投錨備忘録 - 暇つぶしに借りた本のメモを残すブログ

トトロの住む家 (朝日新聞社)

宮崎 駿 「トトロの住む家」 朝日新聞社

1991年12月25日 第1刷
1992年 2月25日 第2刷

初出は月刊Asahiの1991年2月~8月。

トトロの住む家

朝日新聞社

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東京近郊にある映画「トトロ」に出てきた様な家を集めている。メイとサツキが引っ越してきたあの家だ。建てられた時代は昭和初期(戦前)あたりから昭和の中期(30年代)までだろうか。東京近郊にはあんな家がいっぱいあったんだと思う。

しかしこの本の内容は私が期待したものとは違っていた。

あの家の生い立ちや間取りの解説を期待していたのだがそのような記述はなかった。

映画「トトロ」を観てからずっとあの家の生い立ちのことを考えていて、今では私の頭の中ではすっかりストーリーが出来上がってしまっているのだ。それを確かめたくてしかたがないのだが、確かめようがない。

ここに「メイとサツキが引っ越してきたあの家」の生い立ちについて私が考えたストーリーを書いておくことにする。



◆建築年代 昭和19年~20年

 この時代は民家を建てるにも制限があり、そこに居住する人の人数で間取りがきまった。

◆施工主  家を建てるだけの資産があり都会暮らしを経験

 ポイントはあの家は農家じゃないということ。間取りはあの頃流行の都会的なもの。

◆家が建つまでの状況1   

 あの敷地を思い出してほしい。300~400坪は充分ある広さだ。それ以上の可能性も考えられる。荒れた庭があったこともポイント。池があり石灯籠もあった。

 元は大きな屋敷があったのだがその持ち主はかつて選挙に出て落選したか事業に失敗して家屋を売り払ってしまった。

 主屋、蔵、塀、門、長屋などは全て解体され近郷近在に売り払われたに違いない。これは昔はよくあったことなのだ。

 家屋が取り払われ一旦は更地になった屋敷は草が生い茂る。

 持ち主はこの土地を離れ都会(ここでは東京)で事業を始めるか会社員生活を始める。

◆家が建つまでの状況2

 戦争(大東亜戦争)も末になると東京暮らしも不自由になりはじめる。東京の空襲が始まるのは昭和20年初頭であるから住む家には困っていないが、物資の欠乏が始まる。そろそろかな?と故郷の屋敷に家を建てることを検討する。

 しかし既に物資の統制が始まり思うような家を建てることは出来なかった。

 昭和20年の始め頃に建物が出来上がる。しかしこの時点ではあの父親が仕事部屋に使っていた後付の2階建て部分は無い。

◆家が建つまでの状況3

 終戦。

 しばらくは我慢して住んでいたが制約なくなったのだからと建て増しを検討。制限されて出来なかった洋風の間取りを取り入れ建て増しを行う。これが後付の洋風部分になる。

 
◆空き家に

 持ち主は再度東京暮らしを始めるため家は空き家になる。

 近所の遠い親戚に管理を依頼する。


◆サツキとメイが引っ越してくる・・・・・。




こんな感じかな。





最近「あの家」の風呂の焚き口がどこにあったかということが我が家で話題になった。

五右衛門風呂、それも上がり湯用の小さな湯船までついた豪華版のあの風呂だ。この風呂の構造ひとつとってもあの家を建てた人物の資金力と家に対しての凝りようが分かるというもの(笑)。

私は家の外にあったように記憶していたのだが、子供たちは家の中にあったと言う。何度も観たから私の記憶には間違いないと自信をもって主張したのだが、この正月に見直してみるときっちり台所の隅に、つまり家の中にありました。

大人の記憶力なんてこんなものか・・・とあらためて反省。というか見ているようで見えていないんですね。

コメント一覧

通りすがり
既にご存知かもしれないのですが・・・。
ぴあから出版されている、「サツキとメイの家の作り方」という本に、設計図などを含めて色々書いてありますよ。
ご参考まで・・・。
k-74(投錨備忘録)
するが三太郎様

いらっしゃいませm(__)m

実際どうなんでしょうね。
宮崎さんに聞いてみたいですよね。
するが三太郎
鋭い分析
なかなか鋭い分析です…。

ボクもあの家はずっと気になっていました。

そういう見方もあるかな~って感心しました。。
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