*** june typhoon tokyo ***

Especia@渋谷CHELSEA HOTEL


 ヴォーカル・グループとしての萌芽と悲しきタイムリミット。

 まだ目覚めずにいた休日の朝のセンター街を見遣ることもなく駆け抜けた午前9時半近く。急いで足を向けた渋谷・CHELSEA HOTELの前にはもう既に人影が見当たらず、朝早くから列をなしていたであろう人たちを呑み込んだ後だった。逸る気持ちを抑えて扉を開けると、聴こえてくるのは「JOY」などのSMAPの楽曲たち。しばらくして“「さよなら。」と言えば君の傷も少しは癒えるだろう?~”のフレーズが印象的な、非シングル(「らいおんハート」のカップリング)ながらもSMAP自身やファンにとって大切な楽曲とされる「オレンジ」へ。SMAPの解散とEspeciaのそれを恣意的に重ねたであろう選曲に周囲はどう感じるのだろうと思うや否や、BGMのヴォリュームが大きくなり暗転。3月末に解散するEspeciaにとってモーニング・ライヴ〈Hotel Estrella〉シリーズの最後の公演“Final”は、新体制としては初めて〈Hotel Estrella〉が行なわれた舞台、渋谷・CHELSEA HOTELにてその幕が上がった。



 この日感じたのは、とにもかくにもEspeciaはヴォーカル・グループとしての矜持を明確に抱き始めたということ。冒頭のイントロダクションに続き、この〈Hotel Estrella〉シリーズ初期のナチュラルで清廉も備えた白のブラウスを基調とした衣装に身を包みながら、ミア・ナシメント、冨永悠香、森絵莉加の順でそれぞれ一人ずつ時間差でステージに登場して歌う「X・O」はその意志の表われだろう。当初はメインを冨永が張り、森とミアがコーラスに回る頻度が高かったが、それぞれが一人ずつスポットライトを浴びて登場する演出も含め、3人が“歌い手”としての自我を発露し、ぺシスト&ペシスタ(Especiaのファン)に訴えかけた最たるものと思えたからだ。これまで“ガールズ・グループ”と自称していた彼女たちだったが、当初はアイドル・グループの域を完全脱することはなく、いわゆるアイドルの位置付けのなかでの“楽曲派”グループとして見られることも少なくはなかった。だが、メンバーチェンジなどの変遷を経て大きくそのスタイルを変貌させた第2章において、さまざまな葛藤の中で芽生えたのは、ヴォーカル・グループとしての意識だったのではないか。その成長がこれまで以上になく表現・凝縮されたのが、今回のステージだったといえる。

 「X・O」「Helix」とノスタルジーと感傷が絡み合う雰囲気に包まれるなかで披露した「センシュアルゲーム」では、ミア・ナシメントがリード・ヴォーカルを担当。仄かな甘さとほろ苦さの両質を持ち合わせた耽美性も垣間見せるビター&スウィートな歌唱は、圧倒的な声圧はないものの、これまでのEspeciaにはなかった新鮮なアクセントだ。続く「雨のパーラー」では、冨永悠香がどちらかといえばセピアを感じさせるモノトーンな曲調に感情という声色を付け足していく。表情の抑揚に富む歌い口は、水彩画を描くパレットのように多彩で華やか。以前は心情によってピッチの不安定さが頻繁に顔を覗かせたりもしたが、今は自身のパレット上で生み出す色にも“滲み”がなくなってきているように思う。
 さらに、ミアがリードを執った「Savior」、再び冨永のリードに戻って「Saga」と前半はセンチメンタルなムードで展開。特に「Saga」では“It's hard to say〈Good-bye〉”のフックと“暗闇が全て隠してくれるわ / さよならなんて言えない…”のブリッジを感情を昂らせながら歌った後、ステージ背後から強烈に射すライトが映し出すスモークの向こうへ一人ずつ背を向けて歩き出していく姿が、この〈Hotel Estrella〉のラストとファンへの別れの言葉のように思えたのは考え過ぎだろうか。

