goo blog サービス終了のお知らせ 

ジニョンの部屋

ようこそジニョンの部屋へ・・・

ゆっくりとくつろいで下さいね♪
          ちび(=^. .^=)

やってしまった><。・・・・

2011-07-26 16:36:37 | Weblog

はぁぁ~~~大変申し訳ないことを・・・・

私の操作ミスで・・・

皆さんから頂いた「イヴ&ロークシリ^ズ 事件」の

コメントを削除してしまいました

 

せっかく書いていただいたのに・・・

 

何と言う事を・・・・

 

PCって・・

 

簡単にUPしたりできてとても便利なのですが・・

 

クリック一つで今までのものが全部消えてしまう・・・

 

怖さを思い知らされました。

 

コメントを書いてくださった皆様

 

大変申し訳ございませんでした。

 

これに懲りずにまた遊びに来てください。

 

 

 

 

 


今私が出来る事・・・

2011-03-20 19:09:30 | Weblog

「東北地方太平洋沖大震災」が起きてから一週間が過ぎました。

この一週間なんだかすご~~く長く感じました。

私の所もすごい横揺れが長く続き暖房を止め外に出ようとしたほどです。

大きな地震を何度も経験している私・・震源地はどこだろう~~これはかなりの地震ではと思いましたが・・・

まさか~~こんなに大きな災害になるとは夢にも思いませんでした。

地震がおきてからすぐに放送された津波の映像を映画のシーンを見るみたいに見ていました。

その時たくさんの方がこの津波に巻き込まれているのも知らずに・・・

それからというものTVから流れる被害の様子・・ただただTVから目が離せない毎日でした。

私はそれまでもまだよそ事のようにその様子をみていたのです。

まさか~この地震が自分の生活にも影響があるとは思っても見ませんでした。

ガソリンの給油制限・・トイレットペーパーやテッシュ・・カップ麺乾麺・電池・レトルト食品などなど一時買占めのためスーパーからなくなりました。

でもそれがなくなっても即私の生活には支障はありませんでしたが・・・

一番困るのは仕事の製品が入荷しなかった事・・メーカーが被災にあったためストップされた事です。

メーカーでも最善の努力で一部復旧しましたがまだまだ制限付きの出荷です。

被災地の事を思えば我慢しなくていただかなければいけない事を重々承知はしているのですがなにせお客様あっての仕事なので理解していただくために毎日大童です。

そんな一週間を過ごした私も少しづつ落ち着きを取り戻しTVをみならが今私に出来ることはなんだろうと思うようになりました。

一人一人が自覚を持ち無駄な買占めはしないようにとか・・

ガソリン節約のために車を動かすのは最小限にするとか・・

電気の節約などなど・・・

出来る事はたくさんあるような気がします。

一人一人の心がけが大きな成果をもたらす事は言うまでもありません。

原発問題も気になりますが今現地で色々やってもらっている様子をTVで見ているとその仕事にかかわっている方の努力には頭が下がります。

私たちが出来る事は過剰反応はしないで行政の支持に従って速やかに行動するってことでしょうか。

今の所何の動きもないしTVの様子をみれば持ちこたえているようですから心配もしていません。

私の住む新潟県は東北(太平洋側)に出るためのルートが何本か走っています。

現地から来る車それから被災地に向かう車がたくさん走っています。

被災地から避難してくる方々を受け入れるために施設を開放したりして受け入れ態勢を整えています。

これからは避難してくる方々もたくさん居られると思いますがこんな時だから日本が一つになって助け合わなくてはならないのではないかって思っています。

こんな酷い災害を乗り越えるために私は今出来る事をやっていく・・・

一日も早く復興できるように日本全体で踏ん張っていく事が大事なのではないかと思います。

中越地震の時のスローガン「がんばろう~~中越」だったかしら・・・

      

          今は 「頑張ろう~~日本」 でしょうね。

 

 


待ちに待った後編!!

2010-04-25 09:20:33 | Weblog
  

  




「のだめカンタービレ」の最終楽章の後編を見に行ってきました

今年の正月に「のだめカンタービレ」に嵌まってから、最終楽章の前編を映画館で見たのが2月入ってからすぐで・・・
後編公開まで待ちに待った2ヶ月半でした


前編のラストが「え~~どうなるの??」で終わったので後編公開までは待ちきれないとコミックを借りて読んでしまいました

ストーリーを知ってしまったら何の感動もないのではと思う方もいるだろうが、「ネタバレOK!OK!ラストがわかれば安心」の私としては何の迷いもなかった。


コミックを読んで思った事は前編でナゼ??こんな場面がと思っていたことが原作には詳しく書かれてあって内容が良くわかった事です

たとえば原作を読むと・・・

資金繰りも厳しく落ちこぼれのマルレオケを任された千秋の為に、のだめは「妻だから・・」と一生懸命裏方の仕事をする

チケットが売れるようにとチラシを配ったり日本式にテッシュ配りをしたり・・・
おのずとマルレオケのマネージャーテオとも仲良くなり奥さんと呼ばれ事務所に入り浸り・・

しまいには千秋に出入り禁止にされる(爆)

