米国不在のアジア、空白に入り込む中国
2017 年 3 月 29 日 12:07 JST THE WALL STREET JOURNAL***
【中国海南省・博鰲(ボアオ)】米国政府は過去半世紀以上にわたり、アジア太平洋地域の経済的アジェンダ(政策目標)を定めてきた。そこは世界の富、技術、軍事力が集中している地域だ。
だが今日、それはますます中国によって行われるようになっている。
それは中国の経済モデルが幅広く崇拝されているからではない。鄧小平が世界貿易および投資に向けて打ち出した「門戸開放」のドアは、強硬路線のナショナリストである現国家主席・習近平氏の下で、ぎしぎしと音を立てて閉じられようとしている。
中国の政治システムもほとんど魅力がない。極端なほどに自己保身に終始しているためだ。
中国はあまり好かれてもいない。昨今は、国内の締め付けと貿易上の重商主義が、海外でのとげのある押しつけがましさと結合している。例えば韓国は現在、中国による経済的嫌がらせの標的になっており、最近行われた韓国の世論調査では、この国の歴史的な宿敵である日本よりも中国のほうが好かれていないことが分かった。
むしろ、中国の躍進が可能になったのは、アジアのほとんどの国が予想しておらず、中国自身ですら予想していなかった要因による。それは米国の後退だ。
明確に米国の代わりになる国が存在しないなか、トランプ政権発足から日の浅いこの時期に急速に広がっている真空状態を北京が埋めているのだ。
だが中国は、その巨大な経済でアジア地域を支配する一方で、この地域を先導ないし鼓舞するのに苦慮している。
TPP破棄で中国の代替案が残った
何年もかけてまとめられた参加国12カ国の環太平洋経済連携協定(TPP)は、オバマ政権(当時)のアジア「回帰」の中核だった。これは東京からキャンベラに至るまで参加各国の首都で打ち出された妥協の産物で、この環太平洋地域の運命を形成しようとする米国の野心的な(そして恐らく最後の)取り組みだった。この地域は、ファッションから「フィンテック(IT技術を駆使した金融サービス)」、クリーンエネルギーに至るまで、あらゆる世界的トレンドの十字路に立っている。
このTPP協定を破棄することで、ドナルド・トランプ大統領は中国に力を与えた。
米国の新政権は「一歩後退した」とシンガポールのゴー・チョクトン前首相は話す。
ゴー前首相は、この地域で最も尊敬されているベテラン政治家の1人だ。同氏は、中国の海南島で先週開かれたアジアの政財界人による年次会合(博鰲アジアフォーラム)で、気掛かりな質問を投げかけた。「米国の後釜となって、われわれの自由貿易を確実にするのは一体誰なのだろうか」
中国の政治家の場合、グローバリゼーションの徳目をいくら主張しても、他国から信頼されるのは難しい。その徳目というのは、アイデアの自由な往来や、国境を越えた技術や文化の交流などだが、彼ら中国政治家は、「グレート・ファイアウオール(防火長城=インターネット検閲システム)」という要塞(ようさい)の中からそう主張しているにすぎないからだ。それは、全てのサイバー空間のなかで最大の障壁だ。
米国が提唱していた自由貿易協定(つまりTPP)は、デジタル経済、知的財産、環境と労働基準に焦点を当てたものだった。ヒラリー・クリントン氏は大統領候補になってTPP反対に転じるまで、これが「ゴールド・スタンダード(絶対基準)」だとまで指摘していた。中国は現在、TPPの代わりとして、水準を下げた代替案を推し進めている。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)として知られる枠組みだ。
だが、その取り組みには欠点はあるものの、アジアの国々はこの周りに集結しようとしている。現段階で他にこれより良い取り決めがないからだ。
近隣諸国は、中国がこの地域全体のコンセンサスを構築できるか懐疑的だ。例えばインドネシア投資調整庁のトーマス・レンボン長官は、「リーダーシップには、謙虚さ、ユーモアと柔軟さが必要だ」と述べる。同庁は、外国の投資家をインドネシアに呼び込むための政府機関だ。
レンボン氏の見解によれば、アジアは従来に比べてアナーキック(無秩序)な未来に向かっている。インドのナレンドラ・モディ首相や日本の安倍晋三首相など、強いマンデート(民意に基づく政治力)を持つリーダーたちに左右される未来だ。レンボン氏は、それは「誰もが他の誰かと交渉している」ようなケースになるだろうと予想した。そして、「改革路線を取る国もあれば、逆走して保護主義に転じ、後退する国もあるだろう」と付け加えた。
中国指導者はトランプ氏を警戒
差し当たって、大きなリスクは、オバマ氏の「環太平洋連携協定」がトランプ氏の「環太平洋貿易戦争」に姿を変えることだ。
トランプ氏は中国からの輸入品に45%の関税を課すと脅してきた。彼がその引き金を引けば、その影響はアジア太平洋地域の製造業のサプライチェーン全体に跳ね返ってくるだろう。
アジアで共通の見方は、米国がかくも懸命に奨励したことで実現した成功が、今や逆方向への反発の原動力になっているというものだ。
アジア太平洋諸国はこれまで、米国が提示した経済成長の処方箋(貿易障壁を下げ、市場の力を拡大し、インフラに投資する)を採用してきた。だが、その成功の結果、米国のポピュリスト的反感の矢面に立たされている。その米国はといえば、2008年の金融危機の後遺症にいまだに苦しんでいる。
例えばホワイトハウスの首席戦略官であるスティーブ・バノン氏は、「グローバリストたちは米国の労働者階層を骨抜きにし、アジアで中間層を生み出した」と嘆いている。
同氏は米誌「ハリウッド・リポーター」に対し、「今や争点は、米国人がかつがれないようにすることだ」と話している。
他方で、この種のレトリックは中国の指導者たちを萎縮させている。中国を本拠とする世界的な投資会社、春華資本集団(プリマベーラ・キャピタル・グループ)の会長で、金融改革について中国政府に助言してきたフレッド・フー(胡祖六)氏は、「そこには大きな不安がある。彼ら(中国指導者)は本当にトランプ氏を警戒している」と話す。
この懸念は、アジア太平洋地域でも共有されている。この地域は、あたかも綱を解かれて漂う船のように感じている。そう感じるのは、意図的にというよりも成り行きで、中国の勢力圏に取り込まれようとしているためだ。