新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

いいよ、一緒に読んでやるよ ヴィヨンと『乞食学生』です…はぃ フランス流日本文学入門(9)

2021年02月06日 | 文学少女 五十鈴れんの冒険
[今回のテクスト]
『こう読めば面白い! フランス流日本文学 -子規から太宰まで-』柏木隆雄(阪大リーブル)
第9章 太宰治『乞食学生』とフランソワ・ヴィヨン『大遺言衆』

[登場人物]
佐倉杏子
中学2年生。五十鈴れんの父親の友人の娘で、れんの幼なじみ。母と妹と三人暮らし。父は新興宗教の教祖だったが、現在はある事件のため服役中。男勝りで好戦的だが、父の影響で奇跡の存在を信じていたり、不器用ながらも他人に優しい。甘いものが好き。ジャンクフードも好きで、大家の娘・巴マミや、幼なじみのれんにいつも心配されている。最近、れんの薦めで、『走れメロス』ほか太宰作品を読んだ。

佐倉桃
保育園児。杏子の妹。


五十鈴れん
15歳の中学3年生。子どもの頃は年の近い杏子とよく遊んだ。太宰の『水仙』を読み、太宰が一番好きな女性だったといわれるモデルの女性について、父と語り合った。父に連れられ、適塾に行き、北浜の史跡めぐりをしたことがある。

五十鈴九郎(お父さん)
ひとり娘のれんを溺愛する、コロナで隔日勤務の会社員。太宰は昔読んで影響を受けた。



(1)お説教はごめんだね。まあ、ケーキと紅茶があったら別だけど?

杏子 れん、このケーキめちゃくちゃうめえな!おまえ、お菓子作りの天才だぜ!マミとも勝負できるな。なあ、モモもそう思うだろ?

桃 うん!れんちゃ、てんさい!マミねーちゃみたい!

れん ぁりがとう…でもわたし、巴さんとちがって初心者だから、レンジのかんたんカップケーキだけど…。

お父さん ただいま。いいにおいがするな。よう、杏子ちゃん、モモちゃん、こんにちは、遊びに来てくれたんだね。

れん ぉ帰りなさい。

杏子 よう、おっさん!邪魔してるぜ!

桃 おじちゃ、おかえんなたーい。

お父さん 土曜はお母さん遅番で、帰り遅いんだってね。ゆっくりしていきなよ。

杏子 そそ、保育園も平日は19時までだけれど、土曜は17時までだから、モモを早めに迎えに行って、れんのチョコケーキの試食会にお呼ばれしたんだ。そろそろバレンタインだもんなあ。れんもお年頃だね?ウッシッシ。

れん むぅ。友チョコ交換するだけなんだから…ね!いじわるな杏子ちゃんには、何もあげません。

杏子 そんな殺生なぁ。れん様、あたしにもチョコおくれよう。

れん ぃい子にしてたらね?テレビばかり見てないで、宿題もするんだょ?

杏子 はーい。

お父さん 今日は夕飯食べていけるんだろ?

杏子 ごちになりまーす。はいこれ、オフクロにいわれて、おみやげの商店街のコロッケね。
そーいえば、商店街のれんのたまり場で聞いたけど、おっさん、かりんのヤツと話したんだって? 漫画の原作のストーリーまで考えてくれたんだって、あいつものすごく喜んじゃって、はりきっちゃってさー。楽しそうにしているヤツを見るのは、こっちまで楽しくなってきていいもんだね。
あいつの知りたがってたヴェルレーヌって、太宰が『晩年』で引用してたやつだろ?あたしも、れんにおっさんの本借りて、何冊か読んだぜ。

お父さん 杏子ちゃん、太宰なんて読むのか?

杏子 あたしのこと、馬鹿にしてんな? 

お父さん 馬鹿になんかしてないよ。お父さんが太宰治ファンだったことを思い出したんだ。敬虔な求道者だったのに、あれは意外だった。

れん ぁ、モモちゃん、ぉねむ? はぃ、毛布…。モモちゃん、杏子ちゃんちっちゃくしたみたぃで、かわいぃ…。そういえば、『ブラック・ラグーン』って漫画、ハリウッドで映画化されるんだって。ヒロインのレヴィちゃん役の女優さん、杏子ちゃんそっくりの美人さんだった…ょ。早く観たいなぁ…。

