これは個人的に単にヘーと思った話。
ジム・オルークを知ったのは数年前だと思う。
当時、俺はバンドをやっていて、作曲もしていて、「知らない曲」が聴きたかった。知らない曲というのはへんてこな曲という意味で、なんでもよかった。なんで、へんてこな曲が聴きたかったかというとヒットチャートに乗るような曲があまりにつまらなかったから(今でもそうだけど)。自分の世界を広げたいという意味もあった。
で、友人に薦められてジム・オルークのユリイカという作品を買ったんだけど、俺的には最初の曲を聴いただけでもういいやという感じ。当時としては、求めているいる作品とのベクトルが違っていたんだと思う。
それから月日が流れて。
たまたま青山真治監督の「ユリイカ」という映画をDVDで観た。この映画は簡単に言えば、バス・ジャックに運転手と乗客が遇って心の傷を負い、一般的な言い方をすればそこからどうやって立ち直るかという話。この映画については記憶がさだかじゃないんで、正確な評論はできないが、最後の場面で俺は映画の音楽に釘付けになった。
九州の田舎のバス運転手が最後の場面で音楽を流す。確かラジカセで。その音楽が素晴らしかった。これぞ俺が求めていた音楽であった。それが誰の作品か知りたく、俺はDVDの最後の出演者とか演奏音楽とか出てる「字幕」を目をこらしてみていたら「ユリイカ ジム・オルーク」とあった。
いやいやいやいやいや(と松本人志的リアクション)これ俺持ってるやん!自分の部屋のCDコレクションを探しまわり、「ユリイカ」を聴いてみたら、うわーーこの曲じゃーーーーーと感動しまくり。
俺的にジム・オルーク評価は1から10まで跳ね上がりました。
しかし、なんで買ったときジム・オルークの良さに気付かなかったんだろう。映画がよかったせいなのか、映画にはまっていたのか。
そもそも、この映画のタイトルはなぜ「ユリイカ」なんだろう?哲学的「分かった」という意味なら、そうかな?という感じなんだけど。ジム・オルークのユリイカを最後に演奏したかったという意味なのかなとも思ったりもしてみる。そうじゃなくても、この曲はこの映画全体を背負うくらいいい曲だと思う。
ジム・オルークを知ったのは数年前だと思う。
当時、俺はバンドをやっていて、作曲もしていて、「知らない曲」が聴きたかった。知らない曲というのはへんてこな曲という意味で、なんでもよかった。なんで、へんてこな曲が聴きたかったかというとヒットチャートに乗るような曲があまりにつまらなかったから(今でもそうだけど)。自分の世界を広げたいという意味もあった。
で、友人に薦められてジム・オルークのユリイカという作品を買ったんだけど、俺的には最初の曲を聴いただけでもういいやという感じ。当時としては、求めているいる作品とのベクトルが違っていたんだと思う。
それから月日が流れて。
たまたま青山真治監督の「ユリイカ」という映画をDVDで観た。この映画は簡単に言えば、バス・ジャックに運転手と乗客が遇って心の傷を負い、一般的な言い方をすればそこからどうやって立ち直るかという話。この映画については記憶がさだかじゃないんで、正確な評論はできないが、最後の場面で俺は映画の音楽に釘付けになった。
九州の田舎のバス運転手が最後の場面で音楽を流す。確かラジカセで。その音楽が素晴らしかった。これぞ俺が求めていた音楽であった。それが誰の作品か知りたく、俺はDVDの最後の出演者とか演奏音楽とか出てる「字幕」を目をこらしてみていたら「ユリイカ ジム・オルーク」とあった。
いやいやいやいやいや(と松本人志的リアクション)これ俺持ってるやん!自分の部屋のCDコレクションを探しまわり、「ユリイカ」を聴いてみたら、うわーーこの曲じゃーーーーーと感動しまくり。
俺的にジム・オルーク評価は1から10まで跳ね上がりました。
しかし、なんで買ったときジム・オルークの良さに気付かなかったんだろう。映画がよかったせいなのか、映画にはまっていたのか。
そもそも、この映画のタイトルはなぜ「ユリイカ」なんだろう?哲学的「分かった」という意味なら、そうかな?という感じなんだけど。ジム・オルークのユリイカを最後に演奏したかったという意味なのかなとも思ったりもしてみる。そうじゃなくても、この曲はこの映画全体を背負うくらいいい曲だと思う。