この本は、早慶レガッタの50回開催を記念して昭和57年11月29日に発行されました。B5の大きさです。328ページにわたって早慶レガッタの歴史が詳細に書かれています。
第50回早慶レガッタ準備委員会からの発行ですね。
見開きには、カラーで優勝旗が映っていますのでご紹介しましょう。
あまりにも綺麗で、惚れ惚れとするような優勝旗です。
記念すべき第一回大会は、明治38年5月8日、隅田川 吾妻橋ー東大艇庫前
1250m 天候 曇りの中対校シックスで行われたそうです。
固定席艇ですね。艇名 早大 いなずま 慶応 いろす
このときの戦績は、一位 早大 タイム不詳 二位 慶応 1と2分の一艇身
で、寸評によれば慶応大学が明治20年、早大が明治37年に創部。両岸を分けた白の慶応、赤の早大の応援はさながら、源平合戦。
先行の早大が一艇身半差で初戦勝利。
したんだそうです。
応援もすごかったでしょうね。しかし、第一回大会は予想以上の反響を呼んだが、翌年から野球の応援過熱ぶりから早慶戦は全面禁止となったため、東大の仲介により昭和5年4月29日に第二回大会が開催されるまで、25年の空白を生じたんだそうです。
また第一回大会出漕直前の記念写真が載っていますが、どーも真ん中に移っているのは武田千代三郎さんのような気がするんですが・・・・・
武田千代三郎さんといえば、岸先生の盟友ですね。
第50回早慶レガッタ準備委員会からの発行ですね。
見開きには、カラーで優勝旗が映っていますのでご紹介しましょう。
あまりにも綺麗で、惚れ惚れとするような優勝旗です。
記念すべき第一回大会は、明治38年5月8日、隅田川 吾妻橋ー東大艇庫前
1250m 天候 曇りの中対校シックスで行われたそうです。
固定席艇ですね。艇名 早大 いなずま 慶応 いろす
このときの戦績は、一位 早大 タイム不詳 二位 慶応 1と2分の一艇身
で、寸評によれば慶応大学が明治20年、早大が明治37年に創部。両岸を分けた白の慶応、赤の早大の応援はさながら、源平合戦。
先行の早大が一艇身半差で初戦勝利。
したんだそうです。
応援もすごかったでしょうね。しかし、第一回大会は予想以上の反響を呼んだが、翌年から野球の応援過熱ぶりから早慶戦は全面禁止となったため、東大の仲介により昭和5年4月29日に第二回大会が開催されるまで、25年の空白を生じたんだそうです。
また第一回大会出漕直前の記念写真が載っていますが、どーも真ん中に移っているのは武田千代三郎さんのような気がするんですが・・・・・
武田千代三郎さんといえば、岸先生の盟友ですね。