『原子力資料情報室通信』403号(2008/1/1)より
連載 地震と原発 8
原発建設における特殊な活断層評価
――変動地形学の視点から
渡辺満久
(東洋大学社会学部)
まさか・・・
電力の確保や地球温暖化への配慮を考えれば、原子力発電所の建設は必要であると思ってきた。また、より安価に建設することも必要であるから、敷地の健全性に関しては多少(許される範囲で)のごまかしはあるだろうとも思ってきた。しかし、現実は、私の予想をはるかに超えるものであった。
2006年の春、広島工業大学の中田高先生より、「島根原発付近の鹿島断層(宍道断層)の調査を一緒にやらないか?」とのお誘いを受けた。軽い気持ちでお引き受けし、まず空中写真判読を行なって、地形図上に活断層をマッピングした。結果は、中田先生が判読されたものとほとんど同じであった。極めて明瞭な右横ずれの変位地形を確認し、一部は断層変位を受けてから間もないと思われるものも見出した。ここで、少々疑問が出たのである。島根に限らず、原発周辺にこのような活動的な活断層はないと聞かされていたからである。これは、おかしい。まさか?という思いを胸に、夏から現地調査に入った。
島根原発から柏崎刈羽原発へ
中国電力が作成した鹿島(宍道)断層の分布図を見て、愕然とした。そこには、短い直線がポツポツと描かれており、中田先生が認定した活断層トレース(佐藤・中田、2002)とは、全く異なるものがあった。中電の図と中田先生の図は同時に提示され、国の審査機関はそれらを比較し、中電側に軍配を上げたと聞き、開いた口が塞がらなかった。「断層露頭がないから否定する」という論調が読み取れた。これは大変なことが起こっていると、即座に理解した。
2006年の夏、中電と国が「絶対に活断層はない」と断言し、我々が変動地形学的に活断層を認定した地点において、トレンチ調査を実施した。その結果、高角の右横ずれ断層をトレンチ壁面で確認し、鹿島断層の高い活動性を明らかにすることができた。この成果は、同年秋の地震学会(名古屋)にて発表し、これまでの評価が完全に誤っていることを示した(渡辺ほか、2006)。同時に、原子力発電所審査における活断層評価の問題点を整理した(中田ほか、2006)。地元などでは、「特殊な活断層評価」はある程度認識されることになったと思う。しかし、残念ながら、誤りを糺す決定打とはならなかった。それは、東京などではマスコミがほとんど取り上げなかったことが一因である。「特殊な活断層評価」に潜む根本的な問題があるためでもある。
我々の調査結果を受けて「研究が進めば、新知見が出るのは当然」といった反論もあったようである。しかし、それは全く的外れな反論である。なぜならば、上記したように、中田見解は中電見解と同時に提示されているからである。我々は、中田見解を露頭で確認したに過ぎない。
私の中で、不安は一挙に拡がり、早急に原発周辺の活断層を見直したい衝動に駆られた。まず、以前から漠然とした不安を抱いていた敦賀原発周辺を対象とした。写真の判読結果では、敦賀原発の敷地を横切る浦底断層は、紛れもない活断層であることを確認した。はっきりと、「証拠」を突き付けられて、暗澹たる気持となるばかりであった。この判読結果は、なるべく早期に公表する予定である。
2007年3月25日、能登半島地震(M6.9)が発生し、志賀原発をめぐる問題が明らかになってきた。この地震の前、すでに邑知潟断層帯に関わる判決が出されており、「想定される地震規模」が小さすぎる疑いが濃厚であった。能登半島地震も、「想定外」の場所から「想定外」の大きさで発生したらしい。
能登半島地震を引き起こした海底活断層は、3つに分断されている(片川ほか、2005)。全体では30kmの長さを有する活断層を3つに分断し、個々の長さを10km以下程度としているのである。ひとつながりの断層を3つに分断した理由には、全く同意できない。たとえ、ある場所で新しい変位が「確認できなかった」としても、それは断層活動を否定する証拠とはなりえないのである。「確認できなった」ことは「なかった」ということと同意ではない。断層の長さを無理やり短くしたとしか考えられない。
柏崎はどうなのか? 実は、私の故郷は隣の上越である。「生まれ故郷が絡んでから心配になったのか」とお叱りを受けるかもしれないが、そのご批判は甘んじてお受けすることにしたい。
