンガで描かれることがなかった主人公がそこにいた。

羽海野チカ『ハチミツとクローバー』は、成熟しなかった物語を完成形の物語として成立させることでこれまで描かれることがなかった「等身大」の作品世界を達成していたが、入江喜和の『たそがれたかこ』は45歳バツイチ女性を主人公にすることで究極の「等身大」の作品世界を成立させている。

こうの史代『この世界の片隅に』

2016-11-18 00:38:00 | マンガ
こうの史代は、『夕凪の街 桜の国』という広島の原爆を題材にしたマンガで評価が定着したマンガ家だが、作品としてはむしろ、なんとものどかな、貧乏な若い夫婦の日常生活を描いた『長い道』の方がユニークで面白かった。この、戦争や原爆を題材にしつつ、日常生活を淡々と描く、という両面を達成したのが『この世界の片隅に』だろう。
もっとも、『夕凪の街 桜の国』でもすでにそうした側面は出ていたし、それは、かつての広島の原爆の被害を描いた「夕凪の街」のパートを、現在の広島を描いた「桜の国」のパートが補完していくという時間の処理の手法にあったし、『夕凪の街 桜の国』が高く評価されたのはまさにこのような構成で、現在の日常的な視点から広島の被害を見直していくということを成功させたからだろう。そして、この手法は実は『この世界の片隅に』でも踏襲されていて、それは時間ではなく、場所を広島と呉の2つに設定したことで、広島の原爆被害を、呉の日常生活からとらえるという構成をしているのだと思う。
このように、こうの史代の本領は、戦争や原爆の被害、あるいは貧しい夫婦の生活を描きながら、描かれるのは、日常の生活細部のささやかな発見である、という点だろう。
これこそは、実は、ある種の少女マンガ、たとえば大島弓子『綿の国星』が行おうとしてきたことを引き継いだものなのであるし、正しき(という言い方は変だけど)サヨクの方法論なのだと思う。
貧しいからこそ日常生活のすみずみを見つめて世界を夢想してしまおうというのがサヨクの方法論だったのではないのかな?
こうした夢想力をなくしてしまうと、「お花畑」でなく厳しい現実を見つめるとか言って、他人を排斥したりするようになるのだろう。(今のトランプ現象の背景。)

益田ミリ『結婚しなくていいですか。』

2009-08-02 19:32:00 | マンガ
傑作。
淡々としていながら(淡々としているように表面的には見えながら)、これ程、巧みに伏線や、登場人物達の偶然の出会いなどを張り巡らせた物語作品はちょっと珍しいのではないか? このマンガ作品で描かれる「偶然の出会い」は、トレンディドラマとかで「偶然の出会い」によって展開していくような「偶然の出会い」とは違う「偶然の出会い」であるのではないかと思われるが、淡々としていると書いたが、淡々とした日常描写に徹した作品のように一見、見えるからこそ、それが巧みな伏線であったことにその瞬間には気がつかなくて、読み進む内に、あっとたびたび思わされることになるわけだけど。この絶妙さ。マンガだからこそ達成できたものなのかもしれないが(たとえばモノローグの手法などはマンガでないとちょっと出来ない)、そうしたマンガの表現手法としてのユニークさ(絵は決して上手くはないが、逆にそれがヘタウマ的な味わいになっている)、物語の語り口の巧みさという点で斬新な作品だと思うのだけど、このマンガでさらに長所であると思われることは、そうした手法や語り口ばかりが突出しているわけでもなく、そうした斬新な語り口が確実にある種のテーマ的な達成に至っていると思えることだろう。
たとえば、伏線の張り巡らせ方とかの語り口の巧みさということならば、映画で言えばリチャード・リンクレイターのような巧みさをちょっと思わせるものなのかもしれないが、この『結婚しなくていいですか。』は、リンクレイターの『恋人たちの距離』のような「恋愛もの」ではなく、むしろ、「恋愛もの」の対極にあるような、「反(アンチ)恋愛もの」と言える。いや、「反(アンチ)」というのとも違うのかもしれない。「反(アンチ)」というより「非」であり、「非恋愛もの」とでも言うべき作品なのかもしれない。
その意味では、リンクレイターよりもエリック・ロメールにまだ近いのかもしれないが、しかし、ロメールとも異なるものである。
何より、そうした「非恋愛」の日常の時間の素晴らしさ、豊かさを描き出したという点で優れている作品とも思える。つまり、この『結婚しなくていいですか。』というマンガ作品は、「恋愛」を抜きにしても女性の人生には豊かなディテール(瞬間)があるのだということを描き切った、真の意味で現代的な女性賛歌であるとも言えるのではないだろうか。