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ヤスの駄文部屋

今からあなたの目はあなたの体を離れ私のブログの世界に入っていくのです。

ウルトラマンルーブの流れを読みとく&お詫び

2018-10-07 16:17:37 | ウルトラマン
どうも皆さん、ヤスでございます!

まずはお詫びから入ります。

ウルトラマンルーブの各話感想の更新が止まってしまって誠に申し訳ございません。別にウルトラマンルーブを見るの止めてしまったとか、そういうわけではなく単純にモチベーションが下がってしまっていました。
なぜモチベーションが下がってしまったかについてですが、原因はおおきく分けて二つあります。
一つ目は忙しくて更新できない日が続いてしまったこと。ブログの感想なのですが実はどんなに早く書いても3時間ほどかかってしまうんです。おまけに色々とそこに付け足して書いていくと、半日くらいかかりそうになることもあります。そんな訳で一度でも更新を怠るとどんどん記事を書くのが大変になってしまい、書くモチベーションが下がっていってしまったんです。
もう一つの理由としてはどうもルーブの評判が著しくないこと。そんなもん気をにせんでええやんけと言われればそれまでですが、やはり自分の好きな作品が悪く言われていると思うとモヤモヤしてしまうんです…。そうなると作品をフラットに見ることも難しくなってしまいまして、モチベーションがどうにもあがらなくなってしまいました。我ながら情け
ないと思います…。

そんな訳で5話以降更新がウルトラマンルーブの更新が止まってしまったわけですが、最近ようやくその辺りに踏ん切りがつきました。おかげで最近は、また改めてフラットに見られるようになってきました。特にオーブダーク以降を改めて見てみたのですが、やはりルーブはかなり面白いと思います。そんな訳でここからはオーブダーク登場以降のウルトラマンルーブの話の流れについて書いていきたいとも思います。
ただこれまでのように画像を挿入したりすると、また時間がかかってしまうのでかなりラフに書くことになります。読みづらくてもうしわけありません。






オーブダーク登場と「ウルトラマンへの自覚」について

ウルトラマンルーブ8話にて愛染社長がウルトラマンオーブダークノワールブラックシュヴァルツ(以下オーブダーク)に変身し兄弟の前に立ちはだかりました。
この戦いで兄弟は改めて「ウルトラマン」について考えさせられます。結果的に愛染はヒーローごっこがしたいだけの宇宙人だったわけですが、それでもこの兄弟がここまでウルトラマンとしての自覚が弱かったのは事実でしょう。
一度負けた後のリベンジマッチで彼らは「ウルトラマンの名の下に」という言葉を使いました。これは愛染の言うウルトラマン象に対する兄弟達からのカウンターです。しかし逆に言ってしまえばこれはカウンターでしかありません。
彼らはこの時点では「ウルトラマンとは何か?」を完全に理解しているわけではないのです。ただ身勝手な理由で人々を傷つけ、挙げ句の果てに自分のような存在こそが真のウルトラマンであると豪語する愛染を否定しただけにすぎません。
そのために「誰かを守るために戦うこと」こそがウルトラマンの本質であるという言葉を愛染にぶつけたわけです。
ですからここからは「ウルトラマンとは何か?」と「誰かを守ること」に焦点が当たっていくことになりました。






愛染のウルトラマン象と兄弟のウルトラマン象について

「ウルトラマンの名の下に」という言葉を使った兄弟に怒りを覚えた愛染社長は、強力な怪獣であるホロボロスを差し向けてきました。
そして兄弟を倒したホロボロスをオーブダークに変身して倒し、民衆の心を引き付けます。
そしてここで「愛染の抱くウルトラマン象」が明らかになります。彼の考えるウルトラマンとは「カッコよくて、強く、人々に希望を与える」存在でした。
兄弟達はそのために怪獣を自ら召喚し、自演までして人々を危険にさらす愛染を否定しますが、愛染は民衆の反応を見せて自分の正しさを証明しました。
ここで大切なのは愛染の考え自体はあながち間違いだとは言い切れないということ。やっていること自体は間違っていますが、兄弟達とは違い愛染はしっかりと怪獣を倒し人々に希望を与えていました。
そのことは兄弟達もわかっているようで民衆の反応を前に、愛染の方が正しいのでは?という疑問を持つところまで追い詰められてしまいました。
そこまで追い詰められた兄弟ですが、それでも「街を守れるのは自分達しかいない」と決意し再びオーブダークに挑んでいきます。
ここで兄弟達が胸に秘めている思いはオーブダークに「ウルトラマンの名の下に」と啖呵を切った時とは大きく異なるでしょう。
愛染のウルトラマン象を聞いた上で、そしてそれが正しいかも知れないと理解した上で自分達の「誰かを守る」ということを貫くことを決めたのです。
そして次の回で兄弟の「守るべきもの」に焦点があたり、彼らがいつか帰ってくる母親のために街を守ろうとしていたことが明かされました。
それを踏まえると心配するアサヒに兄弟達が言った「俺たちはウルトラマンだ!」という言葉の重みがわかると思います。
「自分達が生まれ育ちいつか母親が帰ってくる場所である街を守る」それが自分達にとってのウルトラマンだ!という思いを込めた言葉が「俺たちはウルトラマンだ!」なのだと思います。ただのカウンターではないしっかりとした意思のある言葉です。
愛染との対立とアサヒとの交流を通して「兄弟のウルトラマン象」が描かれたわけですね。
ここまででウルトラマンルーブは前半終了という形になるわけですが、ウルトラマンルーブの前半は「それぞれが思い描くウルトラマン象」に大きくスポットが当たっていたことがわかると思います。
そしてここからそれぞれの考えにとどまらないウルトラマン象が描かれていくことになると思います。






これからの展開への考察
兄弟のウルトラマン象が確立されたわけですが、私はこれがウルトラマンルーブの結論という訳ではないと思います。
美剣レナが兄弟を批判するようなことを言っていますし、愛染もまだ納得した訳ではないようですからまだまだ何かあると思います。何よりもまだ愛染の言うところのウルトラマン象は否定されてはいません。
また今回のグルジオキングの戦いにおける兄弟達の行動は所謂ヒーローとは遠い存在だったと思います。兄弟喧嘩で窮地に陥るようではまだまだ甘いと言われても仕方ありません。
兄弟達そして愛染が描くウルトラマン象がこれからどうなっていくかが楽しみです。
またアサヒの謎がだんだんと明かされて来ましたが、湊家の家族の物語も気になるところです。行方不明の母親はどうなったのか?アサヒはなにものなのか?後半はここにもスポットが当たっていくことでしょう。
そして美剣レナの正体と目的について。
最初は新しい敵程度のキャラクターだと思っていましたが、そういうわけではないようです。
彼女は一見すると兄弟達に向けて批判をしているように見えますが、その発言の内容は愛染に刺さる部分もあると思います。今回の「この程度か」という言葉がわかりやすいのではないでしょうか。
愛染に近付いて明らかに利用しようとしている節もありますし、愛染が狙いなのか兄弟が狙いなのか一切不明です。
またアサヒにやたらと絡んできたり、本人曰く「本物のジャイロ」を持っていたり他にも謎が多いです。ここまで何から何まで謎のキャラってちょっと珍しいのではないでしょうか?
テーマとしてはこれからも「ウルトラマンとは何か?」とか「家族の物語」にスポットが当たっていくと思いますが、本筋は正直全く想像できません。
ここまで話の流れが予測できないのはシリーズ全体どころか、創作としても珍しい気がします。
それでも話の展開はとても丁寧ですし、コミカルなようでしっとりと胸に染みる感じで個人的にはとても面白いです。また商品展開が違うためかフォームの登場等が例年と異なっているのも新鮮で良いです。来週にはもう強化形態が登場するようですが、どんな話になるのやら。





