歌舞伎学会事務局

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事務局インタビュー「この人、どんな人?(2)今岡謙太郎」

2014-12-03 21:17:31 | 人物紹介
前回に引き続き、歌舞伎学会の運営に携わられている方々への突撃インタビュー企画をお送りします。
第2回のゲストは、前期(2012-2013)まで学会誌の編集委員長を担当されていた今岡謙太郎先生。
余談ですが先生は噺家の声色がとってもお上手で、事務局Sが大好きな彦六師匠のモノマネは絶品です
(笑)。それでは本題へ…。


今岡謙太郎(いまおかけんたろう)
昭和39(1964)年、神奈川県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業、同大学院修士課程修了、博士課程満期退学。主な研究テーマは江戸時代末期から明治にかけての歌舞伎、舌耕芸など。歌舞伎学会には平成元(1988)年入会。著書に『天衣紛上野初花』(古井戸秀夫氏と共編著。白水社『歌舞伎オン・ステージ』11)、『日本古典芸能史』(武蔵野美術大学出版局)がある。

―まずは現職とご専門を教えてください。
武蔵野美術大学 造形学部教授です。専門は、近世から近代にかけての諸芸能…と、歌舞伎。かな?(笑)

―「諸芸能」というところが先生のご研究の特徴ですよね。
僕は「落語の研究をしよう」という気持ちから始まったので、そこから入って、落語、講談というように…寄席芸ですよね。それからその周辺の、諸芸能(笑)。

―歌舞伎を観ていくなかで関連のある落語…たとえば『真景累ヶ淵』のようなものを寄席に聴きに行くというパターンもあると思いますが、ご研究が話芸から入って舞台芸術に及ぶようになったのは?
えーとねえ、一つは、どう考えても歌舞伎っていうのが当時一番メジャーな芸能なわけなので、落語を中心とした寄席の研究をしようとすると、それとの影響関係も考えなければいけないというのがあります。
もちろん落語でも芝居噺はありますし、演目ということで言えば講談と歌舞伎はかなりかぶるものがあります。
ですから、落語のことをわかるためには歌舞伎のことをわからなきゃいけないだろうし、義太夫節だってそうだろうし…というような感じから入りました。もちろん、お芝居を観に行くこと自体は好きでしたけどね。


―最初に観た歌舞伎のことって、覚えてらっしゃいますか?
それまでも観てたはずなんだけど、印象に残っていたのは、今の仁左衛門さんがまだ孝夫だった頃の歌舞伎鑑賞教室ですね。(※1)
その頃の鑑賞教室は地方にも回ってくれたんですよ。僕、横浜市の出身なんですけども…。

―横浜は地方じゃないですよ!(笑) (事務局Sは東北出身です)
それで、「出開帳」じゃないけども(笑)、横浜の青少年ホールみたいなところで『女殺油地獄』を観ました。

―相手役はどなただったんですか?
それが覚えてないんだよね~。いま「あ~」と思って…(笑)。
その舞台は印象が強かったですね。


―身近に歌舞伎をご覧になる方はいらっしゃいましたか?
もともと家族が普通に芝居が好きで、たまに観に行ってました。
下の妹と弟がちっちゃかったから、全員で行くというわけにはいかなかったけど。横浜在住だったので、遠いんですよ、東京は。子供にとってみればね(笑)。


―舞台はおいくつぐらいから観られてたんですか?
小学校高学年か、中学校くらいでしょうね。
むしろ僕は高校生ぐらいまでの頃は、新劇系のほうが馴染みがありました。
というのは、地方都市にはよく「演劇鑑賞協会」みたいなのがあって、ふた月か三月に二遍くらいは定期的に公演に来てくれるので、そういう団体に入って観に行くという…。
そこはわりと新劇系の舞台が多かったんです。いまでもそうでしょうけど、新劇系はそうやってずーっと回りますよね。


