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隠れ家-かけらの世界-

今日感じたこと、出会った人のこと、好きなこと、忘れたくないこと…。気ままに残していけたらいい。

入院病棟の午前9時

2006年02月22日 22時23分29秒 | 日記
■2月23日

 身内の手術があり、ナースステーション前のラウンジで午前中の3時間あまりを過ごした。
 午前9時から10時の間は、退院する人、入院する人、そしてその家族がその場所を行き交う。
 無表情な入院患者の中で,ほがらかに看護師と話しながら行き来する人もいる。点滴をつけたスタンドがカタカタと音を立てる。
 今日退院する人たちは,荷物をまとめ,家族の迎えを待っている。
 ある初老の女性は何度もラウンジを訪れてソファに座ったり,立ち上がって近くの公衆電話を使ったり,落ち着かない。そのうちに夫と思われる男性が小走りにやってきて,「そんな何度も電話してきてもしょうがないよ。車が渋滞しているんだから」と言う。妻は何も言わず,大きめなバッグをもって先に行こうとする。夫は気まずそうに周囲を見ると,笑いながら「こっちによこしなさい」と荷物をとろうとする。結局,妻は最後まで一言も言わずに,自ら荷物をもったままエレベーターホールのほうへ行ってしまう。いつものことなのか,それとも不安を抱えた退院のせいで不機嫌なのか,それはわからない。
 「ありがとうございました」と明るい声で看護師にお礼を言い,「よかったですね,経過がよくて」という言葉に満面の笑みを浮かべる男性もいる。かなりの高齢だが,とてもしっかりした口調で今の心境を語り,若い看護師に感謝の気持ちを伝えていく。そこには,晴れやかな空気が流れ,際立った色彩をもっているかのようだ。
 今日入院するのは,若い女性と70代くらいの男性で,それぞれ夫と妻が付き添っている。
 若い女性は腰かけていても体がつらそうで,暗い表情でうつむいている。夫は何も言わずに,少し離れたところに立ち,9階の大きな窓から外を眺めている。
 70代の夫婦は穏やかに少し笑みを交わしながら,「入院の手引き」と書かれた小冊子を読み,夫は「足りないものがあったら,来させるから」とこどもらしき人の名前を出して妻を気づかっている。
 そこにいた誰にも,きっと短い時間の流れの中ではうかがいしれない日常があるのだろう。病院には日常はない。かけ離れた特別の時間が流れるだけだ。それでも,これから入院する人たちにとっては,「特別な日常」の始まり,ということになるのか。
 最後に現れたのは,小柄な60代くらいの男性。きびきびと荷物を隅に寄せ,看護師に言われる前に,入院時に必要な血圧測定と身長・体重の測定をすませ,ソファに座る。入院はもう何度目なのだろう。病を感じさせる空気はないが,それでも真剣な深い目の中に何かに挑む強い光が見える。一人暮らしなのか,家族の同行を断ったのか,それは定かではないが,入院の先にあるものへの確かな決意を感じて,私は今日そこにいて初めて,胸が小さく高鳴るのを感じた。一人でも歩いていける強さ…。
 いつのまにか,誰もいなくなり,テレビがオリンピックのようすを流している。熱い声援とビビッドなユニフォーム,テンションの高いアナウンス…。
 オリンピックも病棟のたたずまいも,地球の上を同じ速度で進んでいくのだろう。それでもここは,地球の自転からおきざりにされたような,なんだか不思議な空間。
 立ち上がって,少しめまいを感じていたら,周囲の音がどんどん遠ざかっていった。


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