この辺で今回の記事は終わります。一応言っておきますがどうも私はネットに向いていない人間のようなので、多分ツイッターは滅多に使わなくなると思います。私のツイートに興味を持ってくださった方々申し訳ございません。これからもブログの更新はツイッターでお知らせしていきますが、それくらいになってしまうと思います。
またルーブの感想についてですが現在のところ今後の方針は未定です。簡単な各話感想を書いていくか、或いは今回のように一連の流れについて書いていくことになると思います。
各話感想の場合はかなり簡潔な記事になると思うので、これまでのような記事は書けません。
今のところこれからはもっとラフな記事を沢山書いていけたらいいなぁと思っていますが、その時はよろしくお願いします。






もっと高く!「ウルトラマンルーブ 5話 感想」

2018-08-04 19:04:35 | ウルトラマン
どうも皆さん!ヤスでございます
ウルトラマンルーブ5話の感想いきますよ~











あだ名はイカロス
イサミが通う大学には「イカロス」ろあだ名がつけられる女性がいるようです。名門の家の出身で名前は二宮ユウハ。空を飛ぶことが夢で何度も失敗しながらも諦めずに挑戦しており、イサミもひょんなことからその手伝いをすることになります。

カツミは大学への進学を諦めたらしいですがイサミは普通に通っているんですね。ひょっとしてカツミが大学を諦めたのはイサミのことを考えてのこと?
二宮ユウハさん全体的に可愛らしい人だし、「ごきげんよう」なんていう台詞がはまっちゃう辺りも凄いですね。演技力もそうですが、雰囲気がいいです。






亀裂と風とクリスタル
二宮さんの練習に付き合うことになったイサミ。その様子をカツミとアサヒも見学にきたようです。
二宮さんが練習の場に選んでのは第1話でロッソとブルがグルジオボーンと戦った場所。そのときに出来た亀裂から風が吹き出していることに目をつけたみたいですね。
そしてその亀裂の上でクリスタルが反応を示したことにイサミが気づきました。

戦いの形跡が未だに残っているというところに妙なリアルさがありますね~。
わざわざ練習を見に来るカツミがかわいいな~。アサヒはいかにも来そうな感じですけど、カツミはイサミに振り回されてるイメージが強くイサミに自分から絡んでいく印象があまりなかったのでちょっと意外。
やっぱりなんのかんの仲の良い兄弟のようですね。






クワトロMへようこそ
二宮さんの練習風景を実際に見たカツミとアサヒは危険だからやめさせた方がいいのではないかと提案。イサミもそれはわかっているようですが、一生懸命頑張る二宮さんに中々そういうことは言いたくないのでしょう。
そんなことを話していたらなんと愛染社長がクワトロMへ襲来。お父さんのダサTシャツをDisったと思ったら、置いてあったディスプレイ用の服を買い取っていきました。おまけになにやら機械を仕込んでいったようですが…?

現状怪獣災害の現況とも言える愛染社長がなんとウルトラマンの本拠地へ襲来。よく考えてみると凄い展開ですね
「あの人」っぽい服を見て「風来坊」と言ったりなにやら不穏な感じ。この人「あの人」を知っている?







飛びたい理由
お金持ちの家に生まれて一見なに不自由なく過ごしているようですが、二宮さんにも複雑な事情があるようです。自分のやりたいことも出来ずに親に結婚相手も決められてしまう。だからこそ空を飛ぶという子供の頃からの夢を貫きたいようです。
そしてそんな二宮さんの事情を知ってイサミも思うところがある模様。

名家ゆえの辛さというのは結構古典的というかよくある話ですね。
ちょっと古くさい気もしますが、ある意味王道とも言えて個人的には好きです。







風のクリスタル
二宮さんとの練習中に水と炎のクリスタルと同様のバイブス波を検知したイサミ。
イサミの考察によるとはるか昔にウルトラマンから飛び散ったクリスタルが化石のように地中に埋まっているようですね。
グルジオボーンとの戦闘により地面に亀裂が出来たことでそのクリスタルの影響が露見したのでしょう。
そのイサミの考察をこっそり盗聴していた愛染社長。アサヒがうっかり盗聴機を噛んでしまったために酷い目にあってしまいました。

最近のウルトラマンでは戦闘の度に新アイテムが作り出されるという流れでしたが、今回はあらかじめ存在しているものを見つけていくようですね。







俺たちの翼
イサミの協力により遂に翼は完成したようです。イカロスというあだ名について二宮さんはそれを誇らしいと思っているようです。結局落ちてしまうものの自分で作った翼を信じたイカロス、それは二宮さんも同じなのです。

イカロスという名前は明らかに「飛ぼうとするも落ちてしまう」というところから来ているものですが、二宮さんはその飛ぼうとする姿勢に感銘を受けている様子。
この部分後々生きてきていてうまいなぁと思います。詳しくは後述。






グエバッサー出現!
さあこれから飛行訓練というときに愛染社長がグエバッサーを召喚!どうやら風のクリスタルを探しているようで、グエバッサーはイサミ達のもとへ。
二宮さん達を逃がしたイサミとカツミはウルトラマンルーブに変身し、グエバッサーを迎え撃ちます。






紫電の疾風
グエバッサーの翼から繰り出される風に大苦戦するロッソとブル。
イサミが埋まっている風のクリスタルを使うことを思いつき、1話でも使った水蒸気爆発を利用してクリスタルを地面から取り出します。
その風のクリスタルを使ってウルトラマンブルは新たな姿へ、ウルトラマンブルウインドの登場です!
風の力を宿した形態ゆえにグエバッサーの風をものともせずに攻撃することに成功!
さらにグエバッサーが巻き起こした竜巻も逆回転の竜巻で打ち消し、ストームシューティングとゼロツインスライサーでとどめ!
グエバッサーを撃破することに成功しました。






二人乗りの飛行機
戦いが終わって竜巻が晴れるとそこには空を飛び回る二宮さんが。その姿を見守るようにブルがすぐ横を飛んでいます。
この姿は最後の飛行実験の前に二宮さんが言っていた「二人乗りの飛行機」を間接的に叶えたもの言えるでしょう。
そして二宮さんは大学をやめて海外のお金持ちの学校に行ったようです。それでも彼女は笑顔であやか市を出ていったのでした。

イカロスは最終的には落ちてしまいます。
それは二宮さんも同じことのようで、結局二宮さんは自由のない生活に戻ってしまいます。
それでも彼女は自分の作った翼を信じて飛んだというのがイカロスの物語と絡んでいていいなぁ~と思いました。
結局親に決められた人生というのは変わらないというところを見ればバッドエンドかもしれませんが、それでも最後の最後の自由に飛び回れたというところを見ればあながちそうでもなくどちらかと言うとビターエンドという感じ。
大団円ではないもののどこか晴れやかな感じもあり、全体的になんというか儚さを感じる良い話でした。





ウルトラマンの重圧「ウルトラマンルーブ 2話 感想」

2018-07-19 16:21:18 | ウルトラマン
皆さんどうも、ヤスでございます!
いや~三連休でちょっと出掛けたり、ネットの繋がりが悪かったりでルーブの視聴が遅れてしまいましてようやくの投稿になります。申し訳ない。
言い訳はこの辺でそろそろ本題に入りましょう。




