「ええ、そう。そうなのよ。だからこれから来ない? 来れないかしら? いえ、そう。そうなの。それでね。うん。わかってる。わかってるから。バイト? ええ、それは今夜はお休みしたわ」
津島志津音は携帯電話で話しながらコートを脱いでいたが、そのコートの右袖がこげているのを見つけて眉根を寄せた。
しかしそれを携帯電話の向こうの人物に知られるわけには行かない。
だから彼女はお気に入りのコートを台無しにしてしまったそのショックは隠して、懸命に明るい声を出していた。
「うん、そう。つい今し方まで紗枝も居たのよ。今、そこまで、彼女の彼が迎えに来たコンビニまで送ってきたところなんだけれど。そう。ええ、そう。あのね、恋が終わった友人の頼みぐらいすぐに聞いて来てよ。え、見返り? そうね。私の恋の傷が治ったら、あなたのに乗ってあげるわ♪ え? あははははは。うそうそ。すごーく深い傷よ。だから来て。お願いよ」
そうしてこれからこの部屋で合う約束をして、彼女は携帯電話を切った。
さて、
「これで完了ね」
志津音はにやりと笑った。
淡いピンクの口紅を塗った唇を舐めて、前髪をくしゃりとあげる。
くっくっくっくと押し殺した声を零す。
玄関のチャイムが鳴った。
彼女は出る。
目が大きく見開かれた。
そして、その最後まで大きく見開いた目で、自分を刺し殺した犯人を、彼女はじっと見つめていた。
続く。