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愛犬と旅とガーデニングの日々

自遊夢食人の日々の生活を気ままに綴っていきます。柴犬あすかも時折り登場します。

コペンハーゲン、北ドイツ、ライン川流域の旅 8,9日目

2014-07-03 08:27:54 | 2014 コペンハーゲン、北ドイツ
いよいよ帰国。タクシーで空港に向かう。






所々渋滞はあったが30分程で空港に着く。チェックインカウンターは、出発2時間前からなので、まだ開いていない。



ようやくチェックインを済ませ、車椅子はカウンターに預け、空港専用の車椅子でセキュリティチェックへと行く。



フランクフルト空港のAY2822ヘルシンキ便はタラップでの搭乗の為、車椅子専用のトラックに乗り込む。





車が徐々に上昇し非常口から搭乗。



フランクフルトからヘルシンキへ。約2時間半のフライト。



ヘルシンキ空港で出国手続きの後、約9時間15分のフライトで関空に到着。

出発真近に骨折という不幸に出くわし、医師の『何処にいても痛いのは痛いから、個人旅行なら自分たちのペースで旅行すればよい。』という言葉に後押しされ車椅子での旅にいたった。
不安があったが、無事帰国できたのは、現地でたくさんの方々に助けていただいたおかげと心から感謝している。
老若男女を問わず、いろいろな場面で、" Can I help you? "と声をかけていただき、困っている時には必ず助けて貰った。
ある時は車椅子を持ち上げて貰ったり、またある時はホテルまで、スーツケースを運んでいただいたこともあった。教会など訪れた際、必ず誰かが駆け寄って来て、扉を持っていてくれた。
どうしてこんなにさりげなく人に親切にできるのだろうと感心するほど、誰もが気軽に援助の手を差し伸べてくれる。この国では弱者に親切にすることが社会のルールや礼儀として広く定着していることを身をもって体験した。
キリスト教の教えが普及しているからなのだろうか?
たくさんの人の親切に触れ、人が本来持つ優しさや他者に対する思いやりを実感した旅でもあった。


ハード面での充実ぶりも目を瞠るものがある。
リューベックやハンブルグ、ブレーメンではバス、地下鉄、トラムなどの公共交通を利用したが、車椅子でも利用出来るよう全てバリアフリー仕様になっていた。
中世からの石畳の道を大切に保存しながら、目立たないようにレンガの凹凸のない道が併設されていたりする。
国をあげて誰もが暮らしやすい街作りに真剣に取り組んでいる姿を垣間見ることができた。福祉インフラが着実に進められノーマライゼーションの理念が具現化されている。




『禍を転じて福と為す』ではないが、通常では出来ない体験を通して、いつもとは違った角度から訪問地の様々な側面に触れることができ、実りある旅となった。

本日の日程表。



本日の移動コース。(動画)

空港へは列車からタクシーに変更。





コペンハーゲン、北ドイツ、ライン川流域の旅 7日目

2014-07-02 10:47:37 | 2014 コペンハーゲン、北ドイツ
朝食はビュッフェ形式。ラインテラスでとる。





11時のチェックアウトまでのんびり過ごす。ホテル内トイレの手洗い場。ライオンの口から水が出るようになっている。



Oberwesel駅。無人駅なので駅員がいない。構内にいた若い男性に乗車時、車椅子の持ち上げを手伝ってもらう。
列車はMainz マインツが終点なので、乗り合わせた大学生の女性に下車時、駅員に連絡をしてもらうよう依頼する。駅員がなかなか見つからず、最終的に、その女性が車椅子を半分持ち上げて降車を手伝ってくれた。

今回の旅行は、至る所でこのようなたくさんの方々の善意に支えられ、無事帰国までたどりつくことができた。感謝の念でいっぱいである。

マインツはライン川とマイン川の合流点に位置し、古くから交易上重要な場所に位置し、8世紀からはドイツで最も重要な宗教都市として栄えた。グーテンベルクの生地としても有名である。