※コメントで別の作品の批判をしたり、比較してどちらかを悪くいうようなことは避けてください、よろしくお願いします










ウルトラマン練習中?
まず物語冒頭、カツミとイサミがウルトラマンの特訓をするところからスタート

空を飛べることに感激してるイサミに、ウルトラマンギンガのヒカルくんの面影をかんじますねえ。ウルトラマンとしての戦い方を実際に変身して探っていくってありそうですごい珍しい光景ですね。

そして練習のあと、テレビで流れた「三体の狂暴な巨大生物」ということばがきっかけで喧嘩が起きてしまいます。






兄弟喧嘩
ウルトラマンであることを周りに隠すべきだと主張するカツミ。イサミはヒーローなのだから隠す必要はないと主張しますが、自分達が巨大生物扱いされてる以上むやみに公表すべきではないとカツミに諭されます。
それならば自分達のおかげで町が救われたことをアピールすればいいと言うイサミ。しかしカツミはそれをすれば自分達は負けることが許されなくなる、自分達にその重みを背負うことが出来るのだろうか?とイサミに問いかけます。
その発言にそれでも自分達がやらねばならない!とイサミは反発。ヘソを曲げてどこかに行ってしまいました。

この喧嘩のシーン、二人のキャラクター性が見えてきていいですね。自分がヒーローになったということに舞い上がってしまい、細かいところに考えがいかないイサミ。
自分達が手にした力について現実的に考えるカツミ。
1話でカツミはしっかりものでイサミは子供っぽいという印象を受けましたが、こういう物事の捉え方に違いが出るというのが面白いです。
なんとなくカツミの考えが合理的で正しいようにも感じますが、イサミはイサミでちゃんと考えがあるみたいですね。
重みを背負えようと背負えまいと自分達が戦うしかない、勝つしかないという案外真っ直ぐな思いを持っていて、こういうところに良い意味で若さを感じます。






ブラックキング出現!
ヘソを曲げたイサミの元にアサヒが現れ飴を食べて落ち着かせます。カツミが何か言ったならきっとそれはイサミを心配してのことと言うアサヒ。イサミもそれはわかってるようです。
そんな時何者かがルーブジャイロを使ってブラックキングを召喚!町で暴れだします。

ここでカツミはきっとイサミを思ってると言える関係性が羨ましい。喧嘩したりしながらもちゃんとお互い信頼しあってるんですねえ。






イサミ大ピンチ!
ブラックキングを前にカツミの言葉がよみがえるイサミ。それでも自分達がやらねばという思いで変身を決意。目立たないように建物の影に隠れて変身しようとしますが、アサヒに気をとられてるうちにブラックキングの攻撃で建物が崩れ瓦礫に挟まってしまいまい、ルーブジャイロも落としてしまいます。

カツミの言葉を気にしてか物陰にかくれて変身しようとするところにちゃんとカツミの発言を「わかってる」というのが伝わってきますね。それでもやらなきゃ!と自分を奮い立たせる辺りが若いなぁ。






兄弟の絆
自分の危険を省みずにイサミを助けようとするよるアサヒ。カツミが変身しようとしたその時にイサミがルーブジャイロを手にしたことで、イサミが見ているビジョンがカツミに流れ込みます。
イサミ達の事情を知ったカツミは直ぐに助けに向かい、二人を無事救出。アサヒを父親に預けるとイサミと共にブラックキングの元へ。
「いつでも兄弟は二人で頑張る」この言葉が二人のバラバラになった気持ちを1つにしたようです。兄弟の絆でブラックキングに挑みます
みんなのために勝ち続けなきゃいけない、そんなことが出来るのか?その疑問へのアンサーが「兄弟二人で頑張る」なんでしょうね。
一人なら無理でも二人ならばきっと勝ち続けられるはず!まさに兄弟ウルトラマンです。






ウルトラマンロッソ、ブルVSブラックキング
ウルトラマンロッソアクアに変身したカツミがブラックキングの火炎を封じ、ウルトラマンブルフレイムに変身したイサミが熱線で倒そうとしますが水のバリアは破られ、熱線同士が衝突。
このままでは被害が広がると考えたカツミは一旦クリスタルを変更することを提案。
クリスタル変更後は二人の見事な連携でブラックキングを見事撃破!
戦いが終わった二人に町の人々が感謝の言葉を述べているのを見届けた二人は、空高く飛んでいきました(あのあとどうやって帰ってきたんだ?)
バリアで熱線を封じて熱線で攻撃で攻撃するところが互いの能力を活かしている感じがしてよかったです。
カツミがクリスタルの変更を提案したのは単純な扱いやすさを優先したことが理由みたいですね。それぞれ水と火の方が力を発揮しやすい模様。
クリスタルどちらも扱えるならどっちでも良いじゃんという個人的な疑問へのアンサーになってくれて嬉しい。
この話で何度も言われているみんなのために勝ち続ける何て出来るのか?
最後のみんなの応援もまたそのアンサーと言えるかもしれません。きっと二人ならみんなを守るヒーローになれる。






新たな謎
翌朝のテレビではこの前とうって変わって人形の巨大生物二人はヒーローなのでは?との報道が。
愛染社長も二人をヒーローだと考えていたようで彼ら二人をウルトラマンと名付けます。
その発言にイサミとカツミは「ウルトラマン」という名前を愛染社長が知っていることに驚きを隠せません。
さらに父親の宝物である父親と母親の黒歴史ノート交換日記にルーブのクリスタルが描かれていることも発覚
物語が大きく動きそうですねぇ(まだ2話なのに)。






総評
力の使い方について物理的に、そして心理的に描かれた2話でしたね。
今まで普通の青年だった兄弟がウルトラマンという強大な力を手に入れたことについて迷いがないはずもなく、カツミがあんな風に考えるのも当たり前ですね。ヒーロー物にこういうリアルな事情をエッセンスとして加える展開は個人的に大好物です。
それでも自分達がやらなければ!と言い切ったイサミもまたいかにもヒーローという感じで好きです。
カツミが比較的現代的なヒーロー像(現実的)、イサミが比較的古典的なヒーロー像(古典的)で描かれているとも解釈できて面白いですね。
前回は山辺での戦闘という事で若干の物足りなさを感じないでもなかったですが、今回は町での戦闘がメインで特撮的な見所も満載でしたね。

まず今回も前回に引き続き合成が素晴らしいですね。実景との合成が多用されておりリアリティのある絵作りが多かったです。

特に↑の2つはミニチュアなのか合成なのか判別が難しいレベルでした。
最近は合成とミニチュアの使い分けが上手いというから、一部合成、一部ミニチュアみたいな絵面が多くて違和感のない特撮が多いですねぇ(平成ガメラがこんな感じだったかな?)。
シンゴジラを見たときはこれからはCG全盛か…と思ったものですが、まだまだやれることも多そうです。
もちろんCGを使わなければできない表現もあるでしょうが、見せ方次第ではミニチュア特撮もいけそうだなと。
合成の話ばかりになってしまいましたが、個人的にはミニチュアワークも素晴らしかったと思います。最近のウルトラマンはミニチュアでどれだけ面白い絵が作れるか?という作り手の意思を感じる(勝手に)んですが今回も良かったです。
特に良かったのが↓の熱線同士がぶつかるところ。光線同士がぶつかり合うことでかえって被害が広がっているという描写ですが、ミニチュアで奥行きをしっかり表現することでその様子を見事に映像化できているように感じます。


