夜半過ぎ、純玲の熱は急に収まりを見せた。
洋一は、流石に空腹に耐えかねて、純玲には悪いと思いながら、料理に箸をつけていた。
突然、床の間の隅に置いたままのショルダーバッグの中から携帯の音がしていたのに気が付いた。
誰だろう、この時帯にしかも東京からはかなり離れたこの箱根にまで、電話する奴は
一体?洋一は箸を止めて立ちあがり、ショルダーバッグに手を伸ばして、ファスナーを
引いて中で音を立てている携帯を取り出した。
「晴美」の名前が表示されていた。洋一の心臓は瞬間ドキリとした。
純玲の寝ている前で、まさか純玲の前で出る訳にはいかなかった。
晴美とは、未だ特に男女の関係に至ってなかったものの、未だ学生友達である若い純玲と年齢は定かでない晴美とを比較するべきものではないけれども、ある時から、洋一が未だ経験のない女性の魅力を蓄えた晴美の引力に引きずられている自分の存在を意識していたのである。
「やばい」と洋一は内心で思い、そのコールに出る訳にはいかなかった。
「洋ちゃん。どうしたの?お家から電話なの」純玲の熱は下がったものの、
未だ声は蚊の鳴く様な弱弱しい声で首をもたげて洋一の方を見た。
「いや、友達だ。ゼミ仲間の友達だよ」そう答えざるを得なかった。
「そうなの・・・」
純玲は洋一の返事に少し安心したかの様に首を戻した。