最初に断っておくが、自分は巨人ファンではない。
なので事情は大して詳しくないし、これから書くことも個人の所感でしかない。
歴代ジャイアンツにおいて、原辰徳監督は勝利数第1位、優勝回数・日本一回数第2位という圧倒的なスタッツを残している。しかし一方で独裁的と言われる采配、選手の成績が振るわなかったりミスがあった場合選手だけでなくコーチにまで厳しい言葉を残すことも多い。最近では日本ハムから中田翔をトレード獲得したことも苦々しく思うような意見もあるようだ。
しかし基本的に原監督は自分以外を信じていないのか、あるいは起用をまるっと委任して振るわなければ詰る投げっぱなし感があるのか、監督としての方法論に妥協する部分がないようだ。
原監督の苛烈さは、”勝利こそ至上命題”という部分に凝縮されると思う。比喩ではなく勝つためなら何でもするという執念があり、1試合でピッチャー9人つぎ込むとかトレードした中田を1週間しないうちに起用したりとか、行為に対して腐すような意見もネット上や報道で散見される。
しかし原監督はそんな意見を全く無視しているように見える。
どれだけ人格者だと評されても、成績が振るわなければ性格しか褒めるところしかなかったのだと思われても仕方ない。育成の時期だとお為ごかしをしても成績不振はそのまま馘に直結する。本当にやむを得ない事情で監督になったような高橋由伸に対してもいつの間にか批評が増え、退任する話になってようやく話題が収まった有様だ。経緯はどうであれ勝利数と順位には誰も逆らえない。
その点で言うと積極的に采配し、奏功すれば褒め、失敗すれば突き放す、欲しいときに欲しいものをピックアップして望んだ結果を求める貪欲さは他のどのチームの監督にもない。もちろん巨人は選手層が厚く、FAの選手を戦力勘定としてだけでなく、ライバルチームの弱体化のためにも大枚をはたいて獲得する。無論起用もするが、結果が振るわなければ2軍の肥やしにすることも珍しくない。
どうであってもどこのチームより上に立つという執念、勝利数・順位という誰も否定できない数字の力をひたすら追求する執念は比類ない。
選手時代、自身の結婚式の祝辞で王長嶋両氏に「巨人軍の4番としては物足りない」「期待の数字を超えられなかった」とプレッシャーをかけられるほど巨人の4番として成績を求められるという、恨み憎しみを抱いても仕方ないような重圧と戦ってきたのが原辰徳である。
そして現在、巨人の監督としての成績は彼らを超えており、勤続年数も合計13年と長期である。ここから先巨人の監督をする人間が果たして累計10年以上勤続するほど存在するのか、という時点で今後記録が塗り替えられること自体怪しい。そんな歴史に残る戦績の監督は現在進行形で巨人の采配を振るっている。
勝利のみを拠り所にし、批評も多いが戦績で有無を言わせず、どんなに否定しても誰も勝てないという意地がある。
この姿勢と同じくする存在がある。
横綱・白鵬である。
彼もまた戦績のみを頼りにしており、最近の肘を使う取り口はしょっちゅう批判されている。しかしそれは明文化された禁じ手ではなく、また白鵬を相手に肘でかちあげようとすると空いた脇を取られるので誰も対白鵬で肘を使えない。彼の環境はさらにアウェーであり、一代限りの部屋を持つことすらできなくなってしまった。つまり彼の経験・技術・メンタル管理は弟子に継承されることは一切なく本人とともに葬り去られるものである。
数字は裏切らない。誰も否定できない戦績を以て歴史に名を残し、あいまいな批判は一切取り合わない。力こそ正義とも言うべき執念を生み出したのは彼らを品評する当事者のない言葉であり、それらに対する反骨が彼らを研ぎ澄まし頑迷にするのだろう。
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