ロシアの北都 サンクトペテルブルク紀行

2005年秋から留学する、ロシアのサンクトペテルブルク(旧レニングラード)での毎日を記します。

殺人事件の情報

2005-11-17 20:21:22 | Weblog
2005年11月17日 最新の出来事
今朝はちょっと雪が降りましたが、日中は良い天気。今日アップした記事に掲載した殺人事件は、モスクワ駅近くの通り発生した事件で、被害者が同じペテルブルク大学に通うロシア人であることが分りました。詳しくは15日以降の記事で。
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2005年11月14日
ロシア滞在75日目
【今日の写真:通りの露店で品物を眺める人々。大学前の通りにて。】

今日の主な動き
08:32 出かける
08:39 マヤコフスカヤ駅
08:50 バシレオストラフスカヤ駅
09:01 学校
12:20 バシレオストラフスカヤ駅
12:29 ガスティニードヴォル駅
12:38頃 ネフスキー大通り沿いのカフェ
13:10頃 日本センター
14:56 ネフスキー通り駅
15:06 マヤコフスカヤ駅
15:18 帰宅
15:30~15:53頃 ジョギング 約4.5km(?) 23分51秒55
 ジュコフスキー通り→リテイニー通り→ネクラソーフ通り→グレチェスキー通り→モスクワ駅前→ネフスキー大通り→マヤコフスキー通り→マヤコフスキー周回コース1周
(最後のマヤコフスキー周回コース1周は7分12秒80)

 だんだん夜明けが遅くなってきている。半月前にサマータイムが終わった時には、朝出かける頃まだ明るかったのに、今となっては8時半でもまだ薄暗い。
 学校に着くと、まだ先生も含めて、クラスのメンバーは誰も来ていなかった。クラスの中で一番早く学校へ来たのは今日が初めて。良い週明けのスタートだと思った。

 昼、バシレオストラフスカヤ駅前でブリーニーを食べようと思って歩いていたが、気がつくと既にメトロのエスカレーターに乗っていた。頭の中で考えていたことと足の動きが合致していなかったらしい。
 ブリーニーを食べられなかったのは残念だが、新しいレストランを開拓するチャンス。ガスティニードヴォル駅で降りた後、ネフスキー大通りを物色して適当なカフェを見つける。そのカフェのランチがなかなか素敵で、サラダ、スープ、肉とライス、パン、それにジュースをつけて135ルーブル。「え、これで本当に135ルーブルなの!?」と思うほど十分な量である。スープの味が薄かったが、塩分とりすぎは良くないので、これも健康のためと思って敢えて塩は追加せず。ブリーニーを食べ忘れたことが転じて、良いカフェを見つけることが出来た。

 帰宅後、10月20日を最後に中断していたジョギングへ。雪や雨が降ったり、風邪をひいたりで、なんだかんだでさぼってしまったのだが、これは大変良くない。実は今日日本センターで、日本にいたときお世話になったつくばマラソンのTAのS石さん、朝練や授業で一緒に走った○山さん、H野さんのブログを見て、みんなが岩井ハーフマラソンに出場したという記事を読んだ。
 この大会には去年、私も参加した。途中までI藤さんらと話をしながら走り、最後の1キロで彼を振り切ってゴール。自分の初デビューの大会だったにも関わらず、1km平均約4分40秒で走れた。調理実習の記事(10月30日)でも触れたが、この時参加賞としてもらったのが長ネギ。料理が出来ない私はこれをどうしたものかと実家に問い合わせ、みそ汁に入れて食べたら良い旨助言を受けた。その後しばらく、私はインスタントみそ汁にネギを入れ続けて食べたのだった。
 今年も参加した人のブログを見ながら、そんな思い出が懐かしく感じられた。と同時に、自分もちゃんと走らなきゃと刺激を受けた。
 
 今日は小雨が降っていたが、せっかく外に出たので決行する。いつものマヤコフスキー周回コースではなく、家の前からモスクワ駅、ネフスキー大通りを経由する初めての大回りコース。今日は信号機のご機嫌が大変良く、私の行く先々、行きたい方向の信号がことごとく青色または青色に相当する色。最後にマヤコフスキー周回コースも1周。その途中、ジュコフスキー通りでナジェージュダに会う。この1周が7分を超えており、予想外の遅さにやや失望。
 帰宅後、走るだけではなく、セルゲイが用意してくれた、やたら重たい鉄で筋トレも実施した。
 
 さて、一連の運動を終えて部屋にいると、珍しく電話がかかってきた。また番号通知不可だったが、出てみると、久々にH谷さんからだった。どうしたことかと思っていると、「昨日マヤコフスカヤの近くで学生が殺されてるけど大丈夫?」と言われ、びっくり。彼の隣人(彼によるとイスラム系)からの情報で、どうやらスキンヘッドグループにやられたらしい。彼は「ネフスキー大通りをカザン聖堂側に行くと、川があるでしょう?そこを右に入った辺り(で事件があった)らしい。」と言っていたが、そこは9月にスティーブンと出かけた映画館がある近く。家からは少し離れているが、そんなに遠くはない。マヤコフスカヤ駅の近くに住んでいる私のために、H谷さんは注意するように連絡をくれたのだった。
 あくまでH谷さんが人伝えに聞いた話だが、事実だとしたら恐ろしいこと。人一倍小心な私は、その後しばらく地図を凝視して、どこを通ったら良いものかと考えこんだ。

夕食の後にさっそくナジェージュダにその話をしてみる。すると昨日の事件のことはまだ知らないようだったが、「スキンヘッドグループは黒い服を来て、手にナチスのマークを入れている。」とその見分け方を教えてくれた。その上で、「セイナヤプロシャチやサドーヴァヤの方では留学生が殺害されているが、この地区は安全だ。」と言っていた。
 スキンヘッドによる殺人事件とあらば、私達アジアからの留学生にとっても大変な脅威。とりあえず事実の確認、情報収集を急がなければならない。
 
 

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