杏子 やめろよ、かわいいとか美人とか。何だよもう、れんと話していると調子狂うよなあホント。レヴィってあれだろ、ホットパンツにポニーテールの残念美人の女ガンマンだろ?あたし、似てねーって。
でも、モモの寝顔を見てると安心するのは確かだな。モモの誕生日、ウチ金ねーから、ホットケーキに生クリームにイチゴのケーキ風にして、蝋燭立ててオフクロと一緒に三人でお祝いしたんだけど、太宰の『灯籠』思い出しちゃったよ。あの小説のねーちゃんとあたしは同じだ。世間のやつらが何をいっても、あたしたち家族は、美しいんだって。あたしには、オフクロがいて、モモがいる。

お父さん うん。守るべきものがあるのは素晴らしいことだ。

杏子 しかしおっさんも、変わりもんだよな。いくら昔からの友達だからって、オヤジは殺人犯なんだぜ? それなのにあたしたち家族に住むところや仕事を紹介してくれたり。

お父さん 「おれとおまえは友達だ、裏切ったなら許さねえ」って歌があるの、知らないかい? 平和運動に熱心だったお父さんは、私の所属した組織は否定していたが、私のことは個人的に信頼してくれて、親交を続けてきたんだ。

杏子 あたし達家族助けてもらってこんなこというのあれだけど、結局おっさんは、やれ人助けだの正義だの、その手のおちゃらけた冗談かますために生きてんだろう?世のため人のために生きるなんて、おっさんはオヤジと一緒で筋金入りのアホだぜ。

お父さん まあ、そのアホのおかげで、君のお父さんと三十年の親交を結ぶに至ったわけだ。若い頃から、毎朝新聞を読む度に涙を浮かべて、真剣に悩んでるような人だったね。「新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だ」が持説だった。最後に会った頃は、まだ信仰の道一筋の様子だったが……。

杏子 あの頃は、貧乏だったけれど、幸せだっだよ。五分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいこと言ってるって誰にでもわかったはずなんだ。なのに、誰も相手をしてくれなかった。そんなところに、宗教法人の隠れ蓑が必要だったあの白スーツのタヌキが現れたんだ。あたしはあいつにたぶらかされて、奇跡を演じる天使の役を演じちまった。あたしはあいつに頼んだんだ。みんながオヤジの話を、真面目に聞いてくれますように、って。あたしは赤いヒラヒラした修道服を着せられて、太陽の天使を跡じたよ。奇跡も魔法もあることってことを、みんなに見せつけてやるためにね。全部あいつの仕込みで、タネがあったんだけれどね。オヤジは知らない間にドラッグでイカレて、正常な判断ができなくされてた。でもね、ある時カラクリがにバレて、オヤジは壊れちまった……。あの白ダヌキを殺し、今度は家族を……

れん 杏子ちゃん…。(ぎゅっ)

杏子 …………

お父さん 私が話を知った頃は、もう騒ぎが大きくなっていて、佐倉さんを怒らせてしまっただけだった。私は無力だったが、きみは最後に正しいことをしたんだ。隙を見て逃げ出して、すぐに助けを求めたきみの判断と行動は正解だった。右翼からも左翼からも抗議活動があるから配備されていた機動隊がすぐに突入して、最悪の事態だけは回避できた。悪いやつがくたばり、きみたち家族は全員生き残った。お父さんと離ればなれになってしまったけれどね。神は天にいまし、全て世は事もなし、だ。

杏子 くっ!れんちゃ、ありがと…。知ってるよ、あの白ダヌキの黒い噂を教えてくれて、騒ぎが落ち着くまでせめて家族だけは安全な場所に移せっていってくれたのに、オヤジ逆ギレして、絶交だっていったんだろう。でも、なんだよ!おじちゃん、神なんて信じちゃいねーくせに!

お父さん たしかに、神を信じたことはないし、神に祈ったことはないなあ。しかしサンタクロースのようにその存在を信じる人がいて、守り続けていることは決して否定しないし、尊いことだと思う。お父さんとも、そんな話をしたことがあったな。革命と宗教をめぐる問題だった。お父さんは聖職者をめざしていたのに、太宰を読む文学青年でもあって、太宰文学と聖書の関係から、有益な知見を与えてもらったものだ。杏子ちゃんも、血は争えないということだね。意外だなんていって失礼した。

杏子 れんちゃも、おじちゃんも、調子狂うよなあホント。何いってんださっぱりわかんねーけど、嘘をついていないことだけはわかるぜ。



(2)『乞食学生』?それ、ひょっとして、ケンカでも売ってるわけ?