あとブラックキングが落ちてきて向こう側から車が飛んでくるというのも良いですねえ。昨今のハリウッド映画等でも車が飛ぶようすが描かれたりしますが、その影響を感じたりもします。とにかくミニチュアでこんな表現をするんだ!という驚きもあり、単純な絵面の面白さへの感動もありの名シーンだと思います。


ドラマも特撮も高水準でどんどんルーブを好きになっている自分がいます。伏線や謎も多く見られそういう点でも続きが楽しみ。
力の使い方について物理的にも心理的に描かれたと書きましたが、ここまで細かく描写されているのはウルトラマンでは珍しいのではないでしょうか?
そういう部分も含めて、今までウルトラマンを見たことのない人にも勧めやすいというのが今のところの印象です。

今回はこの辺で終わらせていただきます。よろしければ来週もよろしくお願いします。





余談
この三連休に初めてウルトラマンフュージョンファイトをやって来ました(いい大人がなにやってるんだとか言ってやんなよ)
幸いチビッ子が並んでる様子もなくのびのびとやることができました。
なんで今さらやってるのか?と言いますと友人からもらったカードがどちゃくそカッコよかったからであります。
そのカードというのがこれです↓

めちゃくちゃカッコよくないですか?これで一気に惚れ込みましてね。かっこいいカード欲しさに始めたというわけです(もっと早くやってればオーブクリスタル付きのカードが手に入ったのに、畜生!)
そんなこんなで私がゲームで手に入れたカードが↓の4枚です。
これまたどちゃくそカッコいい!
最初にナックル星人が出たときはカッコいいけど…とか思いましたが、そのあとのヒカリでテンションが上がり、ネクサスで爆発!せっかくだからもう一枚買うかと思って出てきたのが一番右のカードです。
正直どれがレアかはわからないんですが 、基本的に全部カッコよかったので良しとします。
ゲーム自体は単純な操作でしたが、ここぞという時に歌が流れたり、カードの組み合わせでコンビ技が決まったりとなかなか楽しかったです。

余談2
これまた三連休中にスーパーでこんなものを買っちゃいました。


ウルトラマングミ~?どうせ普通のグミでしょ~

はい、普通のグミでした。今時珍しいおまけも何もつかない、ただのウルトラマンを型どったグミです。酷い言い方をすればしょうもない商品ですよ。
しかしですね、こういうしょうもない商品が出るということは、それだけウルトラマンの人気が復活しつつあるという証拠ではないかと私は思うのですよ。
おまけなんかなくても「ウルトラマン」という名前で売れてしまう。そんな風にメーカーに思わせることが出来たとも考えられます。
そんなことを考えて、お菓子売り場でほっこりしたのでした。

しょうもない商品とか言っといてなんですがグミは普通に美味しかったです。あとデフォルメされて型どられたウルトラマン達が可愛かった。
それからこのグミ別のパッケージがもう2種類あるんですが、そのパッケージにネタバレがあるという罠が仕掛けられていました。ネタバレが嫌な人はご注意を。

余談が思いの外長くなってしまいました。今度こそ終わりです。





では皆さん、また来週。

ウルトラマンにおける怪獣の扱い

2018-07-06 12:33:24 | ウルトラマン
どうも皆さん!ヤスでございます

今回はウルトラマンにおける怪獣の扱いについて書いていきたいと思います。






先日「特撮は爆発だ!」で坂本監督と田口監督の対談が行われました。その中で坂本監督はヒーローをカッコよく撮るところに焦点を置き、田口監督は怪獣の脅威に対する人々のリアクションに焦点を置きがちという話が出たようです(ちょっと時間がなくて動画は見れてません)。
この件に関して色々な意見を見まして、私も自分の意見を吐き出したいなと思い今回の記事を書くことにしました。
まずこちらの記事を読んでいただければおわかりになっていただけると思うのですが、私は坂本監督の撮るウルトラマンがあまり好きではありません。はっきり言ってしまえば嫌いです。
そして私はどちらかというと田口監督の撮るウルトラマンが圧倒的に好みです。映像だけで言えばジードでも一番良かったのは田口監督回だと思っています。
上のリンク先にありますが私は坂本監督による怪獣の描写が苦手です。逆に田口監督の怪獣の描写は大好きで、早い話そこがこの二人の監督の評価の要因の一つです。
つまり私にとって怪獣の扱いはウルトラマンの評価に大きな影響を与えるということになります。ではなぜ私は怪獣の描写にこだわるのか?二つほど理由をあげていきたいと思います。




一つ目の理由は怪獣というキャラクターが他の敵キャラに比べて特殊であることです。まず怪獣は大前提で体が大きいですよね?大きいということはそれだけ暴れたときの被害が大きくなるということになります。そうなれば当然のことですが物語の規模もそれなりに大きくなっていきます。
逆に言えばここで怪獣の描写を怠ると我々が想像する怪獣による被害との間にノイズが生まれることになります。またそれにともなって物語の規模も伝わりにくくなってしまうと私は考えます。
少し違う気もしますが、ジード最終回に出てきたべリアルアトロシアスがわかりやすいかもしれません。あれは厳密に言うと体の大きさ云々が原因ではありませんが、劇中の映像で伝わってくる脅威と登場人物によって説明される脅威との間にかなりギャップがあったように思います。
アトロシアスは台詞ではなにやら天変地異が起きているということが語られたり、ジードの最終形態よりも明確に強いということが語られていましたが、映像ではその天変地異は描かれませんでしたし、戦闘でも圧倒的に強いという描写もなくそこにギャップが生まれてしまっていたと思います。
怪獣とはアトロシアスのようなラスボスにあたるものでなくとも前述のように既に規模の大きい存在だと私は考えています。劇中での描写を怠ればアトロシアスのようにギャップが生まれ、話の規模も伝わりにくくなってしまうのです。だからこそ私は怪獣の描写にこだわって欲しいと思うのです。

二つ目の理由はウルトラマンのメインが巨大なもの同士の戦いというところにあることです。
ウルトラマンと他の特撮ドラマとの大きな違いは怪獣という巨大な敵とウルトラマンという巨大なヒーローが戦うというところにあると思います。
戦隊でもロボットの戦闘が毎週入れられますが、戦隊は尺全体で見ても等身大の戦闘が多く、ウルトラマンのようにそこがメインというわけではありません。
そのように考えるとウルトラマンの番組としての魅力とは「巨大であること」とも言えるのではないでしょうか?毎週巨大な怪獣が暴れそれを同じく巨大なヒーローが倒すというところが最大の特徴であり、面白味ではないかと私は考えます。
ここからは一つ目の理由とも繋がってきますが、怪獣とは大きいものです。街を歩くだけでもとんでもない被害が出ますし、光線なんて吐いた日にはもう目も当てられないでしょう。それが怪獣の他の敵キャラとは大きくことなる点であり、またその怪獣との戦いをメインとしているウルトラマンという作品における大きな特徴です。つまり怪獣という巨大な存在を巨大な存在として描写できなければ、ウルトラマンとしての特徴、面白味が薄れてしまうというように考えることができます。
巨大な存在として描写するというのつまり怪獣による被害の規模をきちんと描くということです。それをちゃんと出来て初めてウルトラマンとしての面白さが出てくるのではないでしょうか?





