□ シテイ オブ セールズ
1997年11月15日19時
NZオークランド、クイーンズ通り174
日本料理、写楽
海に向かって降りていくと左側に日本料理「写楽」がある。
店内は右側にカウンター席、左にいす席が展開している。
日本人の若い娘たちが着物を着て小気味よい動きをしている。ウイットネスAは友人ランと日本料理を食べに来ていた。マグロの煮つけを頼んだ。ビールは勿論、NZ特産の黒だ。
「話がある。」とAが切り出した。「俺はEPグループを首になる。あまりにクックのことを知りすぎたからだ。」
「そこで俺を誘ったのもワケがあるって云うことだな。」
Aは脇にオレンジ色のシャンペンボトルを持ってきていた。「銘柄はVeuve Clicquol Ponsardin[1]だ。」コレは高いぞ!
「頼む俺の書類を預かってくれ。」
「いいさ、お前の頼みだ。守ってやるよ。」「そのかわり条件がある。君と一緒に事務所を持ちたいんだ。君も知ってるとおりFP[2]の仕事も楽じゃない。弁護士と共同で運営すれば、ネームバリューや信頼性があがるんだ。」
「OKだとも」
実際、オークランドは思ったよりこじんまりしている。おもったより小さい。街は整備されており、シテイの中心に聳えるタワーを中心として5K圏に全ての中枢機関がある。
NZ銀行、市庁舎、ハイコート、銀行、証券取引所、海洋博物館もだ。
Rファイは市の北西部、高級住宅街ポンソンビー[3]に住んでいる。ダウンタウンを挟んで南東部に小高い丘がある。オークランド一の博物館公園でウインターガーデンという。Rファイの自宅から公演までは約2Kある。往復4Kのジョッキングには丁度いい距離だ。
ウイットネスAの自宅にロバート・ファイから電話があった。
「これからワンツリーパーク[4]に出てこないかね」
「何の用事ですか。」
「くればわかる。君の昇進の話だとでも思っているのか。」
「今日はヨットの練習があることはよくご存知じゃないですか。」
「ま、いいから、父にも言っておく。」
ウインターガーデンよりもずっと郊外であるが市の南西に小高い丘がある。ワントリートップ公園だ。そこまではAもファイもそれほど遠くはない。
ウイットネスAはテレコム本社の角を右折すると車で20分くらいでいける。
うす暗い雲行きであるが、湾は見渡すことができる。アジアからの観光客はまばらだ。
Rファイはオーストラリア産のジャガーでポンソンビー通り、テレコム本社前を右折、ウイリアムソンアベニューを南下、先に到着していた。彼は一人だ。
Rファイはドスの聞いた低い声で切り出した。
「君がクックの書類を隠し持っていることは既に知られている。」
「あの書類はEPグループの所有物だぞ。君はNZ刑法奪取罪に該当するのだぞ」とファイはすごんだ。若干28歳で取締役をしているのは父マイケルのせいなのだが、190センチを超える親譲りの体躯をしており、眼鏡越しにAをにらみつけた。
ウイットネスAは「私が書類を持っているというのは皆の誤解です。」「メモや私信はボク自身の訴訟行為のために必要のもので、EPのオリジナルを持っているわけないじゃないですか。」
「君がクックから帰りたいというからその人事をしたのに俺を裏切るのか。」
「君にはクックから1年も前に舞い戻ったかわいい奥さんや子供がいるだろう。」
「君は21世紀の黎明をイースト岬で見たくないないのか、ギズボーン[5]の別荘でだ。」
追いかけてファイはいう。「EPグループを追い出されて、この国で商売するのはできないのだぞ。」
「この国で、やっていくためには俺の紹介なしにできっこない。父は怒っているんだ。」
ウイットネスAはつぶやいた。「部長、私は英国教会のクリスチャンです。商売が悪であれば神に誓って不正はできないのです。」
「それは甘い。君の家族を路頭にさまよわせることになる。」
「どうだ。君を企画部長に取り立てようじゃないか。あいつはもう用無しだ。」
「そんな話にはのりたくありません。」
「ボートはほしくないか。俺の中古でも200万ドルはする。どうだ?」
「いりません。神のみぞ知る。アーメン」
拉致のあかないRファイは“Dumme”と一言いうときびすを返した。赤いベントレーがテールの光をギザギザになびかせて急発進した。細長い山道を恐ろしく早くおりていく。
さっきまでは眼下にワイハネ島の左右対称の山容が見渡せていたが、東風が吹き出し、雷鳴がとどろき急に雹が降ってきた。
翌日、ウイットネスAはF&Rの人事部長に呼び出された。「君は我がEPグループ会社法第40条に違反している。」「君にプライベートなものを持って本日5時までに退去を命ずる。」というもので最後に人事部長は「ただし、会社の財産、特に書類のコピィーは会社のものだから置いていくべきだと思うがね」とニヤリと笑った。
□ 12月20日冬休み
ウイットネスA一家、90マイルビーチ
ウイットネスAはその後もF&Rで働いていた。いや働かされていたといった方がいいだろう。何事も起こらなかった。Rファイからも財務部長からも何のコンタクトもない。
家族と90マイルビーチの踏破に出かける。ピックアップトラックはいすゞだが、NZには国産の車はない。日本から60%は輸入するし、中古でも7年目までのものは人気がある。息子との約束は果たせた。
一日目はテパキストリームからマリア岬、2日目はタポツポツ湾まで、3日目はカポワイルアまで、車は友人ラン[6]が回送してくれる予定だ。
タズマン海を左手にみながら硬くしまった砂浜を歩く。とても順調だ。
11時30分50マイルは来た。スコット岬が眼前だ。向うから水しぶきを上げながらバギーが2台やってくる。
ウイットネスAをめがけて急カーブしてきた。ウイットネスAは跳ね飛ばされた。遠く記憶がかすれていく。妻や子が飛びついてきた。妻がなにかいっている。目の前が暗黒となり波音も静かになった。
「俺は死ぬのか?」
[1] ‘Only one quality in <country-region w:st="on"><place w:st="on"> New Zealand
[2] 保険仲介、金融仲介
[3] Ponsonbee、瀟洒な商店街
[4] One Tree Park:標高183M、市内を一望できる。頂上に「パ」といわれるマオリの要塞がある。初代市長が松の木を植えたものだ。近年マオリとのいさかいがあり、切り倒されている。植樹の計画は進んでいない。名称だけ残りそうである。
[5] Gisborne、北島の東端の中堅都市、南太平洋が一望できる。
[6] Lunn、ファイナンシャル・プランナー