駅からタクシーでホテルに向かいチェックイン。近くにザンクトシュテファン教会があるが、坂道を登るのでタクシーで行くことにする。この教会を有名にしているのはシャガールが手がけたステンドグラス。1978年から1985年にかけて製作、設置された。新約、旧約聖書を題材に、美しいブルーを基調としたステンドグラスが特徴である。



シャガールのステンドグラス。







教会入口の魚のドアノブ。



坂道を下り、徒歩でマインツ大聖堂へ。マインツの大司教は、ドイツ皇帝の選挙権を持つ7人の選帝侯の首席の座につくほど、莫大な権力を持っていた。大聖堂は975年に起工された。ケルン、トリアーと並びドイツで3本の指に入る大聖堂である。





グーテンベルクの像。(グーテンベルク広場)





ご同輩⁈が…



大聖堂内部。





マルクト広場




グーテンベルク広場前の劇場。



キルシュガルテン。
第二次世界大戦で、町の半分以上が破壊されたマインツだが、旧市街の一画だけは、ほぼ無傷で残った。古くは1450年頃に建築された木組みの家々が並び、中世の雰囲気を感じることができる場所になっている。









アウグスティナー教会。







屋台や古本市があったので何か祭りをしているのかなと思い、ドイツ観光局のHPを見ると、ヨハニスナハトというお祭りの最終日だったようだ。全くの偶然。

毎年6月下旬に4日間開催されるヨハニスナハトです。大規模文化フェスティバルのヨハニスナハトは、元々はヨハネス・グーテンベルクを偲ぶためのものでしたが、今日では音楽や演芸、古い風習などが紹介され、軽食やワイン (もちろん!) の屋台も出る、彩り鮮やかなイベントになっています。
ドイツ観光局HPより

夜にはライン川で花火があった。後で知ったので見ていないが。

屋台で昼食。ビール、パン、カレーソーセージを購入。ソーセージはドイツ語ではwurst ヴルストと言うが、炭火で焼いたwurstはビールによく合う。



ドイツ名物のホワイトアスパラガス Spargelが右端に。



シラー広場、白いテントは古本市。



宿泊したHilton Mainz City。



静かな広場に面している。



シャガールの絵が廊下の所々にかけられている。





部屋の窓から見たロマーノ=グアルディニ=プラッツ。





広場にあるかつてのドイツ連邦の軍事施設。駐留兵士の食糧貯蔵施設として利用されていた。今はレストランになっている。



黄色のパラソルの下で夕食。



ホテル前の広場、地下駐車場につながる階段の屋根に世界各国のことばで公共の場所を大切にする標語が書かれている。



全くの偶然でカーニバルの最終日にマインツを訪れることになった。祭りで賑わっているにも拘らず、何処を歩いても、清潔で落ち着いた街並みで居心地がよかった。ボンの印象が酷かっただけに、マインツの良さがより際立った。

明日はいよいよ帰国。大事をとり、フランクフルト空港までの鉄道切符はオンラインでキャンセルし、フロントにタクシーの手配を頼む。朝8時頃の手配を頼むと、渋滞が予想されるのでもう少し早目がよいとアドバイスを受ける。7時過ぎ位に手配してもらう。

本日の日程表



























コペンハーゲン、北ドイツ、ライン川流域の旅 6日目

2014-07-02 09:51:40 | 2014 コペンハーゲン、北ドイツ

朝からケルン大聖堂を訪れる。日曜日なのでミサが開かれていた。



青い空をバックに大聖堂の写真を撮る。







ケルンに別れを告げ、かつての西ドイツの首都ボンへ。
駅のインフォメーションで車椅子の介助を依頼。赤帽がリフトで車椅子を車内に運んでくれる。デユッセルドルフの駅で降車時、駅員が誰も来ず苦労した経験があったので、降車時に間違いなく待機してもらうようボン駅に電話連絡するよう依頼する。





列車の遅延が30分ほどあり、ボン到着が遅れる。ボン駅の停車時間は2分。扉が空くと、電話連絡をしている筈なのに駅員は誰もおらず。降車するには狭い急な階段を降りなければならない。駅員の介助なしでは到底降車出来ない。慌てて、先に降り車掌に連絡。車椅子を半分かついでもらいやっとのことで降りる。