もちろん人によって価値観は様々です。怪獣が暴れるところよりもウルトラマンがカッコよく戦うところが見たいという人もいるでしょう、基本的にこのような話には正解はないのです
しかし、私としてはウルトラマンは巨大特撮がメインの貴重なテレビ特撮なわけでして、どうしても怪獣というものにこだわりをもって欲しいと思ってしまいます。それだけ私にとっての怪獣とは特別な存在なのです。
結局私が田口監督のウルトラマンが好きなのもそこが理由かもしれません。田口監督の撮るウルトラマンは怪獣が最後の最後まで脅威であり続けますし、何より一体一体の描写にこだわりを感じます。今回の対談でそんなことを改めて考えました。
今回は簡単な雑記なのでこの辺で失礼します。ルーブにおける怪獣はどうなるか?明日の放送を楽しみに待ちたいと思います。




では皆さん、またいつか








ウルトラマンジード総括 ~ジードには何が足りなかったのか~

2017-12-29 14:57:15 | ウルトラマン
皆さんどうも、ヤスでございます。
今回は、12月23日に最終回を放送した『ウルトラマンジード』の総括をしていきたいと思います。










今回はかなり批判的な内容になっているので、苦手な方はご遠慮ください















ストーリーについて
まずは、全体のストーリーについていくつか具体的に話を取り上げて書いていくことにします。

第1話
全てのボタンの掛け違いはここから始まったといっても過言ではないでしょう。ジードの1話は『ウルトラマンジード』という作品、及びヒーロー物において絶対に外してはいけない要素を提示することが出来なかったのですから。
ジードの1話の全体的な流れはこうです。「ある日、平和だった世界に突如として怪獣が出現。ドンシャインというヒーローが好きな少年、朝倉リクは自分がウルトラマンとして戦えることを教えられ、ウルトラマンジードへと変身する。しかし、なんとその姿は都市伝説として語れる悪の戦士ベリアルに瓜二つであった…。」
流れだけ見れば、ヒーロー物としては中々王道であるとも言えるでしょう。「普通の人間として育ってきた少年が実はとんでもない力を秘めていた上に、悪人とされる存在に瓜二つであり少年には過酷な運命が待ち受けている」という部分だけ切り抜けば、まるで少年漫画のような熱さです。
ですが『ウルトラマンジード』は重大なところで躓いてしまいます。それは「ヒーローがヒーローとして戦う理由を描くこと」です。この部分をこの1話で示せなかったことは、個人的には残念でなりません。
朝倉リクは物語開始当初、普通の少年でした。普通の人間ではありえない身体能力を持っている所から厳密には普通の少年ではありませんが、彼はそう信じていたはずです。自分を普通の人間だと信じていた少年にとって、「実は地球人ですらなかった」という事実は本来ならばかなり深刻な問題のはず(しかも都市伝説だと考えていたウルトラマンが実在していたという事実も伝えられています)。しかし、『ウルトラマンジード』は1話でこの部分を軽く流してしまいました。ぺガと自分は地球人か否かの話をした後に、レムから「マスターは地球人ではない」という指摘を受けたのにも関わらずリクはノータッチ。もちろん1話の尺の中でその全てを描くことは不可能ですし、あの場ではリクは怪獣を止めることを優先したのでしょうが、そうであるならば余計に「戦う理由」を描く必要性が出てくるはずです。
それでは、リクがウルトラマンとして戦う理由がきちんと描かれていたと言えるでしょうか?答えははっきりと「NO」です。ただこれが理由ではないかと推察できる部分はあります。
1つはリクがヒーローが好きなこと。リクが割といい年をしているのにヒーローが好きな(私も人のこと言えませんが)あたり自分もヒーローになりたいと思っていても不思議ではないでしょう。しかしこのヒーローが好きという描写は、あくまで「ヒーローが好き」以上でも以下でもなく「リクが憧れているヒーローになりたいと考えている」と捉えられる描写はありません。
もう1つはスカルゴモラによって住んでいたリクの家が壊されてすぐにセリフとして描写されていますね。スカルゴモラを眺めながら「僕に力があれば町を守れたのに」とのセリフを残しています。ここでノイズとなってくるのがリクがそのように考えるバックボーンが描写されていないことです。確かに自分が住んでいた町を壊されたらその原因となった怪獣を止めたいと考えても不思議ではありませんし、むしろ自然であると言えるでしょう。しかし、「初めて怪獣の脅威を認識した」にも関わらず、ただただ正義感のみで「あの怪獣を倒したい」とだけ考えるのはさすがに無理があります。この時点で我々に与えられている情報はリクはあくまで「普通の地球人」として育ってきた「普通の少年」であるということです。普通の少年が「誰に頼まれたわけでもないのに、恐ろしい怪獣に正義感のみで突っ走っていく」というのあまり現実的とは言えません。この流れにしたいのであればせめてリクに並々ならぬ正義感があるような描写をしておくべきだったのではないかと私は考えます。
結局ジードは「どこまでも普通の少年」が「未知の脅威に挑んでいく」という部分を描けなかったのです。「自分の出生」だとか「怪獣への恐怖」だとか「普通の少年」なら考えそうなことを無視してしまったのですから。上述の通りリクのバックボーンは弱く、それらしき描写もあくまで点しての存在でしかなく1つの線としての物語は描けていません。ヒーロー物の1話として、そして普通の少年が過酷な運命に立ち向かっていく『ウルトラマンジード』の物語の1話としてはっきり言って失敗だったと言えるでしょう。こうして『ウルトラマンジード』は「普通の少年の物語」として最悪のスタートダッシュを切ったのでした。

