新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

あの日を忘れないために

2012年01月17日 | 被災地応援
 阪神淡路大震災から17年。

 神戸市の生活保護受給者が、震災前と後で、1万3千人から1万2千人に減少したという話が忘れられない。普通なら増えるはずなのに、そうはならなかった。死者・行方不明者は貧困エリアに集中していたのだ。


 阪神淡路大震災に、心のなかで一区切りが付いたのは(まだ終わったわけではない)、2009年、長田に鉄人28号モニュメントが建ってからだった。長田の人たちといっしょに喜びたい。しかし最も被害の大きなエリアの区画整理による街づくりが、終わったのも昨年2011年。16年かかっている。

 東日本大震災の被災地の復興も、何年かかるだろう?
 本当に復興に向かっているのか。
 三重大学准教授・勝川俊雄さんの最近のツイートより。

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 @obi_hamutaro 農業も同じ。整備された真新しい農道沿いに離農跡地が点在する十勝。 RT @katukawa: 「水産土木栄えて、水産業滅ぶ」の縮図ですね。企業を入れるかどうかを議論するまえに、この手の無駄をなくす努力が必要ではないでしょうか。
@katukawa 瀕死の漁業者は、日当6000円のがれき作業。1個数百万円のテトラを ばんばん入れているわけだ。瀕死の漁業者を放置して、インフラ整備。水産土木栄えて、 水産業滅ぶ。
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 福島のことを考えると気が遠くなりそうだ。われわれはいま原発再稼動停止を訴えているけれど、放射性廃棄物の問題ひとつとっても、ストップしてそこで終わりではない。そこからが果てしないたたかいの始まりだ。

 以前、大林組が海水練り・海砂セメントを開発したという記事に注目した。放射性廃棄物処分場の需要を見越したものであることに注意が必要だろう。

 ゼネコンが栄えて、この美しい列島の住民や自然や生物が滅ぶようなことだけはあってはならない。


 (今年の神戸市の追悼行事では、地震が起きた午前5時46分ばかりでなく、東日本大震災が起きた午後2時46分にも黙祷を捧げたそうだ。)




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