ホームから駅に出るにはエレベーターに乗らなければならないが、故障で動かず。
地下道のような所を歩きスロープを登るが、なかなか駅の出口が見当たらない。あやしげな連中がたむろしており、要注意。何とか出口を見つけ、コインロッカーに荷物を預ける。

前日にドイツ鉄道にメールで次の列車の車椅子の介助を予約し、20分前に駅のインフォメーションで待合せとなっている。



降車時の駅員の不手際、エレベーターの故障もあったので、街歩きの前に再度インフォメーションに手配がちゃんと整っているか確認する。
今まで、何回も降車駅で、駅員がおらず、降り損ねそうになりかけたことがあったので、ドイツ鉄道に不信感を持っていることを告げる。
メールの文書を見せ『20分前にこの場所で本当に大丈夫なのか?』受付の若い女性に再確認。ガムを噛みながら "All right, all right! " 同じ書類がコッチにも回って来ているので心配ないとの回答。

不安は残るものの気をとり直して街歩きへ。列車遅延の為、駅から近い所だけをまわる。

ミュンスター広場にあるベートーベンの像。



ミュンスター寺院。





マルクト広場。



市庁舎。



ボン大学。






ミュンスター寺院。



駆け足で主要部分だけ見学。時間がない為、当初の計画を大幅に変更する。次の目的地への発車1時間前に駅に到着。
インフォメーション近くの売店でパンを買い、赤帽が来るのを待つ。
ドイツ鉄道のマークがついた婦人警官が腰にピストル、防弾チョッキ姿で、インフォメーションの女性とおしゃべりをしている。そこに浮浪者らしき男が通り過ぎ、駅正面のドアを開け、やおらズボンを下ろし立ったままで、ウ◯チを始め、そのままズボンを元にもどす。5秒くらいの出来事。
それに気づいた婦人警官、男の肩を軽く叩いて、駅から追いやるが、後はインフォメーションの女性と苦笑いをしながらおしゃべり。ウ◯チはそのまま正面玄関に放置されたまま。

メールで約束していた出発20分前になるが、誰も現れる気配が無い。インフォメーションの方は例のガムの女性は昼休みに入って、いない。交代した男性に聞くと、もうすぐ来るから大丈夫と言う。
15分前、来そうな気配がない。
インフォメーションに行き、今すぐ電話連絡するよう依頼する。

街で出会う人たちは、困っている時はすかさず、"Can I help you ?"と声をかけてくれ親切な人が多いと実感していたのだが、組織となると何故こんなにバラバラで連携がとれないのか不思議でならない。

個人主義が浸透し、組織に対する帰属意識が希薄過ぎるせいなのだろうか?

かつての西ドイツの首都でベートーベンが生まれた町、ニーチェ、ハイネ、マルクス、ベートーベンなどドイツを代表する著名人が学んだボン大学を中心とした静かでアカデミックな街をイメージしていただけに見事に期待を裏切られる。


なんとか発車時間に間に合って、Oberweselへと向かう。

途中からライン川に沿って走る。車窓より撮影。














ローレライ

この岩山は、ライン川の中で、一番狭いところにあるため、流れが速く、また、水面下に多くの岩が潜んでいることもあって、かつては航行中の多くの舟が事故を起こした。 この「ローレライ付近は航行の難所である」ことが、「岩山にたたずむ美しい少女が船頭を魅惑し、舟が川の渦の中に飲み込まれてしまう」という伝説に転じ、ローレライ伝説が生まれた。 -wikipediaより-



ライン川を仲よくサイクリングする熟年カップルをよく見かける。写真奥の丘の上にそびえる城が今宵の宿。




Oberwesel駅着。



駅から見上げたシェーンブルク城。




ライン川の古城ホテル、「シェーンブルク城」 Burghotel Auf Schönburg



部屋の中。





ライン川が臨める窓側のテーブルにはシェリー酒。



部屋の窓から見るライン川。右側遠くにライン川の通行税を取り立てるための税関所として、1326年にルートヴィヒ4世によって作られたプファルツ城 Burg Pfalzgrafenstein が小さく見える。




