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北京コンセンサス

2010-10-22 | clipping
JBpress|議論花盛りの「中国モデル」 沈黙を守るのが北京コンセンサスの真髄2010.05.13(Thu) The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3462


(英エコノミスト誌 2010年5月8日号)

欧米人は、発展途上国が「中国モデル」を真似したがることを懸念している。そのような議論に中国人は戸惑いを感じている。


中国政府関係者は、4月30日の上海万博開会式はシンプルで質素なものになるだろうと語っていた。そうはならなかった。花火の打ち上げ、レーザービーム、噴水、そして踊り子たちによる演出は、2008年に開催された北京オリンピックの式典の度を超えた派手さといい勝負だった。

 中国の活力を見せつけたいという中国政府の衝動は、やはり抗し難かったのだろう。多くの人にとって、この派手な演出は全世界が称賛すべき中国モデルを照らし出していた。

上海万博が象徴する中国モデルの魅力

 数十億ドルかけた上海万博は、発展途上国に限らず多くの地域で中国ファンを獲得したモデルなるものを象徴している。

 米国の調査機関ピュー・リサーチセンターが行った調査では、昨年、ナイジェリア人の85%が中国に好感が持てると考えていた(2008年は 79%)。同じように、米国人の50%(2008年の39%から上昇)、日本人の26%(14%から上昇、図参照)も中国を好意的に見ていた。

 過去最大の万博を主催する中国の能力――民主主義国を悩ます論争が明らかに最低限で済んだ、上海の大規模なインフラ整備も含む――も、人々を魅了させる要素の一部だ。

 しかし、中国国内の学者や政府高官の間では、中国モデル(もしくは、米国人コンサルタントのジョシュア・クーパー・ラモ氏が「ワシントン・コンセンサス」の衰退説をもじって命名した「北京コンセンサス」)というものが果たして存在するのか否か、そして、もし存在するのなら、そのモデルとは何か、またそれについて議論することは賢明かどうかを巡って意見が割れている。

 中国共産党は、他国が真似るかもしれないいかなる発展モデルについても、それを我が物と主張することを差し控えている。政府系ウェブサイトは、共産党寄りの香港の新聞「大公網」が、万博を「中国モデルの展示台」と呼んだことを大きく取り上げた。しかし、中国の指導者たちはその言葉を使うことを避け、公的の場で万博について語る際も、中華思想的な表現を控えている。

 中国の出版業界は違う。中国の出版業界はここ数カ月、中国モデルの概念(一般に、一党支配や自由市場に対する折衷主義的なアプローチ、国営企業が果たす大きな役割などが、このモデルの要素とされる)に関する議論の高まりに乗じて儲けている。

昨年11月、共産党系の著名出版社が630ページに及ぶ大作『中国モデル:中華人民共和国60年の歴史が築いた新たな発展モデル』を発行した。今年1月にはもう少し控えめな新著『中国モデル:経験と困難』が出版された。

 中国モデルに関する書籍は4月にも出版され、上海で開催された万博関連のフォーラムで討論された。その熱心な執筆陣の中には、以前、国務院新聞報道弁公室主任を務めていた趙啓正氏と米国の未来学者ジョン・ナイスビット氏も含まれている。

 中国の継続的な急成長については、西側諸国の出版社も熱を上げている。この分野における最新刊は、米国人学者ステファン・ハルパー氏が執筆した『北京コンセンサス、中国の権威主義的モデルはいかにして21世紀を席捲するか』(『The Beijing Consensus』)である。

 米国の歴代共和党政権で公職を務めたハルパー氏は、「グローバル化が世界を縮小するように、中国は(西側の価値観の投影を静かに制限することで)西側世界を縮小する」と論じている。

中国モデル礼賛をよそに、口を閉ざす中国共産党

 ハルパー氏の表現を借りるなら、資本主義への道を進みながらも専制的であり続けるという「新たな選択肢の世界最大の看板広告」としての中国の地位にもかかわらず、共産党指導者たちは、党が統制を失い、中国が大混乱に陥るのではないかという恐怖に駆られている。ハルパー氏曰く、この恐怖心こそが、中国の厄介な対外行動の背景にある原動力だという。

 この議論に従えば、共産党支配は経済成長に依存しており、その経済成長は評判の良くない国々によって供給される資源に依存している。

 実際、アフリカの政治家たちが「北京コンセンサス」に追随することについて語ることはほとんどない。しかし彼らは、統治や人権に関する西側の説教なしに流れ込んでくる中国からの支援金は大いに気に入っている。

 また、その恐怖は、中国の指導者が中国モデルについて熱弁を振るうことを躊躇させる。中国の指導者たちは、米国人が競合する強国とイデオロギーの台頭を示唆するどんな議論に対しても極めて敏感に反応することを痛感している。そして米国との摩擦は、中国の経済成長を台無しにしかねない。

 中国当局は2003年に、「和平崛起(平和的な勃興)」について語り始めたが、数カ月後には、勃興という言葉でさえ、移り気な米国人を動揺させると言う懸念から、その表現は使用されなくなった。

 前出の趙啓正氏は、同氏自身、「中国モデル」よりも「中国のケース」という表現の方を好むと書いている。昨年12月、共産党上級理論家の李君如氏は、中国モデルの議論は、慢心を招き、さらなる改革への熱意を削ぎかねないという理由から、「非常に危険だ」と述べている。

国の成功に慢心し、改革が疎かになる恐れ


 それは既に起きていると嘆く中国人もいる。中国発展モデルの立案者である故・小平氏はかつて、経済自由化には政治改革が不可欠だと主張したが、1989年の天安門での抗議活動を氏が武力鎮圧して以来、政治改革はほとんど前進していない。

 米国の人権団体カーターセンターの劉亜偉氏は先月、中国モデルの概念を喧伝する中国人学者の取り組みが「極めて強烈かつ効果的になった」結果、政治改革は「脇へ追いやられてしまった」と書いている。

 中国の指導者たちが抱く社会的混乱に対する恐怖は、彼ら自身が正しい道を見つけたと確信していないことを示唆している。中国モデルに関する議論は、環境破壊から汚職の横行、貧富の差の拡大に至るまで、猛烈な成長から生じる安定性を脅かす問題によって一層難しいものになっている。

 中国でも比較的率直な意見を述べる報道機関の1つ、「財新」は先日、米国人学者ジョセフ・ナイ氏の寄稿を掲載した。その中でナイ氏は、中国政治の不安定な軌道が呈するリスクを挙げ、「世代は変わり、勢力は概して慢心を生み、食欲は時に食べながら増すものだ」と書いている。

 ある西側の外交官はナイ氏が一躍有名にした言葉を使い、上海万博を「ソフトパワー間の競争」と表現する。しかし、もし中国のソフトパワーが日の出の勢いで、米国のソフトパワーが衰退しているとしても――多くの中国人評論家はそう論じている――、10月31日に閉幕する上海万博では、そんな様子は伺えない。

 確かに、中国は記録的な数の国を参加させることには成功した。しかし来場者数はこれまでのところ、主催者側が期待したよりはるかに少ない。そして面白みのない米国のパビリオンの外にできた列が一番長かった。

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英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。