「自衛隊は軍隊」は国際社会の常識

<安倍首相の改憲メッセージにむやみに反発するより、国民が自覚を持って自衛隊の存在意義を判断すべきだ>
安倍晋三首相がついに、憲法改正について率直な発言をした。4月下旬に行われた読売新聞のインタビューでは、憲
法改正の内容と時期を詳細に語った。また日本会議の主催する集会には、憲法改正の決意を語るビデオメッセージを
寄せた。
このことが大きく報道されたのは、安倍が憲法改正に関する自らの見解と目標とする時期を具体的に提示したからだ。
例えば、彼は9条の改正を目指すことを明言した。この条項は、平和を愛する国としての戦後日本のアイデンティティー
の象徴であり、神聖にして侵すべからざるものとされてきた。
安倍は国際紛争の手段としての戦争放棄を定める1項と、戦力の保有を否定する2項を維持することを明らかにしつ
つ、自衛隊の憲法上の地位を明確に正当化する第3項を加えたいと語った。スケジュールについては、2020年の東京
オリンピック開催までに改正憲法を施行したいと述べた。
この発言に対する反響は大きかった。例えば朝日新聞は、安倍の9条改正の意向を批判する社説を掲載し、現在の憲
法が過去70年にわたって日本人の大多数の支持を得てきたことを否定してはならないと主張。毎日新聞は、日本が国
際平和に貢献するためには9条の改正が必要だという結論に性急に飛び付くべきではないと警告した。
ニューヨーク・タイムズも、日本国内で上がった反対の声を報じ、ソーシャルメディアでの批判や、5万5000人の抗議集
会などを紹介した。
憲法9条の改正という提案がこれほど強い批判を巻き起こしたのはなぜか。主な理由は2つあると思われる。1つは、現
在の憲法を少しでも改正することに対する強い嫌悪感だ。日本人は憲法、特に9条を、平和への貢献を志す国としての
戦後日本の自己イメージの究極の象徴と見なしてきた。それゆえ、どんな形であれ9条の改正案は極端な嫌悪感を引き
起こす。
さらに安倍発言を批判する人々は、彼の真意に疑いを抱いている。実際には、安倍の9条改正案は非常に抑制された
良識的なものだ。現在の1項、2項は維持し、日本の安全を守るための軍事組織として自衛隊を合憲と認める第3項を
付け加えることを提案しているだけだ。
だが北朝鮮からの大きな脅威に直面し、中国との緊張が続くこの時期に声明を発表したタイミング、そして日本会議と
いう現代史に関する歴史修正主義的な主張で批判されることの多い保守的なグループにメッセージを送ったことから、
安倍の意図を勘繰る人もいる。
彼らが懸念しているのは、最初は国民に受け入れられやすい改正案を提示し、憲法改正の実績を作った上で、より野心
的な改憲を後継政権に託すというシナリオだ。
最終判断は国民投票に
そのような批判には、憲法9条の規定と、日本の現状、特に自衛隊にまつわる現実との間のギャップが戦後日本におい
て拡大し続けているという認識が欠けている。今日の自衛隊は外観も行動も軍隊そっくりの組織であり、日本以外では
軍隊と見なされている。
憲法上、そして法律的、政治的、社会的に制約を受けていながら、自衛隊は設立以来、世界で有数の先進的な軍隊に
進化し、今では日本国民からも強い支持を受けている。
第1の任務である国防はいうまでもなく、国内外の災害出動から国連平和維持活動への参加まで、自衛隊がさまざまな
形の活動を求められてきたことからすれば、日本としても自衛隊を合憲な存在と認めることぐらいはするべきであろう。
現在の日本国内の議論には、このことに関して日本の国民に決定権があるという論点が欠けているようだ。
多くの人が安倍の「真の」意図に関して不平を言っているかもしれないが、国民の過半数は安倍政権のもたらす政治的
安定と、北朝鮮問題やロシアとの平和条約締結交渉、中国との関係など複雑で難しい外交と安全保障の問題に取り組
む決意を支持しているようにみえる。
改憲派の議席数が、改正の手続き上重要な衆参両院の3分の2を超えている現状でこの発表を行ったというタイミング
を批判する声も多い。
だが、議会の3分の2の議席を与えたのは日本の有権者だ。そして最終的に、憲法改正には国民投票で過半数の賛成
が必要となる。言い換えれば、連立与党と改憲派が3分の2以上の議席を占めているという現在の政治環境だけで、安
倍の求める憲法9条の改正が実現するわけではない。
つまり安倍の提案した憲法改正の運命は、最終的には日本国民がこの提案にどう向き合い、自分たちの問題として引
き受けるかどうか、そして国民投票で責任ある決定を下せるかどうかに懸かっている。
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日本の国是「専守防衛」は冷徹な軍略でもある防衛省の敷地内に設置された迎撃ミサイルの発射装置 -REUTERS
<国際世論を味方に付けなければならない現代、先制攻撃が得策とは限らない。第二次大戦の「旧枢軸国」であ
