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日本の例が示す「デフレのナゾ」

2010-10-18 | clipping
JBpress|日本の例が示す「デフレのナゾ」 2010.10.18(Mon) Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4663


(2010年10月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

日銀は昨年、デフレに対する国民の意識について調査を行った。その結果は、パニックとまでは言わないまでも、国民が痛みを感じている様子を描き出すはずだと思ったとしても不思議はない。

 何しろ過去10年間の大半を通じ、日本の物価が緩やかに下がっていくのを見て、西側諸国のエコノミストと政策立案者は恐怖でたじろいでいた。「デフレ」はおぞましい言葉だったのだ。

 しかし、日本の消費者は明らかに違う感じ方をしているようだ。昨年の調査では、日本人の44%が物価下落は「好ましい」と答え、さらに35%の人が「どちらとも言えない」と答えた。物価下落は「困ったことだ」と答えた人は20.7%しかいなかった。

欧米諸国が恐れるデフレ、消費者にとってはプラス?


 その後、否定的な反応を示す人の割合は若干増えている。それでも、その割合はまだ低いままだ。ゴールドマン・サックスのエコノミスト、キャッシー松井氏が10月上旬に米ワシントンで開催された国際通貨基金(IMF)の会議で述べたように、「デフレはマイナスではなくプラスだと感じる日本人の方が多い」のである。

 これは投資家にとって(もしかしたら中央銀行にとっても)示唆に富んだ話だ。米国では現在、経済成長の鈍化や失業率上昇の兆し、そして、デフレが頭をもたげつつあることを示すような兆候を受けて、米連邦準備理事会(FRB)が近く追加の量的緩和に踏み切るという憶測が極度に高まっている。

 欧州の中央銀行関係者も過去3年間ほど、デフレについて頭を悩ませてきた。日本の経験は、少なくとも有権者の目からすれば、こうした懸念が過剰反応であることを示唆しているのだろうか? それとも、これは本質的に諦めであり、問題の一端なのだろうか?

 日本の経験は何通りかの読み方ができる。日銀の調査を歪めたかもしれない1つの要因は、日本人には既に、インフレ見通しを調整する時間が10年もあったということだ。日本では、物価が何年間も下がり続けてきただけでなく、名目ベースの平均賃金が2000年代に5%低下している。

世代間の不平等


 人口動態も極めて重要だ。日本は、債務が少なく、多額の貯蓄(一般に現金や債券として保有されている)がある定年退職者が非常に多い。こうした高齢者は大抵、同じお金で買えるモノが増えると得をする。

 一方、債務が多い若い勤労世帯は、それほど得をしない。勤労者の賃金が横ばいか低下しているうえ、日本の公的債務が高水準なために将来増税が見込まれるとあっては、なおのことだ。

 こうした状況は、概して年配の世代が政策立案を左右するという事実と相まって、深刻な「世代間の不平等」を生んでいると財務省副財務官の石井菜穂子氏は指摘する。

 だが、若い世代にとっても、消費者物価の低下は賃金下落の打撃を和らげてくれる。また、財務省も短期的な恩恵を享受している。デフレは実質ベースの公的債務の規模を膨らませるものの、石井氏が言うように、短期的には「デフレの『おかげ』で利払いが少なくて済む」からだ。

 このため、日本の国債発行残高が2000年以降ほぼ倍増したのに対し、昨年の利払い費は7兆7000億円と、2000年の10兆円から低下している。

米国は事情が異なるが・・・

 米国は明らかに、いくつかの重要な点で日本と異なる。若い人の割合が大きく、消費者が抱える債務の水準もずっと高い。消費動向は株式市場と住宅価格に密に連動する。だが、米国の平均賃金は2000年代にほとんど(あるいは一切)伸びを見せておらず、米国企業は、自国通貨の上昇を認めない諸外国のライバル企業との競争に苦しんでいる。

 そうであれば、もし誰かが実際に米国の有権者にデフレをどう思うか聞いたら、答えは一般に思われているほど否定的ではないのではないか。

 ここで、1つ強調しておきたい。筆者は何も、物価下落が良いことだと言おうとしているわけではない。深刻なデフレスパイラルは明らかに危険だ。

 また、FRBが近くデフレを受け入れると考えているわけでもない。経済的なリスクはさておき、中央銀行関係者の思考にはデフレを嫌うことが組み込まれている。デフレは中央銀行の政策手段を無効にしてしまうからだ。

 だが、1つ確かなことは、日本の物語は、貨幣の流通速度が落ちてしまい、国民の大部分が緩やかなデフレを受け入れることを学んだ時に、物価上昇を誘発することがいかに難しいかをはっきり示しているということだ。

物価上昇を誘発する難しさ

 資産運用会社ブラックロックの債券部門を率いるピーター・フィッシャー氏は次のように指摘する。「インフレは変数が2つではなく3つある方程式だ。これは単に貨幣の量とGDP(国内総生産)ギャップだけの話ではない。GDPギャップを埋め、物価上昇をもたらすような『追求行為』が必要になる」

 これがFRBの直面する課題を浮き彫りにする、とフィッシャー氏は言う。

 つまり、FRBは資産価格を上昇させることで、資産効果のみによって家計と企業に消費と投資を追求するよう促せるのか。それとも、金融システムに資金をつぎ込むことで、こうした類の追求行為を思いとどまらせ、逆に貯蓄増加を通じた投資収益の追求を奨励することになるのか――。

 投資家はこの点に注意した方がいい。

By Gillian Tett

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