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珈琲ひらり

熱い珈琲、もしくは冷珈なんかを飲む片手間に読めるようなそんな文章をお楽しみください。

2008年10月27日 | 短編


 嘘、なんて・・・つかなければよかった・・・・・。




 今更、そんな事を想っても、遅いよ・・・あたし・・・・。




 わかってる。自業自得。
 嘘を吐いたあたしが悪いんだ。



 でもね、しょうがないじゃない。
 寂しかったんだ。
 寂しい。
 寂しい。
 寂しい。
 寂しいから、独りが嫌だった。
 独りだから寂しかった。
 だから、あたしは、嘘で人をあたしに繋ぎとめようとした。
 あたしが望むあたし。
 それはいつだってあたしの中にあるから、それを口で紡ぐのはひどく簡単だった。
 嘘を歌うように口にしていた。
 嘘は花を咲かせ、
 その甘い香りに釣られて人が寄ってくる。
 皆が見ているのは嘘のあたし。
 本当のあたしじゃない。
 それでも、それでよかったの。




 あなたに出会うまでは・・・。

助けを求める。

2008年03月23日 | 短編

 助けてください。
 彼はぼくにそうSOSを飛ばしてきた。
 何があったの? そう訊ねると、彼は己が身を掻き抱くようにして抱いて、その場に崩折れながらも、途切れ途切れに恐怖に震える声で、ビデオテープと口にした。
 ぼくは彼の鞄からビデオテープを取り出し、それを再生する。
 それには、ひとりの少女が怪物に変身していく様が録画されていた。


 


12ヶ月 2月29日の誕生花 アルメリア

2008年02月29日 | 短編


 お姉ちゃんはそっと口の前で人差し指を立てた。
 そしてとても楽しそうな目で笑って、ぼくにおいでおいでをする。
 ぼくはとことことお姉ちゃんの方に歩いていって、そして恐る恐るお姉ちゃんのするように崖から下を覗き込んだ。
 壁からはみ出てる岩があった。
 その岩には小さなお花畑があった。
 お花の名前は、アルメリア。
 お姉ちゃんはそれを見つけてとても嬉しくなっていたと言っていた。
 アルメリアの花物語に、どうもそういう物があるらしい。妖精の作るお花畑。それがアルメリアの花物語。
 きっとお姉ちゃんは今、目を凝らして妖精を探しているのだろう?
 そんなお姉ちゃんの心にこそきっと、妖精は居るのだと、ぼくはそんなませたことを思った。


 END


 2月29日の誕生花 アルメリア:心づかい・同情・可憐・共感・滞在・思いやり

2月29日のプロポーズ

2008年02月29日 | 短編

 彼との出会いは、工場だった。
 私と彼は本当ならまだ学校に行っている歳だった。
 けれども戦火はより人々の欲望と哀しみを糧に燃え広がり、それが鎮火する様子は一行に見えず、
 私たちのような少年少女までもがその戦火に飛び込む蛾のように、祖国イギリスのために、戦争をするための歯車の一つとして組み込まれていった。それを嫌だと想いながらも、それを口にする事もできずに。


 私は当時、まだ16歳だった。
 花の命は短い。
 花はだから綺麗に咲き誇る。
 誰に見られる事無くとも、花に生まれてこれた喜びを歌うように綺麗に咲き綻ぶ。
 私も、少女としての花を咲きほころばせたかった。
 綺麗なお洋服を着て、
 可愛らしい髪形をして、
 そうして鏡の前で自分がどうすれば綺麗に見えるか四苦八苦しながらお化粧をしたかった。
 何よりも、私は恋をしたかった。
 少女らしい純粋な恋。
 誰かにただ一途に惚れて、
 お友達とその想いを語り合いたかった。
 いつも母に枕元で読んでもらった小説の主人公たちのように、明るいお日様の下で、ただそうして少女らしい花を咲かせていたかった。
 少女として花開いていたかった。
 けれども戦争が、それを許してくれなかった。
 私が咲かせたかった花は蕾のまま、一片の花弁も残さずに、摘まれてしまった。
 それを哀しいと嘆くことも許してくれないのが、戦争だった。