Google mapで見ると、



チェックインの時貰った巻き物。



ひろげると、宿泊日、名前、食事時間、フロントの電話などの案内。



裏にはホテルの地図。



廊下。





図書室。





中庭。



ラインテラス。





プファルツ城が見渡せるテラス。



城内を散策。











Half board(一泊二食)なのではホテル内のレストランで夕食をとる。
テーブルにはゲストの名前がおいてある。



本日のメニュー。



先ずは、バイツェンビール、後でライン川の名産白ワインを追加。















夕食後、ラインテラスに移り、コーヒーと紅茶をいただく。





ティーポットは横に寝かせて蒸らすようになっている。中の仕組み。



ポットを立てると、蓋が横向きになる。


21時30分、やっと日没。



本日の日程表。
























コペンハーゲン、北ドイツ、ライン川流域の旅 5日目

2014-07-01 11:31:23 | 2014 コペンハーゲン、北ドイツ

ブレーメンに別れを告げ、デユッセルドルフへ。

ブレーメン駅構内。



列車は1時間ほどの遅れ。車内。



Dortmundで乗り換え、予約していた1等の座席は到着が遅れた為、他の列車になり無効。車椅子専用車両となる。





列車遅延の為、デユッセルドルフ市内見学を断念。駅前の写真のみ。





構内のアルトビール醸造所直営店でデユッセルドルフ名物のアルトビールを飲む。





駅でトイレ休憩。トイレは1ユーロ入れないとドアが開かなくなっている。ちなみに、KASSEというのはキャッシュのことで、現金を入れるという意味なのだろう。1ユーロは、トイレがちかい人間には痛い!特に利尿効果のあるビールを飲んだ後はこたえる。



またもや、車椅子専用車両に乗り、
ケルンを目指す。



駅前が世界遺産のケルン大聖堂。階段は土曜日ということもあり人でごった返している。



駅近くのヒルトンホテルにチェックインした後、大聖堂の見学に向かう。部屋は車椅子用の部屋でトイレ、風呂共に手摺り付きのバリアフリー仕様となっている。



大聖堂入口へは、階段もしくはエレベーターでいけるはずなのだが、エレベーターが故障していて右往左往しながら、まわり道を通ってスロープから入口のある広場にたどり着けた。今回、ドイツ国内で、エレベーターの故障に出くわすことが再三あったので、単なる偶然ではなく日常茶飯的にあちこちで故障があるようだ。ケルン滞在2日間、土日のせいもあるが、修理されることもなく、故障の表示がエレベーター周辺に貼られることもなかった。日本では、考えられないことだ。この先、色々な場面でドイツのルーズな一面に直面することになる。ヨーロッパの他の国に比べて、几帳面なイメージを持っていたが見事に裏切られることになる。

大聖堂内部の見学。











バイエルン王ルードウィヒ1世が奉納した「バイエルンの窓」。












大聖堂裏にあるビアレストランFrüh am Domに席を確保し、Kölsch ケルシュと呼ばれるビールで食事をする。



写真に写っている盆にビールを入れ運ぶ。

食後、ライン川に架かるホーエンツォレルン橋まで足を運ぶ。





線路沿いのフェンスにはカップルによって「愛の南京錠」がびっしりとかけられている。






本日の日程




デユッセルドルフ観光は列車遅延の為、出来なかった。










コペンハーゲン、北ドイツ、ライン川流域の旅 4日目

2014-06-30 14:58:48 | 2014 コペンハーゲン、北ドイツ

朝、ホテルに荷物を置きHauptbahnhof Süd駅から3駅目のRödingsmarkt駅までU-bahn(地下鉄)に乗車。

ハンブルグ中央駅、南側がSüd駅になる。



例の階段に沿って45度で下るエレベーターに乗る。



Rödingsmarkt駅、地下鉄だが高架になっている。



ダイヒ通りとニコライ運河。





ヨーロッパ最大の倉庫街。





ヨーロッパでは、恋人たちが永遠の愛の象徴として南京錠を橋などにかける儀式が流行していて愛の南京錠(Love padlocks)と呼ばれている。パリのセーヌ川にかかるやポンデザールや後で紹介するケルンのホーエンツォレルン橋には大量の愛の南京錠がかけられており重さが50トンを超えるとの試算もある。重さで欄干の金網が壊れる事故があり、日本のニュースでもとりあげられた。