柏崎刈羽原発
刈羽村を守る会の武本和幸さんとは、中越地震(2004.10.23)直後からのお付き合いである。武本さんのお話を伺って、「そういえば、誰も柏崎の変動地形をまともに見ていないぞ」ということに気が付いていた。まさか、電力会社もそれほどひどいまちがいはしていないだろう、真面目に調査しているだろうと思っていたため、注意していなかったのである。
日々の仕事に翻弄されていたため、上記の流れの中で本年(2007)ようやく、柏崎の写真判読を行なうこととなった。その結果、旧柏崎市街地南縁は撓曲崖(断層崖)の可能性があること、原発は活背斜の上に立地している可能性が高いという結論となった。ほとんど、武本さんのご指摘のとおりであった。この判読が終了したのは、2007年6月末であった。現地を見たいと思っているうちに、中越沖地震が発生してしまった。
柏崎市街地や原発の立地地点における、地震時の地殻変動に関しては、渡辺ほか(2007)で報告したとおりである。推定される断層を境に10cm程度のずれがあり、原発を乗せる活背斜構造も10cm程度成長した。これらの活構造が見逃されてきたことも大きな問題であるが、詳細は別稿に譲りたい。以下では、海底の活断層に焦点を当てて、柏崎刈羽原発周辺における活断層評価の問題点を指摘する。
地震発生直後から、海底活断層が震源断層であることは明らかであった。前述の中田さんと名古屋大学の鈴木さんは、すぐに東電の資料を取り寄せ、私も交えて海底活断層の検討を始めた。結果はすぐに出た。柏崎沖には長さ20km以上の活断層が複数存在することが確認できたのである(図1)。しかし東電と国は、同じ海域でほとんど活断層を認定してない。我々は、東電が実施した音波探査記録を見て、私も何の迷いもなく活断層を認定したのであるが、同じデータを見ながら、一方ではほとんど活断層は認定されていないのである。これは、どういうことであろうか?
我々は、明瞭な断層構造だけでなく、地層の褶曲や変動地形の連続性から活断層を認定してきた。しかし、報道によると、東電の主張は、褶曲と断層運動との関係は2000年になって初めて明らかになったことであり、1980年当時にはそのような知見はなかったという。だから、当時は、活断層を見出せなかったというのである。活断層の認定は、最近の知見に基づけば変更の余地はあるが、当時の判断としてはまちがっていないと主張している。国の審査機関も、それを完全に認めている。しかし、それは大変おかしなことである。
褶曲構造は断層運動と関係があるという認識は、1980年当時には常識となっていた。活断層研究会(1980)にも、そのことは、断層認定の基準として示されているし、我々が学生時代から慣れ親しんできた判定基準であり、それに基づく数多くの学術論文が執筆されてきた。我々は変動地形研究の専門家であり、長年にわたって活断層の認定や活動性評価をリードしてきたという自負もある。電力業界だけが「特殊な活断層評価」を続けてきたのであり、国がそれを容認してきたのである。
もし本当に、我々の常識を知らなかったとすれば、怠慢としか言いようがない。100歩譲って、電力側の調査では、不勉強が通用したのかもしれない。しかし、国の審査機関の中には、我々の調査手法をよくご存じの方がおられたはずである。その方々は、何と弁明されるのであろうか? その責任は極めて重大であろう。少なくとも、褶曲と断層の関係が否定できないことくらいは、十分に認識されていたはずである。関係があるかもしれないが、断定できないから「活断層はない」という論理が正しいはずがない。「最近になってわかった」というスタンスは、責任をなんとか回避しようという意思の表れのようにも思えてくる。
2007年12月5日に、東電より、海底活断層調査の暫定評価が報告された(東京電力、2007)。これによると、「新たな知見」に基づき褶曲構造をも考慮して、F-B断層の長さなどを見直し、長さ約23kmの活断層であることを認めた。しかし、この「新たな知見」は1980年当時から我々の間では常識であったことは、上に述べた通りである。どうしても、認めたくないようである。なお、F-B断層の延長についても、我々の見解とはまだ異なっている。断層長はまだ短すぎる。