れん ぁのね、杏子ちゃんにはね、最初はぉ父さんが子どもの頃に読んだ『走れメロス・女生徒』を貸してあげたの。あれが私が初めて読んだ太宰さんだから。

お父さん それはまた骨董品を持ち出したものだ。私が小学生のとき、母が買ってくれた本だよ。


杏子 うん、おもしろかったよ。『走れメロス』みたいにさ、最後に愛と勇気が勝つストーリーってのは、あたしだって、考えてみたら、そういうのに憧れていたんだ。だから、白ダヌキにコロッとだまされちまったわけだけどさ。王もメロスも大丈夫なのかよって心配になったけれど、れんちゃの話を聞いて、あたしの思ったとおりだったよ。あの話、メロスが間に合って、めでたしめでたしじゃないんだろ?

れん そぅなの。王様を人間不信の暴君に仕立てぁげて、追い落とそうとしてる悪い人が、まだどこかにぃるから。メロスに山賊をけしかけたのも、広場でメロスを止める自称ぉ弟子さんを走らせたのも、王様に人間を信じさせたくないその人なんだよ。ホータローくんが、そうぃってた。

杏子 「メロスには、政治がわからぬ」って、そういうことなのかって思ったぜ。あの暴君を裏で操っていたヤツがいたんだ。どんな世界にも、悪賢いヤツがいるんだな。ホータローってヤツ、尊敬しちまうぜ。
しかしさ、あの本の最後の方に入ってた『乞食学生』って、最後は夢オチで、他の作品はまーまー面白いのに、あれだけはなんだよって思ったよ。それにさ、あのタイトル、あたしにケンカ売ってんじゃん。グレて万引きで補導されたし。あのとき家族全員死んじゃって、あたし一人になったら、このヴィヨンってヤツみたいに、悪さしながら生きてたんだろうな。

お父さん 友人の娘の君は、私の娘も同然なのだから、それは困るね。私はね、自分の娘たちには、「お姉さま、ごきげんよう」「ごきげんよう。タイが曲がっていてよ?」と優雅に挨拶を交わす、乙女の園の美しい子羊たちのように育ってほしいんだよ。

杏子 なんだよそれ! 女性解放とか何とか、普段言ってることと真逆じゃねーのかよ!アニメの見過ぎだぜ!

お父さん 私もそう思っていたんだけれどね。ある女子大には、明治、大正、昭和、平成、令和と時代が変わっても、姉妹制度が残っているんだってね。新入社員の女性に教えてもらった。その女子大の近所に下宿できる知り合いがいるから、きみたち受験して入学してみないか?

杏子 お断りでーす!あたしはあたしの自由に生きるさ。

お父さん、それでよろしい。しかしあの本、小学生向けなのに、『乞食学生』なんて入っていたんだな。あれは、過去の学生運動や左翼体験のグダグダでスッチャカメッチャカになった小説で、児童向けに入れるかなあ。
最高傑作の一つとはいえ、大人向け作品の『ヴィヨンの妻』を入れるわけにいかないから、いつか読んでほしいという編者の意図かな。
 この柏木先生のテクストもそうだ。なんで成功作とはいえない、いや、はっきりいって失敗作の『乞食学生』なんて、わざわざ取り上げたんだろう。グシャグシャで、内臓とかいろんなものさらけ出しているから、太宰の生態とか構造が、学術的解剖学的に考察しやすいからかな?まるで腑分けの見学に行った蘭学者のようだね。そういえば、れんも適塾に行ったことあるね。村田蔵六、後の大村益次郎は、解剖が得意だったそうだよ?

れん 行った! 二階の大部屋、塾生さんのスペースが畳一畳分だったんだよね。他にぉ客さんぃないからって、ぉ父さんばたーんと寝転がって、ぉ母さんに叱られてた。諭吉さんも、道修町で熊の解剖したって、くすり資料館の人に教えてもらったね。

