暇人のぐうたら日記

暇人がぐうたらな日々をつづる

AIとういう虚像の公共事業

2017-08-26 17:13:45 | 時事

最近AIを使った公共投資をよく耳にする。しかしその内情を見てみると果たしてAIが関係あるのか首をかしげたくなる。現実的にAIは将棋や囲碁のゲームで脚光を浴びたものの、それ以外では言語の認識や株式投資などの社会実験しか思い当たらない。おそらくAIという名前を使えば予算が通りやすくなるという、官民の暗黙の了解があるのだろう。すなわち、AIにはそれなりの投資が必要である。また、公共投資には建前が必要である。そこでAIという言葉が独り歩きしてAIとはあまり結びつかない公共投資が行われようとしているのだろう。しかし、実際にはAIは人間が及びもしない答えを導く。これは画像解析などで人間なら容易に判断できる内容でもその認識能力は遥かに劣る。答えを見つけるのにも膨大なデータを処理しなければならない。それでも認識率は高くない。株式投資にも活用の動きがみられる、一向に答えは出ない。人間ですら答えが出ないし、時々刻々と変化する要因に左右されるのであるから当然であろう。結局、AIという得体のしれないものに便乗すれば自分たちは何も考えなくても何らかの答えが得られるという単純な発想でしょう。しかし、AIがはじきだした結果を誰が正しいと立証できるのか、甚だ疑問である。AI先進国である米英ではAIにより知的中間層の仕事が奪われAIが苦手とする単純労働者が増えると推察している。役所の事務処理や窓口業務などはAIに任せてしまった方が効率が良いしデータ隠、改ざんなどもなくなり透明性が高まる。しかし、ここはもっとも岩盤規制を突破するのは難しいだろうが。何せ黒塗りのお手盛りなんかはAIには学習できないからね。