 その「Saga」で感傷の淵へと陥りそうなところに光を射したのが、森絵莉加のリードによる「Sunshower」だ。森は裏表のない性格から来るのか、明るく真っすぐな歌唱が特色だったが、それゆえ一本調子なところもあった。第2章スタート当初はコーラスに回り、第1章での成長ぶりから大いなる期待を寄せたファンたちは躍起になったはずだ。ただ、その抑制にも負けずに表現力に磨きをかけたのか、しなやかなラインを描くダンスは見る者を強く惹きつけるに足るもので、Especiaのフォトジェニックは間違いなく彼女だといえる。加えて、以前の単なる明るさだけでなく、経験を重ねるに連れて、彩度を高めたヴォーカルを見せ始めていた。喩えるなら、以前を燦燦とした太陽の光が降り注ぐ真っ青な青空とすれば、今は雲のない淡く澄んだ青空も映し出せる、とでも言おうか。明澄と清爽のバランスに長けたという意味でも、彼女を表わすという曲名という意味でも、「Sunshower」は森のアイデンティティを示した曲なのだと思う。
 ダンスだけでなくヴォーカリストとしての決意を感じたのは終盤にリードを執った「FOOLISH」でも。一度曲中で歌い出しを間違えて観客から歓声を浴びせられながらも持ち直し、一呼吸入れてからヴォーカルアレンジを変えて見せ場を作った一刻は、まさにガールズ・グループからヴォーカル・グループへと進化した瞬間に違いない。



 ライヴは“生もの”ゆえミスやハプニングは付き物。後半、ミアが歌えなくなるところもあったが、そこは観客もサポート。そして、冨永がミアをトントンと軽く叩いて気遣う場面に、冨永のリーダーとしての心の余裕も窺えた。以前なら悲壮感漂うように凝り固まり、責任感の重さに耐えきれず悩み続けて終わったように見えたステージも、今は歌う楽しさを念頭に置いたポジティヴな心持ちで演じられているのだろう。残念なのは、そのいい意味での開き直りや度胸が“解散”という時限的な要素によって得られた可能性が少なからずあることだ。

 本編ラストの「Boogie Aroma」、アンコールの「No1 Sweeper」、当初は構成になかったと思われる「アバンチュールは銀色に」での笑顔以上に充実感が見て取れるパフォーマンスでは、フロアのオーディエンスとともに第1章で存分に披露したグルーヴの連鎖を形成。その変貌ぶりに訝しく、穿った見方もなされた第2章だが、しっかりと第1章の精神や遺伝子を連綿として継承してEspeciaを創り上げていた。Especiaとぺシスト&ペシスタが沸いたこの時空には、確実にその証左が存在していた。

 悲壮感など全く見せずに舞台を降りたEspeciaとは対照的に、悲喜こもごもが渦巻くフロア。BGMにはEspeciaのラスト・アルバムとなる『Wizard』が流れていた。本音を言えばその余韻に少しでも浸っていたかったところだが、あいにく直ぐに行かねばならない所用があり、後ろ髪を引かれる思いで出口へと急ぐ。横を見遣ると彼女たちが作ったと思しきヴァレンタインチョコならぬチョコスコーンが置かれていた。サッと手に取り口へ運ぶと、いっぱいに広がる甘い香り。食べ終えてしまえばその香りも消えてしまうのか……その思いに抗うように、残りのスコーンを口に頬張ると、扉を開けて階段を駆け上がり、駅へと急ぐ。会場を離れても、出来るだけ長い時間その甘い香りで満たされることを祈って。


◇◇◇

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 X・O
02 Helix
03 センシュアルゲーム
04 雨のパーラー
05 Savior
06 Saga
07 Sunshower
08 Sweet Tactics
09 海辺のサティ 2016
10 Mistake
11 FOOLISH 2016
12 Boogie Aroma(English Ver.)
≪ENCORE≫
13 No1 Sweeper(Extended Ver.)
14 アバンチュールは銀色に

<MEMBER>
Especia are:
Haruka Tominaga(vo)
Erika Mori(vo)
Mia Nascimento(vo)


◇◇◇

【〈Especia the Second〉(新体制)以降の記事】
・2016/06/25 ESPECIA@渋谷Club asia
・2016/08/12 Especia「Mirage」
・2016/08/28 Especia@渋谷CHELSEA HOTEL
・2016/09/11 Especia@O-nest
・2016/10/16 Especia@六本木VARIT
・2016/11/13 Let's Groove@六本木VARIT
・2016/11/27 Especia@六本木VARIT
・2016/12/24 Especia@六本木VARIT
・2016/12/25 Especia@HMV & BOOKS TOKYO
・2017/01/13 談話室 スパイス ~ Flavor of Especia ~
・2017/01/19 談話室 スパイス ~ Mirage ~

◇◇◇


















にほんブログ村 音楽ブログへにほんブログ村 音楽ブログ ライブ・コンサートへブログランキング・にほんブログ村へ

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「ライヴ」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事