杏子 諭吉も解剖が得意だったのかよ。解剖室は空いたか バラバラになって早く出ろってか。
そのフランス語の先生の本、かりんも話してたぜ。

お父さん フランス語も教えているとは思うけれど、フランス文学の先生だね。
私はあまり『乞食学生』を評価してこなかったが、柏木先生もはっきり失敗作だっていってるね。『火の鳥』の挫折を例にしているが、登場人物が自分とは別の独立した人格となる、客観小説、三人称の小説を書くのは苦手だったというのはわかる。太宰にとって小説の登場人物は自分の分身だ。しかしヴィヨンは自分とあまりにも似すぎていて、距離がとれずに、破綻してしまった。
太宰はたしかに左翼運動に関わったけれど、特に大したことはやっていないんだよ。ぶっちゃけいえば、お金持ちのボンボンは、カンパで資金だけ提供してくれるだけでありがたい。
だから、ヴィヨンなんて、ジャン・ジュネならいざ知らず、気取りすぎじゃないのかって思っていたんだ。しかし『大遺言書』の年譜に出てくるヴィヨンの年譜、「巴里大学の学校騒動」「盗賊集団コッキル党に参加して悪事を働いていた」「一夏を牢獄で過ごした」とか、太宰本人の過去の所業に重なって見えたのかもね。いま風にいえば黒歴史そのままだ。ヴィヨンが巴里を去るにあたって、その作品をこの世への「遺言」として『大遺言書』と名づけたというのは、クリティカルヒットだったろうなあ。太宰が処女作を『晩年』と名づけて刊行したのとそっくりで、500年前に自分の同類を見つけたような気になったろうね。

杏子 でもさ、あの小説、学生が川に溺れていたと思って、助けようと追いかけていたら、学生は水から上がって寝ていて、下駄でお腹を踏んじゃうっていうの、何か不自然なんだよなあ。

お父さん それは私も思ったな。しかし柏木先生によれば、太宰は承知の上で、そんな野暮はいうなよってことらしいね。だって全部夢の話なんだから。最後は夢オチの夢の中の物語なら、あの会話や話のなりゆきの不自然さは、ありえなくもない。しかし同じ夢を扱った作品でも、漱石の『夢十夜』などと比べると、ずいぶん見劣りするね。
しかし『乞食学生』は失敗作だが、「失敗作には作者の本質がよく現れる」という先生のことばどおりで、なかなかおもしろい発見があった。
たとえば、ここで引用されるヴィヨンの詩だね。

 若き頃、世にも興ある驕児(きょうじ)たり
 いまごろは、人を喜ばす片言隻句だも言へず
 さながら老猿
 愛らしさ一つも無し
 人の気に逆らふとまじと黙しおれば
 老いぼれの敗北者よと指さされ
 もの言へば
 黙れ、これ、恥を知れよと袖を引かれる。

この詩はいいんだけれど、肝心の自分の地の文がだめで、他人の詩の引用だけよくてもなーと思っていたんだ。
しかし、この引用、佐藤輝雄の訳を、太宰が自分流に勝手に改変しているんだね。そして、柏木先生もいうとおり、明らかに太宰の改変のほうがいい。
二行目は、元の佐藤訳では「いま頃は人喜ばす愉快なる言葉も知らず」だけれど、太宰のほうがムダがなくてリズムがいい。「愉快なる言葉」を喜ぶのは当たり前すぎて、くどいよ。「老猿が常に不快で愛らしき/渋面一つ出来ないと全く同じ」も、あっさりと「さながら老猿/愛らしさ一つも無し」でいい。
佐藤訳の「気違ひ」を、「敗北者」と言い換えているのは、ポリティカルコレクトネスに配慮した、より失礼で差別的になっちゃった言い換え表現のようで、皮肉な面白さがあるね。「敗北者」は太宰自身の自己意識だ。名作を改変するときには、太宰はこういういいたずらを施して、ちゃっかり自分の作品にしてしまう。
佐藤訳ヴィヨンでは「倅よ若き日のうちに享楽せよ!」とあるのを、「青年よ若き日のうちに享楽せよ!」と言い換えているのもおもしろい。ヴィヨンの詩ではこの「賢者の言葉」を「そのままに振る舞うたことの愚かさよ」とごく一般論なのに、太宰は「振る舞うた我」と主格を明確にして、自己の体験であることを明白にしている。

杏子 すげーじゃん、太宰。フランス語も得意なんだな。

お父さん いや、わからなかったそうだ。原典を読んでいたかどうかもわからない。ただし辞書くらいは持っていただろう。太宰の才能をもってすれば朝飯前だったと思う。
私にも覚えがあるよ。英語もさっぱりな私だが、ある国の日本語情報紙を作っていたとき、現地スタッフの翻訳原稿をリライトしていたな。原文が手元にないときは、日本語として不自然な部分の単語を、和英辞典で片っ端から引いて、元の単語を推理して、英和辞典や英英辞典で引き直して、前後の意味がつながるように言葉を置き換えたり整理し直した。太宰はそういうことを、もっと全然次元の異なるレベルでやっていたんだろうね。
 太宰の『乞食学生』とヴィヨンの『大遺言集』の関係では、このエピソードもおもしろいね。美知子夫人が、結婚前に、太宰をフランソワ・ヴィヨンにたとえた詩を捧げて、「ヴィヨンの妻へ」と書いた本をくれたという話だ。

杏子 学者のお嬢さんで、学校の先生をやっていた、頭もよくてしっかり者の奥さん?


