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コンビニ人間(村田沙耶香)読後感

2017年05月02日 | Book
 恵子って、本当に変人だろうか?

 子供の頃、死んだ小鳥を見て、「小鳥、焼いて食べよう」と言い、自分の母親を含め、周りを一瞬に凍らせた恵子。

 彼女は、焼き鳥の好きなお父さんに食べさせたかっただけ。
 ある意味、とても素直な反応だ。

 手を油で汚し、KFCを丸齧りするくせに、小動物が死んだら可哀想、お墓を作ってあげようと思う子供は、既に"良い子とは"というマニュアルを刷り込まれ、そのマニュアル通り演じているとも言える。

 マニュアルから少し外れた人達のことを、変人、正常ではないと決め付けるのが今の社会だ。

 僕達が若い頃は、人と違うことを言い、そして実行出来る奴には敬意を感じた。

 でも、今の子供の世界では、"人と違う子"、"目立つ子"は、イジメの対象になりやすいと聞いた。
 異物排除、非寛容、画一的な世界が広がっている。

 そんな世界では、恵子の様な子は、生きにくいだろう。

 恵子は、楽に生きていく為に均一な「店員」という生き物に作り直されていくコンビニという世界で生きることを選ぶ。

 こんな恵子の独白が続く。

 コンビニでは、"世界の部品になることが出来た。世界の正常な部品としての私"

 "コンビニは強制的に正常化される場所だから"

 "コンビニにいつづけるには、「店員」になるしかないですよね。
 それは簡単なことです。
 制服を着てマニュアル通りに振る舞うこと。
 普通の人間という皮をかぶって、そのマニュアル通りに振る舞えばムラを追い出されることも、邪魔者扱いされることもない。"

 画一的マニュアル社会で生きられない恵子が、もっともマニュアル化が進んだコンビニの中で、マニュアル通り振る舞うことで何とか生きる道を見つけたというアイロニー。

 こういう不自由な生き方を余儀無くされている人は、きっと沢山いるのだろう。

 我々だってパワハラ、セクハラ、DVというもっともらしい秩序の元で、極端に感情の抑制を強いられている。

 もう一人、不自由な生き方をしている白羽という男が登場する。

 白羽の理屈は、縄文時代から狩の一番上手くて強い奴が、村一番の可愛い娘をかっさらっていく。そして、優秀な遺伝子を残そうとする。我々の様な劣等な遺伝子を持つ人間はいつも置き去りにされる。
 それは、縄文時代からずっと続いている。今の世も、縄文時代と変わらず野蛮な世界だ、そんなのは間違っているというのが彼の理屈だ。

 白羽の言ってること〜世界は野蛮だ〜というのは当たりだ。全ての生物の根源にあるのは、その種を絶えさせないこと。プリミティブに見えるけど、縄文時代の行動形式は、全くもって正解なのである。それが真実であり、マニュアル社会での強制とは異なる自然の道理だ。

 白羽は、可笑しくて、可愛いらしく気持ち悪い奴だけど、彼と恵子の違いは、白羽は「真実」から逃げてるけど、恵子は「理不尽な現実」と曲がりなりにも戦っているということだ。

恵子は白羽を見て独白する。

 "真っ向から世界と戦い、自由を獲得するために一生を捧げる方が、多分苦しみに対して誠実なのだと思います。"

 コンビニでしか生きられない恵子は、一度、コンビニで働くことを辞める。そして、一般の会社面接に行く途中で、コンビニに立ち寄る。

 部品になる場所、強制的に正常化がなされる場所(僕は、何だかガラス張りの明るく清潔な精神病院を思わず思い浮かべていた)だった筈のコンビニが、まるで命を持つものの様に熱く恵子に語りかけてくる。

 もっと整然と並べて欲しいと商品が訴え、備品や什器は綺麗に磨いて下さいと頼み、空になった棚がここ空いちゃってるよ〜と、恵子に呼びかけてくる。

 コンビニで働くことは、強制ではない。マニュアルなんかに関係なくコンビニが求めている姿が見える。死んだ小鳥を焼いて食べようと言ったのと同じ自然な気持ちの中で、商品の陳列を正し、ガラスドアの汚れを拭き、テキパキとレジでの対応をしたいと恵子は思う。コンビニで働くことは、強制ではない。彼女がずっと放棄してきた自由で生き生きとした生活をコンビニが恵子に与えてくれることに気づく。

 矯正された人間が、矯正された世界でしか生きられず、やがて内にあった疑問も何も忘れ、その矯正社会で嬉々として生きていくことになるロボトミー社会を描いた小説との読み方も出来なくはない。

 しかし、僕は、苦しみに誠実だった恵子が戦い、自由を獲得する物語としてこの本を読んだ。

 最後に掴んだコンビニへの愛は、決して矯正・強制されたものではない。

 恵子って、本当に変人なんだろうか?

 いや、彼女はとても自然でまともだよ。


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