 でも、男と女が出会えば、生まれる想いがあった。
 私は学徒動員によって配属された工場でひとりの少年と出会った。
 一目惚れ、だった。
 この終わる日への希望も見えない戦渦にあって、翳りの無い少年らしい笑みを浮かべていられる彼に、私は恋をしたのだ。
 彼とは背中合わせで働いていた。
 いつも私の後ろに彼が居るのだ、そう思うと私の胸は切ない想いにきゅんとなった。
 彼の息遣いを聴きたくって耳を傍立てたし、いつも工場が始まる前や、終わった時とかは、彼に見ている事を知られないように見ていた。
 あのとても辛い工場での日々を私が乗り越えられたのは、彼に恋をしていたからだった。



 でも、
 私は彼が見張りの大人と彼が兵士として戦争に行く事となった、と話しているのを聞いてしまった。



 彼が戦争にいってしまう。



 その事実は、私の浮ついた恋心を粉々に撃ち砕いて、ただただ私にずっと目を逸らしてきた現実を、見せ付けた。


 彼が戦争にいってしまう。
 彼が戦争にいってしまう。
 彼が、戦争にいってしまう――
 ああ。



 けれども、
 だからといって、
 私は彼にこの恋心を伝えられなかった。
 勇気が無かったのだ。
 私は彼と一度もしゃべった事は無かった。
 ただの一度も。
 ただ、いつも遠くから私は彼を見ていただけだった。
 それだけで幸せだったし、満足だった。
 見ていられるだけで、ただそれだけでいい。
 よかったのに――



 彼が戦争にいってしまう……



 私は、泣きそうになりながら、彼の背に、誰にもわからないように、私の背を触れさせた。
 ただそれだけで精一杯だった。
 私は好きだったから。
 好きだったから、彼にこの思いを告白できなくて、
 そして好きだから、彼にこの思いを知ってもらいたくて、
 私はただただその想いを込めて、私にできることをした。
 私の背を彼の背に触れさせる。
 ――それが私にとっての精一杯の告白だった。


 そうして、
 背を離した私の背に、
 とん、と、彼の背が今度は触れた。
 優しく私を労わるように、ほんの一瞬だけ私の背に彼の背が触れた。


 そして、


「生きて、生きて、帰ってくるから。だから、2月29日の伝統、帰ってきたら、守ろう」



 彼は私にそう言ってくれて、
 私は両手で顔を覆って泣いてしまった。




 この恋が、私の、初恋だった。




 2月29日の伝統。
 その話を聞いて、不思議に思って質問をしたら、祖母はとても優しい、そしてそれこそまるで少女のように頬を赤らめながら教えてくれた。


 昔、わが祖国イギリスには、こういう伝統があったのだ。
 2月29日にだけ、昔のイギリスでは女性から男性へのプロポーズが許されていて、そして、プロポーズを受けた男性はそれを断れないのだと。


 祖母はそう教えてくれた。
 そしてお茶目っぽく微笑みながら、きっと報われないであろう片想いに涙を流していたあたしの頬を濡らす涙を優しく指で拭ってくれながら言ってくれた。



「当時、女の子として綺麗に着飾りたい年代を私は戦争で摘み取れたし、初恋の人も戦争に殺されてしまった。だから孫のあなたにはこの平和な世界で綺麗に少女らしく花開いていて欲しいの。幸せに笑っていてもらいたい。そして、恋をして、幸せでいて欲しいと願ってしまうのよ」
 その祖母の言葉を聴いて、私は明日の2月29日、もうただの閏年になってしまったけれども、でも祖母が一途に恋をして、その純粋な想いを告白した日に、告白しようと決めた。


 END



 イギリスでは、そうだったそうです。
 いつぐらいまでかはわからないのですが。

1060 2月2日AM8時05分-2(12)