お父さん そうそう、高等女子師範学校、今のお茶の水女子大学出身の才媛だよ。太宰の回想記は、ものすごくよい文章だったね。
しかし婚約当時、ヴィヨンの翻訳は発禁になっていて、どちらかといえば理系の彼女の目に止まった可能性は低いというんだ。柏木先生は、1930年公開の歴史活劇の『放浪の王者』を観てのイメージだったのではないか、と指摘しているね。こないだれんが観ていたアニメに出てきたキャラクターも、この映画から来たのかな。『放浪の王者』のヴィヨンは祖国を救う義賊のヒーローで、実際のヴィヨンとは違ったようだけど、太宰も悪い気はしなかっただろう。美知子夫人は、悪党だった自分の過去を受け入れ、「英雄」として持ち上げてくれる聖女のような存在だったんだろうね。太宰がお見合いしたのは、「ありとあらゆるこの世の恥辱を飲み干したわが齢まさに三十の年に」で、数えで三十歳の1938年のことだった。

杏子 聖女ぉ? あの白ダヌキが信者に私をそう呼ばせたアレじゃん。聖女なんかごめんだね。


お父さん ああ、それは全くきみのいうとおりだなあ。
しかし誰かもいっていたけれど、蓮は汚い泥の中に根づいて、はじめてきれいな花を咲かすんだよ。聖女なんて気取る必要はないけれど、へりくだったり自分を貶める必要はない。


(3)雪の夜の話


杏子 あのね、おじちゃん。こんな歌知ってる?最近、スマホに入れて、ヘビロテしてんだけど、なんか太宰っぽいと思ったんだ。

 「おれはこの世のきらわれものさ
  ゴミだめ ヘンタイ おちこぼれ」

お父さん 知ってるよ。

 「輝くためにいるんじゃないんだ
  この世をドブにするためだ」

仲間に好きなやつがいてね。われわれも嫌われものだった。

杏子 あたしもきらわれもので、ゴミでヘンタイでおちこぼれさ。でもさ、今日さ、おじちゃんの話聞いて、蓮の花を咲かす泥になれたらいいなって心から思ったよ。
れんちゃのおじちゃんの『メロス』の本では、『雪の夜の話』がいちばん好きだからさ。あたしの目はすっかり汚れちまっているけれど、モモにはきれいなものだけ見せてやりたいんだ。

お父さん いまのことば、太宰や遠藤ミチロウに聞かせてやりたいね。

れん ぁ、モモちゃん、起きた。ぉはよう、モモちゃん。

桃 おはよ。あれ、ねえちゃ、ないてる?かなしいの?

杏子 ちがうよ、モモがとってもいい子だなっていう話をしていたんだよ。

お父さん よし、そろそろ夕飯にするか。太宰治の話をしたし、親子どんぶりにしようかな。ちょっと待っててな。

れん ふふふ。

杏子 なんだよ、気持ちわるいな。

れん ひさしぶりに「れんちゃ」「おじちゃん」って呼んでくれたね。杏子ちゃん、お姉ちゃんになって強くなった。でも、昔も今も、杏子ちゃんは素直で優しくて思いやりのあるとっても良い子。

杏子 何だよもう、調子狂うよなあホント。いつまでもあたしを年下扱いすんなよ。

れん でも、杏子ちゃんもぉ姉ちゃんでしょ?『怪盗少女マジカルきりん』、ご飯できるまで、モモちゃんと観なぃ?助っ人で、冒険王ヴィヨンちゃんが出てくるんだよ?

桃 モモ、みるー!

れん 杏子ちゃんも、一緒にアニメでぃい?

杏子 かりんのヤツ、マジきり友達ができたって喜んでたぜ。ひとりぼっちはさびしいもんな。いいよ、一緒に観てやるよ。




太宰さんも大好きな親子どんぶりです…はぃ。


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