「建築」と 「ものづくり」

 倉布人 一級建築士事務所

■白川郷■

2006年01月19日 | まち・旅

春が待ち遠しくなると、白川郷の風景を思い出す。
2003年の3月末~4月、家族で出掛けた岐阜への旅。
交通事情により、2日目の予定が変わってしまい、白川郷での宿泊は本当に思いつきで、途中で観光協会に電話をしたのだ。
この時期は閉めている民宿も多いようで、しかも飛び入り。
やっと「幸ェ門」さん に宿泊できることに。


「あいにく主人は留守ですが。」と女将が迎えてくださったその合掌造りの民宿は、宿泊客は我が家だけ。貸切です。
囲炉裏を囲み、郷土料理とにごり酒をいただきながら、女将と語り合う。静かな夜。
生活の不便さなどから激減していく合掌造り。白川郷荻町では守る会を発足し「売らない、貸さない、壊さない」の住民憲章を制定し、村ぐるみで保存運動を推進した。保存活動を始めてから、外に出て行った若者達が戻ってくるようになったという。

こうした活動がつながって、平成7年に「世界遺産」の登録が決定。
それによって地元の人々が考えた事。変わったこと・・・。
幸ェ門のご主人は「古いものを守るだけでは継承していくことはできない。」と建物の改修を行った。内装のイメージは残しつつ、設備は現代の生活に見合ったものに。
水回りは快適で、床暖房によって部屋の中は暖かい。
継承し、守る、ということ。それは漠然としたものでない。
生活していく以上、糧となるものが必要であり、時代の移り変わりに対応していく事も必要である。その中で変えてはいけないものを、受継ぎ、伝えていかなければならないのである。
その立場にいる女将と話ができたことは、この旅の大きな収穫であった。

次の日は早起きし、家族揃って散歩に出掛ける。まだ薄暗く深く霧がかかっている。
ビューポイントと女将に教えてもらった峠に向う。
霧が深く、麓が見えない。あきらめ、下りてきた頃には陽が射し始めていた。
合掌造りの茅葺屋根から煙が上がる。そろそろ朝食の準備が始まっているのだろう。
囲炉裏の部屋で朝食をいただく。きらきらとした光が射す。格子の影が床に映る。

その後、2階に案内していただいた。
日本の簡素な建築を好んだドイツの建築学者ブルーノ・タウトは著書「日本美の再発見」で
白川郷を世界に紹介し、「この構造は極めて論理的、合理的で日本には珍しい庶民の建築である」と評価している。
小屋裏はかつて養蚕の場所として使われ、生産の場であった。
囲炉裏の煙は2階の床を抜け、梁や茅をいぶし、防虫防腐の役目を果たしている。
釘を使わない造りは柔軟性があり、風圧や積雪による動きに耐えられるようになっている。
急勾配の屋根は除雪の為であり、この茅の葺き替えは村人の共同作業「結」によって行われる。山間部で釘などが貴重品であった為、村の材料を使い、できるだけ費用をかけずに自分達の手によって作業を行う。

古来からの日々の生活によって生まれた建築。
機能美というものは、意匠の上でも美しいものである。

宿を後にし、民家園など回り、帰路に。
朝見ることが出来なかった峠に立ち寄り、白川の村を一望。
5月の連休ともなると、観光バスが連なり、大変な人出になるという。
雪が残る風景を眺め、静かなこの時期に来てよかった、と思った。

茅葺屋根から立ち昇る煙、残雪が朝陽に照らされる。
春の陽だ。雪深いこの村に春が訪れる、そんな希望に満ちた朝の光景だった。