木のぼり男爵の生涯と意見

いい加減な映画鑑賞術と行き当たりばったりな読書によって導かれる雑多な世界。

《愛、アムール》

2013-04-06 15:21:46 | 日記


『愛、アムール』(2012年フランス/ドイツ/オーストリア)

静かに心臓が破裂する映画。

老いたふたりを、固唾を飲んで見守る緊張感。

教え子のピアニストの活躍を誇りに、老後を楽しむ音楽家夫婦。
のどかな日々は、アンヌの発作で終わりを告げる。
術後に半身不随になってしまった妻を介護する夫ジョルジュ。
病院に入院させないという約束を守り、高齢のジョルジュは懸命に付き添うが…

症状が、どんどん悪化していく恐怖。
事態が深刻になっていく残酷さ。
思うように動けない、ピアノが弾けないという絶望。
でも、本は読めるし自分で食べられるし話も出来る。
しかし、言葉の発音が難しくなり、思考が緩慢とし、動く事すら出来なくなる。
水に手を伸ばす事も不可能、流動食を飲み下すのがやっと。
出来ていた事が出来なくなるという憤り。
他の人に頼らなくては生きていけないという屈辱。

おそらく厳しく良いピアノの先生だったのだろう。
何事もきちんとこなしていた立派な妻であり、母だったのだろう。
動きを奪われ言葉を奪われ、かつての自分ではなくなっていく悔しさ。
本人も辛いが、見守る家族のショックも大きい。
目の前で刻々と、愛する者から何かが奪われていく。
優しい夫は、高齢な身で献身的に介護する。
冷静で思いやりがあり、我慢強い姿が泣ける。

全ての行動は愛情あってのものだと納得。
だからこそ、彼女も迎えに来てくれる。

生活の延長線上にある死を受け入れる事。
一つ一つのシーンとして瞬間が刻まれる映画。
人生はシーンであり、瞬間であり、全ては続いている。

とても言葉では言い表せないような気持ちを、
一本の映画を通して受け止める、という体験。

『愛、アムール』(2012年フランス/ドイツ/オーストリア)
監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ、美術:ジャン=ヴァンサン・ピュゾ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、
アレクサンドル・タロー、ウィリアム・シメル