続きです。
自転車が車道を走るべき理由その2、歩行者をはじめとする交通弱者の安全確保のため
について書いていきます。
以下は、妻のK子さんから届いたメールです。
「子ができて、歩行者の安全も確保できてないことが良くわかる。歩道でベビーカー押してても気が抜けない。しょっちゅう端に寄って自転車やり過ごさなあかん。こんなんじゃ、子が歩けるようになっても安全に歩ける場所が限られちゃうな。自転車を歩道にあげようなんて言ってた人は子を連れて歩道を歩いたことが無いのかもね。」
現在6ヶ月の息子とお散歩中に感じたことだそうです。
ベビーカーにしろ車椅子にしろ、無防備で自分では逃げようの無い「押されている人」は、押している人より前に出ているのです。押している人の死角に、押されている人が入る局面は意外と多いです。
曲がり角など本当に気を使います。下りのブラインドコーナーに、不十分な減速で突っ込んでくる自転車がいたら・・・
幼児と手を繋いで歩いていても、後方から音も無く接近する自転車は危険な存在でしょう。
よちよち歩きの子供は保護者と手を繋いで、横に並んで幅を取って歩くしかないのです。
支えの要るお年寄りの場合も同様です。
彼女が「安全でない」と思った自転車はいわゆるママチャリだったそうです。ティーン以上の男子のママチャリなら、乳幼児を轢き殺すことは可能でしょう。大人ですら、追突、転倒してアスファルトで後頭部を打撲でもすれば命に関わります。
人間の一番基本的な移動手段である「歩行」に関して、その安全が軽視されているということがお分かりいただけると思います。
歩道は歩行者の物です。色んな目的の人が、自分のペースで、好きに歩いて良い場所です。
それを脅かす物、速度差のありすぎる物は排除されなければ、安全は確保されません。
ここで「自転車は低速で」という発想に至る訳にはいかないのは、前回書いた通りです。
スクーター並みの機動力を持って、初めて自転車は交通、物流において車の機能を一部代替できるのですから。
弱者保護、譲り合いを基本精神とする道交法において、一番譲らなくてはいけない立場のエンジン付きが今一番でかい顔をしています。
歩行者のために自転車が、自転車のために自動車が、道を譲らなくてはいけない時が今こそ来ているのです。
私がクラクション一発にこだわる理由がご理解いただけたでしょうか。
これだけの内容を、クラクション姉さんには語って聞かせたかった・・・
さらに続き。
現在名古屋市やその周辺地域において、歩道をペイントして歩行者と自転車のスペースを分けよう、という試みがなされています。
NHK「ご近所の底力」をはじめ、何度もTVで取り上げられ「全国的に見て自転車対策の進んだ都市」という紹介をされています。しかし本当にそうでしょうか?
私に言わせればちゃんちゃら可笑しい、やらない方がましな施策です。是非、今すぐ、止めて頂きたい。
自転車の走行部分は法律にしたがって歩道の車道側に設けられています。
車道側であるが故に、その区画内にはバス停や地下鉄の出入り口があります。バスを待っていたら自転車が突っ込んでくるかも知れないのです。
さらに、地下鉄入り口に誘導する点字ブロックがそこには存在するのです。
点字ブロックに頼らざるを得ない、目の不自由な方に自転車区画を歩けと?!