2008年02月03日 | 短編
 成田なゆたが居るかもしれない研究室の前で錯乱している男を亀梨たち警察は発見した。
 その男を取り押さえる。
 男をうつ伏せで倒して、右腕を取った亀梨は、一緒に来た臼井遊馬を見た。
 臼井遊馬は倒されている男の顔を見て、右の眉の片端をわずかに上げた。
「この人はなゆたたちと同じゼミの人です」
 そうこうしているうちに他の刑事が事務所から大学の人間を連れてやってきた。
 果たして扉に鍵がかかっているのを確認されてから、扉は開けられた。
 成田なゆたは研究室内で頭から血を流して、倒れていた。




 亀梨樹からの報告書によると、
 成田なゆたは後頭部を鈍器のようなモノで殴られ、研究室内で倒れていた。
 研究室内の鍵を彼女は持ってはおらず、それは亀梨樹が大学内において拾った。
 それによって彼女ともめていたほかの被害者を殺害した犯人候補として成田なゆたをあげる意見と外す意見とに捜査員の意見は二分した。
 というのも鍵は彼女を救急車に運ぶその道すがらに落ちていたからである。
 しかし医者の見立てによると、彼女の後頭部の傷は自分では無理という事であった。が、共犯者が居る可能性も捨てきれず、今現在、捜査員は成田なゆたとその周辺の人間を徹底的に調べている。


 島津志津音は肋骨の間をすり抜けたナイフによって心臓を刺され、ほぼ即死の状態であった。
 笹川家の家族構成は、父親、母親、紗枝、弟であり、全員数十箇所を刃物で刺され、殺されていた。
 ただし、笹川紗枝の妹、笹川沙紀が行方不明となっており、成田なゆたの身辺捜査と平行して彼女の捜索も行われている。



 県警は隣の署の管轄内で起こった残虐殺人事件の捜査に入っているため、この捜査は所轄の刑事たちによって行われている。



 続く

1060 2月2日AM07時15分ー2(11)

2008年01月29日 | 短編


「で、課長。この事件には本店は出張ってくるんですか?」
『ああ、それなんだが、隣の管轄でやはり殺人事件があってな、本店はそちらへ行った』
「この事件よりもそちらが優先?」
『ああ。被害者は元刑務所員なんだよ。だから笹川家一家惨殺事件は幸浦さんが仕切ってくれ』
「わかりました。では私が亀梨と一緒に第一発見者の話を聞きます。他は、」
 幸浦は課長と今後の捜査方針を簡単に相談し合うと、それで決めた方針に乗っ取って動いた。



 現時点で明らかになっているのは笹川家一家惨殺事件のみ。
 これよりわずか後に島津志津音殺害事件も明らかになる。


 続く

1060 2月2日AM01時23分(10)

2008年01月29日 | 短編
 殺してやる。
 絶対に殺してやるんだ。
 生かしておく事は出来ない。
 一家全員皆殺しだ。
 その人物の双眸は狂気と怒りに染まっていた。
 玄関のドアノブを掴み、それを乱暴に壊しにかかる。その家の住人はおろか近所の人間にすら物音を聞かれて警察に通報されるという事をまるで考慮していない。
 愚かであるのだ。
 そう、愚かなのだ。
 よく完全犯罪という言葉が推理系のドラマ、映画、漫画、小説などにみられるが、それはフィクションの世界の中ですらその言葉とは裏腹に成功などしはしないが、それが現実ともなればなお更である。
 なぜなら犯罪というモノはそれを犯した時点でどうしようもなく失敗してしまっているからである。
 それが殺人ともなればもはや失敗を通り越して致命傷ですらある。
 だからこれからこの一家を皆殺しにしようとしているその人物は、自分が警察に通報されようが構いはしないのだ。
 警察が来るまでには完全に殺せているはずだから。
 しかし、さしたる音も立てずにドアノブを乱暴に掴んだ瞬間、その人物の口の片端がニタリと吊り上った。
 顔を破顔させたその人物は思わず神の存在を信じたくなる。そうだ。神は自分の行いを認めてくれているのだ。そうでなければ、こんな幸運があるわけがない。
 その人物はもう既に誰かの血でベタリと濡れている胸の前で十字を切り、そして、その家の玄関の扉を開けて、その家の住人を皆殺しにした。
 ・・・。



