その夜、一郎の父が仕事を終えて帰宅した。一郎の父はお酒が好きで、1日も欠かしたことが
無かった。
朝仕事に出かける間に、1升瓶に入った冷や酒を湯飲み茶碗に次ぐとぐいと一飲みして出かけ
るのを習慣にしている親父であった。仕事から帰ると、母の夕食を出す間もなく先ずは1杯の冷や
酒を口にするのd。
戦後は、収入の少なくなった家計のこともあり進駐軍からの配給の缶ビールを先ず飲むのが通
例となっていた。
「お母さん!酒は切れてるんだろ。アメリカのビール出してよ。缶ビールをよ・・・」
「はい、はい、棚にのってるでしょ・・一郎に取ってもらったら。一郎!お父さんのビール、棚
から取ってあげて。お父さんは仕事で疲れて帰ってきたのだから」母は一郎に向かって声を投げ
た。
一郎を入れて8人の大家族なので丸くて大きい食卓の前に夕食が出てくるのを座って待っている
一郎は、自分の分の運ばれるであろう煮魚の出てくるのをすでに箸を片手に待ち構えていた。
「うん、わかった!」持っていた箸を食卓にパチンと置くと立ち上がって神棚の下の台を引き寄
せて棚の上に数段に重ねておいた缶ビールを取りに行った。昼間、誰も居ない時に釘で穴を開け
て飲み干した缶ビールがきちんと並べてあった。一郎は、これがばれたら大変だと思っていたの
で、何とか開けてしまった缶ビールをとっさに並べ替えなければならないと思った。ごちゃご
ちゃとしてると缶同士が当たって鈍い音がしたのを父は見上げて、「一郎!何をやってるんだ!
早くしろ!」と怒鳴った。