そもそもこの自転車区画、警察に確認したところ「自転車レーン」ではなく、あくまでも歩道の一部。
したがって法律上は徐行義務があり、歩行者がいれば邪魔にならないように押して歩かなくてはいけないのです。
しかし、この区画があるために、自動車のドライバーに「自転車は車道に来ずにあっちを走れ」という誤った認識を植えつけるでしょう。
それでは無意味を通り越して迷惑でしかない。
名古屋市によれば、これは歩行者の安全確保の為の施策だそうですが、そもそもしわ寄せを歩道に持っていこうとする姿勢が間違っています。出発点の意識があまりに低すぎです。
面倒でも、反発があっても、根本から解決策を作らないと意味が無いのです。前例や慣例など市民には何の関係も無いのです。
小手先のペイントなんかでお茶を濁すのではなく、本当の意味での歩車分離、安全な住み分けを考えて欲しいものです。
まだ続きます。
どんどん突っ込み下さい。

自転車が車道を走るべき理由その2、歩行者をはじめとする交通弱者の安全確保のため
について書いていきます。
以下は、妻のK子さんから届いたメールです。
「子ができて、歩行者の安全も確保できてないことが良くわかる。歩道でベビーカー押してても気が抜けない。しょっちゅう端に寄って自転車やり過ごさなあかん。こんなんじゃ、子が歩けるようになっても安全に歩ける場所が限られちゃうな。自転車を歩道にあげようなんて言ってた人は子を連れて歩道を歩いたことが無いのかもね。」
現在6ヶ月の息子とお散歩中に感じたことだそうです。
ベビーカーにしろ車椅子にしろ、無防備で自分では逃げようの無い「押されている人」は、押している人より前に出ているのです。押している人の死角に、押されている人が入る局面は意外と多いです。
曲がり角など本当に気を使います。下りのブラインドコーナーに、不十分な減速で突っ込んでくる自転車がいたら・・・
幼児と手を繋いで歩いていても、後方から音も無く接近する自転車は危険な存在でしょう。
よちよち歩きの子供は保護者と手を繋いで、横に並んで幅を取って歩くしかないのです。
支えの要るお年寄りの場合も同様です。
彼女が「安全でない」と思った自転車はいわゆるママチャリだったそうです。ティーン以上の男子のママチャリなら、乳幼児を轢き殺すことは可能でしょう。大人ですら、追突、転倒してアスファルトで後頭部を打撲でもすれば命に関わります。
人間の一番基本的な移動手段である「歩行」に関して、その安全が軽視されているということがお分かりいただけると思います。
歩道は歩行者の物です。色んな目的の人が、自分のペースで、好きに歩いて良い場所です。
それを脅かす物、速度差のありすぎる物は排除されなければ、安全は確保されません。
ここで「自転車は低速で」という発想に至る訳にはいかないのは、前回書いた通りです。
スクーター並みの機動力を持って、初めて自転車は交通、物流において車の機能を一部代替できるのですから。
弱者保護、譲り合いを基本精神とする道交法において、一番譲らなくてはいけない立場のエンジン付きが今一番でかい顔をしています。
歩行者のために自転車が、自転車のために自動車が、道を譲らなくてはいけない時が今こそ来ているのです。
私がクラクション一発にこだわる理由がご理解いただけたでしょうか。
これだけの内容を、クラクション姉さんには語って聞かせたかった・・・
さらに続き。
現在名古屋市やその周辺地域において、歩道をペイントして歩行者と自転車のスペースを分けよう、という試みがなされています。
NHK「ご近所の底力」をはじめ、何度もTVで取り上げられ「全国的に見て自転車対策の進んだ都市」という紹介をされています。しかし本当にそうでしょうか?
私に言わせればちゃんちゃら可笑しい、やらない方がましな施策です。是非、今すぐ、止めて頂きたい。
自転車の走行部分は法律にしたがって歩道の車道側に設けられています。
車道側であるが故に、その区画内にはバス停や地下鉄の出入り口があります。バスを待っていたら自転車が突っ込んでくるかも知れないのです。
さらに、地下鉄入り口に誘導する点字ブロックがそこには存在するのです。
点字ブロックに頼らざるを得ない、目の不自由な方に自転車区画を歩けと?!
そもそもこの自転車区画、警察に確認したところ「自転車レーン」ではなく、あくまでも歩道の一部。
したがって法律上は徐行義務があり、歩行者がいれば邪魔にならないように押して歩かなくてはいけないのです。
しかし、この区画があるために、自動車のドライバーに「自転車は車道に来ずにあっちを走れ」という誤った認識を植えつけるでしょう。
それでは無意味を通り越して迷惑でしかない。
名古屋市によれば、これは歩行者の安全確保の為の施策だそうですが、そもそもしわ寄せを歩道に持っていこうとする姿勢が間違っています。出発点の意識があまりに低すぎです。
面倒でも、反発があっても、根本から解決策を作らないと意味が無いのです。前例や慣例など市民には何の関係も無いのです。
小手先のペイントなんかでお茶を濁すのではなく、本当の意味での歩車分離、安全な住み分けを考えて欲しいものです。
まだ続きます。
どんどん突っ込み下さい。