でも映画ではオケの練習をしている様子を二階席からこっそり覗いている、のだめにテオが「奥さん何をしているんですか?」と声をかけ会話するシーンだけだ

しかも、のだめは髪を頭の上でちょんまげ風に結んでいる。

映画をみただけではなぜに、のだめがちょんまげなのと思ってしまうが・・



千秋に出入り禁止にされ(笑)ヤワラちゃんに変装して2階席からこっそりと覗いているって事がわかる。
いくらヤワラちゃんのように髪を結んでも見ればのだめだとわかるのに(笑)千秋の側にいたい女心をコミカルに描いている


それに千秋がのだめと離れて暮らすことを決めるシーンが突然のように出てくるが
映画を見ていただけでは何故??と思ってしまう・・

原作では何故今は離れて暮らすのかとのだめに言い聞かせ場面があるのでなるほどと納得できるのです。

ネタばれついでにもう一つ・・・

のだめが「もうピアノは弾けない・・」と失踪するのですが映画では千秋が失踪したのだめに心を痛めるシーンはわずかしかなく、見つかったとの知らせに会いに急ぐ場面になってしまいます。

でも原作ではのだめを思う千秋が切なく描かれています

マルレオケの常任指揮者をする傍ら、ジャンと親愛なるヴィエラ先生のもとで勉強を始めます。

のだめから会いたくないと言われ、ヴィエラ先生の元に帰った後失踪を知った千秋が仕事も手に付かずに抜け殻のようになり練習にも身が入らなくなります

そこにヴィエラ先生と親友だった父親が現れます。

子供の頃に出て行った父親とは疎遠になっていたのですが久しぶりに会った父親と口喧嘩をしながらも胸の内をさらけ出す場面があります。

音楽をやっている先輩としてさりげなく励ます父親

いくら離れて暮らしていてもやっぱり父と子だなと親子の関係が少し修復されるとてもいい場面です。

映画にはその場面がないのが残念です。


原作にはそんな細かい描写まだまだたくさん有ります

映画だとどうしても決まった時間の中で作り上げなくてはならないのでどこにテーマをおくかでどの場面を残すのか決まって来てくるのだろうなって思いながら・・・
後は役者の演技で表現するのを見る人の想像力でカバーするしかないのかも・・・


是非、のだめにはまっている方にお勧めしたい、映画を見てから原作を読むとより深く

「のだめカンタービレ」を感じる事が出来るはず・・・私はその様な気がするから・・・





さてさて~~予習も復習もバッチリな所で待ちに待ったラスト「最終楽章」の後編を堪能する事が出来ました。

ストーリーがわかっていても十分に楽しめた

やっぱり映画のいいところはオーケストラの迫ってくるような音楽とのだめの弾くピアノ・・・

それからパリの美しい風景と役者のなりきった演技・・・

千秋とのだめもラストはどんな風に描かれているんだろうか・・・

などなど・・・


私にとって「のだめカンタービレ」は忘れられない作品となりました


今まで聞き覚えのなかったクラシック音楽に芽生え・・・

のだめと千秋先輩の恋を応援し・・・

パリの中を駆け巡ったような気がしました。

のだめとお別れかと思うと寂しくなるけど私に漫画の面白さをまた再確認させてくれて新しい世界を広げてくれた物語だった

一つのことから又新しい事につながっていく、それが生きているってことなのかなって思う
(ちょっと大げさかな(笑))