 続く

1060 2月2日AM07時15分ー2(9)

2008年01月27日 | 短編
 ようやく笹川家一家惨殺事件の現場検証も半ばを越えて、遺体も運び出された。
 これから彼ら捜査員は大雑把に二手に別れて捜査する事になる。
 署に戻り、おそらくはこれだけの惨たらしい殺人事件なだけに県警から刑事一課がやってくるであろうから、彼らのためのお膳立てをするグループと、彼らのために地味な捜査をするグループにと。
 彼、亀梨樹は新人刑事である自分はどちらに回されるのだろうか? と思いながらこれからの方針を課長からの携帯電話で話をしている先輩刑事たちを見ながら考えていた。
 彼としては捜査の側に加わりたかった。県警の一課の連中のご機嫌取りをするために自分は刑事になったわけではない。ひとりでも多くの被害者の無念を晴らすべく刑事になったのだ。
「亀梨」
「はい」
「おまえは幸浦さんと一緒に第一発見者の彼の話を聞いてくれ」
「わかりました」
 亀梨は強く頷いて、幸浦に続いた。
 パトカーの後部座席で臼井遊馬は真っ青な顔で震えながら座っていた。
 無理も無いと思う。
 玄関で死んでいた笹川紗枝の表情は壮絶であるとしか言い様が無かったし、それに第一殺害された遺体を見て平然としていられる人間などこの世には何処にもいないのだから。
「すみません」
 それでも臼井遊馬はそう言って頭を下げた。
 気丈な青年だと亀梨は思った。
 しかしその次の瞬間、亀梨は幸浦の刑事の気配を察してぞっとする。幸浦はこの青年すらも疑いの眼差しで見ていた。
 いや、第一発見者を疑えというのは捜査のセオリーだ。
 だが亀梨はそれを忘れていた。
 亀梨は気合を入れる。
 しかし、その次の瞬間に、パトカーの無線が指令を受け取った。

『殺人事件発生。殺人事件発生』
 
 それは島津志津音という女子大生が殺害されたので、捜査員は直ちにそちらに向かえというものであった。
 捜査員が常にいくつもの事件を追いかけるのは当たり前なので、亀梨は驚かなかったが、
 しかし臼井遊馬の顔色が蒼白を通り越した。
 怒りで?
 亀梨は彼を観察した。
 だが臼井遊馬は亀梨が予想したどの反応とも違う反応をした。彼は幸浦に飛び掛ったのだ。
 親しい者の死を軽く扱われたと思ったのか? しかし警察はテレビでやっているような捜査など出来ないのだ。
 亀梨は臼井遊馬を引き剥がした。
 そしてそこではじめて彼は臼井遊馬が何かを言っているのを聴いた。
 何を言っている?
「なゆたなゆたがなゆたなゆたなゆた」
 まるで要領を得ないその言葉の意味は、彼の仕事を受け継いで、様子を見に来た臼井遊馬の両親によってもたらされた。
 笹川紗枝、島津志津音。殺されたふたりの女子大生には繋がりがあって、そして、さらに成田なゆたという女子大生の行方がわからない状況になっている事が、ここにいたってようやっと臼井家と警察の知るところになったのだ。
 亀梨は先輩刑事たちと共に、彼女が居たはずの大学に向かった。




 続く

1060 2月2日AM04時44分(8)

