そして、それがゼミの先生以外で出来たのは当時徳ちゃんだけだった。私は大学のとき、よく授業の空き時間や暇なときはいつも研究室にいた。そこだけが私の言葉が通じるような気がしていたからだ。卒業してからも、言葉が迷子になって頭の中をぐるぐると回りだすと、すぐ大学へ行って、とりあえずなんか話してみたりもした。先生のくだらない蘊蓄をただ聞いて帰ることがほとんどだったが、それで本当に得るものがあった。ただ、そこに行かなければ、何も解決されない状態だったのだ。
だからなおさら、徳ちゃんと会えたが嬉しくて、嬉しくて、みんなによく徳ちゃんが好きだといっていた。もちろんウソではない。ただ、その恋愛感情にある、好きとは次元が違った。お互いまったく違う生活を送る中で、定期的に情報交換をしたいと、思っていた。誰もがきっとそうしているように。
ただ私には不器用だったがために当時は徳ちゃんしか頼れる人がいなかった。私が発する言葉自体を知っている人が周りにいなかったのに、徳ちゃんはほぼ知っていた。建築家だって知っているし、映画監督だって知っているし、哲学者のことだって知っていた。辞書みたいな人だ。ほんとに。徳ちゃんの前ではほんとによく笑った。
そんな風に徳ちゃんをはじめ色々な人と話をし始めるようになった私は、どんどん彼に対して言葉を失っていた。それをごまかすかのように、徳ちゃんを誘ったり、おぐちゃんを誘ったりして飲み歩いていた。
とにかく笑っていたかった。
ある日徳ちゃんがうちの裏に出来た店にでも行ってみるかといってきたので、「いくいく!」とひょこひょこ着いていった。その店は都心の真ん中にあるのに、どこか、ひっそりとした感じがあり、なれるまでそこが飲食店だなんて思わなかった。ちょっと行けば、恵比寿や広尾や麻布十番にすぐいけるのに、そこの地域だけはいつの時代かわからないけど、なぜか時間が止まっている感覚に襲われたのだった。
次へ