「本当はなんども思った事がある。


 あいつにとって日本いる人生のほうが幸せだったんじゃないかって・・・


 苦しみもがく音を聴くたびに


 いつも無理して苦しくつらい道を行かせなくっても・・・

 あいつが本当に好きな道を選んで・・・
 
 オレはそれを受け入れて・・・

 普通の恋人同士のように・・・


 あいつのピアノだって一緒にいればいつだってオレはこうして聴ける

 普通の事だ 何の問題もない

 
 それでもオレはやっぱり

 何度でもあいつをあの舞台に連れて行きたいと思うんだ


 このピアノを聴くたびに・・・・・・・・


 いくら苦しくても
 
 気が遠くなるほどの孤独な戦いが待っていようと


 音楽を楽しむ喜びがあるから 
 

 何度でも立ち向おうとおもえるんだ・・・・」



失踪したのだめが見つかり、パリの中を駆けつける千秋の姿が映し出されるシーンで、のだめを思う千秋の気持ちがナレーションで一部分だけ流れます。

見ているとジーンと胸が熱くなるシーンです


「お互い音楽をやっていなければもっと一緒にいられたのに・・」という龍太郎と清良も言っていたけど・・

「でも音楽をやっていなければ巡り合えなかったのよね」と二人は結論を出す。


恋人同士であっても自分の音楽を高めるためには普通の恋人のようには過ごせない、音楽をやっている恋人同士の避けては通れない課題なのかも

それをどう乗り越えるかも見所なのかなって私なり感じました


のだめが無理してピアノを弾いているのは千秋のそばに居たいから・・だから千秋と共演できたら満足してそれで終わりにしようとしているように見えます。
その後は千秋のそばにいられたらそれでいいと・・

でも、のだめの才能を知っている周りの人たちそれぞれは、のだめがちゃんと音楽と向き合い楽しく音楽を続けられるようにと・・・

それが終わりじゃないのだよと教えようと心を配ります。


のだめがそのことに気づく事ができるだろうか・・

千秋はのだめにその事をどのように気が付かせるのか・・・

そして二人で過ごす未来をどうやって作り上げていくのか・・・


のだめカンタービレを見る醍醐味はのために弾くピアノと千秋の指揮するオケ・・
それだけでも十分に楽しめるけど・・


私的にはのだめと千秋が結婚なんてシーンも見たかったなっていうのは本音ですが(笑)




原作でのシュトレーゼマンの言葉

               『でもよかったね。二人とも・・
             
                 ちゃんとわけて  ひとつになった』



『カンタービレ』・・・音楽で、発想標語のひとつで、歌うようにの意味。

ありがとう♪

2007-04-14 12:31:17 | Weblog
4月8日の、10:30・・91歳でじぃちゃんが永い眠りに付きました。

私の母の両親はとても長生きで、90歳前後まで夫婦がそろっていました。
すご~~く、珍しいしことです。

そのばあちゃんが2年前94歳で亡くなり、今度はじぃちゃんです。

5歳年上の姉さん女房の夫婦で、2人で今で仲良くお茶を飲んだり
お菓子を食べたりして、過ごしてました。

ばぁちゃんが亡くなってからはめっきり、じぃちゃんも元気を無くしてました。

長女の母は近くに嫁いでいたので両親を看病して最後を看取り、
そして孫である私もばあちゃんの時もじぃちゃんの時も最後に顔を
見る事が出来ました。

「年が年だからもういいよ~~たくさん面倒したから」
と口癖のように言ってた母
(気を落とさないで・・・・おかあさん・・
  まだまだ、頼りにしているんだから)

その母に看取られて行った二人は幸せだったと思います。

近くに18歳で一回り年上の父に嫁がせた時(親の意見など通らずお姑さんが決めた話しだそうです)大事な長女が不憫で仕方がなかった事
たくさんの家族の中に嫁いだ母をいつも近くで心配してた事
私が生まれた時には男の子だと思って居たのに生まれたのが私で
がっかりした事などをよく聞かされました。
でも今になれば私が一番親孝行だなって言ってくれました。

看病にもあまり手間を取らせず、痛いとかも言わず我慢強い人でした。
苦しまないで安らかに逝ったじぃちゃん・・・

大往生ってこんな事言うんだな~と思いました。

2人はじぃちゃんが18歳ばぁちゃんが23歳の時に結婚したそうです。
私の母を長女に7人の子供を授かり。孫が14人、ひこ孫が11人です。

葬式の時14番目の孫(私の子供よりしたの高校3年生なの)が弔辞を読みました。

「じぃちゃんが戦争で南方で船が撃沈され、みんな命かながら海に
飛び込んでいた時、軍医さんの姿が見えない・・もしかするとまだ部屋で
寝てるかもしれないと思って船底に戻り軍医さんの安否を確認して
から自分も海に飛び込んだ事・・・1日中瓦礫につかまり海に漂っていた事・・
その後助けられて今に至っている事など・・後になって軍医さんがその時の事を
自分が出版した本に書いてくれた事・・」

勇敢だったじぃちやんの話しに弔問客もうんうんと頷いていました。

自分の事を優先に考える世の中で、私の祖父母はいつもみんなに優しかった。
来た人にはお茶をだし、お菓子をだし、ご飯を進め、いつも穏やかでした。

私も近くで育って今に至ったので、学校に入る時も社会人になった時も
保証人はいつもじぃちゃんでした。
何かある事にじぃちゃんに助けてもらいました。
実家のない私は母の実家が私の実家のように思っていたの・・