第11、12話
『ウルトラマンジード』の山場の1つであるのが、この前後編です。この話の前編では「リクがベリアルの細胞から作られた模造品であること」、「リクのこれまでの戦いは全てケイがカプセルを手に入れるために仕組んだもの」、「ジードの変身に2つのカプセルが必要なのは模造品であるため」といった事実が明らかになります。このような様々な衝撃の事実を知らされたリクは、自身のアイデンティティを喪失してしまうことになります。当然、後編ではリクが再びアイデンティティを取り戻す物語が描かれるわけですが、その描写には不満がいくつか存在します。
実はこのお話、上述したアイデンティティを取り戻す物語をまるで描けていないのです。リクがウルトラマンとして、そして朝倉リクとして再び立ち上がる物語はあまりにもお粗末なものでした。
まず、リクはこの話で自身の名付け親である朝倉錘という老人からウルトラの父のカプセルを譲渡され、錘さんを守るべくマグニフィセントに変身し再びウルトラマンとして戦うわけですがこの時点ではリクがアイデンティティを取り戻したような描写はなかったはずです。まあ、リクは「ジーっとしててもドーにもならねえ!」という精神で生きている人間なので「目の前で死にそうな人がいるのに戦わないでいられない!」と考えたとも解釈できますが、問題はその後です。
マグニフィセントとなって再びぺダニウムゼットンとなって戦いを挑むリクに、ケイは「お前は所詮ただの模造品だ!(意訳)」と発言。それに対してリクは「模造品なんかじゃない!僕はリク!朝倉リク!それが僕の名前だぁ!」と言います。リク君はいつの間にアイデンティティを取り戻したんですかね。ケイが言っていた「お前はカプセルを手に入れるための模造品(意訳)」という言葉を真っ向から否定するような何かを得たような描写があったとは思えないんですが一体、彼に何があったんでしょう。もしかして、長らく会ってなかった名付け親から名前の由来を教えてもらう程度でケイの発言を全否定しているのだろうか。正直なところ、名前の由来を知る→ジードはケイがカプセルを手にするためにつくった模造品じゃない!になる因果関係が理解できません。それとこれとは別の話でしょうよ。
その後もリクとケイによる激しいぶつかり合いは続きます。「お前の人生に価値はない!お前を作ったのは私だ!お前が生まれた瞬間にお前を殺すことも出来たんだ!(意訳)」との発言に対してリク君はこう言い返します「あなたにはわからないんだ!人の幸せが!」意味が分かりません。いつ、誰が人の幸せについて語ったんですかね、返す言葉が斜め上過ぎて会話が噛み合ってないです。そもそも今回の話で人の幸せ云々に関する描写は存在しません。さらに続いてリク君は「僕には仲間がいる!帰る場所も!」と畳みかけます。でも今回の話って仲間関係ないので
は。
今回の話でリク君がしたのは、錘さんとゲームする→錘さんと喧嘩する(お互いを気にかけているが故に)→錘さんからカプセルを譲渡され再び戦う。いったいこの流れのどこに仲間が入り込む余地があったんですかね。確かにリク君はこれまでも「仲間」というものを大切にしてきましたが、今回の話ってそこまで仲間は関係ないと思います。そもそも仲間がいようが、いまいがケイの言うところの「お前はカプセルを手に入れるための模造品(意訳)」を否定できるとは思えないんですが。
その後の「僕は僕の人生を生きている!」もイマイチ回答になってなくて、結局ウルトラカプセルを手に入れるためにリクが戦わされていたのも事実だし、それにより多くの人が犠牲になったのも事実。この辺りを全部すっ飛ばして果たして本当にリク君はアイデンティティを取り戻したと言えるのでしょうか、ケイのことを「かわいそうな人」と言えるだけの何かをリク君が得たと言えるでしょうか、本当にリク君はライハの言う通り自分探しを終えることが出来たのでしょうか。私はそうは思えませんでした。
第16、17話
ついにベリアルが復活!地球へと来訪し、ジードとゼロの前に立ちはだかります。これ自分が見落としてるだけなのかもしれないんですけど、この時のベリアルって何しに来たんですかね。なんかジードと融合がしたかったようですが、劇中の描写を見る限りパワーアップが狙いだったんですかね。カプセルを集めてた理由ってベリアルの肉体を復活させるためだったと思うんですけど、別にそういうの関係なく復活してたのも少し気になるところ。まあベリアルはケイを利用している風でしたから、そもそも「肉体復活のため」というのがウソだったのかもしれませんけど。
この前後編、まず第一に気になったのがリク君がやたらと「ベリアルの息子」という部分にこだわっていること。自分の父親が悪人であるというのは確かにつらいことかもしれませんが、わざわざ「僕がやる!」と言ってムキになるほどリク君ってベリアルと因縁があるとは思えないのです。そもそもそれまでの描写から見ても、リク君の悩みってせいぜい「ベリアルに似ているというところから中々認められない」くらいなもので言うほどベリアルの悪行についても知らないし、そこで悩んでいるような描写もないので少し違和感を覚えてしまいました。リク君がどうしてもベリアルとの決着をつけなければいけないと思ってたのは何故なんでしょうか。
キメラベロスに吸収されたリク君は精神世界でベリアルから「地球の奴らはお前を信用しようとしないが、俺はお前を受け入れてやる。俺のところに来い」と誘いをうけます。あれだけジードが戦ってるのに地球の人々は一向にジードを信用しようとしませんし、この誘いにリクの心が動かされるのはわかります。問題は「心の奥底では求めていたはずだ、本当の家族を」の部分。そんなの初耳なんですけど。まあ、リク君の境遇から好意的に解釈すれば想像できる範疇ではありますが、これまでの話で家族を求めているような描写はなかったはずです。前編のベリアルへのこだわりもそうなんですけどリク君の葛藤とか悩みとかの描写が弱いんですよね。どうにも説得力に欠ける印象があります。
この後、ライハの言葉でリク君は自我を取り戻すわけですがそこにもいくつか気になる点が。まず「忘れないで仲間のことを」、これはわかります。何度も言いますがなんやかんや仲間に関しては描写されてきたので、理解できます。問題は次の 「地球のことを」という発言、何言ってんですかね。ジードが未だに理解を得られず、リク君が悩んでいることはライハも知っているはずです。それなのにこの場で地球のことを出すって何考えてんですかね。それとこの後に「あなたの夢を」って言いますけど、リク君がヒーローになりたいっていう夢を持ってたことはいつの間に周知の事実になったんですかね。確か明確にそれが描写されたのは15話の「戦いの子」だったような気がするんですけど(しかもモアの回想シーンのみ)。特にそれまでリク君が「ヒーローになりたい!」と強く思っているような描写はありませんでしたし、一体ライハはどの口でリクの夢について語ってんですかね。一応補足すると、リク君があれだけ「ドンシャインが好き」と言ってるのでそこから推測できなくもないですが、それはあくまで「ヒーローが好き」というだけで「ヒーローになりたい」ということにはならないと考えます。そして極めつけがこれです「あなたはみんなのヒーローなんだから!」だからいつの間にジードは皆に受け入れられたんですかね。何度も言いますけどついさっきまで「ジードはまだ受け入れられてない」ってやったじゃないですか。そしてそれこそがリク君がベリアルに取り込まれかけた原因でもあるのに、あっさりスルーするんじゃないよ。
この後にリクが昔、ドンシャインに泣いているところを助けられたシーンが入りますが、この描写ってこの話で唐突に入れるべきではないと思うんです。何故そう思うかと言うと、『ウルトラマンジード』において「リクがヒーローになりたいと考えている」という描写がかなり大切であることがこの前後編を見るとわかるからです。前述の通り、リクがベリアルの元から戻ってくるカギは「リクが皆のヒーローである(そうなりたいと考えている)こと」です。そしてそうであるならば本来「リクのヒーローへの思い」をきちんと積み重ねて描く必要があったはず。そうであるにも関わらず「リクがヒーローになりたいと考えている」と描写されたのは15話の回想シーンくらいでした。そして「ヒーローになりたいという思うようになったきっかけ」が描かれたのは上述の通り17話(16話でも伏線っぽく描写されていましたが)。圧倒的なまでにリク君の掘り下げが足りていないのではないでしょうか。『ウルトラマンジード』は「ヒーローに憧れている少年がヒーローになるまでの物語」をやろうとしたのに出来ていなかったのではないでしょうか。
そしてそう考えると、前述した1話で「ヒーローがヒーローとして戦う理由」を描けなかったのはこの作品において大きな失敗だったと思うのです。もし、第1話の段階から「リクがウルトラマンジードとして戦うこと」と「ヒーローになりたいという思い」を重ねて描写できていたら、この作品の印象は大きく変わったのではないでしょうか。「ヒーローに憧れている少年がヒーローになるまでの物語」を描く上でその初陣は特別なものだったはずです。これも、私が『ウルトラマンジード』の1話が最悪のスタートダッシュだったと考える理由の一つです。
最終的にキメラべロスから脱出したジードは(わざわざ)地球に戻ってきてキメラべロスとの再戦を開始。その姿を見た地球の人々はジードを応援!だから皆いつの間にジードを受け入れたんですかね。確かにジードはあれだけ恐れられているベリアルに戦いを挑んでいるので、地球の人々からすればどちらかと言えば応援する対象なんでしょう。ですが地球人側の最終的な描写って「ジードがベリアルを招いたんじゃない(意訳)?」というような感じで、ジードに対して否定的だったわけじゃないですか。それに「地球人はまだジードを受け入れていない」かのような描写をしておいて何もフォローを入れないというのはどうかと思います。そもそも「ベリアルとそいつを呼び寄せたかもしれない存在」がわざわざ地球に戻ってきてドンパチやってるのを見て、事情を知らない一般市民が「ジードは正義のヒーローなんだ!がんばれ!」ってなるとは思えません。これ元も子もないことを言ってしまえば、そもそも市民の描写が弱いんですよね。基本的に同じテレビ番組(「知りたいワイド」)でアナウンサーや評論家っぽい人が言うくらい。たまに市民がインタビューを受けいる描写があったような気もしますが、結局はニュース番組の中でしたね。そう言えば度々思うんですけど、この世界の軍隊って何してるんですかね。子供番組でそこまで描写するのは難しかったんだとは思いますが、それっぽいものを描写するだけでかなり印象が違ったと思うんですが。あれだけ「ジードは危険」とか言ってる割には、テレビで嫌味言うくらいで大事にしないあたり案外そこまでの事じゃなかったのかもしれませんね。