る日本が専守防衛を国是とするのは一つの軍略でもある>
北朝鮮危機の緊張が高まりつつある今月12日、トランプ大統領はFOXビジネスニュースのマリア・バートロモのインタ
ビューに応えて「我々はアルマダ(大艦隊)を送っている。大変にパワフルな艦隊だ。」と述べていました。
この発言の前の今月8日に米海軍は、原子力航空母艦のカール・ビンソンを旗艦とした空母打撃群を北へ向かわせて
いるという発表をしていたことから、それが「アルマダ」だということになり、米国が北朝鮮の核開発を封じ込める意図を
明確に表現したメッセージだと受け止められました。
ですが、それから一週間後になって、実はカール・ビンソンを旗艦とする艦隊は、12日の時点でもインドネシア近海を南
へ向かっており、オーストラリアとの統合軍事演習に参加していたのだということが明らかになりました。
一部には「連絡ミスではないか」などという報道もありましたが、そんなことはないでしょう。では、騙そうとしてやっていた
のでしょうか? それだけではないと思います。軍事衛星などを通じて情報収集している国(例えば中国やロシア)から、
情報が洩れているかどうか試していたのではないでしょうか。
米国では、その後、ホワイトハウスのスパイサー報道官が釈明したりしていますが、こんな重要な軍事行動について情
報が錯綜するはずはありません。ますますもって、何らかの意図でそうした言い方をしていたと考えられます。いわゆる
「軍略」というものです。
日本に軍略はあるか?
日本にも軍略はあります。日本の軍略は専守防衛論という国是です。
今回の北朝鮮危機に際して日本政府は、北朝鮮が日本領海内に弾道ミサイルを発射した場合、「武力攻撃切迫事態」
へ認定する「検討に入った」と報じられています。
安全保障関連法では、緊迫度が三段階に分けられています。(第一段階)武力攻撃予測事態、(第二段階)武力攻撃切
迫事態、(第三段階)武力攻撃発生事態の3つの段階であり、その中の「第二段階」となる「武力攻撃切迫事態」になれ
ば、防衛出動を発令し、自衛隊を前線に配備することができる、その検討に「入った」というわけです。
ちなみに、個別的自衛権を発動して武力による反撃が可能となるのは、第三段階つまり攻撃が発生したケースだけとな
ります。日本の場合は「専守防衛」が国是である以上、そうなっているわけです。
そう申し上げると、専守防衛では十分な防衛ができないので、敵の攻撃が切迫した場合は先制攻撃ができるようにせよ
という声があります。どうして、日本だけが「専守防衛」などという自主規制をしなくてはいけないのか、というわけです。
では、軍略ということで考えた時に、この専守防衛論というのは、マイナスなのでしょうか?
必ずしもそうではないと思います。現代の戦争はケーブルニュースとネット動画で国際世論を味方に付けたほうが圧倒
的に有利、つまり国際世論を相手にした情報戦という性格を持っています。ですから、反対に先に撃って「戦争の原因を
作り」国際世論を敵に回せば、いかに軍事面で優位に立っていても大局的には不利になり得るのです。
この点で、残念ながら旧枢軸国というイメージ的なハンデを背負った日本は、少し他の国とは条件が異なります。他の国
よりも余計に先に撃っては損になるのです。何とも不公平な話ですが、歴史的な宿命ですから仕方ありません。不愉快
だと憤ることはできても、相手のある話、しかも損得の話として、こうしたハンデがついているという計算は必要なので
す。
ですから、反対に、被害を抑えつつ相手に先に撃たせたというイメージを世界中に拡散して、被害者の正義と反攻の正
当性、そして何よりも広範な国際世論の支持をゲットするというのが有事の初動における重要な作戦になります。
もっと言えば、先に撃ってしまったら「枢軸日本の軍国主義が復活した」という敵方のプロパガンダに口実を与えてしまい
ますが、相手に先に撃たせれば「平和主義国家の日本が被害を受けた」というイメージを得ることができる、この差は途
方もなく大きいと思います。
対米戦争の敗因
何よりも、様々な駆け引きの結果として、先制攻撃に追い込まれたことが、第二次大戦における対米戦争の敗因の一つ
だという議論があります。これも倫理的な問題というより、軍略における錯誤の一つとして教訓にしてきたのは事実だと
思います。
専守防衛というのは、そのような冷徹な軍略の一種であって、創設以来の自衛隊はそのような軍略を大前提として、国
民の生命財産を守るための方略を様々に研究し、また実戦部隊の練度を高めてきたわけです。
今回の北朝鮮危機を契機として、先制攻撃を可能にすべきという議論があるようですが、現時点で国是として採用して
いないのは、純粋な軍略の問題として理由のあることと考えます。
冷泉彰彦(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。