goo blog サービス終了のお知らせ 

新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃん姉妹とお父さんの日々。

〈古典部〉シリーズ新作・「いまさら翼といわれても」前篇・読書メモ(ネタバレあります)

2015年12月15日 | 読書
 『野生時代』、「いまさら翼といわれても」読了。

 以下ネタバレ含む読書メモです。


 単行本派の皆さんは、気を付けてください。


 『野生時代』146号では「短期集中連載」と銘打たれ、副題には「前篇」とあります。
 米澤穂信さんのツイートを拝見していると、どうやら前篇・後篇の2部構成になるようです。
 来月までじらすことだなあ。
 しかし雑誌を買ってもらわないといけませんからね。それにこんなわくわくは、子どもの頃以来です。

 というわけで、以下は次号を待ちきれず、錯乱した馬鹿な読者の、ネタバレも含む読書メモです(長文注意)。

 まだ読んでいない人は、自己責任の上、先にお進みください。

 (大切なことなので、2回いいました)。






 本作のサブタイトルを付けるなら、〈千反田える失踪事件〉。夏休み初日、神山市主催の「江嶋合唱祭」に出場予定の千反田さんが、当日会場まで足を運びながら、誰にも何も告げず姿を消してしまうのです!

 これは考えもしなかった展開。
 最初に思い浮かべたのは、今年のヒット映画『心が叫びたがっているんだ』(ここさけ)でした。
 この作品でも、文化祭の舞台の当日、作中のミュージカルで主演を演じる成瀬順が失踪してしまいます。
 千反田さんも、ホータローと初めて会った日のように、自分を出口のない迷宮から、救い出して欲しいのではないか。
 千反田さんも、順ちゃんも、同じ高校二年生の女の子なんだよなあと。
 と、〈古典部〉新作に興奮のあまり、先回りしすぎてしまったようです。
 ストーリーを追ってみます。

 夏休み直前、いつもの古典部部室の地学準備室。
 一学期の期末試験が終わり、明日は終業式。
 千反田さんとホータローは読書。
 摩耶花と里志は、とりとめも無い会話。この二人の会話も、何かのヒントになりそうですが省略。
 話題のメインになるのは摩耶花が入った喫茶店です。
 その喫茶店のコーヒーが、缶コーヒーのように異常な甘さだったというのです。角砂糖は一個しか入れなかったのに?
 ケーキは普通だったのに、なぜコーヒーがそんなに甘くなったのか。そして、砂糖の原料となる砂糖黍や甜菜の話題に。農作物といえば、豪農・千反田家の領分。
 「千反田家で砂糖黍や甜菜を作る予定はないの?」という里志の質問に、いつもなら真っ先に食いついてきそうな千反田さんが、
 「……わかりません。すみません」
 と、なんだか元気がありません。
  別れ際に、ホータローは千反田さんが読んでいたのが、進路案内であることに気が付きます。しかし好奇心の塊の彼女が、退屈そうにページをめくっているだけでした。

 〈江嶋合唱祭〉とは、神山市出身の作曲家・江嶋椙堂(えじまさんどう)を記念する、神山市周辺のアマチュア合唱団が参加する大きなイベントのようです。
 この作曲家のモデルは、岐阜県養老郡上石津町(現・大垣市)出身の作曲家・江口夜詩(えぐち よし)でしょうか。
 「月月火水木金金」(1940年)「憧れのハワイ航路」(1948年)などを作曲した人です。「月月火水木金金」は「ドリフ大爆笑」のOPテーマの元歌だといえば、思い出す人もいるでしょう。最近はトリスのCMソングにもなっていましたね。
 しかしホータローも指摘するように、合唱団から一人いなくなったところで、大勢には影響ないように思います。しかし、千反田さんは〈神山混声合唱団〉でソロパート担当。代役はいるのでしょうが、やはり当日ドタキャンはハプニング。
 急に姿を消したことで、騒ぎにもなりかけています。手伝いに来ていた摩耶花も、学校にいる里志や、ホータローの自宅に電話をかけて、行方を尋ねています。ここで重要な情報。千反田さんは平成時代のJKでありながら、携帯電話を持っていません。

 以前のツンデレなホータローなら無視していたかもしれません。
 しかし「遠回りする雛」で、十二単姿の千反田さんに心奪われてからというものの、省エネ主義は致命的に崩壊しているのでした。ホータローは、昼食の冷やし中華を猛スピードで食し終えると、文化会館に駆けつけるのです。