ここにもチラホラ。





ブロータス橋、奥に見えるのがニコライ教会。



U-bahnでホテルへ戻り、チェックアウト。車内、空いていてガラガラ。



ハンブルグ駅構内にある1等席専用ラウンジ。



ラウンジ内では、飲み物、軽食の無料サービスがある。



階段になっているのでリフトで車椅子ごと乗車。



列車内で昼食。



ブレーメン駅到着。



駅前にあるÜberseemuseum(海外博物館)。日本の赤い鳥居がある。



バリアフリーになっているので、トラムで市庁舎周辺へ行くことに。

市庁舎とローラント像

ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像は2004年に世界遺産に登録された。ブレーメン市民が誇る,自由ハンザ都市ブレーメンの象徴である。第二次世界大戦中,市民たちは市庁舎とローラント像に囲いを作り戦火から守り抜いた。

ブレーメンの市庁舎はレンガと壮麗な装飾が特徴的である。その歴史は古く,もっとも古い部分は1405年から1409年に建設されており,北ドイツによく見られるレンガ造りゴシック様式の代表的な建築物とされている。マルクト広場側から見えるファザード部分は16世紀末から17世紀初頭にかけてヴェーザー・ルネッサンス様式で作り上げられた。

ローラント像は,『ローランの歌』で知られる中世叙事詩に登場する伝説の騎士ローラン(ドイツ語でローラント)を象った石像である。ドイツではローラントは都市の自治・独立の象徴とされ,とくに北ドイツで人気があり,中世には多くの都市の広場にローラント像が建てられた。


Moin! Hamburg ~ハンブルグと北ドイツの旅~







市庁舎横のブレーメンの音楽隊。



聖ペトリ大聖堂。




マルクト広場。



図書館前のブレーメンの音楽隊。



ベトヒャー通り

ベトヒャー通り Bettcher Str. はマルクト広場から伸びるわずか100mの短い通りである。知らないと通り過ぎてしまいそうな場所にあるが,一歩足を踏み入れれば,そこには美術館,映画館,カジノ,ギャラリー,土産物屋などがひしめき合うように並ぶ賑やかな一画である。

ベトヒャー Bettcher とは樽屋という意味である。かつてここは港とマルクト広場を結ぶ通りだった。そのためニシンやビールなどの商品の運搬・保存に必要な樽屋が集まっていたのだろう。


現在のように観光客が集まる通りとなったのは,1920年代になってからである。ロゼリウスという名のコーヒー商人がこの通りの建物を次々と買い取り,自身が理想とする家並みを描こうと建て直し続けた。彼の投資により,ここはレンガ造りの中世風の建物に個性的なドイツ表現主義の装飾が施された,独特な雰囲気の通りに生まれ変わった。


Moin! Hamburg ~ハンブルグと北ドイツの旅~より引用








マイセン製の磁器でできた鐘と仕掛け時計。
時間ごとに鐘が音楽を奏で,その下では歴史上の有名な航海者たちを描いたパネルが回転する仕掛けになっている。





シュノア地区

迷路のように入り組んだ細い路地に,木組みの小さな家々が並ぶ。これがシュノア地区 Schnoor の最大の魅力である。
ここではブレーメンで最も古い街並みが見られる。古いものは15世紀に遡れるという家並みは,戦火を免れよく保存されている。

Moin! Hamburg ~ハンブルグと北ドイツの旅~

シュノア地区にあるBeck'sビールの直営店でドイツでは『野菜の王様』と呼ばれるホワイトアスパラガスspargelを頂く。4月から6月にドイツのレストランでは季節料理としてメニューに登場する。











夕食後、ベトヒャ通りで人気の珈琲店でコーヒーを飲む。



本日の日程。