第24、25話
死んだと思ってたベリアルが(案の定)生きていた!ケイからストルム機関を奪い取りベリアルアトロシアスとなったベリアルは人類に宣戦布告する。最強最悪の存在に決死の覚悟で挑んでいきます。
最終回を手前にしてレイトさんにスポットが当たるのが印象的でしたが色々と引っかかる部分もあったりしましたね。特に気になったのはレイトさんの家族が人質になるくだり。ケイによってルミナさんとマユを人質に取られてしまったレイトとゼロは思う存分戦えなくなってしまいます。その後ライハによって家族を助けられたゼロは「家族を弱点と言ったな、それは違う!守るべきものがあるから俺達は戦えるんだ!」と言うんですけど、この状況なら割とベリアルが言ってることって正論だと思うんですよね。現実問題としてライハが助けに来なければ戦えなかったわけですし。それにゼロも見栄を切って戦いを挑んだ割には別に勝てないし…。
他に気になった点はベリアルアトロシアスの強大さが殆ど演出から伝わってこないこと。設定的に言えばエンペラ星人とダークルギエルの力を使っているわけですし、放っておけば宇宙ごと消滅するような奴なのでヤバイに決まってるんですけど、映像からだと何がそんなに強いのかよくわからない。具体的に言えばベリアルアトロシアスという存在にはどんな能力があるのかが描写できていない。しかも、あれだけ堂々と宣戦布告し「ウルトラマンじゃなければ無理」とまで言われてるのに、割と皆さんのんきに遊園地をエンジョイしているという…。いつ来るともしれない存在を恐れて営業停止なんかできないかもしれませんけど、あそこまで堂々と宣戦布告されたのに相も変わらずなにも特別なことをしないというのは若干の違和感がありますね(一応避難警報はでたようですが)。それと一般市民はともかくこの世界の軍隊って本当に何やってんですかね。あんなヤバイの放置してウルトラマンじゃなきゃ無理ってちょっとどうなんでしょう。こういった描写のせいもあって全然、決死の戦いという雰囲気が伝わって来ませんでした。アトロシアスは全体的に余裕を感じさせながら戦っていたし、ひょっとしたら底知れぬ力を隠しているのかもしれません。ですが、その「底知れない力」を描写して初めて決死の作戦という部分に説得力が生まれてくるし、レイトさんと家族のやり取りも感動的になると思うんですよ。最終決戦としてはこの上なく味気ないものだったと思います。
あと本当に細かいことなんですけど、リク君が作戦を無視して出てきたことをゼロに言われて「ジーっとしててもドーにもならないからです!」と言う部分リクくん答えになってないよ…としか思えませんでした。それとリクくん相変わらずやたらとベリアルにこだわるけど、言うほどベリアルと因縁ないよね
後編ではロイヤルメガマスターになっても勝てなかったジードの前にウルトラの父が登場。一旦引いた後にもう一度ベリアルとの最終決戦に挑みます。
まず、前編から気になってたんですけど光の国って今の今までベリアルのこと知らなかったんですかね。なんかウルトラの父が急に感じとってやって来たような描写になってましたけど、ゼロを派遣してヒカリまで一度は来ていたのに何も知らなかったってちょっと謎ですね。まあギリギリまで静観するつもりだったのかもしれませんけど、どの程度でヤバイ出来事なのかが若干わかりづらいですかね(ここはそこまで気になったわけではありませんが)。
ベリアルとケイ、それぞれの因縁の相手と決着をつけるべくライハとリク君は再び戦いに挑みます。ここからは正直ツッコミどころだらけなんですけど、まずライハが「私たちは一度キングの奇跡に触れているから、もう一度奇跡は起こるはず」って言うんですけど何を根拠に言ってるんですかね。ひょっとしたらリク君を鼓舞する意味があったのかもしれませんけど、割と意味が分からない。リク君はリク君で神妙な顔でプリミティブに変身!この人もしかしてアホなんですかね。ついさっき「ロイヤルメガマスターでも勝てなかった。」って言ってたのに一体どうしちゃったんでしょう。
ベリアルとの最終決戦!(案の定)勝てないリク君ですが、彼の諦めない意思にウルトラマンキングが反応!なんとジードの全形態が揃います。ちょっと前にお前のキングの力はほんの少しみたいなこと言ってなかったっけ?ベリアルアトロシアスの集めたカレラン分子を分解した効果とか色々と考えられるんですけど、あまりにも説明が足りてない(他のウルトラマンも感じ取っていたのでそれも関わっている?)。
そして、異次元空間に飛ばされたリク君はベリアルとの戦いの中でベリアルの心を知ることになります。要約すると「光の国の奴らを見返すために悪の道へと落ちたベリアルは、その後何度も倒されては復活しその度に深い恨みを抱いてきた」ということで、そのことを知ったリク君はベリアルに対して「怒りと悲しみ」が伝わってくると言います。今までの『ウルトラマンジード』でベリアルに関する掘り下げってほとんどなかったのに、この描写ってどうなんですかね。まあ確かに度々恨みや妬みごとを口にしてきていましたが、悲しみの要素が微塵も感じられないんですけど。この話にするならベリアルをもっと掘り下げるべきだったはずです。これまでのシリーズを見てきたら変わるのかもしれませんが、個人的には過去作を追ってきたところで全然納得できませんでした。そもそもリク君がベリアルを抱きしめて、ベリアルがアーリースタイルになる描写って必要なかったんじゃないですかね。あの描写を入れるとあたかもベリアルの心が救われたかのような印象を受けますが、実際は違います。実際のところはリク君がベリアルの心を一方的に理解して、受け入れただけです。ベリアル自身は最後まで悪の存在でしかありませんでしたし、だからこそリク君はとどめを刺したんです。結局スタッフはベリアルを悪として描きたかったのか、そうでない存在として描きたかったのかがわかりません。別に単純な悪として終わらせたくないだけならわざわざアーリースタイルに戻してベリアルが闇から抜け出したような描写をいれる意味はなかったと思います。作り手のやりたいことだけが先行したような印象です。
また、ライハとケイの戦いもはっきり言って冗長でしかありませんでした。そもそもライハの復讐劇は9話でウルトラマンキングに止められたときに、すでに終わっているようなものじゃないですか。あの時「君がなすべきことじゃない」と言われて、ライハもそこに納得したんですから。それに最終決戦間近のライハってどこまでもケイに同情してるだけなんですよね。そのケイに対する同情とケイと最後まで戦うことの因果関係が謎です。「私が看取ってあげる」とか言ってますけど、じゃあ黙って看取ってやれよって話なわけで。前編みたいにケイが何かしたならともかく、別に何もしてないとこに行って戦いを挑まなくてもいいような気がします。そもそも戦うなら戦うでちゃんと決着つければいいのに、最後はただ消えるとこ見るだけって一体何考えてたんですかねこの人。