2008年01月27日 | 短編

 愛車のカブに乗って臼井遊馬は成田なゆたの代わりに新聞を配っていた。
 カブから降りて、三件分の新聞の束を脇に抱えて凍結したアスファルトで滑らないように気を付けながら彼は走っていく。成田なゆたの仕事はやはり完璧なのだ。いつも新聞の配達時間はきっちりと決まっている。だから前にもなゆたが風邪をひいて新聞の配達を代わった事があったのだが、その時には彼女からいつも手渡しで新聞を受け取っている老人がわざわざ家に電話をしてきて、なゆたが事故を起こしてどうにかなっているのではないのか? と心配してくれた事があったのだ。それ以降、さらになゆたの完璧主義がよりいっそう強まったような気がするし、彼はその件で意外となゆたが人の感情に弱い事も悟った。だから、また余計な責任をなゆたが背負わないようにしてやらないといけないし、それになゆたから新聞を受け取る事を楽しみにしている老人にも余計な心配をさせないようにきっちりとなゆたのタイムスケジュールで仕事をしておかないといけないから。
「残念ながら2分、遅れてるんだよね」
 遊馬はぼやく。
 けれども彼はなゆたの事は嫌いでは無い。
 彼と彼女は同い年であるが、彼女の方が学年は上である。遊馬は浪人をしていた。が、遊馬の偏差値では彼が今通っているなゆたと同じ大学には受からなかった。遊馬の偏差値が飛躍的に上がって、2ランクも上の大学に受かったのは偏に完璧主義のなゆたが家庭教師をしてくれたからだった。
 今でも遊馬はなゆたには頭が上がらないし、家族全員が遊馬になゆたにアタックしろ、冗談交じりに・・・いや、半分以上本気で言っている。
 成田なゆたは臼井家にとってはもう本当に家族当然なのだ。
 だから、遊馬もなゆたのためだったら何でもしてやるつもりだ。無論、それは純粋に善意で。親愛で。
 けれども、いつかは・・・
 伝えたい。この胸の感情を。
 笹川家のポストに新聞を入れようとして、しかしふと、遊馬は手を止めた。
 笹川家の玄関の扉が開いているのだ。ほんのわずかに。
 無用心だな、と思う間も無く、遊馬は門を開けて、玄関の前に立って、ノブを握った。
 心臓は早馬車のように脈打っている。
 胸焼けのような息苦しい窮屈さが遊馬の胸にあった。
 絶対に何か悪い事が起こっている。それは生き物なら必ず持っている防衛本能による予知だった。
 何か得体の知れ無い危険な事が起こっている。だから絶対にそれに近づくな! そう防衛本能は遊馬に言っていた。
 が、そうするにはこの笹川家は、遊馬にとっては重要度が低くなかった。
 この家は紗枝、成田なゆたと同じゼミ生の家なのだ。
 そして彼女はなゆたの事を嫌っていた。なゆたの方は気にも留めていなかったけれども・・・。
 喘ぐ遊馬はドアを押す。
 あの完璧主義者のなゆたがメールの返事を寄越してこない事がずっと引っかかっていた。
 ドアを開けた。
 喉から引き攣った空気の塊が迸り出た。
 そこは血の海で、両手や両足をでたらめに広げて仰向けに倒れているその死体の左胸には、ナイフが刺さっていた。
 血染めになった断末魔の表情をへばりつけた死体のぐるりと白目を剥いた目が、遊馬を見上げていた。



 続く

1060 2月2日AM01時59分(7)

2008年01月26日 | 短編


 しょうがないな。
 なゆたはきっと、時間も忘れて堤下から与えられた作業をしているのだろう。
 新聞会社が儲けている奨学制度に加え、なゆたは来年度から大学側からも支援を受ける事になっている。そのためには少々の無理もせねばならないだろう。
 彼、なゆたが住み込みで働いている新聞店の息子、臼井遊馬はベッドから起き上がり、彼女の携帯電話にバイトは代わるから、作業頑張れ! とメールを打つと、下へと降りていった。
 これによって、成田なゆたの事件は発見が遅れる事になる。


 続く

1060 2月2日AM07時10分(6)