―文学座や俳優座なんかもわりと地方の劇場を回ってくれますね。ところで、これまでの『歌舞伎 研究と批評』のなかで印象に残っているものは?
ずいぶん僕は書かせていただいているので、いろいろあるんですけど…やっぱり最初に書いたものでしょうね。
黙阿弥の特集(第10号)のとき、『鼠小僧』で論文を書きました。少なくとも、歌舞伎に関する僕の文章で、最初に活字になったものが、歌舞伎学会で書かせていただいたものだったと思います。


―もう研究者にはなられてましたか?
修士課程は出てましたね。
読者としては、むかし「歌舞伎フォーラム」というのがあって、それを特集の一つに組み込んだのが第30号の「歌舞伎と諸芸」なんですけど、これはすごく印象深いですね。
『切られ与三郎』の一部で、芝居では普段出ないところを演ってもらったり、いわば講談の『勧進帳』のような『安宅の関』を演ってもらったりして、その後にシンポジウムというものでしたが、僕自身が前から観てみたかったものを実現してもらえた企画だったので…。


―最後に、会員の方や「歌舞伎学会に入会してみようかな?」と思ってらっしゃる方へひと言お願いします。
歌舞伎はとても広がりのある芸術で、僕の専門の落語や講談などはもちろん、新派や新劇などの近代劇、近代美術など、さまざまなジャンルと密接に関わってきました。なので、名前は「歌舞伎」学会ですが、歌舞伎にとどまらず関連する他のものも扱っています。
そうしたことに少しでもご興味があれば、ぜひご参加いただきたいと思っています。
また運営する側としては、会員の方がとっつきにくくしてはいけないので、間口をちゃんと広げつつ、レベルを落とさないことがやっぱり大事だと思っています。「歌舞伎学会ならでは」というのを考えていかなければならないけど、それと同時に、近接した文学系の研究だとか、同じ舞台芸術でも他のジャンルのものに関しても、ちゃんと高いレベルを保つことが大事なんだろうと。
仮に全部は理解できないとしても、レベルが高いものが出ていれば「わからないけど、すごく面白い」みたいなことってあるんですよ。僕も実際そうでしたからね。たとえば僕が大学院生の頃、指導教授は内山美樹子先生でしたが、非常にレベルの高いことを授業でなさってたと思います、今になってみると。
だから僕は大学院に入ってもサッパリ授業がわからなかった(笑)。「えぇ~大変なところに来ちゃった!」と思って、でも「すごいものなんだな」ということはわかりました。
一生懸命やっている人が、自分の研究に対する思いなり姿勢なりをバンと目の前に出して、ぶつけてきてくれている。それが当時は面白かったですね。内容がわからなくても興味をそそられたし、鼓舞されました。


―たしかに、会員の方でも「自分には難しすぎて…」というご意見は多いです。
もしわからないとしても、わからないなりに、何か「とっかかり」を見つけていただけたらと思いますね。
レベルが高いものを出し続けていれば、興味のない方にもいつか通用するはずだと思いながら、運営していますので…。
歌舞伎の舞台を観たって、僕だってせりふが全部わかるわけじゃない(笑)。でも「面白い!」ってはなるじゃないですか。難しい問題ではありますが、我々も一生懸命考えていかなければいけないし、そういうところを目指していかなければいけないんじゃないかと思います。
一回だめであっても、心の隅にちょっと留めておいてくだされば、ピタッと波長が合う日が来るかもしれないので(笑)、よろしくお願いいたします。


<取材・文=事務局>


【MEMO】
※1 昭和55年7月。『女殺油地獄』与兵衛(片岡孝夫=十五代目片岡仁左衛門)お吉(六代目澤村田之助)徳兵衛(七代目坂東簔助=九代目坂東三津五郎)おさわ(五代目上村吉弥)父太兵衛(初代市川銀之助=九代目市川團蔵)妹おかち(初代中村亀鶴)ほか。

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