以上がストーリーに関する大まかな不満です。ジードは割と物語的な要点がわかりやすいのでいくつかの話を例に出してみましたが、こうして見ていくと本当に勿体ないなと思いますね。いくらでも面白くできる余地はあったのにイマイチ詰めが甘いため面白くなりきらない、そんな歯がゆさを常に感じるシリーズでした。





細かい不満について
ここからは諸々の小さな不満についてです。個人的に気になるのいくつかの不満点をつらつらと書いていきます。

ベリアルの扱い
上の方で書い過去作を見てきたけどあまり納得できな部分について詳しく語っていきます。
まずイマイチよくわからないのがベリアルの「悲しみ」についてです。過去作で何かベリアルが悲しさを背負っているような描写って全然なかったはず。基本的に光の国を潰すとか、すべての宇宙を手にするとかそういう野心や憎しみとかの方が強く描かれていたはずです。それにジードにおける描写や回想を見ても全然悲しみが伝わってこないんですけど、一体ベリアルは何に悲しみを感じていたんですかね。
また、『ゼロファイト』までの出来事があまり触れられないのも残念。ゼロに「お前だってウルトラマンだろうが!」と言われたり、「守るべきもの」について問われたのに『ウルトラマンジード』では特に描写されませんでしたね。まあ「守るべきもの」がゼロの強さの秘密であることに気づいただけで別にベリアルが守るべきものを持ったわけではないんですけどね。ただ、最終回前の話で同じようなやり取りをしたのにノータッチってのはちょっと…ですし、何よりあそこで思わせぶりに引っ張ったのに結局描かれないってずっと追ってきた身からするとあれは何だったんだって感じなんですけど…。そういえばD5とUFZ達にも因縁があったはずなのに最終回でちらっと出たくらいでそこも描かれずじまいでしたね。
長いことゼロとベリアルの因縁を引っ張った割にはこの辺はかなりお粗末だったと思います。別に銀河伝説だけでも十分成立するレベルというか、それ以降の流れは何だったんだという感じ。

模造品とはなんだったのか
11話で「僕は模造品だから2本カプセルがないと変身できない」とか言ってた割には最後までそこは解決しませんでしたね。何かしらリク君が吹っ切れたような描写なかったですし。それに何より結局リク君の戦いのほとんどが仕組まれたもので、守っていたつもりだったが実は人々を傷つけていたという部分も特にフォローはありませんでしたね。実は最終回まで期待してたんですけど、拍子抜けでした。

サラリーマンゼロ                        今回、ゼロはサラリーマンのレイトさんと一体化するわけですが、はっきり言って「サラリーマン」に設定した意味はなかったと思います。わざわざ6話で「サラリーマンとウルトラマンは違う」って言う話をして、しかもレイトさんに「僕にウルトラマンは無理」と言わせたのに結局できちゃってるじゃないですか。それどころか仕事中に度々駆り出されるし結局「サラリーマンとウルトラマンの違い」ってなんだったんだよと思わずにはいられない。


フュージョンライズは差別化されたか               この作品全然フォームが差別化されませんでしたね。初期3フォームはジードクローが全形態が使えると設定されたため個性が薄れてしまいましたし、その後は完全上位互換であるマグニフィセントやロイヤルメガマスターが登場して変身する意味が薄れてしまっています。特にロイヤルメガマスターは完全な最強フォームなので他のフォームの意味を損ねてしまっています。オーブでもタイプチェンジに関しては批判が見られたりしましたが、オーブは設定的不思議ではないと解釈できました。ジードは設定的にもロイヤルメガマスター以外のフォームが必要なくなってしまったのが残念。    

敵の魅力のなさ
今回のシリーズは怪獣がどこまでも敵に召喚される存在でしかなく、ほとんど怪獣としての魅力を感じませんでした。また、この世界の軍隊は怪獣が出現しても特に活動する様子が見られず、怪獣の被害の規模等がやや伝わりづらかったです。こうした敵の魅力のなさは大したことないよう見えて意外と大問題なんですよね。ヒーローっはやはり強い敵に立ち向かっていくからカッコよく見えるのであって、ただのやられ役としての怪獣を倒してもあまり魅力を感じません。特にウルトラシリーズは巨大な怪獣が相手で他のヒーローに比べて災害的な描写が必要になってくるので尚更です。ここは全話通して残念なところでした。

各キャラの立ち位置
レム、ライハ、ウルトラマンゼロの3人のキャラクターの立ち位置にはいくつか疑問が残りました。
まずレムですが、カプセルを持っていたりジードクロー出現時に「期は熟したそういうことです」と発言する等、思わせ振りな言動をしておりかなり怪しい様子もあったのに、敵である可能性が指摘されたのはなんと11話が初めてでした。ゼロに関してもその部分部分で不満があり、そもそも彼はカプセルが盗まれた件に関して調査していたはずなのに、なぜスルーしていたのでしょうか?なんども基地の出入りしておきながら、そこに触れないのには違和感があります。フクイデ先生も最終的にカプセルを奪うならレムを裏切るようにプログラムしておけばよかったのに…。
ライハは決して悪いキャラクターではなかったんですが、彼女のアクションシーンはもう少し削れたのではないかと思います。大事なところを描かないくせに彼女がアクションしてるシーンばかり長々と映される演出には首をかしげずにはいられませんでした。







坂本浩一監督について                       さんざんTwitterでもブログでも書いてきたのでやはり書くことにしましょう。やっぱり僕はこの人を好きになることが出来ませんでした。
まず特撮についてですが、これまでに比べてマシになったと感じる部分もあったものの全体的にはやはり微妙。いくつかウルトラマンらしい絵作りが出来ていると感じる部分もありましたが、ミニチュアワークやカメラワークはあまり成長しなかったように思います。特に顕著なのが最終2話でミニチュアの撮り方が下手くそで奥行きの弱い絵作りが多かったですし、寄って揺らすカメラワークは健在でセット感が丸わかりでした。また敵のサンドバック化も相変わらず。
マシになった部分も言ってしまうと下手に他の監督の画作りを意識した結果、坂本監督としての個性は薄れてしまったように思います。一言でいうと「妙にゆっくりしただけの映像になっている」という感じ。
また、ドラマ作りの下手くそさも相変わらずで彼の担当回は上でも書いた通り酷いものでした。それとファイトオーブからわざわざ撮ってたのに本編で矛盾するのも残念です(色々しょうがない部分はあるんでしょうけど)。
あと、インタビュー等をいくつか調べてみたんですけど大体どれも「これがやりたい」、「あれがやりたい」ばかりなのも気になるなぁと。特に気になったのは「ライハを戦うヒロインとして用意した」「銀河伝説と繋がるようにした」と言う部分。まあインタビューに載っていることが全てとも思いませんけど、メイン監督として引っ張っていくなら「この作品はこういうのを目指した」くらい言って欲しいものです(この辺はほとんどイチャモンですね(笑))。










まとめ
放送前から不安半分期待半分といった感じですが、結果的に不安の方が的中してしまいましたね。色々と美味しい要素もあったけど、それらが生かされなかったのは残念でした。
ジードに足りなかったものはズバリ「取捨選択」だったと思います。もっと削れる部分はあったし、もっと拾えた部分はあったはず。そこのバランスが崩れていたのが作品としてのクオリティを下げてしまったのではないかと考えます。





何はともあれスタッフ、キャストの皆さんお疲れさまでした。





では皆さん、またいつか。