見果てぬ夢

様々な土地をゆっくりと歩き、そこに暮らす人たちに出会い、風景の中に立てば、何か見えてくるものがあるかもしれない。

庁舎内にも見える格差社会

2006-12-08 23:04:02 | 政治・社会
格差社会への警告音が大きくなっているにもかかわらず、防衛庁の昇格や教育基本法の改正という外枠の課題を叫ぶ声の方が大きくなるのはどうしてだろう。

「努力した者が報われる社会を目指す」とは聞こえがいいが、それは、人間は生れたときから皆同じスタートラインに立っている、と誤解している者の言葉だ。

橘木俊詔京都大学教授は、日本の貧困(敗者の数が多い、貧富の格差が大きいこと)のデメリットとして、5つの視点を挙げている。
①敗者の勤労意欲喪失
②勝者への嫉妬から犯罪者が増加し、社会が不安定化。
③生活保護支給費の増加による、一般国民の税の負担増
④高所得者の贅沢な消費による天然資源の無駄遣い
⑤豪邸に住み華麗な消費に走るお金持ちと、みすぼらしい家に住み日々の食に困る貧困者の併存が人間社会にふさわしいのかという倫理的な問い

人々が幸せに暮らすしくみを追求すべき我が庁舎にも、格差社会は歴然と存在する。政府の地方行政改革大綱・集中改革プランに従って粛々と人員削減が促進されているからだ。

正規職員の数は確かに減っているが、嘱託・臨時職員がそれ以上に増えている。任せられている仕事は同じなのに、身分保障も待遇も雲泥の差という状況は、企業と変わりない。
正規職員になりたくてもなれない。このままでは結婚して子どもを育てるだけの経済力をもつこともできないと不安がる独身者たち。不思議なことに、職員労働組合も正規職員だけの味方だ。

もちろん、今の公務員の働き方や意識に問題がないわけではない。多くの行政職員には、一般市民や企業の視点が欠落し、税金の無駄遣いが無意識のうちに横行する。

しかし、日本の公務員数が、諸外国に比べて多いというわけでもない。どうして公務員が多すぎると断定するのか。安定した職業としての、公益を担う非営利組織としての公務員が多くて、どうしていけないのか、の根源的な疑問に、政府は明確に答えてはいない。是正すべきは、公務員の数なのだろうか。

意欲的で能力のある若者たちが、非正規雇用者として行政の仕事に携わっている。「職員よりずっと有能だ」と頼りにされる彼女/彼らは、行政という職場における格差に戸惑いを隠せない。賃金や待遇の二重構造を生み出す行政組織そのものの自己矛盾をどう解決していけばいいのだろうか。


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