2008年01月26日 | 短編
 っかしーなー。
 志津音も紗枝も携帯電話に出ない。
 ふたりでお酒でも飲んでそのまま酔い潰れてしまったのだろうか?
 ありうる。志津音も紗枝も前科持ちだ。
 まあ、急性アルコール中毒で病院送りになったあたしにふたりとも言われたく無いだろうけれども…。
「あー、くそぅ」
 イラついた気分でいるところにさらにイラつく人間の事を思い出す。成田なゆた。鼻で笑われたっけ。その時。
 くそう。もう一度毒づいて、あたしは前髪をくしゃりと掻きあげる。
 殴られた頬が痛い。
 女の顔を殴るなんて本当に最低の男だ。
 まあ、直で股蹴りをしてやったから、悶える男の腹や腰、背中を蹴って、顔を踏みにじってやったからいいけれども。
 それでも、すげームカつく。
 くそう。
 そうだ。今日はテストも無いんだからコンビニでお酒を買ってて、志津音の部屋で朝から飲んでやる。
 あたしはそう決めると、地下鉄の駅に向かって走った。



 コンビニで買ったお酒とお菓子が一杯に入った袋を両手に持って、あたしは志津音の家に行った。
 マンションの部屋の鍵は開いている。
 あたしは呆れた。
 扉を開ける。
 そして、そこにあった変わり果てた志津音を見て、あたしはあたしの物では無い様にあたし自身の悲鳴を聞いた。
 志津音は、心臓をナイフで突き刺されて死んでいた。



 続く





1060 2月2日AM06時58分(5)

2008年01月26日 | 短編
 しつこいな。
 ただでさえ嫌気がさしているのに、さらにカチンときた。
 こちらが疲れているというのにそれにもおかまいなくで、ホテルに連れ込まれてそのままシャワーも浴びずに服とブラを捲し上げられて、胸を舐められた、それだけで女のスイッチが入ると思われていることにもムカつくけれども、それ以上にこちらのことを何も考えずにただ突っ込みたがるその男の全てに絶望した。
 ああ、こんなものか、恋愛だなんて。汚いな。
 ずっと前に読んだ恋愛小説。女と男の恋愛は幼い頃と歳を取ってからの、肉体なんてもう関係の無いそういう清い愛が尊い、という言葉に憧れはしたものだけど、なんだかもう死ぬまで恋なんかする必要は無いから、もういいと思う。
 あたしは朝一番から突っ立てた性器をあたしにこすり付けてそれであたしが欲情すると思っている馬鹿な男への殺意を覚えながら、なされるがままになっていた。このホテルを出たら、もうそれでこの男とは手を切ろう。そうしよう。
 最後の餞にあたしはあたしの身体をこの憐れなほどに愚かな男に貸してやって、頭では別の事を考えていた。
 昨夜というか今日の深夜というか、志津音は大丈夫だろうか?
 こっちもこの男との別れ話を控えていたから、最後まで話を聞いてあげられなかったけれども、
 あの後に誰かを呼ぶような事を言っていたけれども………。
 ああ、あれであいつ弱いからな。自殺なんかしていなければいいけれど。
 くだらない男なんかのために自殺だなんて、やめてよ。
 腰を振りはじめた男の顔から察してあと一分以内に勝手に男は自分だけ満足するはずだから、遅くても8時半までにはホテルを出られるか。
 あたしもあいつも今日はテストは無いはずだから、もう一度話を聞きにいってあげよう。
 ああ、ようやく行きやがった。っていうか、重い。そのいった後にあたしの胸に顔を埋めてくるの本当にやめてよね。まあどうせこれで終わりだからいいけれど。あー、清々した。
「はい。サービスで10万でいいわ」
 男の絶句した表情が笑えた。



 続く

1060 2月2日AM??時??分(4)

