番犬治郎の日記

亡き愛犬の日記

33カ月

2011-02-16 17:35:23 | ペット

今日で33カ月。

今日から治郎物語でも書こうかな?と、ふと思ったけど、長文って難しいし、自分の文章って稚拙なんすよねぇ・・・でも一応書いてみようと思う。

西暦2000年5月14日、コンピューターの2000年問題やノストラダムスの大予言も特に何もなく忘れ去られようとしてた頃、治郎は北九州のとある警察犬訓練所で産声をあげました。
訓練所は治郎以外の子たちを里子に出すつもりだったらしく、そのために以前から新聞広告を出されていたので、それを自分ら夫婦にたまたま見つけられたばかりに、治郎の人生は警察犬としてではなく、単なる家庭犬として8年の生涯を送る事になったのです。

なぜ里子に出すつもりが無かったかと言うと、生まれた8頭の中で唯一のオスだったという事と、性格的に家庭犬には向かないかもしれないと言う不安もあったからとの事でした。
しかし治郎の両親は当時現役の警察犬、おじいさんは警察犬のチャンピオン犬という立派な血統だから、訓練次第では治郎も警察犬になれる素質は十分にあるという事で、訓練所の
後継者として期待もされていたのです。

その年の7月、新聞広告を見た自分たち夫婦は訓練所にアポイントを取り、早々に現地に子犬の見学に行ったのですが、電話口でも新聞広告にもメスしかいないとのお話だったので、もし飼うとしても当然メスのシェパードを飼うつもりでいました。
普通の犬を飼った経験はありましたし、当時、太郎と言う野良犬を保護して飼っておりましたので、犬についての知識は一応ありましたが、体重が40キロ前後にもなるような大型犬など飼った事のない自分たちは、シェパードと言う犬種の持って生まれた性格や体格、おまけに世間一般で凶暴だと思われてる、その理不尽なまでの先入観で、シェパードと言う犬種を飼う事に少々不安がありました。

大宰府インターから車で約2時間半、結構な距離のドライブを終え現地に到着、そして通り一遍の挨拶を済ますと、訓練所の人に治郎の両親を紹介されました。
「何か?落ち着きがなくて、おまけに目つきが怖くない?・・・」とこっそり嫁に耳打ちしたら、嫁は特に気にもせず「可愛いやん♪」と一言・・・
内心「どこが可愛いんじゃ?嫁は感覚がおかしい。」と正直思いましたが、そのあと子犬だった治郎たちを見た瞬間、それが一気に打ち消されたのを今でも思い出します。

世間で言われてる子犬の選び方としては、元気ハツラツとしてお尻の周辺が綺麗な子を選べと言われてるようですが、治郎はそれとは正反対の、どよ~んとした根暗な子だったのです。
治郎以外の子たちは全員元気ハツラツで、初対面の自分たちに躊躇せず喜んで近寄って来る、子犬としては満点で愛想の良い可愛い子たち・・・
それに比べて治郎の妙に陰気臭い、伏せした状態で微動だにせず、しかも上目づかいで自分たちを値踏みでもしてるかのような目つき・・・まさに人生は諦めが肝心とでも言うような悟った雰囲気、そういうオーラを醸し出してた治郎に対して「この子はないなぁ・・・」と言う答えが自分の脳裏にはありました。
非常識にも2時間あまり子犬と戯れ、いい加減迷惑じゃないかと思ってた時、訓練所の所長がぽつりと「実はこの子だけオスなんです、性格的に家庭犬には向かないと思うから、訓練して警察犬にしようかと思ってます」と暴露、プロが言ってるんだからこりゃ間違いない、子犬の頃からこの性格じゃ将来が大変だと思った自分は、この子は絶対にないと確信を得たのですが、なんと嫁は根暗でどよ~んとした、子犬としては落第の治郎を選んだのです。

それから程なくして治郎を車に乗せ、訓練所の人たちに別れを告げ帰ろうとしたのですが、生後50日じゃ当然風呂にも入ってないし、当時乗ってた車はマツダが誇るピュアスポーツRX-7・・・
車内は普通の車に比べると当然狭いから、治郎の体臭やら色んな臭いが車内に充満して、こりゃもう窓全開で高速をぶっ飛ばして帰るしかないと思っていたら、あのどよ~んと冷めた表情をしてた治郎が、悲しそうにひゅんひゅん鳴き出したのです。
その鳴き声を聞いた自分たち夫婦は、いくらシェパードとは言え、治郎はまだ年端もいかない子供、やはり親と離れる辛さを本能的に感じてるのか、自分たちは治郎に可愛そうな事をしてるんじゃないか、と、自責の念を感じました。
しかし冷静に考えてみると、季節は夏、しかも高速の入り口まで大渋滞、窓全開とは言え暑くて堪りません。

やがて人間も我慢の限界に達して、治郎の体から発せられる悪臭を我慢しながらエアコンのスイッチをON!すると、ひゅんひゅん鳴いてた治郎が次第に大人しくなり、嫁の膝の上で寝息を立て始めました。
「なんじゃそれ?!もしかして単に暑かっただけ?」

2時間半あまりのドライブの後、これから暮らす我が家に到着するまで、治郎は一度も目覚める事なく、おまけにピクピクと痙攣までしながら熟睡しておりました。
それを見た自分たち夫婦は、この子は表情とは違う内面を持つ賢い子じゃないかと、この時点から自他共に認める親バカが開始されたのでありました。

次号へつづく。

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