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21世紀の「利子率革命」

2010-10-21 | clipping
asahi.com|on reading 本を開けば エコノミスト・水野和夫さん〈1〉過去は、生きている [掲載]2010年10月3日
http://book.asahi.com/reading/TKY201010050261.html


■過去は、生きている

 市場は寡黙である。しかし多くの、そして有益な情報を発している。債券・株式・為替そして商品市場を通じてマクロ経済を分析・予想する者にとって、市場は最良の教科書である。

 四つの市場は1990年代にはいってどれも従来の理論では説明できない動きをしている。とくに異例なのは、日本の国債利回りが2.0%を下回って、この9月で14年目に入ったことだ。過去、最も国債利回りが低かった(国債価格の最高値)のは17世紀初頭のイタリア・ジェノバである。“A History of Interest Rates”(Sidney Homer and Richard Sylla)には、紀元前3000年のシュメール王国から現在に至るまで5千年の世界主要国の金利が掲載されている。同書によれば、日本の10年国債利回りは400年ぶりにジェノバの記録を更新し、人類史上前人未到の領域に入っている。

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 金利は資本利潤率を反映するから、その時々の経済活動を表す。90年以降、日本は長期低迷とデフレに陥り、90年代後半から景気が回復しても国債の利回りは2.0%を超えることはなかった。現在の日本、そして世界経済を考えるに際して、比較するべきは16~17世紀である。

 経済学の祖は18世紀のアダム・スミスだから、経済学は16~17世紀のことを正面から取り上げていない。そこで岩波講座・世界歴史の第15巻『商人と市場』と第16巻『主権国家と啓蒙(けいもう)』を手がかりに調べていくと、当時地中海世界(先進地域)と北部ヨーロッパ(後進地域)が市場統合する過程でイタリアやスペインなど先進地域において「利子率革命」(超低金利)とデフレがおき、独仏英など後進地域では小麦価格の高騰を中心に「価格革命」が起きていた。当時のイタリア、スペインを現在の日米欧に、そして当時の北部ヨーロッパをBRICsに置き換えれば、現在なぜ日本で超低金利やデフレが起きているのかが概(おおむ)ね説明がつく。

 ひとつのシステムが成熟し、成功したが故に、投資機会が消滅し、資本は新しい投資機会を別の世界に求めるのである。ブローデルは『地中海』で、ウォーラーステインは『近代世界システム』で16~17世紀のグローバリゼーションの動機やプロセスを生き生きと描いている。

 ブローデルによれば、16~17世紀には、時間の概念が長期化する。それまで1年ぐらいだった〈短期〉の変動は10年、〈長期〉は100年も続いた。だから現在の20年不況は従来でいえば2年程度の景気後退に相当するのであって、成果を早急に求めてはならない。ウォーラーステインは、15世紀末に始まった市場統合は内外価格差が2対1になった1650年まで続いたというから、21世紀のグローバリゼーションも先が長い。

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 今起きているのは、中世キリスト教社会が絶頂期にあった中世末期に匹敵するか、それを上回る地殻変動である。16世紀に「進歩」の概念を取り入れた近代が行き着いた先が21世紀だとすると、近代社会とは何だったのかを考え直さざるを得ない。

 E・H・カーがいうように、新たに過去を蘇(よみがえ)らせて、はじめて未来を展望することができる。


地中海 (1)
著者:フェルナン・ブローデル
出版社:藤原書店  価格:¥ 3,990

近代世界システム〈1〉―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立 (岩波モダンクラシックス)
著者:I. ウォーラーステイン
出版社:岩波書店  価格:¥ 2,835
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asahi.com|on reading 本を開けば エコノミスト・水野和夫さん〈2〉時を経て届く「皇帝の親書」 [掲載]2010年10月10日
http://book.asahi.com/reading/TKY201010120043.html


 現在起きている世界的な地殻変動はグローバリゼーションを抜きにして語ることができない。ところが、「グローバリゼーションには明確な定義がない」(『グローバル・トランスフォーメーションズ』)のである。定義が論者によって異なるのだから、世界の構造を決める最大の要因であるグローバリゼーションについて語るとき、影響や見通しについて百家争鳴となり、混乱が増すばかりである。

 『グローバル・トランスフォーメーションズ』の著者の一人であるマッグルーは、『変容する民主主義』でグローバリゼーションを二つの「断層線」で切り分けて整理している。ひとつは、なにがグローバリゼーションを引き起こしているのかに関するもので、主に技術や経済的動機のなかで、ある一つの特定の要因を重視するか、そうではなく複数の要因に求めるかで見解が対立している。

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 二つ目の「断層線」は連続性と変化に関(かか)わるものである。21世紀のグローバリゼーションは過去のそれとは全く異なると考える立場(転換派)と、グローバリゼーションはいつの時代にも起きており、歴史的連続性を重視する立場(懐疑派)とがある。二つの断層線をクロスさせると、大まかに四つのグループが存在することになる。たとえば、単一原因・懐疑派か、複数要因・転換派にたつかでは結論は月とスッポンほど異なる。前者の立場によれば、現在起きていることは、過去と大して変わらないから、長期不況には積極果敢に金融緩和と積極財政政策を実施すればいいのである。

 ところが、後者の立場にたつと、現在起きているのは1648年以来のウェストファリア体制を揺るがすような大事件ということになる。この両派が議論すれば、30年戦争がそうであったように神学論争になり、決着がつかない。

 第1回で述べた21世紀の「利子率革命」が示唆しているのは、複数要因・転換派の優位性である。15世紀に、投資機会の消滅と大航海技術がグローバリゼーションを招来させ、近代の幕を開けた時も、「利子率革命」が起きたからである。

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 そこで、複数要因・転換派の立場にたって、グローバリゼーションを理解しようとすれば、『帝国の研究』(山本有造編)が不可避となる。近年の帝国論によれば、「現代社会が『国民国家』の時代であるだけでなく、同時に『帝国』の時代でもありうることを分析的に論じることが可能になったのである」。帝国は近代主権国家と二律背反するものではなく、むしろ、20世紀末以降の世界情勢をみると、「人類史を通じて帝国主義に免疫性のある社会構成体などは皆無であった」とさえ思える。

 現代「帝国」を理解する上で最も優れているのは、カフカの短編小説「皇帝の親書」である。松浦寿輝は『帝国とは何か』(山内昌之ほか編)でこの短編小説をヒントに帝国の時間的、空間的な無限性を強調する。欧州連合(EU)帝国のギリシャ支援や米金融帝国のサブプライム問題への姿勢を理解するにはカフカの「帝国」論が参考になる。読書とは無限の「想像空間」を自由に旅することである。

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グローバル・トランスフォーメーションズ―政治・経済・文化 (中央大学社会科学研究所翻訳叢書)
著者:デイヴィッド ヘルド・デイヴィッド ゴールドブラット・アンソニー マグルー・ジョナサン ペラトン
出版社:中央大学出版部  価格:¥ 8,715

変容する民主主義―グローバル化のなかで
出版社:日本経済評論社  価格:¥ 3,360

帝国の研究―原理・類型・関係
出版社:名古屋大学出版会  価格:¥ 5,775

カフカ自撰小品集 《大人の本棚》
著者:フランツ・カフカ
出版社:みすず書房  価格:¥ 2,940