どうすれば防げるのか? 世界が中国の原発だらけになる日
中国原発「差し迫った放射能危機」報道が示唆するもの
2021.6.17(木) JPpress 福島 香織
中国広東省の台山原子力発電所(2018年12月20日)
米CNNが特ダネとして報じた、中国広東省の台山原発で「差し迫った放射能危機」が起こり得るという
報道には、正直言ってちょっと焦った。中国でそろそろ大きな原発事故が起きても不思議ではない頃だと、
かねてより思っていたからだ。
中国の易姓革命の思想からいえば、国家指導者が2期10年を期限とした禅譲を拒否し、権力をほしい
ままにせんとすれば、相次ぐ厄災に見舞われ天命が改められる、かもしれない。禍はたいてい連れ立って
くるものだ。疫病とセットになってくるのは、飢饉、大地震、隕石か。現代科学技術が直面する最大の
厄災といえば原発事故だろう。旧ソ連の崩壊の引き金はチェルノブイリ原発事故だった。原発大国を
目指す国は必ず一度は大事故を経験してきた。中国とて例外のはずがなかろう・・・と。
幸いなことに、CNN報道の直後、国連のIAEA(国際原子力機関)は「放射性事故が発生したという
痕跡はない」とのコメントを出した。CNNの勇み足報道だったのか・・・。いや、新型コロナ肺炎の
アウトブレイク初期に、WHOも「ヒトからヒトへの感染はない」と間違った発信をしたではないか。
本当のところ中国の原発の安全性はどうなのかを、改めて考えてみたい。
ホワイトハウスは技術提供に同意
CNNは6月14日、中国広東核電集団(CGNPC)と国営フランス電力会社(EDF)が合弁で建設、運営
している広東省の台山原発で放射性物質を含んだ希ガスが漏れていると報じた。EDFの子会社で技術供与
をしているフラマトム社が米国エネルギー省に問題解決のための技術支援を求め、その中で「差し迫った
放射能の脅威」が発生し得るという表現があったという。
広東省台山原発は、フランスが設計した第三世代欧州加圧水型炉(EPR)の2基1組の原発で2009年から
建設が始まった。商業運転を開始したのは2018年、2019年と比較的最近のことだ。このタイプの商業運転
は世界初であり、目下世界で最大の単基発電容量を誇る原発ユニットである。同時に、中仏エネルギー
領域の最大合弁プロジェクトでもある。運転開始式典にはマクロン大統領も出席した。この中仏協力
プロジェクトの出資比率は広東核電が70%、EDFは30%で、原発の管理と運転にフラマトムも関与して
いる。
こういう経緯で造られた原発の問題で、フランス側が米国に救援を求めるというのは尋常でない。
さらに不安にさせられることには、フラマトムが米国側に提出した報告の中で、事故発生後、中国政府は
放射能漏洩の警戒基準値を、フランスの基準を上回るレベルまで緩和し、台山原発の稼働停止を免れよう
としているのだという。
CNNの報道によれば、フラマトムは5月末に米エネルギー省に、台山原発には潜在的問題があると報告。
続いて6月初めに、反応炉から放射性ガスが漏れていると報告した。そして、事故と緊急安全事態への
対応のために、中国とフラマトムに技術協力するよう米国に正式に要請した、という。
米国側の事態への関心は大きく、ホワイトハウス国家安全委員会では1週間かけて何度か会議を招集して