 どうやら、真相にいちばん近いところにいる証人は、老婦人・横手さん。千反田さんと地元の知り合いで、 北陣出から同じバスで文化会館まで来た、「最後の目撃者」。
 横手さんは、どうやら何か知っているようです。
 千反田さんが突然姿を消したことに、心配して大騒ぎする合唱団の女性に対しても、
 「そんなに慌てなくてももうすぐ来ると思いますけどねえ」
 とか、
 「もう一時間ほど待っても罰はあたらない」
 とか、落ち着き払って諭しています。
 ホータローは横手さんに詳しい事情を聞いてみることにします。
 千反田さんは、北陣出のバス停留所まで、家の人に車に乗せてもらってきたようです。「千反田さん」(たぶんお父さんですね)は、わざわざ車の窓を開けて「娘をよろしく」と伝えてきたといいます。
 しかし、千反田さんは、どこへ行ってしまったのでしょうか。
 「気分を落ち着かせるために、風に当たっているだけでしょう。心配しておりません」
 と横手さんは静かに答えるのみです。
 この会話に、何かを掴んだホータローは、里志に電話をかけ、市内のバスの時刻表と路線図を持ってこさせるのです

 千反田さんは自分から姿を消したのか?それとも何らかの事故に巻き込まれたのでしょうか。
 自発的に姿を消したのは間違いありません。横手さんの証言を信じるなら、本番までには戻ってくる意志もあるようです。
 しかし責任感が人一倍強い彼女が、なぜ他人を心配させるような、無責任とも取れる行動をとったのでしょうか。

 ここで序章の千反田さんパートのモノローグに戻ります。
 夜、千反田さんはオルガンを弾きながら、合唱祭に向けて歌の練習をしていました。文化祭の日、放送室で緊張して噛みまくっていましたが、あがり症で、相当プレッシャーのようです。
 しかしようやくリズムをつかみかけたところで、お父さんに仏間に呼ばれます。
 わざわざ仏間を指定するのは、旧家の家長として、重要な話のようです。
 父親の話は、ショッキングなものだったことは間違いありません。
 翌日、古典部部室で進学案内を見ていたことから、この話は進路をめぐるものだったと推測できます。
 4月の時点で、千反田さんは、自分が理系コースを選択したことについて、こう説明していました。

 「北陣出でそれなりに主導的な立場の千反田の娘として、ある程度の役割を果たしたいと思っています。
 一つは、より商品価値の高い作物を他に先駆けて作ることで、皆で豊かになる方法。
 もう一つは、経営的戦略を持つことで生産を効率化し、皆で貧しくならない方法。
 わたしは結局、前者を選ぶことにしました。そのための理系選択です」(「遠回りする雛」)

 第三作『クドリャフカの順番』の文集をめぐる一件で、千反田さんは自分が経営者に向いていないことを悟ります。「負けるが勝ち」の「経営的戦略」をもって、発注ミスで大量在庫を抱えた文集の完売というミッションを達成したのは、第二作『愚者のエンドロール』で賢しらに溺れ、傷つき、大きく成長したホータローでした。
 千反田さんはホータローの「経営的戦略眼」に期待をかけ、ホータローもそれに応えようと、ひそかに決意しています。
 高校生でここまで考えているのは偉い!
 『ふたりの距離の概算』で、さらに二人の距離は近づきました。
 お幸せにどうぞ。
 ……しかし、ビジネスも人生も、『プロジェクト X 』のようなものではないんですよね。

 これは私の想像ですが、千反田さんは家を継ぐという使命感に燃えていたのに、

「家のことは考えなくていい。進路は自由にしなさい」

 と突き放されたのではないでしょうか。タイトルの「いまさら翼といわれても」は、「いまさら自由に生きなさい、といわれても」という意味だと、私は解釈します。私もお父さんの立場なら、同じように言うだろうと思うからです。

 〈神山混声合唱団〉が歌う予定に、千反田さんがなぜ失踪したのか謎を解く鍵がありそうです。
 江嶋椙堂(えじまさんどう)による「放生の月」(ほうじょうのつき)……「荒城の月」とまぎらわしいですね……と、もう一曲は有名なポップス。後者は、タイトルから、「翼を下さい」ではないかと思いますが、ホータローの言うように「みんな仲良くしようという内容」なんですかね、あれは。
 「放生の月」の歌詞に出てくる「籠の鳥」「生簀の魚」は、深窓のお嬢様である千反田さんを暗示しているかのようです。そこには、「自由の空に生きん」とする鳥と、「自由の海に死なん」とする魚のメタファーも出てきます。
 家を継ぐことしか考えていなかったのに、急に自由を与えられた。まさに《自由からの逃走》。

 進学案内をわざわざ部室に持ってきたのも、本当はホータローに相談に乗ってほしかったのかもしれませんね。

 横手さんは「もう一時間ほどで来る」と、ホータローが到着する1時間近く前にも、同じことを言っていたそうです。横手さんには、千反田さんの居場所が察しがついているのでしょう。これはバスが一時間に一本しかないということを示しているのでないかと思います。
 「見つかってからが大変だ」とホータローも言っています。

