長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

浅田次郎著【おもかげ】

2019-09-14 02:55:15 | 本と雑誌

この物語は著者の新たなる傑作ではないだろうか?
最後は感動的なフィナーレとなるファンタジー。
同じ教室に、同じアルバイトの中に、同じ職場に、同じ地下鉄で通勤していた人の中に彼はいたのだろう。
定年の日に倒れた男の〈幸福〉とは、心揺さぶる、愛と真実の物語。
竹脇正一(まさかず)は65歳を迎え、めでたく定年となった。
子会社に出向となり役員となっていた。
そして、その送別会は盛大に行われた、だがその帰りの地下鉄の中で、花束を抱えたまま倒れてしまった。
意識不明状態で病院に担ぎこまれる。
嘗ての同期入社だったが、今は親会社の社長となっていた堀田憲雄(のりお)が、今まで竹脇の事を、一社員としてしか認識していない事に気付く。
気まぐれに、竹脇を見舞いに病院を訪れるのだが、意識不明の嘗ての親友の姿を見て、直ぐに過去に帰り号泣するのだった。「あー、何だってよォ、タケちゃん」忘れかけていた友の名を呼んだ。
竹脇の妻の節子は、この堀田の突然の訪問に戸惑う…。
正一と節子とは、似たような境遇で育った。
正一は捨て子だったし、節子は両親が離婚し、それぞれが家庭を持ってしまい、自分の居場所がなくなってしまった。
正一は節子に連れられて、その両親と結婚の報告をしたが、節子にはあまり興味がないようだった。
節子はそんな両親に対して、縁を切る覚悟を決めての対面だった。
そんな正一と節子との間に、長男の春哉が誕生した。
正一はこの子を捨てるなんて事が出来る訳がないと確信し、自分を捨てた親に対して憎悪が増すのであった。
しかし、春哉を幼くして病気で失う事になる…。
夫婦間に溝が生まれ、危機に陥ったが、かろうじて長女の茜がいた事で、何とか繋がったのである…。
娘婿の大野武志は、親もいない大工見習だが、竹脇正一の事を「おやじ」と呼び、そして節子の事は「おふくろ」と呼び、本当の親同然に慕っていた。
一人娘を奪う事の恐ろしさのあまり、正一を恐れたのだが、おおらかに反応してくれ、結婚も認めてくれた。
婿養子になってもいいと思いそう申し出たが、「タケワキタケシ」ではゴロが悪いと拒否された。
どこまでも優しかったのだ。
正一にとって唯一の幼馴染、いや兄弟同然ともいえる、大工の棟梁永山徹の許で働き、武志は太鼓判を押されていたのである。
正一としては何の愁いもない。
そんな「おやじ」が死にかけている状況で、大野武志は気が気ではなかった。
ずっと付き切りの節子の身体を気遣い、昼間は現場を渡り歩いて働き、夜は「おやじ」についていようとする。
武志がついていても、何の役にもたたないのだが、とにかく「おやじ」が心配なのだった、死なれたら切なくてどうしょうもない…。
それだけではない、こ難しい事は普段はいわない親方が、「義理は義務だぞ、実の親子なら適当にやってもいいが、義理は義務を果たさなければならない!」と厳命されたのだった。
やくざになるしか道がなかった、どうしようもない自分を、いっぱしの大工にしてもらった大恩人の言葉である。
武志はこの言葉通り義務を果たそうとしているのだ。
節子と入れ替わり、なんと親方が見舞いにきた。
武志はせっかくだからと、二人きりにしてあげようと、自分はファミレスでオムライス等食って時間を潰す。
実は正一は意識不明の状態ではあるのだが、皆の喋る事も、又自分の視界の中にあれば、顔を判別する事も出来ていたのだ。
ただ問題は、体を動かす事も、声を出す事も出来ない状態なのだが…これがもどかしい。
その正一は、不思議な体験をする事になる。
魂だけ抜け出し、様々な人と出会い、様々な体験をするのである。
それは単なる夢ではなく、実体験として記憶に残っているのである。
この事がこの物語の一種のキーになっているので、詳しくは書かずにおいた方がよいだろう。
高貴な年上の女性マダム・ネージュ、謎の女性入江静,隣のベットで同じように昏睡状態の80歳のじーさん榊原勝男、そのカッちゃんと子供頃の浮浪児のリーダー各であり、カッちゃんの初恋の人であるはすっぱな峰子。
これら登場人物は見事にリンクしていたのである。
その上、嘗て学生の頃、喫茶店でアルバイトしていたが、そこに現れた古賀文月とは、その後恋人通しになり、そして正一から別れを告げた事を悔恨していた、その人が、当時そのままの姿でベットの足元にいたりした。
それにしてもまったく動けないし何の苦痛もない状態で、相手の認識も声も聞こえている正一は、担当してくれているベテラン看護師の児島直子を、何故かどこかで見た事があると感じ、やっと思い出した、荻窪駅から地下鉄に乗り合わせた美女である。
毎日ではないにしろ、二十年以上も一緒に通勤していたのだ。
児島直子の方は正一が病院に搬送された時から、はっきりと気付いていた。
その児島直子が、正一がちゃんと聞こえている事に気付くのだった…。
「泣かせの次郎」の真骨頂、快心の作品、是非とも一読してみて下さい!!
これだけの作品を、13日の金曜日に投稿しては、後生が悪いので、大安吉日の14日に変更しました。