2008年01月26日 | 短編


 聞いて。聞いて。
 わたしのね、我が侭が世界にほんの少しだ聞き入れられたの。
 ああ、わたし幸せだよ。
 こういう瞬間に世界は動き出すって感じられるんだね。
 肋骨と肋骨の間をナイフがすり抜けて、
 わたしの手に心臓を突き刺した感触が伝わってきた。
 その瞬間に感じたのね。
 ああ、わたしはこの人を本当に愛してるんだって。
 だからこんなにも許せなくて憎たらしかったんだね。
 薄汚い男の手で彼女の身体が触れるのはすごく嫌。
 薄汚い男の指や舌、性器、体温で彼女がいってしまうのはすごく嫌。
 嫌嫌嫌嫌嫌、絶対に嫌。
 だからわたしは、彼女を殺す事にしたのね。
 だって殺しちゃえば、彼女は永遠にわたしのものだもの。
 誰にも奪われる事も無いんだもの。
 もうあの電柱柱の陰に隠れて、明かりの消えた部屋の向こうでセックスをしている彼女を想像して、
 男に嬲られている彼女を想像して、
 悔しく思うことは無いんだもの。
 嬉しいじゃない。
 そうよ。
 わたしの愛は、彼女を殺した事で完成した。

1060 2月2日AM8時05分(3)

2008年01月26日 | 短編

 あの人はきっと新聞店のバイトが終わってからまた研究室に来て、教授の仕事を手伝わされているのだろうな。
 羽川翼は苦笑を浮かべながらまだ温かいカレーマンが二つ入ったビニール袋を手に階段を上っていた。
 我ながら詰めが甘いというか、間抜けだった今回の案件の言い訳をどうするかシュミレートしながら。
 彼は成田なゆたのことが好きだった。告白もしている。しかし答えはNO。はっきりときっぱりと気持ちの良いぐらいにしっかりと爽やかにふられた。っていうかまるで相手にされなかった。
 だけど彼にとって幸運だったのは彼女が告白した後もまるで態度を変えないでいてくれたことだ。それで気まずくなることも無かった。前と全く同じ、本当に少しも態度を変えずに友達をしてくれていた。
 付き合えなかった事は残念だったけれども、それでもそれよりも怖かったのは彼女に距離を取られてしまうことだったから、だから彼としてはこうして変わらない友人関係を続けていられるのは嬉しかった。
 だから彼はまだ彼女の事が好きだけど、それをもう伝えようとも、押し付けようともしない。前と変わらない友達関係を続けてくれている彼女に心から感謝しているから。
「ああ、だからさ、失敗だったな」
 翼は昨日まで風邪で休んでいた。そうじゃなければ、大学に着てたら、手伝えたのに。残念。
 ため息を吐く。本当にいつも肝心なところで決まらないのが彼の悩みの種だ。
 そんなことを考えて彼は研究室の前に来て、愕然とした。
 手からカレーマンの入った袋が落ちたが、それにも気づけずにいる。
 研究室の扉には刷毛で描いたような血の縦線。床にも血が。
 どうみてもここで誰かが争い、怪我をして、そしてこの扉の向こうに・・・。
 彼の口からうめき声がもれる。それは留まる事を知らない。彼はうめき声を上げて、扉を愕然と見ている。
 濁流のような激しさで彼の頭の中で、成田なゆたの顔が、声が、浮かんでは消えていた。
 彼女はここで独りで教授の手伝いをさせられていたはずなのだ。
 しかも彼女のあの完璧主義の性格からすれば、彼女はバイトで抜け出すことは逢っても朝までずっとここに居たはずで・・・
 いや、深夜と言うか朝方、そんなほかには誰も居ない外に出ることの方が彼女にとってはやばいのではないのか?
 若い女の子・・・しかも彼女は世間一般で言えばスタイルがもの凄く良い美人で、彼以外にも彼女に惚れてる男はたくさん居て、しかも堤下教授も実は・・・
 そこで翼の思考はぷつんと切れた。
 彼は扉を叩き続けた。
 手の皮や肉が裂けて割れて、血が出たがかまわずに。
 教授棟を出て、北館一階にある事務室に行き、鍵を借りてくるという考えは浮かばなかった。
 そして、数人の男が走り寄ってきて、なぜかいきなり彼はそいつらに床の上に押したされた。
 彼はまるで獣のような声を上げた。



 続く