 今日、千反田さんが持っていた日傘は、横手さんいわく「茜色」でした。そして、その日傘は傘立てにはありませんでした。
 傘といえば、ホータローが恋に落ちたことを自覚した、あの日です。
 あの日の千反田さんの傘は、ホータローいわく「赤紫色」でした。
 茜色と赤紫色。厳密には違う色ですが、ホータローが伝統色の名を知らないだけで、恐らくは同系色です。
 千反田さんは、ホータローが言いかけてやめた言葉の続きを、あの日と同じ場所で聞かせてほしいのかなと、ロマンチックな想像をしてみます。進路という、人生で初めて自分自身で道を切り開いていく、ソロパートに立つ前に。初めて出逢った日のように、自分には思いもつかなかった答えを導いてほしいというメッセージではないでしょうか。
 しかし、千反田さんにしては思い切った大胆な行動です。
 お父さんに告げられた話は、私の考えるより、もっとシリアスな内容だったのかもしれません。
 さあ、ホータローは、青春という密室から「雛」を救い出し、文化会館に無事に連れて帰ることができるでしょうか。出番まで残り1時間45分です。

(12月17日の追記)
 新情報。Wikipediaで、関係者がフライング?

 未収録短編
 ・今さら翼といわれても(前編)(初出:『小説 野性時代』146号)父から海外留学を勧められ、思い悩むえるにまつわる話。
・今さら翼といわれても(後編)(初出:『小説 野性時代』147号)


 これ、公開しちゃってもいいの?
 海外留学か。縁がなかったので、考えてもみなかったけれど、農の未来を真剣に考えている彼女のためなら、お父さん、とても良い助言だと思います。
 ただ、これは恋する乙女としては悩むところ。合唱祭どころではない。
 しかしホータローと千反田さんは、結婚はしていけないように思うのですよ。『秒速五センチメートル』のように、人生には美しい思い出のまましておかねばならないこともあります。
 元々は〈古典部〉シリーズの第三作にして完結編として構想されていた『さよなら妖精』と対になるような作品になるのかな。ますます続きが楽しみ。

(12月19日朝の追記)
 Wikipediaからは消えてしまいましたね。良い線突いていたと思いますが、「検証不能」というのが削除理由のようです。

 

最新の画像もっと見る

3 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (kuro_mac)
2015-12-17 19:13:26
Twitterより再録。
そういや、ほーたろーが読んでいる「忍者と姫と御落胤が出てくる話」って、山田風太郎『くノ一忍法帖』?

「その場で思いついたような伏線のない大事件が矢継ぎ早に起きて章ごとに誰が大ピンチに陥る、何も難しいことのないひたすら愉快な物語だ」

あの作品の的確な要約。しかしこれ、一高校生ではなく、この作品が月刊誌に読み切り連載されていた凄さがわかるプロの感想だよな。
返信する
Unknown (kitts_p)
2020-04-12 18:14:07
面白く読ませていただきました。個人的に、最後に奉太郎が「血を流したいような気になった」ことが気になっておr…気になります! 私的感想ですが、『雛』の最後で、奉太郎は自分がえるの「眼」となることを彼女に告げようとしていましたが、今回の件でその浅はかさ、救えなさを痛感したのではないかと考えております。また、それは自らのえるを想う気持ちの再確認であったとも考えています。『雛』で言えない体験をした奉太郎は、それが「これまで解き得なかった疑問を解く大いなる鍵となる」という見識を得ています。それを踏まえると、『翼』は、行動の動機の中心に常にえるがいること、そしてそれが、えるを知りたいという自分自身の気持ちであったことを奉太郎が確信した話だったのではないでしょうか。ふたりの関係は、今後も奉太郎が積極的に関わって行くがゆえに続いて行くのだろうと思います。 長文失礼しました。…とにかく、この続きが気になりますね!
返信する
Unknown (くろまっく)
2020-04-14 21:19:28
kitts_pさま、ブログのチェックが遅れ、返信遅くなりすみません。
こちらこそ、本当に古典部シリーズを読み込んでいる熱烈なファンの方からコメントいただき、感謝感激です。
最後の奉太郎が「血を流したいような気になった」ことが私も気になります! という私は彼らの親世代ですが、慣れっこになっただけで、自分の浅はかさ、救えなさを日々感じる毎日です。奉太郎には大人になるための通過儀礼だったかもしれないと、コメントを拝読して思いました。
そして、あの責任感の強いえるが、自分の気持ちに素直に思い切った行動に出られたのも、奉太郎と出会っていたからだな、とも思いました。
結局は、「いまさら翼といわれても」と、千反田家跡取りの立場を思い出して会場に戻ることになったとしても(余裕の横手さんもそう思っているのでしょう。自分も旧家の重圧から逃げようとした経験者かも)、まだ若い二人のたたかいは始まったばかり。この続きが気になりますね!改めて、素晴らしいコメントありがとうございました。
返信する