この問題を検討。技術提供して問題解決を支援することに同意しているという。ただし、CNNは
「まだ危機レベルには至っていない」というホワイトハウスの認識も報じている。
中国当局は「安全面の基準は満たしている」
このCNN報道の後、各国メディアは後追いし、中国当局に確認しようとした。だが、その日
(6月14日)は旧暦の端午の節句の休日であり、中国政府機関も広東核電側も電話やメールに応じず、
台山原発として「運転開始以来、厳格に規定文書に照らして、技術プロセスコントロールメカニズムが
運行されており、2基の原発とも、運行基準は原子力安全法と原発技術基準の要求を満足させている」
「目下原発周辺地域の環境観測データはすべて正常である」と一方的にコメントを出しただけだった。
台山原発のSNS「微博」公式アカウントは当直の職員が端午の節句用のちまきを食べたとか、宿舎前の
マンゴーの樹からもいだマンゴーを食べているとか、平穏な日常をアピールする投稿があり、少なくとも
放射能汚染が起きているような様子はなかった。
EDF側がAFPなどの取材に応じて説明したところでは、燃料棒のコーティングに問題があり、蓄積された
希ガスが放出されたが、「メルトダウンとかそういった状況が発生したわけではない。汚染がどうのと
いう話ではなく、ガスの排気をコントロールしているということだ」という。この希ガスはキセノンと
クリプトンで、放射性物質ではあるが、半減期が短く、構造も安定しており、放射能濃度も中国基準値に
至っていない、という。
台山原発から135キロの地点にある香港天文台の観測によれば、香港での放射能濃度に異常は見られない、としている
原発運転停止を避けるための放射能濃度基準値を引き上げたというCNNの気になる報道については、
中国生態環境部の報道官は6月16日になって、「発電所の外では、放射能検査の許容限界基準値を引き
上げることは承認していない。承認したのは原子炉内の冷却剤の不活化ガスの活性比率に関する限界値の
基準であって、これは原発外の放射能濃度検測と無関係だ」と説明した。
また中国生態環境部は16日に、燃料棒の破損により冷却材中の放射性物質の濃度が上昇したことを
改めて認めて発表したが、技術や安全面の基準は満たしていると述べている。
ということで、今のところCNNがちょっと大げさに報じすぎたのではないか、との見方に落ち着きつつ
ある。
世界最大の原発大国になろうとしている中国
ただ、いずれにしろ今回のCNNの報道は、私たちにいろんなことを考えさせた。
たとえば、5月末に台山原発に問題が発覚した後、中国側は半月も何のアナウンスもしなかった。
米国に技術支援を求めたのは、運営管理に参与するフラマトムだった。なぜフラマトムが米エネルギー
省に直接助けを求めたのだろう。
フラマトムのパートナー企業の広東核電は、2019年8月に米国商務省から人民解放軍関係企業として
エンティティリスト(制裁リスト)に指定されている企業だ。「よっぽどのこと」でない限り、米国が
技術支援に同意するはずがない。これをどう理解するのか。
実は「よっぽどのこと」が起きていると米国が認識しているのか。それとも、いざというとき、
原発技術を提供してくれるかどうか、フラマトムを通じて広東核電が探ってみたのか? あるいは広東
核電がフラマトムを通じて米国の技術データや文献を手に入れようと画策したのか?
