*** june typhoon tokyo ***

Especia「Mirage」




 “This is not Especia as usual, but this is a kind of of Especia, too.”

 同じ時間を重ねているのにも関わらず、思春期は記憶に深くありながらもあまりにも早くその時を加速させる。大きく人を成長させたかと思えば、時には残酷なまでに印象や姿をも変貌させてしまうこともある。

 2016年2月末の『CARTA』のリリースを最後に“クインテット”を終えたEspeciaが約4ヵ月後に再び登場した時、シックな黒を基調とした衣装で揺らぐダンスやアダルト&セクシーなテイストへと大きく舵を切った楽曲に、困惑を隠せないペシスト&ペシスタ(Especiaのファン)は少なくなかっただろう。これまで愛着を持っていたEspeciaは影を潜め、ミステリアスなムードのパフォーマンスとともに、詳細が解からないブラジル人のミア・ナシメントの加入を含むトリオ編成となっていたのだから。

 クインテット期『CARTA』前後の『最後の晩餐』を思わせるヴィジュアル・イメージから窺える厭な予兆が現実のものとなり、一時活動休止を余儀なくされたEspecia。クインテット期ラスト作品『CARTA』で描かれた荘厳で力感溢れる“白亜の宮殿”は、それから約半年後にリリースされる“トライポッド”期の初作シングル「Mirage」において、それまでの栄華の象徴が嘘のように大きく傾き、廃墟と化した砂上の楼閣へと変貌してしまっていた。

 タイトルは“蜃気楼”を意味するとともに“現実不可能な夢や希望”の意味を持つが、これまでの彼女らは全て砂上の蜃気楼のように儚く消え去ってしまったのだろうか。リード曲「Savior」以下全編が英語詞で綴られ、ディスコやファンク、シティ・ポップやAOR、フュージョンを絡ませたポップ・ミュージックを提示してきたこれまでの楽曲とは異なる、エキゾチックでムーディなアーバン/モダン・ミュージックへ重心を寄せた楽曲群へと一変した。特に「Helix」などはジャズとブラック・ミュージックをクロスオーヴァーさせて大きな成功をもたらしたロバート・グラスパー・エクスペリメントの手合いともいえるジャジィでエレクトロなアーバン・ブラック・ミュージックで、アイドルが時代性のギャップが楽しめるハイクオリティな楽曲を歌うというギミック(=旨味)はどこか遠くへ捨て去ってしまったかのようにも思える。たとえば、ジ・インターネット、ザ・ウィークエンド、アンダーソン・パーク、ミゲル、キング、ドーニクあたりのメロウなオルタナティヴR&B/ヒップホップとの強い親和性を感じる作風といったらいいだろうか。

 ただ、振り返ってみると、これまでのEspeciaの楽曲もディスコやヴェイパーウェイヴを回顧してそれらを工夫なく当てはめてみたという訳ではなかった。「アバンチュールは銀色に」「海辺のサティ」などもじっくりと耳を傾ければ、単なるディスコ、ファンク、AOR回帰というのではなく、常に2010年代の最新で最先端な時流のサウンドと融和すべく細やかなアレンジを凝らしていた。それが顕著に表われたのが『CARTA』の「Interstellar」であり「Fader」であったりした訳だ。

 とはいえ、「Mirage」でのEspeciaはいわゆるEspeciaではなく“Especia the second”と呼べるのは間違いない。だが、この形への変貌が彼女たちの最終形かと問われれば、直ぐに首を縦に振ることは難しい。こだわりを持ってガールズ・グループと名乗りながらも実質アイドル枠として活動してきたこれまでを蜃気楼による幻影として、本来辿り着くべき場所へと脱する途中なのか、あるいは、ミステリアスな印象を与える「Mirage」自体が明らかになることのない行く末に迷い戸惑う姿を描いているのか。アイドルに添う少女性に重きを置いた嗜好を有した人たちには、この“変態”が大いなる困惑をもたらしたかもしれない。共に成長を見てきたからこそ、その変化に敏感になり抗うのも無理はない。

 Especiaの遺伝子を持ちつつも希求すべき楽園へと踏み出す第一歩が第二期Especia“Especia the second”なのだとしたら、「Mirage」はグループとしての思春期からの脱出、少女性から大人への過程をリアルに示した一枚になるのかもしれない。限られた時間に存在するがゆえ輝くと言われる“アイドル”という偶像、虚像の世界から抜け出し、酸いも甘いも噛み分ける大人の世界を生き抜くためにミステリアスで妖艶なヴィジュアルと幻想的な曲世界を打ち出したのだとしたら、自らが築いたこれまでの“白亜の宮殿”を破壊し、砂上の蜃気楼から脱出していくヴィジュアル・イメージを「Mirage」で描いたことにもそれなりに合点がいく。

 ただし、抜け出した先で楽園に辿り着ける可能性もあるが、そこへ辿り着くのはほんの一握りのいっそう厳しい世界でもある。その野心の炎を消さぬよう願いながら、次なるアクションを待ちたい。

◇◇◇

Especia『Mirage』(2016/08/10)

01 Savior
02 Affair
03 Helix
04 Nothing

◇◇◇





 





 




















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