私もそんなじぃちゃんからたくさんのものを受け継げました。
じぃちゃんから受け継いだ物を大切にして行きたいと
思います。

ありがとう♪
じぃちゃん・・ばぁちゃんが待っているよ・・

いつまでも私達の事も守っていてね





「つるったぐリ」

2006-08-18 06:32:25 | Weblog
「つるったぐリ」って言葉知ってますか?
私の所では、末っ子の事を「つるったぐり」と言います。
ジャガイモや、サツマイモのようなつるのあるやさいは最後つるをたぐって作業終了になります。そんな所から最後の子って事で末っ子を「つるったぐリ」と言うのだと思います。


私には3人の幼なじみがいます。私を含め、4人全員が末っ子「つるったぐリ」なのです。 中学までは同じだったから、夏休み、真っ黒くなりながら川で遊んだり、それぞれの家に泊まりこみ、予想もつかない恋愛の話しに夢中になっていました。高校からは別々になり、別な友達も出来て、就職、結婚、一人一人の生活を作りあげました。
でもこの年になっても、実家に帰省すると集まって来る仲間です。年に一度会えるかどうかなのですが・・・・・
「幼なじみ」とは不思議なもの・・毎日会っている仲間のように話しに花が咲きます。時間を忘れてしまうくらいです。

今年も16日半日でしたがたわいもない話しに笑い転げてきました。いい年をして又集まるのか!と冷ややかな言葉を言いながらもそれぞれの家族は私達の集まりを見守ってくれてるようです。子どもたちにもいつまでもワイワイ 騒いでいる母親を見せて、あなた達もこんな親友を持ちなさいよと教えているつもりなのですが・・・

ここでの私の話しはもちろんヨンジュンさんの話し!ホテリアーの話しをしてきました。夢中に慣れるものがあるっていいですよね。そしてサイトの話し、こんな世界があるなんて話だけでは上手く伝えられない~~残念です。興味のない人には????ですものね!しかたがありません、でもしっかとヨンジュンさんのファンだってことは伝えてきました。

今年の集まりにゲットした猫ちゃんの画像です!笑った顔がかわいいの~~
猫派、犬派には別れるけど、自分のペットの事を話す顔がほころんでいるのよ!


お墓参りすませましたか?

2006-08-15 05:29:56 | Weblog
今日は15日もう皆さんもお墓参り終わらせたでしょうね。

お墓には私の父も眠っています・・

私の父はなくなってから、21年立ちました。母はまだ56歳頃だったと思います。倒れて一年、懸命に看病した母は亡くなった時「十分の世話したから思い残すことはない」と言っていたのを今でも覚えてます。
父の最後に「後は心配しないで、私が家を守っていくから・・」と約束したのに
約束は果たせているのかな~~疑問が残ります

末っ子の私はまだまだ母に甘えっぱなしで、孫の世話で寂しいなんて考える暇もなかったという母・・いつまでも頭が上がりません。

もう20年立つのです。

父はわがままで、いつも母がいないと何もできないような人でした。そんな親をみて私は父みたいな人とは結婚したくないっていつも思っていました。
でも~~私が選んだ主人は父に輪をかけるほどのわがままでした

墓前に手をあわせてそんな昔の事を思いだしています♪


HNを替えます♪

2006-08-10 23:06:07 | Weblog
初めは教室の勉強にと開いた部屋だからHNは思いつくまま
「ジニョン」にしちゃっいたけど・・

開設したって言っても、私自信がブログって事あまり良くわかっていなくって
みなさんに来ていただく事は全然考えていませんでした

それなのに!私のちょっとした言葉がこんなすごい事になるとは・・・
みなさんの検索能力を侮っていました。
まさか~~検索できるとは私はなんとPC初心者なのか~~

で~~みなさんをお通しした以上!もう「ジニョン」と言うHNは違反ですね!
わかってはいたんだけど

どこからともなく石が( ・_・)ノ☆(*_ _)ばしぃ!!  飛んできそうな気配です・・それはひしひしと伝わってきていました。

みなさんも私をジニョンと呼ぶのは不本意でしょうから・・(笑)

お~~又話しが長くなりそう!
結論です!  で~~簡単な話しHNをもどします! 「ちび」 にします。


これ一番しっくりいきますし・・みなさんもこの方が呼びやすいでしょう♪

これからも気軽にみなさんに来ていただくために

今度から「ちび」と読んでください!

お部屋の名前はそのままで行きます  気にいっていますから・・

(追伸)画像の猫うちの「ちび」に似ています♪こんな感じの猫です