そして、G7閉幕と同時にCNNにこの情報がリークされたた意味はなんだろう。
あー、なんだCNNの誇張報道か、と安心するだけでなく、中国が世界最大の原発大国にならんとして
いる現状の意味を、いろいろ考えるきっかけにする必要があるのではないだろうか。
中国・台山原子力発電所の制御室で作業するフランス人と中国人の技術者(資料写真、2018年12月20日)
隠蔽された大亜湾原発の放射能漏れ事故
フラマトムはもともと米ウエスチングハウスの技術を導入したフランスの原子炉メーカーだったが、
独シーメンスの原子力部門とともに、フランスの原子力総合企業アレバに統合され、「アレバNP」と
社名を変更した。だが、2015年にアレバの経営危機により、アレバNPはフラマトムと社名を戻して国営
フランス電力会社(EDF)傘下に入った。
だから台山原発の技術は、米ウエスチングハウス、旧フラマトム、シーメンス、アレバに出資していた
三菱重工などの技術を集約したものだといえる。
2015年にアレバ製の原発圧力容器材質に問題ありとフランス原子力安全省から指摘を受けた際は、
台山原発の工事が延期された。この時、一部中国メディアは、中国側が問題を見つけられず、パートナー
のフランス側から工事延期を申し入れられたことについて、「安全の確保を外国に頼り切っている」と
中国当局に批判的な報道をしている。2017年に竣工して1年試験運転した時には部品の破裂事故があり、
それも香港メディアに暴露された。
つまり、最先端技術の原発を一番乗りで商業運転にこぎつけるも問題が相次ぎ、いずれも外部からの
指摘や告発で明らかになった過去がある、ということだ。
中国側は、第3レベル以下の原発事故は「無傷の事故」であり、国際的に可視化させるのはよろしくない、
という立場を表明している。とはいえ、深刻な事態が発生したときに、中国は正しく適時に情報が公開
できた試しがない。新型コロナしかり、SARSしかり。
原発事故でいえば2010年、中国広東省の大亜湾原発の放射能漏れ事故が1年のうちに3度も起きた際も
ずっと隠蔽し続けていた。このうちの事故の1つは、反応炉の冷却管に3本の亀裂が入ったところにホウ素
の結晶ができており、職員が2ミリシーベルトの放射線を浴びるという深刻な事故だった。大亜湾原発は
1993~1994年に運転開始となった中国初の外国(フランス)の資金と技術を使って作った古い原発で、
最初の商業原発でもある。
世界の原発の大半が中国製に?
中国は、こうした隠蔽体質に加えて、過剰な自信が問題だ。
中国は今年(2021年)3月、自主開発の第3世代原発「華龍1号」をパキスタンで竣工させ、試験運転に
入っている。これは中国国産原発の海外輸出第1号で、その後、中央アジアや東南アジア、アフリカなどの
途上国に中国製原発を輸出しまくり、エネルギー「一帯一路」を作ろうという野望の第一歩とみられて
いる。
中国は国内だけでも2030年までに100基以上の原発を稼働させる予定の“原発大国”だが、真の狙いは
世界の途上国の原発の大半を中国が造ることで、その国のエネルギー政策に関与していくことだ。
今、石油が国家の命綱であるように、今後、原発がエネルギーの主役になれば、原発技術が国家の
命綱になる。つまり、原発事故の処理や廃炉の際に、必要な技術を持っている者がその国の生殺与奪の
権を握る、ということになる。
IAEAによれば2030年までに世界で造られる原発は300基近いと予測されているが、その大方を中国が
造る可能性がある、という予測もある。
華龍1号は、日本の原発エンジニアたちから見ても設計がよくできている、という感心の声を聞く。
フラマトムから受け継いだEPR技術と自主開発技術ACP1000を融合させた中国の独自技術は、福建省・
福清原発5号機の原子炉にも使われている。
ただ、これは中国の原発関係者からもよく聞く話ではあるが、設計が素晴らしくても、実際に建設
すること、安全に管理すること、そしてトラブルや事故発生時に適切に対処できることはまた別である。
それを維持するために膨大な経験と技術の蓄積、人員の育成が必要だが、中国は技術の獲得を追い求める
あまり、後者、特に人材育成が遅れていると言われている。作業員の研修時間が異様に短いことなども
指摘されているが、同時に、国家の隠蔽体質、言論統制体質が、現場の風通しを悪くし、いざというとき
に事態の処理にあたる人材を育てにくくしている。
こうしたところまで考えると、世界が「カーボンニュートラル」を目指すなら、中国が唯一の原発大国
になるシナリオだけはどうしても防がなくてはならない、と改めて気づかされる。
日本は福島原発事故の不幸な経験からいまだに原発アレルギーが強いが、依然として世界トップレベルの
技術力を持ち、しかも「フクシマ50」(事故発生後も原発内に残り対応し続けた50人)と呼ばれた名も
なき作業員に代表されたようなハイレベルの人材を育成ができる土壌がある。今回の報道を機に、日本
としても原発との向き合い方を考えてほしい。