6月10日 『今朝の秋』(山田太一原作・脚本)(NHKアーカイブズ)(1988年制作)
出演:笠智衆、杉村春子、杉浦直樹、倍賞美津子、樹木希林、加藤嘉 and more
1988年といえば、バブルで日本中が浮かれていた頃だろうか。そんなときに、こういう地味で真摯なドラマはどんなふうに受けとめられていたんだろうか。
【あらすじ】 離婚の話が進んでいた夫婦。その夫(杉浦直樹)が末期の癌にかかる。それを知った父親(笠智衆)は、隠居先の蓼科から上京し、息子の病院にかけつける。そこで、20年前に夫の元を飛び出して離婚した妻(杉村春子)と再会する。二人は息子の病状を知り、息子の病室で動揺するしかない自分たちをもてあます。父親は、周囲には内緒で息子をつれだし、蓼科の自分の家につれてくる。そのあとを追って、母親、妻(倍賞美津子)と娘がかけつけ、静かな蓼科の自然の中で、息子は最期の時を過ごす。
■選りすぐられた言葉の重なり
セリフの一つ一つが憎らしいくらいに自然で、胸にしみ入る。
20年ぶりに再会した夫と妻。どんな過去があったにせよ、その言葉のやりとりには、途切れることのなかった時間が二人の間にあったことを教えてくれる。妻は夫を「お父さん」と呼ぶ、息子のことで食い違う思いを夫にぶつける…、そこには、ともに暮らしていた年月を彷彿とさせるものがある。言わなくても通じるものもあるだろうけど、決してお似合いではなかったであろう夫婦像もかいま見える。
それでも、息子の病気への悲しみややりきれなさは、空しいほどに似ていて、そして空しいほど異なる。
母親はどうしても息子の病気をそのままに受け入れられない。「余命…」を聞いても、受け入れられずに、どうすることが息子にとってよいことなのかを冷静に考えられない。「僕はもうダメなの?」という息子の前で冷静ではいられない。
父親は考える。旧友(加藤嘉)の「好きなことをさせてやったらどうだ?」という言葉の影響もあったのか、息子を内緒で自分の蓼科の家につれてきてしまう。
息子夫婦の間には離婚の話がもちあがっていた。妻には好きな男がいて(それを責める娘に、「どうしても好きになることはあるの。結婚していても、そういうことはあるの」と毅然と話す姿がりりしい)、それでも、彼女は夫の最期に寄り添うことを決める。親や妻の今までとは違う対応に、息子は自分の死期が確実に近いことを知る。それを受けとめる姿が淡々と描かれ、悲しみや恐怖をむしろ伝えてくれる。
説明は何もないけれど、それぞれの人の心情や迷いやつながりが少しずつ見えてきて、私たちの心に届き始める。
普通の日常会話が何度も何度も濾過されて、そして最後に残った粒だけが選ばれたような、そんな言葉の重なりだ。
■寄り添う最期の時
夏の終わりの蓼科は美しい。
深い緑とそよぐ風。長い間ばらばらに生きてきた「家族」が、いっとき、同じ屋根の下に集まる。
息子の布団のまわりに、父親や母親、妻、そして若い娘が寄り添う。母親の居酒屋で働く女性(樹木希林)も同行しているのだが、血縁関係のないこの女性の存在がとても秀逸に描かれる。この人がいることで、束の間の家族がうまくバランスを保っているような。
「ここはいいわねえ」と言う母親の穏やかな口調。息子が昔よく歌っていたという「恋の季節」をなごやかにみんなで歌ったりする。残された時間は短くとも、もう誰もじたばたするのをやめたみたいだ。
本当の家族ではない。ともに生きた日々が遠くにあるだけだ。空白を埋めることなどできないし、そんな必要もないのだけれど、寄り添う姿がせつない。
■「今朝の秋」
最後のシーンは一転して真っ赤に燃える紅葉。
亡くなった息子の葬儀を終えて、母親が東京に帰る日。ひとり残る父親は妻に言う、「ここにいないか?」。
妻は言う、「私はこんな静かなところではだめ。ネオンがなければ」そして静かに笑う。
「東京に出てきたら、声をかけてね。私もたまにはここに来ようかしら」
その元夫婦の会話が流れるようですばらしい。短い言葉の中に、互いへの思いやりや、老いへの思いや、寂しさや、そして悲しいけれど、苦しみから解放されて旅だった息子への思いも含まれる。
「じゃあね」とバッグをもって去る妻。それを見送る夫。庭に干してある洗濯物をとりこむ夫の後ろ姿で、ドラマは終わる。
そのときの二人の名優の表情が、私の貧困な語彙力では表現できないほど、すばらしかった。とくに見送る夫、笠智衆の目に表れていたものを、どう言えばいいだろう。
この二人はたぶん最後まで、毅然と一人で生きていくのだろう。それでも、夫は「東京に来たら声をかけてね」という言葉に支えられるだろうし、妻はいつでも寄れる場所があることを心の拠り所にできるだろう。
このラストシーンは、紅葉の鮮やかさと相まって、しみじみと悲しく美しい。
今調べたのだけれど、「今朝の秋」は俳句の季語で、「立秋の日の朝」という意味らしい。「前日とは変わった爽やかな感じ」をこめた語だという。
その意味を知ると、このドラマの最後のシーンには、もっと味わい深いものが流れているような気がする。
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