断層長の値切りとずさんな審査
申請時および2007.12.5の、柏崎沖の海底活断層評価に対して、私は以下のコメントを述べた。1.新たな調査をしなくても、23kmを超える活断層は容易に認定できる。少なくとも23kmに限定する理由は見当たらない。2. F-A~F-D以外にも活断層はある。3.褶曲構造と断層構造を対応させることは、1980年にすでに常識であった。原子力業界だけが特殊な考え方をしてきたのである。4.新しい調査をするのは結構なことであるが、その前にやるべきことがある。
これまでの活断層評価で見えてくるのは、なるべく断層は認めたくない、断層を否定できない場合はなるべく断層長を短くしたいという「意思」である。活断層が存在する可能性がある以上、原発建設は、「活断層はある」という前提で進めるべきではないのか? 可能性だけならば活断層の存在を否定するという論理は、どこの世界で許されるのか、ご教示いただきたい。
想定地震をなるべく小さくして、安価に建設したいという気持ちは「よく理解できる」。しかし、断層長を値切って、人工的に地震を小さくすることは許されるはずがない。「安く作れば低価格で電力を提供できますが、次の地震が来たら壊れるかもしれません。それでよろしいですか?」と国民に問うべきである。
「当時の知見では正しい判断である」とは、責任回避の論理である。新しい調査を実施して初めてわかった、と言いたいのであろうが、そうはいかないのである。鹿島断層、能登半島や柏崎沖の海底活断層の評価は、新たな調査で変わったわけではない。巨額を投じて新たな調査を実施することも結構であるが、その前にやるべきことがある。全国の原発に関わる活断層評価を、既存資料をもとにやり直すことが先決である。
電力会社が経済的な面を重視し、「まちがった調査結果」を提示する可能性を否定してはならない。最大の問題は、国の審査があまりにずさんであることだ。「専門家」が、どうして「値切り」を見抜けないのであろうか。断層長の値切りの現場には、どうやら「専門家」もおられるらしい。もしかしたら、意識的に見逃しておられるのではないかと疑いたくもなる。
経産省大臣が、電力会社の社長を呼び出して厳重注意をした光景は、大変申し訳ないが、非常にこっけいである。最終的な責任は国にあるのではないのか? 不適切な例えかもしれないが、悪代官が仲間の悪徳商人を叱りつけているようなものである。責任を回避するようなシステムができ上がっていることが最大の問題かもしれない。申請当時のまちがった判断を正当化しようしているかのごとき論理展開にも、責任回避の構造があるように思われてならない。
図1 柏崎沖の活構造(逆断層トレース)
東京電力(1996)の地形図に、断層トレース・文字・水深値などを加筆した。海底の断層トレースは東京電力(1996)による音波探査記録(測線は番号付きの細実線)に、陸上の断層トレースは写真判読に基づき、発表者らの見解として示した。東電側は、F-A~F-Dの部分のみを断層としている。
引用文献・参考文献
・活断層研究会,1980,『日本の活断層』,東京大学出版会.
・東京電力,1996,柏崎刈羽原子力発電所原子炉設置変更許可申請書(6号及び7号炉完本)本文および添付書類.
・佐藤高行・中田 高,2002,鹿島断層の変位地形-一括活動型活断層のモデルとして-,活断層研究,21.
・片川秀基ほか,2005,能登半島西方海域の新第三紀~第四紀地質構造形成,地学雑誌,vol.114
・渡辺満久ほか,2006,鹿島断層(島根半島)東部におけるトレンチ調査,日本地震学会秋季大会,B20.
・中田高ほか,2006,原子力発電所審査における活断層評価の問題点,日本地震学会秋季大会,B21.
・渡辺満久,2007,2007年新潟県中越沖地震と活構造,2007年第四紀学会講演要旨
http://www.soc.nii.ac.jp/qr/meeting/2007/kinkyu/watanabefinal1.pdf
・東京電力,2007,新潟県中越沖地震に対する柏崎刈羽原子力発電所の耐震安全性の検討状況について.
・明石昇二郎,2007,『原発崩壊』,(株)金曜日
・朝日新聞取材班,2007,『「震度6強」が原発を襲った』,朝日新聞社.